東京校地下深く、鍛錬場として存在する広いコンクリート打ちっぱなしの空間に三人の男がいた。
一人は伏黒。二人から遠く離れ、この空間の入り口近くに立っている。
そして向かい合う二人は虎杖と五条。
二人は屈伸運動や背中を伸ばし、ストレッチなどを行っている。
「改めてルールを確認するよ。領域はなし。以上、はじめよう」
五条はそう言うと両目を覆っている布を外す。
「先生のその眼を見るのも久々だ」
虎杖は嬉しそうに笑みを浮かべ、構えを取る。
刹那、五条の姿が消える。
しかし虎杖は混乱も焦りもしない。何も見ずして後方に突然裏拳を振るう。
その拳は黒い火花を散らしながら見えない壁に阻まれる。
「いきなり黒閃かぁ」
五条は嬉しそうに笑い、虎杖の拳から放たれる呪力を見る。
その拳を止めているのは虎杖と五条の間にある【無限】。
その無限が五条を最強と呼ぶ理由の一つ。
決して攻撃が届かない。
防御において最強。
しかし、真に五条悟を最強たらしめるものは無下限呪術+【六眼】だ。
サファイヤよりも蒼く、ダイヤモンドよりも透明性がある綺麗な瞳。
しかし、その瞳が映すのは圧倒的なまでの実力。
六眼には解析能力がある。
五条の六眼が映す目の前の新特級術師、虎杖悠仁は【化物】だった。
『僕が最強? 何か自信無くすなぁ』
たった一撃。しかも完璧に防いだ。
にも拘らず五条は理解したのだ。
目の前の青年は宿儺を宿し、羂索にデザインされた。そして数十年の研鑽があり、最強と成った。
五条は恵まれた生まれで生まれ持った六眼。
当然努力はした。
しかし、何でもやりたいことが出来るこの力で並び立つ者が居ない孤独を味わう。
だが、今目の前に別の最強がいる。
最強故に孤独な五条に新たな最強が現れた事で乾きが潤う感覚に満たされていた。
虎杖は絶え間ない黒閃打撃を五条に浴びせるが、そのすべてを五条の無下限呪術によって無効化される。
そして五条は度々蹴りや拳を飛ばすも、虎杖もそのすべてを軽々と躱すかいなし、無効化する。
そんな二人の戦闘を離れた場所で見る伏黒は驚きを通り越して震えていた。
昨日初めて会った同い年だったはず。
しかし、突然未来の虎杖と入れ替わり、その虎杖は現代最強術師の五条以上の呪力を持っている。
それだけならまだいい。
問題は目の前で起きている戦闘だ。
事の始まりは早朝。
突然五条が虎杖と伏黒を連れてこの地下鍛錬場に来たのだ。
五条は虎杖の実力を知りたいと言い、手合わせを申し込んだのだ。
伏黒はその時「何言ってんだ。最強であるあんたに勝てるわけがない」と思っていた。
事実、呪力量だけなら五条悟よりも多い術師は居るだろう。
しかし、五条という人間は呪力量など関係ない次元の最強だ。
戦闘センスだけでなく燃費、無下限呪術、六眼。
これらが合わさって最強たらしめているのだ。
だが、虎杖はそれを快諾。
そして互いに領域展開は禁止というルールで手合わせが始まった。
伏黒は勝負にすらならないと思っていた。
それほどまでに伏黒の中で五条の存在が大きかった。
なのに蓋を開けてみれば虎杖の攻撃は全て黒閃が乗り、五条も攻撃は受けないものの、五条の攻撃を虎杖も受けない状態が続いている。
こんな次元の戦いを見せられてまだ子供だからなどという気持ちはなくなっていた。
早く強くなりたい。
津美紀を守れるくらい強く――。
「ねぇ、悠仁。術式は?」
一秒の間に数十の拳や蹴りの応酬が続く中で突然五条が虎杖に聞く。
虎杖は五条の言葉にニヤリと笑みを浮かべ、一瞬で五条から十メートル近く距離を取り、両手を合わせて五条へ向ける。
「無下限には何の意味もないと思うけど、俺の術式の一つだよ。穿血」
虎杖の合わされた手の間から真っ赤で鋭い液体が噴出する。
それは超高速で五条に向かうが、五条は避けることなく無下限呪術によって完封される。
「やっぱり――。じゃあ次はこれ――解」
虎杖は指を五条の方へ剣のように振る。
五条は首を傾げる。
何も感じないからだ。
無下限呪術にも何も当たっていない。
が――。
突如五条の頬に横傷が出来た。
その傷から一滴の血が流れる。
これには伏黒だけではなく五条自身も驚愕していた。
無下限呪術は絶対に突破できないと思っていた。
自分の攻撃も虎杖に効かない。
しかし、虎杖の攻撃も自分には届かない。
そう思っていた。
しかし、虎杖が放った謎の攻撃は無下限呪術を突破し、僅かだが傷をつけたのだ。
「お、解は少し突破できる――。そうか――無下限を一つの世界と解釈すると――」
虎杖はブツブツと何かを分析している。
五条は更に胸が高鳴っていた。
虎杖を強者だと認識していたものの、無下限を突破できるなど思っていなかったから。
それを突破しただけでなく自分に傷をつけた。
更に先ほどの攻撃も虎杖の本気ではない事は明らかである。
「よし、悠仁――僕も行くよ――」
五条が期待と興奮に満ちた表情で構えた瞬間、鍛錬場の出入り口が勢いよく開かれる。
夜蛾だった。
「貴様ら、学校を壊す気か!」
夜蛾の胸に抱かれているのは顔に似合わないぬいぐるみ。
そしてパジャマ姿。
「学長――」
伏黒は夜蛾によって乱暴に開かれたドアに直撃し、数メートル吹き飛んでいたのだ。
それを五条と虎杖が目にして夜蛾を見つつ、吹き飛んだ伏黒を指さしている。
「あ、すまんな伏黒。何やら異常な呪力を感じて様子を見に来たんだが、やっぱり貴様らだったか。悟! 特級二人がぶつかり合えばどうなるか知ってるだろ! 学校を壊す気か!」
そう。夜蛾の怒りはもっともなのだ。
何よりこの場の五条と虎杖は気づいていないが、この鍛錬場の手合わせしていた周辺の床にはおびただしい傷が大量に出来ている。
傷だけではなく、コンクリートが粉々になっている部分や陥没している部分などもある。
それだけではない。
先ほど虎杖が飛ばした見えない斬撃によって五条の後方直線状の壁が完全に破壊されているのだ。
そんな状態を見た虎杖と五条の二人は互いの顔を見て苦笑いを浮かべる。
「ったく――。悟、お前の報酬から差し引くぞ」
夜蛾の言葉に不貞腐れるでもなく、五条は「へーい」と軽く返事をする。
そして虎杖へ向き直り、一言。
「またいつか機会があったらやろう」
五条の笑顔に虎杖も笑顔で返す。
「それより悟、今日だろ?」
呆れた様子の夜蛾だったが、そんな夜蛾のセリフにキョトンとする五条。
そして「あ!」と大きく反応する。
「そうだった――悠仁、釘崎野薔薇を今日迎えに行くから」
その言葉に虎杖の表情が更に明るくなる。
「そっか――今日だったんだ」
虎杖はわくわく半分怖さ半分の気持ちが占めていた。
虎杖が居た未来、68年後にも釘崎はいるし、仲も良い。
相当苛烈な性格で男勝り。それは未来でも変わっていないが、それでも84歳の釘崎はずいぶん丸くなっている。
だからこの時代で虎杖と初対面での釘崎を思い出し、怖さが湧いてきたのだ。
「あ、そうだ。本当は悠仁と恵も一緒に野薔薇を迎えに行く予定だったんだけど、悠仁には任務に行って欲しいんだ。お願いできる?」
虎杖は五条の意図に気づき、頷く。
「よし、詳しい内容は伊地知から聞いて。知ってる――よね?」
両目を覆う布を首元に下げていたものを目に戻し、虎杖に聞く。
そして虎杖の肯定の頷きを確認して五条は伏黒を連れて鍛錬場を出て行った。
残ったのは虎杖と夜蛾。
「虎杖、伊地知は何も知らん。お前の正体は学生特級術師ってことになっている。それから悟にも言われただろうが、無暗に未来の事やそれに関する事を口にするなよ。例えお前が信用できる奴だとしてもだ。どう変わってしまうか分からないんだから」
夜蛾の忠告に虎杖は「うん、理解してる」と返し、鍛錬場を後にしようとして立ち止まり、夜蛾を見る。キョトンとする夜蛾だが、虎杖は口角を上げて言う。
「パンダ先輩は68年後も喋ってるよ」
唐突な発言に夜蛾は呆気にとられるがすぐに意図を理解して笑みを浮かべる。
昨夜、夜蛾の部屋に二人の男が招集されていた。
五条と虎杖。
「結論を言う。上は虎杖に興味を示していない。ただ特級という事実には懐疑的だったが、悟が保証する実力なら問題ないとして承認された。だが、上にも目敏い奴はいてな。お前の顔写真を見て16歳は偽装だとすぐにバレた。だからお前は20歳という事で落ち着いた。まぁここは高専だ。通常は高校生くらいの年齢で通う。しかし、学校である以上虎杖の本当の年齢である84歳であっても入学が可能だ。で、今回は業界の事を何も知らないで周囲の呪霊を単独で祓っていた特級術師という扱いで、20歳で行くことになった。これはある意味好都合でもある」
十六歳と二十歳では何もかもが違う。
二十歳は成人の年齢であり、パチンカスの虎杖の趣味にも行ける。
更に現場の監督を務める権限まで得る。
通常の学生は二級以下。上澄みは一級。
故に学生だけで行く任務では補助監督が付き、任務内容の説明や任務の補助を行うのだが、特級術師の学生、しかも成人済みである事を考慮すると補助監督無しで任務が遂行できる。
当然帳を管理する補助監督は必須だが、現場の指揮官としての役割を果たす。
何より特級であるというだけで単独での戦闘任務も出来る。
そして夜蛾は上層部から「近く虎杖に任務が与えられることになるだろう」という話をしていた。
それらの件があったからこそ先ほどの五条の言葉に納得したのだ。
昨日の今日で任務が与えられる。
それは呪術師という常に人手不足の業界だから術師を遊ばせるわけにはいかないというだけでなく、本当に特級なのかという確認を兼ねているのだろう。
虎杖はこの時期に特級相当の事件があったかを考えていた。
当然だが過去の世界で起きた出来事を全て把握している訳がない。
呪霊大国の日本で今でも呪霊の被害は起き続けている。
どこかには特級相当のものもあるかもしれないし、呪詛師が相手の場合もある。
つまりは過去には知らなかった事件の中に特級案件があるという事だ。
対象が特級呪霊や特級相当の呪詛師というだけでなく、一級呪霊である可能性もあるが、とにもかくにも特級の実力があるのかを見たいという総監部の腹積もりを虎杖は苦々しく思っていた。