【完結】先生とネトゲでマッチしたミサキが、他人として先生と仲良くなるお話。 作:曇りのち晴れ男
穏やかな昼下がりのシャーレ。
私は執務室の床に、先日の山でのキャンプで使ったテントキットを広げ、破れやポールの歪みがないか念入りに点検をしていた。
『先日、シャーレ付近で発生した爆発テロについてですが、公安局による対応により犯人は逮捕されたと発表が──』
あの大規模な爆発事故から、しばらくの時間が経った。火の海に沈んだ市街地の復興はまだ続いているし、私の体にもいくつかの生々しい傷跡が残っている。けれど、窓から差し込む冬の柔らかな日差しが、私たちの日常が少しずつ、確かな平穏を取り戻しつつあることを教えてくれていた。
点検作業に区切りをつけようとした時、執務室のドアが控えめに開く。
「や。アツコ、ヒヨリ。いらっしゃい」
顔を出したのは、見慣れた二人の生徒だ。
アツコは部屋に入るなり、何かを探すように視線を巡らせる。その後ろからは、厚着をしたヒヨリが、部屋の暖気に触れて溶けそうな顔をしながらよろよろと入ってきた。
「あわわ……冬場のシャーレは、天国みたいに暖かいです……。外の風は冷たくて、私たちのことなんてこれっぽっちも歓迎してくれないのに……」
「ヒヨリ、ストーブの真ん前に行きすぎると火傷するよ。……あれ? 先生、今日は一人?」
ヒヨリに苦笑しながら注意を向けた後、アツコは不思議そうに首を傾げる。
「ミサキと一緒だと思ったのに……」
アツコのその言葉に、私は努めて自然な笑みを浮かべた。
「ミサキなら知らないなぁ。今日は天気もいいし、どこかお散歩でもしてるんじゃない?」
「……そっか」
彼女はふふっ、と意味深に小さく笑っていた。彼女のその余裕のある表情を見ていると、私の下手な誤魔化しなど、最初からすべてお見通しなのではないかという気がしてくる。
アツコはそれ以上深く追及することはなく、ふと私の足元へと視線を落とした。
「先生、ケガはもういいの?」
「もう大丈夫。歩くのには少し時間がかかるけどね」
私は苦笑いしながら、いまだに分厚い包帯が巻かれている自分の右足をさすった。瓦礫の下敷きになったあの日、自らの肉を裂いてでも脱出しようとしたあの無茶な判断のせいで、骨の近くまで達した傷の治りは余計に長引いてしまっている。
「いやぁ……断ち切る度胸も技量もないなら、カッターなんて突き立てるもんじゃないね。今思い出しても冷や汗が出るよ」
「当たり前です……」
ストーブの前で温まっていたヒヨリが、涙目でこちらを振り返る。
「カッターは、雑誌の付録の袋を開ける時くらいにしか使っちゃダメなんです……。悪化しないように気を付けてくださいね……先生……」
「ははは、気をつけるよ。ヒヨリに心配をかけちゃったね」
ヒヨリの切実な言葉に頷きながら、私はあの日、絶望の淵にいた私たちを力ずくで救い出してくれた、かつてのリーダーの顔を思い浮かべた。
「……そういえば、サオリは?」
あの一件の後、彼女がどこへ行ったのか。私が尋ねると、アツコは窓の外の青空を見つめ、少しだけ寂しそうに、けれど確かな信頼を込めた声で言った。
「……サッちゃんは、また消えちゃった。ふらっと現れて、私たちを助けて、嵐みたいにいなくなっちゃった」
アツコは振り返り、私に微笑みかける。
「でも、どこかでたくましく生きてるんじゃないかな。自分探しのために。彼女はもう、誰かの命令で動く人形じゃないから」
「そっか……」
彼女が自分自身の足で、彼女自身の人生を歩み始めているのなら、大人の私が口出しすることなど何もない。ひとまず、安心だ。
「今の私があるのは、あの日駆けつけてくれたアリウスのみんなのおかげだよ。本当にありがとう」
心からの感謝を伝えると、アツコは静かに目を伏せて微笑み、ヒヨリは照れくさそうに身をよじっている。
「え、えへへ……それほどでも……。今度、お肉がいっぱい食べられるご飯屋さんに連れて行ってください……一番高いコースで……」
「もちろん。一番美味しいものを食べに行こう」
他愛のない、けれど何よりも尊い約束を交わし、二人は満足そうに執務室のドアに向かった。
「それじゃあ、またね、先生」
「じゃあね、二人とも」
二人の足音が廊下の奥へと消えていくのを、私は内心バクバクで見つめる。
アツコとヒヨリの足音が廊下の奥へと完全に消えたのを確認し、私は広げていたテントキットを丁寧に畳んでケースに収めた。
ふう、と一息ついて立ち上がり、デスクの上に置いてあったスマートフォンに手を伸ばす。
画面をタップして画面に現れるのは、いつものオンラインゲーム。
起動画面もそこそこに、パートナーの項目に光る『MISA』の文字が現れる。私はそこに、短いチャットを打ち込んで送信した。
【もういいよ】
メッセージが送信された、まさにその数秒後。
執務室の奥、普段は私が徹夜明けに倒れ込む仮眠室のドアが、ゆっくりと音を立てずに開いた。
中から、少しだけ気まずそうに、けれど張り詰めていた緊張が解けたような顔つきでミサキが姿を現す。
彼女の足元を包んでいるのは、あちこちが擦り切れて破れかかっていたあの見慣れたズボンではない。私があの火の海での出来事の後、約束通りにプレゼントした、傷一つない真新しいズボンだ。
「はぁ……まさか、突然来るなんて……」
ミサキは大きなため息をつきながら、私のデスクのそばへと歩み寄ってきた。
ずっと仮眠室の中で息を潜めていたのか、それとも二人に見つかるかもしれないと焦っていたのか、彼女の頬は少しだけ上気している。
「ははは、別にいいじゃないか、二人に見られたって」
私は笑いながら、デスクの椅子に深く腰掛けた。
「変なことしてるわけじゃあるまいし。普通に遊びに来てたって言えば、アツコたちだって……」
「そういう問題じゃない」
ミサキは少しだけ顔を背け、不満げに口を尖らせた。
秘密にしているわけではないのだろうけれど、彼女なりに、この場所で私と二人きりでいる穏やかな時間を、他の誰かに邪魔されたくない──あるいは、からかわれたくないという不器用な独占欲があるのかもしれない。
素直じゃないところは相変わらずだが、そんな態度すらも愛おしく思えるほど、今の私たちの間には優しくて甘い空気が流れている。
少しの沈黙。
窓の外から聞こえる遠くの喧騒だけが、静かな部屋に響く。
やがて、ミサキがゆっくりとこちらに向き直り、私の服の袖を軽く引いた。
「……先生」
「何? ミサキ」
私が穏やかな声で応じると、彼女は少しだけ俯き加減で、頬を微かに朱色に染めながら、小さく、けれどはっきりとした声で口を開いた。
「……これからも、よろしく」
それは、ゲームの中の『T』と『MISA』としての関係だけではない。
あの日、瓦礫の下で互いの本心を打ち明け、すべてを許し合った、現実の私とミサキとしての新しい誓いの言葉。
「うん、よろしく。ミサキ」
私がまっすぐに目を見て頷き返すと、ミサキはふっと、本当に柔らかくて年相応の、綺麗な笑みを浮かべた。
そして、彼女は私のデスクの引き出しへと視線を落とす。そこには、あの最悪のすれ違いが起きた日、彼女が生活費を削ってまで私のために買ってきてくれた、あのカードゲームの未開封パックが大切にしまってある。
「……カードゲーム、しよ」
ミサキからの、ささやかなお誘い。
あの日、床に散らばって絶望を彩っていた箱は、今や私たち二人を繋ぐ、何よりも温かい絆の証になっていた。
私はスマートフォンの画面を閉じ、今日一番の笑顔を作って、大声で応えた。
「よっしゃ! 負けないからな!!!!」
太陽の光が優しく差し込む平和な執務室に、私たちの穏やかで、かけがえのない時間が、再び刻まれ始めていた。
~fin~
過去二作を通じて、あまり後書きを長文で書きすぎるのも余韻をぶち壊すなと思ったので、今回は手短に。
皆さま、まずはここまで読んでいただき、誠にありがとうございます。
ラブコメは書いたことが無かったですが、こんな感じで良かったのでしょうか……。
一応自分で納得したものを投稿していますが、ラブコメになっているかどうかは確証が持てていないので割と不安でした。
いつも通り、この小説のイメージした曲……というよりも、今回はミサキを表したような曲だな、というものを聞きながら執筆しています。
「DiGiTAL WiNG」の「Chasing Rain」です。
個人的にこの歌は歌詞を聞けば聞くほどミサキのメモロビが浮かんできます。
今後書く作品についてですが、新しい仕事に慣れるまではなかなか執筆する体力もなくなると思うので、しばらくゆっくりしようと思います。
最近小説を読む練習をしてて、ある程度は読めるようになってきたので、いろんな表現を見て学びたいと思います。
それではみなさん、ここまで読んでいただき、ありがとうございました。
――曇りのち晴れ男