【完結】先生とネトゲでマッチしたミサキが、他人として先生と仲良くなるお話。   作:曇りのち晴れ男

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第十二話 君が好き

 

 爆発の中心地に近づくにつれ、夜の闇は暴力的なまでの朱色に染め上げられていた。

 銃撃と破壊の轟音が、絶え間なく鼓膜を打ち据える。

 

「ヒヨリ、右! 崩れる!!」

 

「ひぃぃぃっ!? 弾が、弾が足りません〜っ!」

 

 火の海と化した大通り。爆発の混乱に乗じて暴走し始めた都市防衛用のオートマタたちが、無差別に銃弾をばら撒いている。

 私は舌打ちをしながら身を低くし、銃の引き金を引いた。

 

 着弾の凄まじい衝撃と共に、立ち塞がっていた数体のオートマタがスクラップに変わる。しかし、それすらも周囲で燃え盛る炎の音に容易くかき消されていく。

 崩落したビル、ひしゃげた信号機、そして鼻を突くアスファルトの焦げる匂い。

 ここは戦場だ。私たちが長年身を潜めていた、あの冷たくて残酷な地下と同じ。

 

「……っ!」

 

 肺に吸い込んだ濃い煙が、私の弱い気管を容赦なく焼いた。

 息が苦しい。熱気で視界が歪み、立っているだけでも体力がごっそりと削り取られていくのが分かる。

 

「ミサキ、大丈夫!? 無理しないで!」

 

「平気……っ。それより、早く先生を……!」

 

 隣で銃を構えるアツコに短く返し、私は周囲を見渡した。

 現場はあまりにも広大で、被害状況は最悪。火の手は今もなお燃え広がり、崩れかけた建造物がいつ倒壊してもおかしくない状況だった。最悪を想像するだけで、心臓が握り潰されそうになる。

 

「姫……このままじゃ間に合わない。手分けしよう」

 

「でも、この火の海で孤立するのは危険すぎるよ……!」

 

「探す範囲が広すぎる。私と先生の、あの時の通信ログ……その最終位置は、まだ先のはず」

 

 私は銃を背負い直し、アツコをまっすぐに見つめた。

 

「ヒヨリは姫と。私は東の区画を探す」

 

「……ミサキ」

 

「お願い」

 

 私の有無を言わせぬ視線に、アツコは少しだけ躊躇った後、小さく頷いた。

 

「分かった。でも、絶対に無茶はしないで。通信は繋いだままにしておくから」

 

「了解。行くよ」

 

 短く言葉を交わし、私は一人、燃え盛る東の区画へと飛び込んだ。

 

 火の粉が舞い散る中を、瓦礫を乗り越えながら必死に進む。

 ブーツの底から伝わる尋常ではない熱。周囲は完全に火の海で、生きた人間の気配なんてどこにもない。

 それでも私は、喉の痛みを無視して大声を張り上げた。

 

「先生……っ! 先生!!」

 

 返事はない。

 建物の崩壊する音と、炎の爆ぜる音だけが響く。

 

「どこにいるの……! 返事をしてよ、バカ……っ!!」

 

 涙なのか、煙が目に沁みているだけなのか、視界がぐしゃぐしゃに滲んでいく。

 

「(……謝らないと。まだ、謝ってない)」

 

 さっきはあんな態度をとったけれど。逃げ出してしまったけれど。

 本当は、嬉しかった。私がゲームの中でずっと頼りにしていた『T』が、あの鈍臭くて、誰にでも優しくて、底抜けにお人好しなあなただったことが。

 私が『MISA』だと知った上で、それでも私という存在を受け入れて、あのプロポーズみたいな申請を投げてくれたことが。

 

「出てきてよ……っ! 怒ってないから……っ! 私だって騙してたんだから、お互い様でしょ……っ!?」

 

 叫び声は空しく虚空に吸い込まれていく。

 焦燥感で頭がおかしくなりそうだった。もし、このまま見つからなかったら。もし、冷たくなったあの人を見つけることになってしまったら。

 

「お願いだから……置いていかないで……っ!」

 

 私は顔を覆いそうになる両手を必死に下ろし、炎の壁の向こう側へと、さらに深く足を踏み入れた。

 

 ■■■

 

 炎の壁を抜け、崩れかけた廃ビルの前を通りかかった時だった。一階の外壁のそば、瓦礫の陰にうずくまっている人影が見えた。

 

「……っ!」

 

 見間違えるはずがない。煤と泥に塗れたスーツ姿。私は全速力で駆け寄り、その場に膝をつく。

 

「先生! 先生……っ!」

 

 体を揺さぶるが、反応がない。顔は青ざめていて、意識を完全に失っているように見える。震える手で鼻先に指を近づけると、呼吸はあった。しかしひどく浅くて頼りない。

 このままじゃ危ない。早く意識を戻させないと。

 

「先生ッ!!」

 

 私は迷わず右手を振り上げ、その鈍臭い大人の頬を思い切り張り飛ばした。

 

「痛ぁいっ!!」

 

 悲鳴と共に、先生が跳ね起きるように目を開いた。

 

「ミ、ミサキ……? い、痛い、なんで……?」

 

「……死んでるかと思った」

 

 安堵で腰から崩れ落ちそうになるのを必死に堪え、私は先生の体を調べた。

 すぐに、ひどい出血に気がつく。爆発の衝撃で飛んできたらしい鋭い瓦礫の破片が、先生の腕に深く突き刺さっていた。スーツの袖が赤黒く染まり、今も絶え間なく血が滴り落ちている。

 

「(止血しないと……っ!)」

 

 私は焦りながら、自分のバッグについていた白い紐を引きちぎった。これで腕の根元をきつく縛って、血流を止めれば。

 

「待って、ミサキ……」

 

 私が紐を縛ろうとした瞬間、先生の血に染まった手がそれを遮った。

 

「下手に緊縛すると、うっ血して余計に出血する……。それに、神経も……」

 

 息も絶え絶えになりながら、それでも冷静に私を止める先生。

 

「じゃあどうすればいいの! このままじゃ血が……っ」

 

 私は周囲を見渡す。清潔な布なんて、この火の海に落ちているわけがない。

 ふと、自分の足元に視線を落とした。私がいつも履いている、あちこちが擦り切れて破れているズボン。

 迷っている暇はなかった。

 

 私はすでに破けてちぎりやすくなっていたズボンの生地に指をかけ、力任せに布地を大きく引き裂いた。

 それを幾重にも折りたたんで分厚い当て布にし、先生の腕の傷口に直接押し当てる。その上から、先ほどの白い紐をきつく巻きつけて固定した。

 

「まぁ……衛生的にはアレなんだけど、圧迫止血、もどき……」

 

 息を吐き出しながら、なんとか処置を終えて呟く。

 痛みに顔を歪めながらも、先生は私の顔と、布が減って肌が大きく剥き出しになった私の足元を交互に見て、力なく笑った。

 

「悪いねミサキ……新しいズボン、買うから」

 

「……バカ。そんなのどうでもいいから、喋らないで」

 

 私は先生の無事な方の腕を自分の肩に回し、立ち上がるのを手伝う。

 

「さぁ、早くここから出るよ。姫たちとも合流しないと……」

 

「ミサキ……」

 

 立ち上がりかけた私の袖を、先生の血に染まった手が弱々しく引き留めた。

 振り返ると、先生はひどく痛ましげな、泣き出しそうな表情で私をまっすぐに見つめていた。腕の傷の痛みから来るものではない。もっと深い、罪悪感に苛まれた顔だった。

 

「……ごめん」

 

 煙に巻かれた掠れ声が、静かに私の耳に届く。

 

「ずっと黙ってたこと。ミサキが『MISA』だと知っていながら、私が『T』だということを隠して……騙すような真似をして、本当にごめん。どんな理由を並べても、今の私じゃ言い訳にしかならない。君をひどく傷つけてしまったこと……本当に、ごめんなさい」

 

 先生の声は微かに震えていた。

 自分の致命的な怪我よりも、私を傷つけてしまったことに対する後悔。大人の余裕なんて欠片もない、ただひたすらに自分の非を認めて謝り続けるその姿に、私の胸の奥が締め付けられる。

 

 視界が、急に熱くぼやけた。

 さっきまで必死に我慢していたものが、目の奥から止めどなく溢れそうになる。

 

 私はそれを誤魔化すように、血と泥に塗れた先生の胸に、すがりつくように強く抱きついた。

 

「……」

 

 先生の服に顔を押し当てて、震える声を絞り出す。

 

「私だって……私だって、先生を騙してたのに……。正体を隠して、ひどいこと言って、勝手に逃げ出して……ごめんなさい……っ」

 

 匿名をいいことに、あの人の優しさに甘え続けていたのは私の方だ。

 意地を張って、この人をこんな危険な火の海に飛び込ませてしまったのも。

 全部、私の方こそ謝らなきゃいけないのに。

 

 背中に、温かい重みを感じた。

 先生の無事な方の腕が、震える私の背中を、迷うことなく優しく抱きしめ返してくれたのだ。

 

 周囲ではまだ炎が渦巻き、建物の崩落する音が響いている。

 逃げ出さなければならない極限状態だというのに、血と煤の匂いが混じるこの腕の中だけは、私がずっと求めていた、何よりも安全で温かい場所だった。

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