いつかは魔王!【第一部完結】   作:元近ちか

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第25話 エピローグ

 首都ヨートゥルムの外縁(がいえん)、城壁から離れた小高い丘の上。

 安全圏まで退いてなお、大臣たちは誰一人として腰を下ろせなかった。

 

 宮廷魔術師の一人が握る望遠鏡は、汗で何度も滑り落ちかけている。

 それでも彼らの目は、半ば崩れた王城から()らせなかった。

 

 王城の上半分が吹き飛び、そこから世界の終わりを告げるかのように噴出していた赤黒い瘴気(しょうき)

 それが今、あり得ない現象を起こしていた。

 

 突如として現れた漆黒の球体が、(あふ)れ出た瘴気(しょうき)を一滴残らず吸いこんでいったのだ。

 

 直後、空気そのものが引きずられ、木々が大きくしなった。

 そして──。

 

 ──YyyyyyyyYiIiGgAaaaaaaaaaAa!!

 

 大地そのものが悲鳴を上げているかのような、魔王ガーノスヴァイエの断末魔。

 それが丘の上まで響き渡り、やがてフッと尾を引くこともなく途絶えた。

 

「…………」

 

 丘の上の避難陣地に、水を打ったような静寂が落ちる。

 望遠鏡で観測を続けていた宮廷魔術師が、カチャカチャと歯の根を鳴らした。

 

「しょ、瘴気(しょうき)が……消えた……?」

 

 宮廷魔術師は望遠鏡を覗き、外し、また覗いた。

 震える手で隣の魔術師へ押しつける。

 受け取った者も、同じように覗いて、同じように言葉を失った。

 

 そして、ウソではない事を確認し、ようやく叫んだ。

 

「ま、魔王が完全に消失しました! ガーノスヴァイエは……討伐、されました!!」

 

 ォォオオオオオオオ……!

 

 その報告に、周囲の近衛兵たちが息を呑む。

 国家の至宝たる葬天(エンゼルハイロゥ)を壊され、万事休すと思われた土壇場での、完全なる大番狂わせ。

 

「やった……!」

「魔王が死んだぞォォォッ!!」

「おおおおおおおっ!!」

 

 わずかな空白の後、避難していた数万の市民と兵士たちから、地鳴りのような歓声が爆発した。

 抱き合って涙を流す者、天へ向かって剣を突き上げる者。

 ヨートゥルムを包んでいた絶望は、一瞬にして熱狂と歓喜の渦へと塗り替えられたのだった。

 

「あのドラゴンがやってくれたのか!?」

「確かに、おれはドラゴンから光と闇のブレスが吐かれるのを見た……!」

「いや、あの上に人影があった! その人が勇者だ!」

 

 人々が口々に勇者の正体を推測し、丘の上は熱を帯びた議論で持ちきりになる。

 そんな(おり)、星明かりを(さえぎ)るようにして、件のドラゴンが人々のいる丘へと舞い降りた。

 

「おお……!?」

「ぶ、ブレスは吐かないよな……?」

 

 人々は恐れと畏敬(いけい)の念を抱きながらも、固唾(かたず)を呑んでドラゴンを遠巻きに取り囲んだ。

 

 やがて、契約を果たしたドラゴンの巨体が、細かな光の粒子となってスウッと空へ散っていく。

 その上に乗っていた3つの影が、丘の上に降り立った。

 

「おぇええっ……!」

 

 1人目。

 青年は、魔力酔いを起こして地面に膝をつき、激しく嘔吐(おうと)していた。

 その体の右半分の肉は(いびつ)に変形しており、特に右腕は皮膚が溶け、肌色のクリーム状になっている。

 

「…………」

 

 2人目。

 赤毛のシスターは、ドラゴンを召喚した代償として、最後の一滴まで魔力を絞り尽くされていた。

 糸が切れたように、その場で倒れ伏してぴくりとも動かない。

 

 そして、3人目は──。

 

「あの……こ、こんばんは、皆さん」

 

 疲労の色は濃かったが、唯一しっかりと両足で立ち、言葉を発することができている小柄な少女。

 彼女を生け贄にしようとした重鎮たちは、その少女の顔と名前を知っていた。

 

「リ……リスティ・クノケウス!?」

 

 彼らは、上空でタラスクが放った光の道と、それに続く巨大な紫紺(しこん)の矢の威容を、遠目から確かに目撃していた。

 そして何より、王城から消えた瘴気(しょうき)こそが、リスティという答えを導いている。

 

「素晴らしい……! 素晴らしいぞ、リスティ殿!」

 

 大臣が顔を紅潮させ、詰め寄ってきた。

 

「我が国の危機を救ってくれたこと、レイワズ王国を代表して深く感謝を申し上げる!

 葬天(エンゼルハイロゥ)は失われたが、あなたという勇者がいてくれれば、我が国は盤石(ばんじゃく)だ!

 これから一生、いや末代に至るまで、この国で何不自由ない、最高の平穏と贅沢な暮らしを約束しよう!」

「あの……」

 

 熱烈な歓迎の言葉を浴びせられ、リスティは大臣の顔を見上げたまま、何度か(まばた)きをした。

 それから、グロッキーになっている銀髪の青年を指差す。

 

「……じゃあ、ハルスフォートさんも、一緒に歓迎してくれますか?」

「…………」

 

 その純粋な問いかけに、さっきまで丘を揺らしていた声が、嘘のように引いた。

 宮廷魔術師たちが、(かたき)を見る目でハルスフォートを睨みつける。

 

 大臣の愛想笑いは、苦笑いに変わった。

 

「……リスティ殿。彼は、王城に不法侵入し、近衛兵を手にかけ、あろうことか国家の至宝たる葬天(エンゼルハイロゥ)を破壊した凶悪犯です」

 

 大臣は、言葉の裏に鋭い刃を隠して、ひどく穏やかな声で続けた。

 

「ですが、勇者様の口添えとあれば、そういたしましょう。

 彼にはこの国で、残された生涯のすべてを過ごす権利が与えられる。

 彼が最期の息を引き取るその瞬間まで、我が国が責任を持って面倒を見るとお約束いたしましょう」

 

 その言葉を聞いた瞬間、リスティの耳の奥で、昔の扉が叩かれた。

 祖父が魔王になった夜、家に来訪した兵士のノック。

 

 リスティは、()き物が落ちたように、ふわりと、にっこりと微笑んだ。

 

「そうですか。分かりました」

 

 リスティは大臣に背を向け、ハルスフォートの(そば)へ歩み寄った。

 自分よりも頭一つ以上大きな彼の身体を、下から担ぎ上げるようにしてしっかりと支える。

 

「おい、何をする気だ……?」

「ごめんなさい、大臣さん」

 

 リスティは、呆然とする国家の重鎮たちへ向けて、ハッキリとした声で告げた。

 

「わたし、ハルスフォートさんと一緒に旅をする約束をしているんです。

 よければ、門出(かどで)を祝ってくれませんか?」

「……は?」

 

 素っ頓狂(すっとんきょう)な言葉は、異口同音にハルスフォートと大臣から発せられた。

 

 そして、彼女は腰布(サッシュ)でハルスフォートと自身の胴をギュッと結び、空の一点に意識を結んだ。

 師匠が教えてくれた魔術。そして──師匠の用意した(おり)から、逃げる為の魔術。

 

「なっ……逃がすな! 捕らえろッ!」

「──跳空(エアステア)!」

 

 大臣の絶叫と同時だった。

 リスティの足元で、魔力が爆発した。

 

 ドッバァンッ!

 

「跳躍」などという生易しいものではなかった。

 128の呪算紋(グリマ・グリフ)から展開された強力な力場は、超高圧縮の推進力へと変換し、音の壁を容易(たやす)くぶち破った。

 

「ぎゃああああああああっ!?」

 

 その場にいる誰もが悲鳴を上げた。

 大臣も、宮廷魔術師も、近衛兵も、ハルスフォートも、リスティも。

 

 衝撃波で周囲の近衛兵たちが吹き飛ぶ中、二人の姿は花火のように、猛烈な勢いで空の彼方へと打ち上げられていった。

 

疾翔翼(チェレスティアーレ)は!?」

「ダメです! あの速度では追いつけません!」

 

 ざわざわと国の者たちが騒ぐ輪の外。

 ジェーンは地面に仰向けになり、2人が逃げる様を見て、ふっと笑った。

 

「……なんだ……イヤなこと、ちゃんとイヤって言えるようになったじゃない……」

 


 

 胃が、喉のあたりまで持ち上がっていた。

 風はもはや風ではなく、全身を殴りつける透明な壁だった。

 ヨートゥルムの灯りが、足下に広がる星空のように小さく遠くなっていく。

 

「おまえ……どこまで飛んでく気だ!」

「わ、わかりません! 止まりかた、教わってないです!」

 

 鼓膜が破れそうな風の轟音の中、空の彼方へと吹き飛んでいく。

 段々と加速力が弱まる中、ハルスフォートがリスティに訊く。

 

「……おまえ、あの高慢ちきの話がよく分かったな。

 あれは、おれを死刑にする口振りだったぞ」

 

 ハルスフォートの問いに、リスティが頬を掻いた。

 

「……わたしの故郷で聞いた事があるんです。『諸君らには一生の安息を約束しよう』と」

「ほう、経験が生きたな」

 

 皮肉げにハルスフォートが返し、リスティが微笑む。

 

「でも、こうして逃げたのは──あの国でずっと勇者として(かつ)ぎ上げられるよりも、やりたいことができたからなんです」

「……やりたいこと?」

 

 強風に煽られながら、リスティはハルスフォートに向かって続ける。

 

「故郷に帰りたいんです。

 わたしの祖父──おじいちゃんが、魔王になったこと。3親等以内のわたしと両親は故郷を追われたこと……ご存知ですよね?」

「前に話していたことだろ、覚えてる」

 

 ハルスフォートが、わずかに眉を動かした。

 

「……今でも、倒されたという話を聞いていません。

 故郷は遠くて、すぐには辿りつけませんが──いつかは魔王を倒して、おじいちゃんの無念を晴らしたい。

 そしてその武勇で、故郷にわたしたちの居場所を作りたいんです。

 魔王の血縁者を、ただ恐れて殺す制度を無くす為に」

 

 それは、勇者となった少女の、高らかな宣言。

 ハルスフォートは、痛む腕を(かば)いながら、夜明けの空を見上げた。

 

「魔王一匹を倒したって実績を積んだんだ。おまえなら、できるだろうさ」

「はいっ!

 お城の時には、失礼なことを言ってしまいましたが……改めて、護衛の依頼をよろしくお願いします、ハルスフォートさん」

 

 そこで一拍置いて、彼はいつもの調子を取り戻した。

 

「報酬の額は、後でじっくり話そう」

 

 どこへ落ちるのかも、いつ止まるのかも分からない。

 けれど、背中を追ってくる(おり)の気配だけは、もう遠かった。

 

 終着点すら知らない自由を手にし、二人は昇り始めた朝陽を同時に見つめた。




これにて第一部完結となります!
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