昔語りをしたら
ステイゴールドだ、いい旅にしよう。
こんなばあさんウマ娘の話が聞きたいとか、あんた、本当に物好きだな。
まあいいさ、気がむいたから話してやるよ。
トゥインクルシリーズでシニア級を終えた後、私が長期休養してたのは知ってるな?
いつものように旅から旅へ。
気の向くまま走るもよし、ヒッチハイクだってお手のものだ。
悪意がある危ないやつは、声色ですぐ判断出来る。
それにな、ウマ娘を舐めていたら痛い目に遭う、ってのは賢い奴なら理解してるものだ。
ま、そうでない愚かな奴も世には尽きないが。
幸い、そういう奴らから有り金全部巻き上げても心が痛まない。
何、危険じゃないのかって?
夜目も効くし、聴力も人の数倍あるし、力だって、なあ?
ウマ娘の前では危険の方から逃げていくさ。
そんな道中、置いてきたあいつのことが頭をよぎる時があった。
再会できる確約なんかしていない。
どうしても面影が消えないし、消せないんだ。
おかしいだろう?私があいつに恋しているだなんて。
だけど、どうしても帰る訳にはいかなかった。
それからまた時は流れ、全てが終わってからあいつが黄昏時の地の果てまで追いかけてきてさ。
黄昏というのは、この世とあの世のちょうど中間。
逢魔時とも呼ばれ、古来よりこの世ならざるモノに逢いやすい時間とされてきた。
おそらく、あそこはこの世界と異世界が最も近づく場所なんだろう、根拠はないんだが。
私は競走馬のステイゴールドと対話を果たし、全てが終わって一眠りしている間に異世界に戻るのだと思っていた。
…それが、だ。
「待っていられないから」って、追いかけてくるとか普通考えられないだろう?
しかも驚いたことに、本当にあいつは私をこの世界に引き戻したんだ。
冥界下りで伴侶を連れ帰るとか、ギリシアのオルフェウスでもできなかった偉業だよ。
まあ私の場合、完全に冥界に下った訳ではなく、片足突っ込みかけていた、というのが実際のところなんだが。
私にもまだ役目はあったんだなあ、あいつとの新たな旅が。
帰ってきてから、すぐに「新しい旅の契約書」って、渡されたのが婚姻届でさ。
いつものとおり準備万端、私の署名だけすればいいようになっていた。
以前も同じことがあったような気がするが、ま、気のせいか。
しかし参ったよ。
私が結婚なんて、…その、柄じゃないだろう?
あまり自分からは言いたくないんだが、小柄で見栄えのする体躯ではないし、肉付きはよくないし、女性的な魅力に欠ける、というか。
冗談だろ?って言ったんだけど、真剣な顔で「ステゴが旅に出るのは止められない、でも必ず俺のいるところに帰ってきてほしい」って。
それに、断ったところでどうせまた追いかけられるのは目に見えている。
あいつも、いろいろネジ外れてるからなあ。
というか、ぶっ壊した私が原因だろうと言われれば、まあそうなんだが。
ほとほと降参して名前を書くと、あいつすぐさま役所に出しに行っていた。
それから互いの実家に帰って、その、いろいろ報告もしてさ。
母さんには「あらかじめ連絡ぐらいしなさい」ってはたかれたよ。
今まで散々親不孝してた私が悪いんだ、うん、仕方ない。
しかしこうやって心配してもらえるのは本当にありがたいことなんだな、親になった後でしみじみ感じるよ。
妹たちが「旦那さん選びのセンスは悪くないよね」て言ってて、全く失礼なやつらだよ。
あいつの実家では大歓迎されて、「息子をどうぞよろしくお願いします」って頭を下げて頼まれてしまった。
各方面への挨拶が終わって、それからあいつの家に転がり込んで、さ。
…うーん、体が重い。
後で「こんなウマ娘のどこがいいんだ?」って聞いたら、「いいも悪いもない、ステゴだから」って真顔で答えられて。
なんだかもう、一生逃げられる気がしない。
たとえ黙って出ていっても、必ず探し当てられること確定だからな。
お互い結婚式なんて面倒だ、という意見は一致したんだが、あいつがどうしても「ステゴにウェディングドレスを着せたい」と言い出して聞かなくてな。
嫌だとは言ったんだが、「絶対似合うし、かわいいから」って粘り切られた。
一応、ドレスはウイニングライブで着なれてるが、さすがにウエディングドレスはなあ。
私は小柄だからマーメイドラインやスレンダーラインは却下、プリンセスラインも却下。
エンパイアラインも悪くはないと思うが、ちょっと違和感がある。
結局トレセン学園の衣装室から、白のシンプルなAラインドレス、シースルーレースのショートベール、白いグローブ、薔薇のブーケを借りて着てみた。
しかし小柄なせいで、子供が花嫁コスプレしてみました感がどうしても拭えないんだよな。
あいつは目に見えてウキウキしながら、ウィナーズサークル用の礼装着てきてさ。
野外ステージで写真を撮っていたら、みんなが集まって来るわ来るわ。
「ステゴ先輩、おめでとうございます。結婚の先頭は譲ってしまいましたね」ってスズカ。
「ずでござーん!!!ハピカム同期の中で真っ先にご結婚されるとは!」ってフクキタル。
「ステゴさま〜、とっても可憐で愛らしい花嫁姿ですわ〜。」ってブライト。
「はーっはっはっは、見事な花嫁姿だよステゴさん。このボクには叶わないけれども。」オペラオー。
「ステゴさん、負けても不屈の花嫁さんですぅ、おめでとうございますぅ」とドトウ。
「おめでとうございます!ステゴさん、今日はあなたが日本一の花嫁です!」とスペシャルウィーク。
「おめでとうございます。さすが大和撫子、花嫁姿も映えますね」とグラスワンダー。
「はうわっ!!あばばばばっ、尊さの極み!天国、ここは天国かっ!神様仏様ステゴ様!」とアグネスデジタル。
「あんた、結婚まで勝ち逃げかよ。めでたいけどちょっと腹立つな」とジャングルポケット。
「ステゴさん、おめでとうございます。メジロ家を代表してお祝いさせて頂きますわ」とメジロマックイーン。
「あの問題児のステイゴールドさんが立派になって…。」と泣いているのはたづなさん。
「わーっはっはっは!祝福!二人の門出を祝うとしよう!」秋川理事長まで。
とうとうURA理事になったシンボリルドルフが出てきて「ステイゴールドくん、トレーナー、この際だから人前式を行ったらどうだろうか?」と提案されてさ。
即興の割にはいい式だったと思うよ。
その後ウェディングドレスのままで「うまぴょい伝説」をセンターで歌わされたのにはまいったよ。
でも、突然だったのにみんなにお祝いされて本当に感謝してる。
両親にも写真を送ったんだが、これで少しは親孝行できただろうか?
その後、トレセン学園ではウイニングライブならぬウエディングライブが大流行したそうだ。
帰ってきた後も相も変わらず、あっちこっちフラフラしていた。
木彫りの熊を作ってみたり、力仕事のバイトしたり。
気がむいたら釣りしたり、それで料理したり。
嫁さんとしては失格もいいところなんだが、私がいるだけであいつ、すごく嬉しそうにするんだな。
しかしあいつといる時、警察から職務質問される回数が激増していた。
やっぱり私が間違われるんだな、…その、子供に。
今更だけど、本当にあいつには苦労をかけたと思う。
仕方ないから身分証を持ち歩いていて、質問された時にはそれを見せるようにしていたよ。
運転免許持ちが未成年なんてありえないからな。
風に誘われてウマ娘専用レーンを走れば、数十キロなんてあっという間だ。
それで家を空けることもしょっちゅうだったけど、あんまりほったらかしすぎるとあいつにはいつものごとく探し当てられてて。
連れて帰られたら必ず汗だくにされてしまう。
携帯電話が普及し始めたころ、そりゃもう速攻で持たされたよ。
私がうっかりしていても、必ず充電して服のポケットに忍ばせてる用意周到ぶりと来たものだ。
まあ、あいつも中堅トレーナーになって、トレセン学園での仕事も忙しそうだったからな。
しかし、ある時を境にそうもフラフラしてられなくなった。
…その、あれだけくっついてりゃ出来るだろう?子供が。
それにしたってなあ、″そういうこと″は好きな方だが、ウマ娘が五人とか励みすぎじゃないか?
長女は初子だし低出生体重児だったから、本当に無事育つのかとても心配したよ。
本当に賢いしいい子で、みんなの面倒を見てくれて本当に助かってる。
成長期になっても小柄なことを気にしてたけど、『それはそれで魅力の一つだよ』というと嬉しそうにしてたな。
次女は、私が旅に出る時土産を持って帰るかいつも賭けるんだ、素直にほしいって言えないんだな、あの子。
案外猫好きでさ、かまいすぎて逃げられてしょんぼりしてたのがまたかわいかったな。
三女は小さい頃から「おうたるよはくうふくである、ばんさんをしょもうする」なんて言葉遣いでさ。
私としてはコミュニケーションが難題だったな。
「民なき王など道化に過ぎないぞ」って言うと、一生懸命臣下を増やそうと努力しているよ。
五女は最年少なのに一番大柄でさ、長女と私と三人で出かけたら必ずお姉さんに見られるんだ。
それを揶揄うのが面白かったんだが、最近は「はいはい、本官がねえちゃんであります」って相手にしてくれなくなってつまらない。
真面目で苦労人なところもあるからこそ、他の子にはこっそり内緒で助けたくなるぐらい愛され末っ子なんだな。
え、四女?だって、ゴルシはゴルシだし?
「お母さん」「おふくろ」「母上」「ママ」ほかの娘たちは私をそう呼ぶけど、ゴルシに限っては「親父」呼びなんだぞ?
ちなみにあいつのことは「父ちゃん」って呼んでる。
私も大概めちゃくちゃやってきた自覚があるから、娘だろうと人のことは言えないが。
実はああ見えても出るところに出れば、それなりにやれるのが偉いところだよ。
見た目だけならスタイル抜群銀髪美人だからな、…見た目だけなら。
まあ、後ろに手が回ることじゃなければ、思うようにやればいいと思うよ。
みんなトレセン学園に入学して、それぞれ信頼できるパートナーを見つけてきて一安心だ。
風吹けば、たちまち疼く旅心ってね。
流石にもう、若い頃のようにあちこち行くのは無理になった。
しかし、みんな独立してしまうと、なんだか家が広くなった気がするな。
そう思ったのも束の間、娘たちが孫を連れてひっきりなしに行ったりきたり。
やっぱりしばらくはまだ賑やかそうだ。
あいつ?ああ、じいさんになった今でもトレセン学園の嘱託で働いてて「ベテラントレーナー」だの「名伯楽」だの言われてるよ。
重賞だのG1だのの勝率も悪くないってさ。
年は取りたくないものだというが、目や耳が不自由になってきて、物忘れも激しくなった。
思うがままにウマ娘専用レーンを走れないのにも、ひどく衰えを痛感するよ。
そう、私が死を迎える時もそう遠くはないのだろう。
″あの時″、本来なら異世界に還っていたはずなんだが、あいつの魂の呼び声が私を引き戻した。
死は終わりではなく、次のはじまりに過ぎない。
この世界だろうと異世界だろうとどちらでも構わないんだが、次の人生でも必ずあいつと出会って共に黄金の旅程を歩みたい。
私の願いはそれだけだ、あいつはかけがえのない旅の道連れなのだから。
それまでは、私は私で気ままにやっているよ。
あんたとも縁があればいずれ会えるかもしれないな。
じゃ、またな。
一人称難しいけど、縁があったら書ければいいな