虎杖悠仁、伏黒恵、釘崎野薔薇、五条悟は丸いテーブルを囲うように四人で座っている。
「――つまり、虎杖は事故で未来から来て、現在の虎杖と入れ替わった。で、今後起こる大規模な呪術テロの被害を最小限にする為に行動してる?」
釘崎は今聞いた話を反芻し、五条、虎杖、伏黒に聞く。
三人は釘崎の問いに深く頷く。
「まぁ私の術式だったり故郷での事を知ってるって事とこいつらもアンタの話を信じている事からして事実だろうけどさ……」
完全に信じてはいないが、他の二人が信じているという事はある程度信用は出来るとして釘崎はジト目で虎杖を見る。
しかし、虎杖と目が合い、すぐに視線を逸らす。
虎杖がキョトンとしていると、伏黒と五条は一瞬噴き出し、釘崎の睨みによってすぐに無表情に戻る。
「まぁ分かったわよ。で、アンタがうち等の修行を見るって?」
釘崎が虎杖を見てそして伏黒を指さす。
「うん。伏黒の術式と釘崎の術式の事も良く知ってるし、呪力操作とか他にも技術系の事も教えられると思う」
虎杖の真っすぐな眼差しに釘崎は顔が赤くなりながら俯き、一言。
「分かったわ」
釘崎の了承を得た所で五条が立ち上がった。
「よし、話は終わり。僕はちょっと任務に行くから悠仁、あとよろしく。あ、野薔薇、悠仁の事は特級術師とだけ情報公開してるから、変な事言っちゃだめだからね?」
五条の言葉に釘崎はちょいキレ気味に「んなこと分かってんだよ!」と怒鳴る。
五条は笑いながら後ろ手に手を振り、去っていく。
「虎杖、修行とは言うが、何をすればいいんだ?」
釘崎はまだ去っていく五条の後姿を睨んでいるが、そんなのお構いなしに伏黒が虎杖に聞く。
「うん、伏黒の場合はまずスタミナが第一優先だと思う。もちろん伏黒の呪力操作は抜群に上手いんだけど、それに対して扱える呪力量が圧倒的に少ないんだ。だからまずはスタミナを付ける。つまり器を大きくして扱える呪力量を増やす。その上で出力が上がった状態で呪力操作を行う。方法としては俺に対して全力で攻撃をしてもらう。当然式神や呪力を纏った攻撃ね。俺は一切攻撃しない。防御だけ。全力でやって、呪力がすっからかんになるまで毎日続ける」
虎杖の言葉に伏黒は怪訝な顔をする。
そんなんで強くなれるのか――という表情だ。
「言いたいことは分かる。けど伏黒の場合はこれが一番手っ取り早いんだ」
伏黒はそんな虎杖の言葉に分かったと頷き、「準備してくる」と自室に戻った。
「私は?」
釘崎も我に返り、立ったまま虎杖を見下ろし、聞く。
「釘崎は呪力操作だね。釘崎の術式は十分強い。けど、敵に接近されると極端に弱点が露わになる。釘崎自身だ。それを防ぎ、身を守る為に自分の肉体を鍛えると同時に呪力操作を高めて欲しい。方法は――あ、来た」
虎杖が見る先を釘崎も追うと、夜蛾がぬいぐるみを抱えて歩いてきていた。
「おう、二人とも。虎杖、これで良いのか?」
夜蛾は抱えていたぬいぐるみを虎杖に渡す。
「ありがとう夜蛾さん」
夜蛾はそのまま踵を返して去って行った。
「ぬいぐるみ……?」
釘崎はぬいぐるみを抱く虎杖を眉をひそめて見る。
「うん、学長に作ってもらった呪骸だよ。釘崎にはこのぬいぐるみを二十四時間抱いて生活してもらう。この呪骸に常に呪力を送り続けて。多すぎてもダメだし、少なすぎてもダメ。ちょうどいい呪力を。そのちょうどいい具合は自分で確かめて。慣れてきたらリズムに合わせて呪力を送る段階に入る」
虎杖の説明を聞いて釘崎が「ちょっと待て!」と叫ぶ。
「二十四時間って風呂とかトイレとか寝る時もか?」
釘崎の言葉に虎杖は頷く。
「そう。二十四時間。最初はそんなの無理だって思うかもだけど、出来るよ。釘崎なら」
虎杖の真っすぐな眼差しに釘崎は一瞬狼狽えたが、すぐにぬいぐるみをひったくって顔を背ける。
「や、やってやるわよ!」
釘崎の態度を見て虎杖はクスっと微笑み、立ち上がる。
伏黒の修行は地下の鍛錬場で行うことになっている。
虎杖の後ろを釘崎が付いていくが、途中でドシっと鈍い音が響く。
釘崎がぬいぐるみの呪骸に蹴られていたのだ。
「なんなのよ……」
虎杖が笑ってその様子を見ていると、釘崎は「笑ってんじゃねぇよ!」と顔を真っ赤にして叫ぶ。
そして「先に教えろよ」とブツブツ言いながらも再び呪骸を手に取り、呪力を送り始める。
伏黒と合流し、地下鍛錬場にて、既に伏黒と虎杖の乱取りが始まっていた。
虎杖は一切攻撃をせず、伏黒は呪力が切れるまで攻撃を続ける。
乱取り開始から既に二時間が経過していた。
伏黒はただの呪力を纏った打撃だけではなく、術式【十種影法術】で式神を呼び出し、虎杖を攻撃する。
最初は玉犬だったのだが、一瞬のうちに玉犬が制圧されたため、二種類の式神を呼び出しては入れ替え、絶え間なく虎杖へ攻撃を続けている。
しかし、二時間を経過しても尚一度も虎杖へ一撃も与えられずにいた。
焦りによるものか、苛立ちによるものなのかは不明だが、伏黒が呼び出す式神の耐久力も著しく減少し、そしてその瞬間は突然やってきた。
伏黒が玉犬を呼び出し、虎杖へ挟撃を仕掛けようとした瞬間、伏黒の意識が途絶えた。
それと同時に呼び出されていた玉犬も消える。
伏黒の気絶を確認した虎杖は時間を確認する。
「二時間五分か……」
これは虎杖にとって誤算だった。
当初は三十分程度で終わると思っていた。
しかし、伏黒は最初から全力ではなく、体力と呪力を温存して戦っていた。
故に二時間を超える戦闘行為が出来た。
「これじゃあ意味がないんだよなぁ」
虎杖はポツリとこぼし、頭を掻く。
「いや、体力も上がると考えれば悪くはない――のか?」
虎杖が自問自答を繰り返している最中、鍛錬場のドアが開かれる。
眼鏡を掛けた女子とパンダ、口元に紋様がある少年の二人と一匹。
当然虎杖は三人を知っている。
しかし、三人は虎杖を知らない。
本当は三人にも真実を話したかった。
しかし、五条と夜蛾から『今はダメだ』と釘を刺されている。
「おぉ~流石は特級ってか?」
眼鏡の女子、禪院真希が気絶している伏黒と全くの無傷の虎杖を見て感心したように言う。
「しゃけ」
口元に紋様がある少年、狗巻棘が肯定の意で頷く。
「どう見ても年下には見えないんだけど」
突然変異呪骸、パンダが戸惑うように言う。
「虎杖悠仁です。年は二十歳」
虎杖の自己紹介に三人は驚く。
「お、おい――年上どころか成人かよ……っていうか一年に編入っておかしくね?」
真希の言葉に両サイドの二人も頷く。
「まぁ事情があるんだろうよ。憂太もそうだったじゃねぇか。って憂太は一年の年だったから一年からか……」
パンダは自問自答で乗りツッコミをする。その様子を虎杖は懐かしそうに見るが、悟られないように発言する。
「察しの通り、事情があって一年からです。業界の事を何も知らないってことで」
虎杖の言葉に真希とパンダはなるほどと言葉を出して頷き、狗巻は無言で頷く。
「しかし年上に敬語使われるのは何か嫌な気がするんだけど俺だけ?」
パンダは真希と狗巻に視線を向け、尋ねる。
「私は別に構わねぇよ。うち等が先輩なのは変わらねぇんだろ?」
「おかか」
どうやら真希は年上から敬われるというのが新鮮なようで、狗巻はパンダと同じく嫌な様子だ。
「それよりどうしてここに?」
隅っこで呪骸を抱いている釘崎が三人に声をかける。
釘崎が居る事を知らなかった三人は驚いて飛び跳ねる。
そして釘崎の痣だらけの顔を見て顔を真っ青にし、虎杖を一斉に睨む。
「い、いや! 俺じゃない! 呪力操作の修行で呪骸がやってるんだよ!」
焦った虎杖は必至で否定し、釘崎が抱く呪骸を指さす。
「あ~なるほど」
パンダは勝手に納得し、真希は眉をひそめて釘崎と呪骸を見る。
狗巻は可哀そうな表情で釘崎を見ている。
三者三様の表情に冷や汗を拭い、虎杖は伏黒を壁際に運ぶ。
「憂太以来の特級現役生徒って聞いてどんなもんか見に来たんだ」
パンダがそういえばと釘崎の問いに答える。
そして真希は指をポキポキと鳴らし、虎杖を睨む。
「そういう事だ。だから私と勝負しようぜ」
真希の言葉にパンダと狗巻は慌てる。
「お、おい! いくら真希でも恵が傷ひとつ付けられない相手だぞ?」
パンダの言葉に真希はニタリと笑う。
「何も殺し合いをするわけじゃねぇんだ。恵に修行を付けてやってるんだろ? だったら私にも修行を付けるってことで頼むわ」
真希はそう言うと背負っていた棒状の呪具を手に持つ。
「分かりました」
虎杖は了承の意思を示し、構える。
真希は天与呪縛によるフィジカルギフテッド。
体術特化の術師だ。
しかし、虎杖は天与呪縛のフィジギフ相手でも体術のみで対処できる実力を持つ。
虎杖は両手に呪力を貯める。
真希は眼鏡を通して呪力が集まる虎杖の両手を見る。
そして動く――。
フィジカルギフテッドに相応しくただ真っすぐに突っ込んでくるわけではなく、フェイントを交えて更にフェイントで棒で突く素振り。
更に虎杖の背後へ瞬時に回り込み、上段蹴りを入れる。
しかし、虎杖はそれを読んでいたのか、蹴りが入る瞬間に膝抜きで瞬時に屈みこみ、そのまま左足を軸に回転し、下段回し蹴りを真希の横腹に入れる。
しかし、真希もそれを読んでいたのか、虎杖の反撃を見てからかは不明だが、棒で蹴りを受け、その衝撃そのままに吹き飛ぶ。
「ったくよ! 棒がダメになっちった」
壁に激突した真希だったが、すぐに立ち上がり、真っ二つになった棒を苦々しく見る。
そして双剣のように折れた棒を持ち、再度虎杖へ攻撃を仕掛ける。
しかし、真希の数十に渡るフェイントの末出された真の攻撃は虎杖に完全に読まれていて、真希の虎杖へ突っ込んでいった勢いを逆に利用され、鉄山靠の直撃を受けた。
その瞬間、真希は吐血し、幸い虎杖が真希の腕を掴んでいたため、吹き飛ぶことはなく、そのまま虎杖の腕の中で気絶した。
「フィジギフ相手に体術で勝つって――本当に特級なんだな」
一連の戦闘を見ていたパンダは茫然とし、狗巻はパンダの言葉に同意するように「しゃけ」と消え入るような声で発した。
そして更に驚くような光景が一堂の目に映る。
虎杖が真希の腹辺りに手を当てて反転術式を施しているのだ。
「他者に出来るのか!?」
パンダは驚愕して大声を出す。
「うん。一応ね」
虎杖は頷きながら答え、真希の肋骨骨折を治療する。
「じゃあな。迷惑かけたな」
真希の治療が終わり、真希を抱えたパンダが狗巻と共に鍛錬場を出て行った。
「伏黒は治療しないの?」
やはり壁際でずっと呪骸を抱いている釘崎がまだ気絶している伏黒を見て言う。
「うん。伏黒は怪我とかじゃなくて単純に呪力消費による気絶だから。寝てれば大丈夫。じゃあ俺は伏黒を部屋に置いてくる」
釘崎に答え、虎杖は伏黒を抱え上げる。
釘崎も鍛錬場を出るようで、そのまま虎杖についていった。