「失礼します」
ノックをして部屋の中に入ると、橘先輩が俺を迎え入れてくれる。先ほどまで司会進行をしていたはずなのに、全然疲れている様子が無い。他の生徒会メンバーが強すぎて原作を読んでいたときは気が付かなかったけど、この人も大概スペックがおかしい。
「新入生ですね。生徒会への立候補ですか?それとも、部活の新設ですか?」
「部活の新設です。レスリング部を作りたくて」
「レスリング部ですか。分かりました。部の新設の要項があるので、記入が終わったら堀北会長に渡してくださいね」
橘先輩から用紙を貰い、記入をしていく。神崎と柴田の名前を使って部員を埋めた後、その他の必要事項を記入して堀北(兄)に紙を渡しに行く。彼はずっとパソコンを眺めていたが、俺が用紙を持っていくと、感心したような様子で口を開いた。
「西宮、だったな。経歴は確認させてもらった。素晴らしい結果を残しているようだな」
「堀北君、この子そんなに凄いんですか?」
「ああ。すぐに確認できる記録は中学生以降の大会結果のみだが、ほぼ全ての大会で優勝している。昨年に至っては、国際大会でも優勝しているようだ」
「ええ!?」
どうやら彼は、俺の経歴を確認していたらしい。パソコンを覗いた橘先輩が目を丸くしている。ちょっとこそばゆいな、前世で培った技術や経験のおかげで勝てているだけなんだし。誰だって、真剣に20年近く続けていた競技の知識を持って人生をやり直せるなら、高校生くらいまでは無双するだろうからな。
「西宮君、本当に凄いです!これからもレスリング、頑張ってくださいね!必要なものがあれば、いつでも相談してください」
橘先輩は、小動物を思わせる笑顔で俺にエールをくれる。堀北(兄)の方も俺の部活新設に反対ではないようで、俺に向かって穏やかな表情で頷いてくれた。この人、本当は優しいんだよな。
練習場所や指導者については後日連絡すると言われ、お礼を言いながら生徒会室を後にした。
◆
それから、特に大きな事件もなく3週間が経過した。俺は今、朝ジムでトレーニングをしてから授業に出て、部活をして帰るという生活をしている。
生徒会がすぐに動いてくれたおかげで、練習場や外部からの指導者などをすぐに手配してもらえた。何かと秘密が多い高校なので指導者の選定には時間がかかるだろうと思っていたが、結構あっさり決まったようで一安心だ。しかも、その指導者が滅茶苦茶強い。部員は実質俺一人なので、部活中は常に強い相手とマンツーマンで練習しているような状態だ。毎日クタクタになりながら帰っている。
また、朝練のために通っているジムでは、よく葛城や高円寺に遭遇し、少し話す程度の仲になることができた。彼らも作中には描かれていない所で、見えない努力をたくさんしているのだろう。こういった場面に遭遇できるだけで、原作ファンとしてはかなり嬉しい。でも高円寺、筋トレの時間と同じくらい鏡の前でポージングをしているのは、ちょっと自分が好きすぎるんじゃないだろうか。
クラスの方にも大きな変化があった。まず大きいのは、情報を多く手に入れたことだ。教師にポイントに関する説明を求めたらはぐらかされた、自分たちのクラスを名乗ると、歓迎してくれる先輩とそうじゃない先輩が存在した、金欠の先輩が思った以上にいて、その多くがDクラスの生徒だった、先輩のクラスを覗いたら、明らかに席の数が少なかった、などなど…おそらく、4月時点で集められる情報はほぼ全て集めたのではないだろうか。当初はポイントの使い道を調べるだけのつもりだったのにな。ちなみに、Bクラスだと名乗って歓迎してくれたのは、2年Aクラスの生徒だったらしい。南雲のクラスだな。元々Bクラスだった彼らは、俺たちに親近感を持ってくれているようだ。
これらの情報と入学前の説明を整理したBクラスは、
・毎月受け取れるポイントは増減する可能性があること。
・月に貰えるポイントの額を決める基準は不明だが、クラス単位で評価で決まる可能性が高いこと。
この2つを念頭に置いて行動することを方針にしている。要するに、全員がポイントの使い道をしっかり考えて、クラスのためになる行動を心掛けましょう、ということだ。ざっくりした方針だが、皆今まで以上に真面目に授業を受けるようになっている。この分なら、最初の一か月ではポイントを余り減らさずに済むだろう。
それから、クラス内で役職も決めることになった。委員長などの役割を決めておいて、いざと言う時に円滑に動けるようにするためらしい。早速一之瀬は委員長として行動を開始しており、勉強が苦手な生徒を集めて、昼休みや放課後、休日を使って勉強会を開いていた。俺も勉強が不安だったので、部活と被らない範囲で極力参加するようにしている。正直、俺が学業面に不安を抱えずに生活できているのは、この勉強会のおかげだった。教師役に回ってくれている一之瀬や神崎には足を向けて寝られない。こんな感じで一之瀬が率先してクラスのために行動してくれていることもあり、Bクラスは日を追うごとに団結力を強めていった。
そんなわけで順調に滑り出したBクラスなのだが、実は現在、1つ問題を抱えている。Cクラスについてだ。龍園がCクラスの生徒を使って、Bクラスの生徒に嫌がらせ行為を始めるようになった。おそらくクラスの掌握と並行してやっているのだろう、動員している生徒の数はまだ少ない。とはいえ、龍園がリーダーとしてクラスをまとめ上げるのは時間の問題だし、動員できる人数が多くなってくると厄介だ。原作によれば、須藤の暴力事件の前に一度大きなもめごとが起こるらしいからな。それまでに対策を考えておかないといけない。というか、龍園もこの時期からSシステムに気が付き始めているのか。坂柳や葛城も気が付いているはずだ。こう見ると、各クラスのリーダーの優秀さと、Dクラスの出遅れっぷりのヤバさが分かるな。綾小路がいなかったら、彼らは相当悲惨な3年間を送っていたんじゃないだろうか。
「西宮、さっきの小テスト、どう思う?」
そんなことを考えていると、隣から神崎が話しかけてきた。今日の3時間目に行われた小テストについて、疑問を持ったのだろう。
「最後の3問のことを聞いてるの?それとも、別のこと?」
「ああ。他の問題はどれもかなり難易度が低い問題ばかりだった。なのに、最後の3問は解かせるつもりが無いような難易度だった。そんな問題を意図的に用意してきた理由が分からない」
「神崎でもあの3問は難しかったのか」
「ああ。何とか1問は答えを出せたが、あまり正解している自信はない」
「1問解けてるのかよ」
本当に賢いなコイツ。にしても、普通は難しい問題を解けたら、次は答えが気になりそうなものなのだが、彼は出題された意図の方が気になるらしい。何というか、着眼点が高育に向いてる気がする。
「話を戻すけど、どうしてあんな問題を出題したのか?だったね」
「ああ。出題の意図を考えてみたが、全く見当がつかない」
神崎はそれだけ言うと、考え込んでしまった。実は中間テストのヒントですよ、なんて今の段階では流石に言えないので黙っておく。彼は中間テストの範囲が変更された時、この謎を思い出すのだろうか?…難しいだろう。このクラスの生徒は正攻法を好む。そもそもBクラスレベルの生徒の学力なら、普通のテスト程度の攻略法なんて、考える必要すらないだろうからな。
「今はまだ分からないことだらけだからね。もしかしたら、後で問題の意図が分かるかもよ?」
「…そうだな」
そう言うと神崎は考えるのを中断し、下校の準備を進める。俺とは違い部活が無い神崎は、まっすぐ寮に戻るのだろう。
「そういえば、西宮はもうそろそろ大会があると言っていたな。いつだ?」
「月末かな。そろそろ減量しないといけないから憂鬱だよ」
「大変だな。頑張ってくれ」
それだけ言うと神崎は教室を後にした。俺は神崎からもらったエールを受け、気合を入れなおす。今回の大会、結果次第では日本代表としてアジアや世界に行ける可能性がある大会なのだ。ポイントも貰えるだろうし、何としても良い結果を出したい。そんな思いもを持ちながら、俺は部活へと向かっていった。
◆
そして、迎えた5月1日。Bクラスの面々は、振り込まれたポイントを見て、自分たちの立てていた方針が正しかったと確信した。そんな状況で教室に集まると、いつも通り星之宮先生が入ってくる。
「じゃあ、朝のホームルームを始めます。今日はみんなに伝えないといけないことがあるからね」
そう言って星之宮先生は、持ってきていた2つの厚紙のうち1つを黒板に貼り付ける。
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Aクラス:940cp
Bクラス:800cp
Cクラス:550cp
Dクラス: 0cp
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紙を張り終えた星之宮先生は、Sシステムについて説明を始めた。cpと書かれているクラスポイントが高い順番に、AクラスからDクラスまで順番が決まっていくこと。このcpを100倍した数字と同じだけ、プライベートポイント(pp)が毎月1日に振り込まれること、進路が確約される特典は、Aクラスにしか与えられないこと。大半は予想できていた内容だったが、流石のクラスメイト達も、最後の情報にはかなりの動揺を見せていた。
そんな光景を見ながら、俺は張り出された結果を再度確認する。予想以上の結果だな。初日に神崎が持った懸念点を一之瀬に伝えたことが、ターニングポイントになったのだろう。とはいえ、元々の授業態度も良かったし、正直これが要因で原作を大幅に超えるポイントを獲得することは想定外だった。もしかしたら、情報収集や勉強会をクラス全員で行ったことが評価につながったのかもしれない。とにかく良かった。
Cクラスがポイントを伸ばしたの理由は良く分からないが、おそらく俺たちの動きが影響したのだろう。Bクラスが情報収集している様子は、他のクラスの生徒も見ていた筈だ。結果的に、龍園がSシステムを解明するヒントになってしまったのだろう。何にせよ、龍園は原作以上にBクラスに興味を持っている可能性がある。厄介だな。
逆に、AクラスとDクラスはポイント原作と変わらなかった。少なくともこの2クラスは、俺たちの行動がポイントに影響していないようだ。ということは、Aクラスは俺たちより早くSシステムを念頭に行動し始めていたということになる。坂柳と葛城、ちょっと気が付くのが早すぎるんじゃないだろうか。Dクラスは…うん、頑張れ。
生徒たちの動揺がある程度落ち着いてきたことを確認すると、星之宮先生は二枚目の紙を取り出した。月末に行われた小テストの結果だ。俺は…70点。クラスの半分より少し下程度の順位だ。勉強は相変わらず課題だが、ラストの鬼難易度の3問を除けば8割位取れていることになる。勉強会の成果がしっかりと出ているようだ。ちなみに、一之瀬と神崎は90点で同率首位を獲得していた。
「これは以前行った小テストの結果になります。皆の成績や普段の過ごし方を見た感じは心配してないけど、平均点の半分以下の点数を取ると退学になるので、これからもしっかりと勉学に励んでね」
先生が言う通り、このクラスで退学者が出る心配は無いだろう。最下位の生徒の点数は55点。平均点が78点だったので、赤点はまずないだろうからな。
皆にしっかりと情報が伝わったことを確認した星之宮先生は、最後に俺の方を向いて口を開く。
「これで皆さんにお伝えする情報は以上です。と、言いたいところなんですが…一人、課外活動で優秀な成績を収めた生徒がいるので、ここで発表します。西宮君、レスリングの大会優勝おめでとう!」
そう言って、彼女はにっこり俺に微笑んだ。クラスメイトも一瞬驚いた後、大盛り上がりで俺を祝福してくれる。
「西宮、お前そんな凄かったのかよ!?」
「西宮君、おめでとう!」
なんか嬉しいな。星之宮先生から「皆の前で伝えるから、大会の結果は内緒にしておいてね」と言われてからずっとソワソワしていた。皆の反応が薄かったらどうしよう、などと考えていたが、その心配は杞憂だったらしい。神崎も隣から笑顔で祝福してくれた。
皆から祝福を受けて浮かれた気分になっていると、星之宮先生から衝撃的な言葉が飛び出した。
「本当におめでとう西宮君―――後で職員室に来てね。学校から今回の大会の結果を考慮して、君に50万ppを支給します」
…お祭りムードだったクラスメイトが、再び驚きで静かになってしまった。え?マジでいきなりそんな額貰えるの?