『
夏油傑の肉体を使用し、呪霊操術で遠隔監視が出来る呪霊を以て総監部と虎杖悠仁の監視を行っていた羂索。
その場で起きた事が羂索のルートには存在し得ない強者がそこにはいた。
虎杖悠仁は自身が作った子である。
夏油傑の一つ前の肉体で成した子だ。
自身の計画の一助――などではなく、単純に宿儺の器として場を混乱させる可能性のある存在を作っただけであり、役割という役割はない。
だがしかし、いくら宿儺の器として、丈夫に作り、宿儺の片割れの転生者の孫、潜在術師の息子として出来たとはいえ、あの強さは説明がつかない。
羂索は虎杖悠仁を成した後すぐに別れている。
理由はもう興味がないから。
役割を与える訳ではない為、虎杖悠仁の事は総監部の連中から聞くまで完全に忘れていたのだ。
この監視も虎杖悠仁が【特級呪術師】となっている事に驚き、また、興味本位だった。
しかし、確実な事は言えないが、羂索は確信していた。
『私の想像し得ない何かが起こっている』
呪霊を通して観察した虎杖悠仁は間違いなく一流の術師だった。
超低級呪霊である為に詳しくは分からなかったが、何かしらの術式で三人の覆面を圧倒したのだ。
「何を一人で耽っている」
真夏のビーチ、パラソルの下で目を閉じ、思案している夏油を見た火山頭の呪霊が不機嫌な表情で睨み、言う。
「ん? 別に、何でもないさ」
虎杖悠仁は『羂索に伝えろ』と言っていた。
総監部で夏油傑即ち羂索と繋がっている連中は夏油傑の正体が羂索である事を誰一人として知らない。
というよりもこの世で夏油=羂索と知っているのは一人だけのはず――だった。
にも拘らず虎杖悠仁が羂索を知っていて、且つ総監部の目の前で羂索の名を口にした。
当然あの実力であれば監視していた呪霊にも気づいている。
だからこそ名を口にすることで羂索側を牽制そして警告したのだ。
あの場で牽制、警告する事に一見すると何の意味もない。
しかしそれは総監部の連中だけの話。
そもそも総監部を威圧するだけなら実力を見せて『夏油傑』の名を言えば良かったのだ。
羂索と言えば総監部の頭は『?』となり、大した意味はない。
つまり、羂索側への完全なる警告であり、宣戦布告を意味する。
更に羂索側は更なる枷が発生する。
虎杖悠仁が羂索を知っているという事は最強の呪術師である五条悟もその事実を知っている事を意味する。
他にもまだ多くの情報を持っている――かもしれないと羂索は考える。
どれほどの情報を有しているのか、それは推測の域を出ないが、最大限の警戒を以て行動するほかない。
「計画の修正が必要かな」
その場の誰にも聞こえぬほどの声で呟く羂索――夏油傑であった。
「悠仁~、やっちゃったみたいだねぇ」
高専に戻った虎杖を待っていた五条はふざけたにやけ面で虎杖を出迎える。
「仕方ないでしょ。だって――」
虎杖からの報告を受けた五条はふむふむと思案気に数度頷く。
そして――
「その覆面三人は多分だけど御三家の奴らだろうね。直接的な血縁ではなく、兵隊っていったところでしょ。御三家の傀儡である総監部を護るために遣わされた兵隊。しかし羂索に警告は良くやったね。これで向こうはうかつに動けなくなった。悠仁の記憶を大きく頼りには出来なくなるけど、この際悠仁の記憶だけではなく、臨機応変に動く方がミスを少なくできるかもしれないからね。何より記憶による思い込みでミスが出るのが一番マズいからさ。じゃあ僕は例の調伏条件の検証の呪霊を狩りに行ってくるから、学長に報告をしておいで」
五条の言葉に頷き返す虎杖は「いってらっしゃい」と呟き、夜蛾学長へ報告に向かった。
所変わり、禪院家。
禪院家屋敷の一角。薄暗い室内に禪院扇、禪院甚壱、禪院直哉の三名が互いに向かい合い、座している。
三人の表情はそれぞれで、一人は関心なし。一人は怒り。一人は羨望。
「報告があったんやろ? 聞かせてぇや」
最年少であるはずの直哉が年長者である二人に対し、不遜な態度、言動で接する。
「黙れ。本来ならば貴様に教える義務はないが、それでも教えてやるのだ。黙って聞いていろ」
最年長の扇が直哉を睨みながら告げ、報告を始める。
禪院家と蜜月の総監部からの報告を一言一句他二名に伝える。
「はぁ? 家から出した兵隊がそんなあっさりやられたんか? 兄さんの教育がアカンかったんとちゃうんか?」
直哉の挑発に等しい言葉に鋭い眼光を向ける扇だが、そんな事はお構いなしに直哉は続ける。
「っていうかその虎杖悠仁って何なん? 術師の家系でもないのにいきなり特級。思い当たるのは同じく東京の乙骨くんやけど、あれは特級過呪怨霊っちゅう化物が居たおかげや。今回は宿儺の器っちゅうだけで異常な強さなんやろ? マジで意味分からんやん」
三人のうち直哉一人だけがペラペラと喋り続け、唐突にふと何かを思いつく。
「まぁ呪術界に入って日が浅いやろうしここは先輩として一つ挨拶でもしてこようか」
直哉は下卑た笑みを浮かべ、言い放つ。
直哉の考えは誰が見ても分かりきっていた。
仮にも特級とされている虎杖悠仁を挨拶という名目で近づき、呪術界に入って日が浅い虎杖を圧倒して自分サイドに取り込もうという腹積もりなのだ。
これに関しては直哉の盛大な勘違いなのだが、虎杖悠仁の事情を知らない者からしたら当然の考えである。
「まぁあそこには悟くんが居るからぶっちゃけ賭けやけど、まぁ何とかなるやろ」
再び下卑た笑みを浮かべ、一人そそくさと部屋を退出した。
残った二人は何も言わずただ俯いて目を閉じているだけであった。
しかし、その佇まいからは怒気が滲み出ている……。