【完結】先生とネトゲでマッチしたミサキが、他人として先生と仲良くなるお話。   作:曇りのち晴れ男

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第二話 高値の花

 

 キヴォトス郊外の、名もなき小さな公園。

 サオリが抜けたあとの、目的のない空白の時間が流れている。

 

「ミサキさん、見てください……このキノコ、昨日よりひと回り大きくなってます……そろそろ食べごろですかね……」

 

 ベンチの下に這いつくばったヒヨリが、昨日見つけた紫と緑のマーブル模様の毒キノコをうっとりと見つめている。

 

「……触らない方がいいよ。胞子吸い込んだら肺が腐るかもしれないし」

 

「ひぃっ!? や、やっぱり私なんかがこんな立派なキノコに近づいちゃダメだったんです! きっとこれは、貧しい私への罠なんだ……!」

 

 ヒヨリの嘆きをかき消すように、凄まじい金属の摩擦音が鳴り響く。

 視線を向けると、アツコがブランコに乗っていた。ただし、普通ではない。前後の揺れではなく、支柱のチェーンを無理やり捻るようにして、左右に大きく揺さぶっているのだ。

 

「ちょっと、アツコ……何やってるの。チェーン千切れるよ」

 

「横揺れ。新しい可能性の模索」

 

「模索しなくていいから……」

 

 完全に物理法則と遊具の耐久値を無視した動きに頭痛を覚えながら、私は手元のスマートフォンに視線を戻した。

 

 画面には、いつものオンラインゲーム。

 ログインボーナスを受け取ろうとした直後、画面中央に派手なエフェクトと共にポップアップが表示された。

 

『フレンドの【T】さんからギフトが届きました!』

 

 タップして開いた瞬間、私は息を呑んだ。

 ギフトボックスに入っていたのは、先日のアップデートで実装されたばかりの最高レアリティのアバター衣装だった。排出率はコンマ以下。天井までガチャを回さなければ、まず手に入らない代物だ。

 

【T:今日のレイド戦のお礼! その服、前から可愛いって言ってたでしょ。絶対に似合うと思うから、着てみてよ!】

 

 相棒からの能天気なメッセージを見て、私はギリッと奥歯を噛み締めた。

 

「……バカじゃないの、あの人」

 

 嬉しいという感情よりも先に、どうしようもない苛立ちが込み上げてきた。

 

 昨日、シャーレの執務室で見たあの人の顔が脳裏をよぎる。

 

『あはは……今月、ちょっと色々買いすぎちゃってさ。給料日まで、あと一週間モヤシ炒めで乗り切るしかないかな……』

 

 そう言って、情けなく笑っていたお人好しな大人の顔。

 

 間違いない。あの人は私のために、ただでさえ少ない生活費を限界まで削って、この服が出るまでガチャを回し続けたのだ。

 

「(……なんで、ただのネットのフレンドに、ここまでできるのよ)」

 

 画面の向こうにいるのが『ミサキ』だとは夢にも思っていないくせに。

 

 つまり、この馬鹿げた労力とお金は、顔も名前も知らない『誰か』に向けられた無償の優しさなのだ。

 私だから特別扱いしてくれているわけじゃない。あの人は、見ず知らずの他人にまでこんな底抜けの善意を振りまいて、自分の生活を犠牲にしている。

 

 自分自身へのプレゼントだと分かっているのに、なぜか『顔の見えない別の女』に嫉妬しているような、酷く惨めな気分になった。

 

「ミサキさん? どうしたんですか、スマホ睨みつけて……」

 

「……なんでもない。ちょっとシャーレに行ってくる」

 

 立ち上がり、ポケットにスマホを突っ込む。

 

「えっ!? も、もしかしてケーキですか!? 先生が呼んでくれたんですか!?」

 

「ケーキはない。ヒヨリとアツコはここで待ってて」

 

「ええーっ!? そんな殺生な……! せめてイチゴだけでも持って帰ってきてください……」

 

 ヒヨリの泣き声を背中で聞き流しながら、私は公園を後にした。

 ただのゲーム仲間にそこまで尽くす、あのバカな大人に文句を言ってやらないと気が済まなかった。

 

 ▼ ▼ ▼ ▼ ▼

 

 シャーレの執務室。私はデスクの上に広げたタッパーのモヤシ炒めと、お湯を注いだだけのカップ麺を交互にすすりながら、小さく息をついた。

 

「……やっぱり、ちょっとやりすぎたかな」

 

 給料日まではまだ一週間以上あるというのに、私の財布の中身は文字通りすっからかんだった。

 理由は明確だ。昨晩のオンラインゲームで、相棒である『彼女』がずっと欲しがっていた高レアリティのアバター衣装をプレゼントするため、天井までガチャを回しきってしまったからだ。

 後悔はない。画面の向こうで、彼女が少しでも喜んでくれるなら、私の食生活がモヤシに染まるくらい安いものだ。どっちかっていうとユウカの対処の方が大変だし。

 

 不意に、ノックもなしに執務室のドアが乱暴に開かれた。

 

「わっ!? ミサキ? どうしたの、急に……」

 

 驚いて顔を上げると、そこにはひどく不機嫌そうな──眉間に深いシワを寄せたミサキが立っていた。彼女はずかずかとデスクまで歩み寄ると、私の貧相な昼食を一瞥し、さらに顔をしかめる。

 そして、手に提げていたコンビニのビニール袋を、ドンッ、とデスクの上に叩きつけた。

 

「……これ」

 

「えっ? お弁当……? それに、これ結構高い栄養ドリンクじゃない?」

 

「……別に。来る途中のコンビニのクジで当たって、余ってたから。モヤシばっかり食べて倒れられたら、こっちが迷惑するだけ」

 

 目を逸らし、早口でそれだけを言い放つミサキ。

 私は手渡された弁当の底が、まだほんのりと温かいことに気がついた。クジの景品で当たったものを、わざわざくれるというのか。私は彼女たちの手持ちが決して多くないことも知っている。

 これはきっと、彼女が私の懐事情を察して、なけなしのお金で買ってきてくれたのだ。

 

「いいから早く食べて。冷めるから」

 

「……ありがとう、ミサキ。すっごく助かるよ。モヤシ生活、正直ちょっと限界だったんだ」

 

「……バカじゃないの」

 

「え?」

 

「生活費がなくなるまで無駄遣いするなんて、大人のやることじゃない」

 

「うっ……耳が痛いな。つい、どうしても欲しいものがあってね……」

 

 照れ隠しに頭を掻く。まさかその『欲しいもの』が、君へのプレゼントだったんだよ、なんて言えるはずもない。

 フタを開けると、色とりどりのおかずが詰まった豪華な幕の内弁当だった。一口食べると、卵焼きの優しい甘さが口いっぱいに広がる。

 

「本当に美味しいよ、ミサキ。ありがとう。君って本当に優しいね」

 

「……優しくなんかない。先生が倒れたら、涼む場所がなくなるから、仕方なくやっただけ」

 

 顔を赤くしてプイッとそっぽを向いてしまう彼女の横顔を見つめながら、私は胸の奥がギュッと締め付けられるのを感じた。

 

「(……ゲームの中の『相棒』にプレゼントを渡した直後に、現実でミサキからこんなに優しい施しを受けるなんてなぁ)」

 

 彼女は私が相棒だとは知らない。ただ純粋に、金欠でモヤシをすする不甲斐ない担任教師を心配して、不器用な優しさを向けてくれているのだ。

 画面越しにアイテムを贈ることも確かに嬉しい。けれど、こうして生身の彼女から、体温の通った気遣いを受け取ることが、どれほど尊くて得難いことか。

 

 だからこそ、チクリと罪悪感が胸を刺す。

 

「(……正体を明かした状態で、この優しさに向き合えたら、どんなにいいだろう)」

 

 ゲームの『相棒』としてではなく、現実の『先生』として。

 嘘偽りのない関係で、彼女に「プレゼントを受け取ってくれてありがとう」と伝え、彼女からのこのお弁当を「ありがとう」と真っ直ぐに受け取れたなら。お互いに何も隠さず、笑い合えたなら。

 

「……ムカつく」

 

「え?」

 

「なんでもない。さっさと食べて仕事に戻りなよ」

 

 照れ隠しの悪態をつきながら、ミサキは執務室のソファにどさりと腰を下ろした。

 

 いつか、この心地よくて残酷な嘘を終わらせる日が来るのだろうか。

 私は、彼女が買ってきてくれた温かい弁当を噛み締めながら、少しだけ苦い思いと共に微笑んだ。

 

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