超短編小説の習作。強盗ジョーはある日の夕方も彼の仕事に励むのだったが――

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強盗

 世の中にはいろいろの商売があるものだが、そのすべてが人に喜ばれるものだとは限らない。

 ジョーの商売もそうだった。彼は強盗なのだ。使い古しのピストルを懐に隠し持ち、人目のないところを見計らってさっと取り出す。大抵の人間はこれで震え上がって財布の中身を逆さにぶちまける。

 どんなものにも上手い下手があるものだが、そこへ行くと彼は天才的だった。素早く獲物を見つけ、数十秒で金を奪い、とんずら。しめて一分もかからない。顔はさりげなく帽子で隠してあり、あらかじめ入念に逃走ルートも調べておくので捕まることもない。

 

「さあ、出せ」

 その日もジョーはいつも通り商売をしていた。

 獲物と定めたのはさえないリーマンふうの男だった。まゆ毛が今にも落っこちそうなくらい垂れ下がっている。歩き方とてふらふらだ。時刻は午後19時、みな疲れて家路につく時間なのだが、それにしたって男は元気がなかった。

 もちろん、だから彼を選んだのだ。元気でやり手なのはよくない。ともすると怒り肩、学生時代はスポーツマンだったりして、返り討ちにされないとも限らぬ。えいやっとぼこぼこにされて通報、お縄につく。そんなのはごめんこうむる。なによりプロとしての美学があるのだ。間違ってもへまはしたくない。

「なにをしている、このピストルが目にはいらないか。撃ち殺されたくなかったら出すんだ」

「へえ、出すって何をです」

 その男は元気のない声で言った。

 こうなるとタイムロスだ。こうしている間に警察が通りかからない保証もないのに。ジョーはいらいら囁いた。

「にぶいやつだな。ピストルを構えて、夕暮れ時の薄暗いのに出せと言うのだから決まってるだろう。金だよ。財布の中身だ」

「結構ですが、金なんかありませんよ」

 男の言葉にジョーは憤慨した。

「馬鹿なこと言うない。おまえの身なりをみりゃわかる。会社勤めだ。いくら貧乏だって財布にゃいくばくか入っているはずだ。それとも、会社をクビになって自暴自棄になり、ギャンブルですったのか」

「いえ、私は生まれてこの方真面目な性分でして、博打はやりませんし、遅刻も欠勤もありません」

 と、さえない男。強盗ジョーは鼻の穴を膨らませてうなった。

「だったら札の1枚や2枚あるだろう。ウソをつくとためにならんぞ。この得物がおもちゃだと思ったら大間違いなんだぜ」

「ウソなんかつきませんよ。私は真面目な性分ですから。ご覧になりますか」

 さえない男は財布を広げて見せた。こうでなくちゃあ、とジョーはほくそ笑んだが、その意気はすぐにしおしおと萎んでしまった。男の言う通り、古ボケた革財布にはまったくこれっぽっちの金もなかったのだから。

「なんてこった。おまえは昼飯を食ったり、電車通勤したりしないのか」

 不用心にもジョーは信じられない気持ちで叫んだ。男は首を振る。

「いえ、あなたご存知ないのですか。昨今の電子化の流れ、私もついこの前キャッシュ・カードを契約したのですよ。銀行口座からじかに買い物ができて、税金もやや安いのです」

「なんだかわからんが、じゃあそれを寄越せ」

「無理ですよ、あげたって暗証番号がなきゃ使えませんから。それに盗まれたカードはすぐに止められますし、使った記録がコンピューターに残るのです。強盗商売としてはあなた、足跡がないほうがいいんじゃありませんか」 

 

 こうなると始末に負えぬ。ジョーはすごすごと退散した。被害者に心配されるようでは強盗の名折れだ。安アパートに戻り、後をつけられていないかどうか確かめてから布団に潜り込む。

「今日はまったく散々だった。しかし電子化の流れとは、俺も時流に倣わねばならないかもしれぬ。何と言っても世間の流行りについていけぬようではプロとは呼べない」

 強盗とはいえ、彼にも職業人としての誇りがあるのだ。

 あくる朝、ジョーは銀行に出かけた。電子化に対応するためである。整理券を取り、番号を呼ばれてカウンターに座る。

「本日のご用件は」

「電子化に対応しに来た」

「はあ。キャッシュ・カードのお申し込みですか」

 慣れた様子で受付は言った。やはり同種の客の多いことが窺われる。ジョーはますます唇を引き結んで、深々と頷いた。世間の動くのは早いものだ。あっという間に新しいものが現れ、広がり、そして古びて廃れていく。一刻も早くこの波に乗らなくては。

「新規のお申込みですと、いろいろと審査がございます。お名前とご住所、それからご職業をこちらの用紙に記入願えますか」

「なに、仕事を。それは必須なのか」

「はあ」

 受付は眠そうなんだか暇そうなんだかわからないような顔で言った。

「カードの審査がございますので」

「まったく失礼な世の中になったものだ。人の仕事を審査するだと。俺が若い頃はもっとみんなお互いに尊敬を持ち、誇りを持って働いていた。職業に貴賎なしという言葉をみなが骨の髄まで飲み込んでいた。人の仕事を値踏みするなどと、そんなことはしなかったものだ」

 ジョーはなんだか負けたような気持ちになって怒った。受付は眉をひそめた。

「しかしお客様、当行のサーヴィスをお使いいただくのに大丈夫かどうか、お客様の信用情報が入り用なのでして」

「けしからん、けしからんぞ。おれの仕事が何であろうが関係ない。俺は信念を持って仕事に臨んでいる。プロフェッショナルとして電子化に対応すべくここへ来たというのに、何たる仕打ちか。これがこの銀行のやり方なのか。お前では話にならん、上の者を呼んでこい」

 こうなるともう引っ込みがつかない。自分でもなにをやってるんだか分からぬほど一種錯乱しながらジョーは気炎を上げて叫んだ。これでまた、怒れる客を宥めるでもなく、おとなしく呼ばいに行くのが受付も受付である。この場で一番かわいそうなのは呼ばれて出てくる上の者だったろう。

 

「どうされましたお客様、おや。おや、いつぞやの」

 そこで出てきたのはあの冴えない男、昨日の被害者だった。ジョーに電子化を教えたあのサラリーマンふうのやつだった。

 ジョーは一瞬呆気にとられたが、すぐにポンと膝を打って椅子にかけた。

「なんだ、あんたここの銀行員だったのか」

「へえ、そうでございます。いったいどんな御用でいらしたのですか」

「電子化に対応しに来たんだが、どうも俺の職業が信用できんと言うんだ」

「なるほど、キャッシュ・カードですか。確かに収入が不安定だったりすると困りますな」

 ジョーはそこで、はっと思いついたように男の顔を見た。

「そうだ、俺の仕事っぷりを見せてやろう。話が早い。俺がどれだけ仕事に真摯であるか、勤勉であるか、また営業機会を逃さないか、他ならぬお前なら実感を伴って分かるだろう」

「結構ですが、何をなさるんで」

 きょとんとしている男に、ジョーはさっとピストルを突きつけた。

 

「さあ、金を出せ。この前とは違う、ここならまだたっぷり現金を置いているはずだ。さすがの電子化も、他ならぬ銀行の金庫にまでは及ぶまい」


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