八月下旬、一年の三人は任務に出ていた。
「任務概要の確認です。呪霊に溢れている森から呪霊を完全に祓いきってください。尚、一級以上はまだ確認されていません」
伊地知の運転で任務地点に到着し、再度説明を受ける三人。
そして三人は返事と共に森へ入る。
これまでの任務と同様に虎杖は基本手を出さない。
森に入ってすぐ低級呪霊が一斉に襲い掛かるが、伏黒の召喚した玉犬・白。そして玉犬・黒の牙を手に部分召喚し、装着して近接格闘を行い、呪霊をなぎ倒していく。
釘崎は最前線ではなく、伏黒より二十メートルほど離れて芻霊呪法・簪を放つ。
釘崎が放つ簪は全て的確に呪霊に直撃し、一発で祓える呪霊も居れば二発、三発必要な呪霊も居るが、全く苦にしていない。
二人の成長具合に嬉しい虎杖だったが、満足ではない。
これから襲い来る様々な敵を相手にはまだ足りない。
特級を単体で祓えるくらい強くなって欲しいと思っている。
虎杖が原因で大量発生した呪霊は日本各地で確認されている。
低級がほとんどだが、一級や特級も複数確認されている。
聞いた瞬間は落ち込んだ虎杖だったが、これは一種のチャンス。
実戦経験に勝る修行はない。
伏黒と釘崎を鍛えるのにこれ以上ない修行なのだ。
もちろん虎杖が原因である以上、自分も討伐に動く。
しかし、二人の修行場を奪うつもりもない。
そんな思いでここ数週間任務に出ていて、特級が出た場合は虎杖が。それ以外の場合は二人が祓う。
任務回数も増え、修行量も必然的に増えた事で伏黒の呪力量を増やすという修行は終わった。
終わったというよりも虎杖が課していた修行の意味は伏黒の器に対して呪力量が満たされていない為、まずは器が満ちるように呪力を伸ばす事だった。
そして器が満杯になった事で呪力操作の修行として術式を使用して式神の能力を顕現する応用を磨く。
修行前の伏黒は器に対して呪力が満ちていなかった。
だが今は違う。
呪力は満ち、さらに術式の無駄も削ぎ落とされた。
以前なら式神一体で消耗していた呪力も、今では半分以下で済む。
釘崎は術式の関係上、伏黒よりも呪力操作に長けている。
修行により、術式に必要な呪力を10とするとロスを含めて12程度で術式を発動する事が出来るようになっているのだ。
これで呪力量が少ない釘崎でも継戦する事が可能となった。
「一通り終わったか」
伏黒が周囲を索敵している玉犬の反応を見て呟く。
釘崎もそれに同意するが、二人ともまだ警戒は緩めない。
呪霊の反応は周辺にはない。
しかし、何故か嫌な空気が流れている。
二人はそれを感じているからこそ警戒を緩めないのだ。
そしてそれは虎杖も感じている。
森を歩き回り、ようやくその”正体”が現れた。
全身は不自然なほど濁った緑色に変色しており、身長は三メートルを優に超えていた。
肥大した筋肉が皮膚の下で蠢き、巨体のあちこちで血管が縄のように浮き上がっている。
だがその異様な体躯に対して、顔だけは歪んでいた。
小魚のように小さな口が、顔の中央にぽつりと付いている。
そしてその口の周囲には、人間の潰れた歯が無理やり押し込められていた。
姿を確認した伏黒がすぐに行動に移り、釘崎も芻霊呪法の準備に入る。
しかし――
「待て!」
虎杖の声が森に木霊する。
突如制止された伏黒と釘崎は「何故?」と虎杖を見る。
だが虎杖を見た二人の表情は次第に色を失っていく。
召喚されていた玉犬が影に解ける。
周囲の空気が一瞬にして凍り付く。同時に灼熱の空気も漂う。
当然実際に起きている事ではない。
虎杖の雰囲気がそう感じさせるのだ。
「い、虎杖……」
釘崎の震える声で我に返る虎杖は目を閉じ、すぐに開く。
「悪い……」
空気が戻る。
しかし、伏黒と釘崎は圧倒的なプレッシャーから解放された事でその場でへたり込む。
虎杖は一歩ずつ前進し、緑色の巨体の怪物の目の前に立つ。
「ごめんな――」
虎杖はポツリと呟くと怪物の体に触れる。
【捌】
肉体を攻撃する事で痛みや苦しみを与えないように魂だけを狙い定め、虎杖は実行した。
断末魔などもなくすぐに倒れる怪物。
消えない。
「呪霊じゃないのか――?」
膝を地面について肩で呼吸する伏黒は呟く。
釘崎も何が起きているのか理解が出来ない。
虎杖はその疑問に答える事はなく、”遺体”を抱えて踵を返す。
「帰ろう」
虎杖の一言に伏黒と釘崎は疑問が尽きないものの、従い、森を出る。
伏黒と釘崎の両名は先を歩く虎杖の先ほど見せた圧倒的なプレッシャー。そしてそれが向けられていた虎杖の怒りを考えていた。
今は表情も元に戻り、伊地知と何やら話しているが、それでも普段の虎杖とは考えられない程の怒りを先ほど見せた。
何かを知っていて、それに対して憤怒を見せている。
それは分かりきっているのだが、それほどまでに怒りを見せる相手が何者なのか。
答えは出ない。故に今は考える事を辞めて高専に戻る。
「これが――」
虎杖の報告を受けて夜蛾と五条そして二人の判断で術師だけでなく人体の専門家として家入にも見てもらうとしてこの場に居る。
「どうだ硝子」
夜蛾の言葉に家入は無表情のまま、しかし怒りを滲ませるように告げる。
「元からこういう”人間”だった。けどそれはあり得ない。つまり、アンタが言う呪霊によって改造されたんだろうね。元からこういう人間っていう風になってるってことは虎杖が言うように魂を改造されたからなんでしょ? つまり、治療は不可能だ。出来るとしたら改造した本人しかいない。けどそいつは言うことを聞くようなやつじゃないんだろ?」
家入はこの場の他三名を順番に見ながら言う。
そして虎杖はあることに気づく。
「先生、俺は未来で真人を調伏した。けど、俺が自在に真人の術式を操れる訳じゃないし、あいつの術式は未来の事を解決するのに必要。そこで一つの仮説を立てた」
虎杖は仮説を告げる。
調伏に関する仮説を。
呪術界において調伏とは伏黒の式神や術式による調伏が一般的であり、他の調伏と言えば”縛り”だ。
そして虎杖の仮説は調伏や支配に関する術式を持たない術者が調伏を行う場合、”縛り”が絶対的なルール。
しかし、未来で調伏した真人に縛りは一切課していない。
そこで、調伏とはまず調伏の”意思”を告げ、相手が了承する。その了承は未来の真人のように攻撃をするなども含まれる。
そして対象を倒す。
それによって言葉にはしていないものの、事前の調伏の意思と了承の意思により、暗黙の”縛り”が課されているのではないか。
そして調伏が可能な呪霊は意思、自我がある呪霊のみ。
説明を聞く五条の目が僅かに細まる。
「なるほどね――。考えたことなかったな……。そう言われれば恵の調伏の儀も一種の縛りだもんねぇ。まぁアイツの術式は例外だけどさ。学長はどう思う?」
夜蛾は虎杖の仮説を補足し、検証する案を告げる。
「検証は必要だろう。未来で調伏したというやり方は条件がたまたま整っただけかもしれない。魂の通り道だっけか? だからまずは虎杖ではなく、悟、お前がどっかの特級を虎杖の言った仮説通りやってみろ」
意外にも夜蛾は至極当然の事を言った。
確かに虎杖の真人調伏は偶然様々な条件が整っただけかもしれない。
そして自分で宿儺を調伏したと言ったものの、それは本当に調伏なのか。
そもそも縛りだけで宿儺を縛っている現状、調伏とは言えないのではないか――と。
「ですね。調伏とは本来自分に隷属させることを意味する。だから多分宿儺も調伏出来てない」
虎杖は自分の考えを正直に告げる。
「うん、まぁ宿儺に関しては絶対的な縛りを結んでるんでしょ? そこは問題ない。今は悠仁の仮説の検証だね。それで悠仁の仮説が正しかった場合、真人を調伏するって事かな?」
五条の言葉に虎杖は頷く。
「じゃあ硝子、分かってると思うけど口外禁止だからね」
五条は軽く言うと、霊安室を出て行った。
「家入さん、この人の身元って分かったりしないかな」
虎杖は改造された遺体を見て呟く。
しかし、家入は首を振る。
「無理だな。血液も見たが人間の物ではないし、歯の治療痕も意味を成さない。それにご遺族にはなんて説明するんだ?」
虎杖も分かっていた。
それでもたった一人で何もしていないのに理不尽に巻き込まれ、遺族には行方不明として処理される。もしくは関わらない。
そんなことは嫌だった。
孤独の怖さ、苦しさを知っている虎杖だからこそ何とかしてあげたかった。
「虎杖、お前が忘れないでいてくれ。俺たちよりも遥かに長生きするお前が後世に、未来で呪術が知れ渡った後にこういう被害者が居たことを伝えるんだ」
夜蛾は虎杖を真っすぐに見て伝える。
夜蛾に虎杖の痛みや苦しみは理解できない。
しかし、理解しようとすることは出来る。
だからこそ夜蛾が思う葬送を伝えた。
「うん――。そうだよな……」
周囲との関りを、現在との関りを断とうとした虎杖はそれが間違いだったと気づき、再び関わり始めた。
そして自分だから出来る事をやる。
その一つが真人によって犠牲となった人たちの無念と思いを後世に伝える事。
「そうするよ」
虎杖は夜蛾に向き直り、力強く告げた。
本日【3月16日】定期通院の際に、持病の悪化が発覚し、入院が決まってしまいました。
手術が入るかもという事なので、長くなるかもしれません・・・
予約投稿をしておこうかとも思いましたが、ストックが尽きて結局休載になる為、事前に告知をさせていただければと思い、書かせていただきました。
様々な感想や評価をいただいて、大変ありがたく、また未熟な自分の文章を読んでくださる皆さまに感謝と共に、ここで休載となる事を謝罪させていただきます。
退院時期は未定で、いつ再開できるかは分からないのですが、必ず再開しますので、待っていただけますと幸いです。
ホシカワ