零落のアウフ   作:かな餅

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※原作『葬送のフリーレン』の二次創作です。
本作には、原作設定をベースにしたうえでの独自解釈・独自設定
(銃社会/超科学/歴史改変、戦闘描写の増量、群像視点による進行)が含まれます。
「原作の空気感は好きだけど、別ルートの歴史も見てみたい」方向けの物語です。
合いそうな方は、どうぞ旅にお付き合いください。




零落のアウフ:無名の魔法使い
旅の始まり


 母は死んだ。ある時から容体が悪くなり、やがて寝たきりになった。

 

 

 

 私が六つの頃だったと思う……父はいない。

 

 

 

 

 村には私と母の二人きりだった――しかし村の人たちは優しかった。

 

 

 

 

 まるで実の孫のように扱ってくれて、私はその手のひらの中ですくすくと育った。

 

 

 

 

 対して母のほうは違った。何の病かは分からない。通りがかった僧侶が首を横に振った。

 

 

 

 

 未発見の病で、腕の立つ僧侶でも歯が立たない……と。

 

 

 

 

 私は母の枕元に座り、できることを増やすことで、減っていくものに抗うように生きていた。

 

 

 

「母様。母様に内緒で、ケーキを作れるようになったのです。味はとても美味しいですよ」

 

 

 

 

 母のために焼いたケーキだった。けれど、子どもの身体で全部食べ切るには重い。

 

 

 

 

 私は切り分けて、村の人にも分けることにしよう。

 

 

 

 

 皿に分けた二人分のケーキを胃に詰め込みながら、ぽつりと言葉が溢れてしまう。

 

 

 

 

「どれだけ美味しく作っても一人で食べるケーキは……そんなに美味しくないですね。母様」

 

 

 

 

 

 腹ごしらえは済んだ。路銀もよし着火剤もよし。勉強の魔導書もよし。あとは――そうだ。

 

 

 

 

 

 私は寝台のそばで姿勢を正した。

 

 

 

 

 

「母様。父様も旅に連れていってあげようと思うのです。一人旅は寂しいでしょうから」

 

 

 

 

 父の遺品を腕に巻く。準備はそれで終わった。母との思い出はこの村が守ってくれるだろう。

 

 

 

 

 

 ここにある限り、村の人たちは母のことを忘れない。

 

 

 

 

「では、いってきます。母様」

 

 

 

 

 戸を開けて外に出ると村がいつになく騒がしかった。

 

 

 

 

 

 賑わっているのではない。ざわめいている。

 

 

 

「本当に一人で行くのかい?私が途中の村までついて行こうか?」

 

 

 

 

 声の主は魔法を教えてくれたお婆様。元魔法使いめ覚えの悪い私に根気よく学びをくれた人。

 

 

 

 

「婆さんや、よしなさい」

 

 

 

 

 それを止めたのは薬売りのお爺様――村一番の医師、料理や菓子作りも得意な人だ。

 

 

 

 

 作る薬はとても苦い。

 

 

 

 

「もう歳だろう?まともに魔力制限ができないのに、婆さんの魔法で村を吹っ飛ばす気かい?」

 

 

 

 

 

「なんだい、ここら辺の村一つや二つ無くなっても困りゃしないだろう?」

 

 

 

 

 

「魔族じゃないんだから……」

 

 

 

 そのやり取りに村の空気が少しだけ軽くなる。私は二人に頭を下げ歩き出そうとして――。

 

 

 

「はっはっはっ。二人とも相変わらずだな……久しいな、坊主」

 

 

 

 

 低く太い声が割って入った。

 

 

 

 

 元戦士のドワーフ殿だった。名前は知らない。本人曰く少し前までは有名な戦士だとか。

 

 

 

 

「貴方は、母様のご友人でございますね」

 

 

 

 

 

「覚えていたか。最後に会ったのは六年前だったな……たった六年で、これだけ大きくなったか」

 

 

 

 

 

「もう六年でございます。お久しぶりです」

 

 

 

 

 ドワーフ殿は短く息を吐く。

 

 

 

「お前の母さんは死んだんだってな。聞いたよ」

 

 

 

 胸の奥が少しきしむ。生まれつき表情が乏しいおがけか私の顔には出ていないようだった。

 

 

 

「まだ幼いのに気の毒に――って言いたいが、その歳で旅か」「母の遺言でございます」

 

 

 

 

「まずは近くの村に向かう予定です」「なるほどな。あの村なら、確か旅に必要なものが揃う」

 

 

 

 

 少しの沈黙のあと、ドワーフ殿が言った。

 

 

 

 

「旅の路銀はどうする?」「母の貯金がございます」「お前な……まあいい」

 

 

 

 

 その言い方が、叱るでも呆れるでもなく、心配を隠すための乱暴さに聞こえた。

 

 

 

 

 

「俺も丁度その村に用があったんだ。そこまで付き合ってやる」「一人の旅でございます」

 

 

 

 

「じゃあ荷物持ちをしてくれ。ほら、賃金も出すぞ?」「お仕事でございますか?」

 

 

 

 

 

「ああ、そうだ。冒険者は路銀稼ぎも必須だぞ?」

 

 

 

 

 初めての仕事は、ドワーフ殿の荷物持ち――と言っても、力持ちな戦士には不要に思える。

 

 

 

 

 

 やはり私は心配されているのだろう。今思えば無理もない――ここは大陸の北側諸国。

 

 

 

 

 

 他地域に比べて魔族の動きが活発で、概ね北へ行くほど危険で、気候も過酷だと言う。

 

 

 

 

「運んでくれとは言ったがこれじゃちょっとした散歩だな。村に着いた後はどうするんだ?」

 

 

 

 

「母様の遺言は、村に着いた後、ある人の元で魔法を学ぶように――とございました」

 

 

 

 

 

「誰だ、そいつ?」「知りません。それと、私個人の目的もあります」「ほう?なんだ」

 

 

 

 

 

「一級魔法使いになる事です」

 

 

 

 大陸魔法協会が認定する最高峰の魔法使い。北側諸国を旅して回るにも、何かと制限がかかる。

 

 

 

 

 

 だが一級魔法使いにもなれば、大抵の場所へ立ち寄ることもでき、身分も手に入る。

 

 

 

 

 

「そりゃ長い旅になりそうだな」「受験は三年に一度でございますが、今年は断念です」

 

 

 

 旅どころか戦いすらやったことがない私が挑むのは無謀だと、流石に理解している。

 

 

 

 

 

 それにここからオイサーストへの道のりは少し遠い。最低でも一年半は掛かってしまうだろう。

 

 

 

 

 

「着いた。この村だ」「随分と賑やかでございます、うまっこもおりますね」「ああ、いい馬だ」

 

 

 

 

 私は目を細める。通りには荷車、行商、旅装の者。人の流れが途切れない。

 

 

 

 

 

 私の村は若者が少なく、これといった特徴もない。けれどここは違う。声が多い。

 

 

 

 

 

 匂いも多い。旅人と商人が行き交い、まるで小さな貿易都市のように落ち着きなく動いている。

 

 

 

 

「さて。魔道具と旅に必要なものは、あそこの店で買える。ついでに魔導書も売ってるらしいぞ」

 

 

 

 

 

 指された先には、看板の文字がかすれた小さな店があった。

 

 

 

 

 

「香料やオイルなどはどちらにございますか?」「……何に使う?」

 

 

 

 

 

「髪のお手入れでございます」「自分のか?」

 

 

 

 

 

「綺麗な髪があれば、手入れしなければなりませんので」「……そ、そうか?」

 

 

 

 

 ドワーフ殿は納得したような、していないような顔で口を閉じた。

 

 

 

 

 

 

 まずは魔法雑貨店へ向かう。扉を押し開けると、狭い店内いっぱいに物が詰まっていた。

 

 

 

 

 

 というより積まれてる。棚、床、カウンター、雑多な山があちこちにあり、歩くにも気を遣う。

 

 

 

 

 

 散らかっていると言っても差し支えない。もしかしたらもう店はやっていないのかもしれない。

 

 

 

 

「坊主、随分と失礼なことを考えているな」

 

 

 

 

 背後から声がした。私は反射で振り向く。

 

 

 

 

「……お化けでございますか?」「本当に失礼だな」

 

 

 

 

 カウンターの向こうに店長らしき男がいた。いつの間に。いや最初からいたのかもしれない。

 

 

 

 

 

 

 店には魔道具や儀式用の素材などあるが、やたら多いのは魔導書だった……埃をかぶっている。

 

 

 

 

 

「……年代物でございますね」「一応それも商品だ。くだらない魔法ばかりだけどな」

 

 

 

 

 

 私は適当に一冊手に取り、ページを繰る。

 

 

 

 

 

 歩き方が軽快なステップになる魔法。爪が好きな色になる魔法――一生爪先立ちになる魔法。

 

 

 

 

 

「……一生?」「全く。失礼な奴にはいつもいたずらするんだが……坊主は勘弁してやるよ」

 

 

 

 

 

「悪戯……」「ああ。瞼の裏が痒くなる魔法だ」「瞼の裏でございますか?」「ああ、裏だ」

 

 

 

 

 

 店長は楽しそうに肩を揺らす。

 

 

 

 

「こいつは恐ろしいぞ。ある奴は瞼がズタズタになるくらい掻いててな」「恐ろしい……」

 

 

 

 

 

 

「これの何が怖いって、一度かけちまったら、かけた本人が解除できん。長い間そのままだ」

 

 

 

 

 

 それはもはや呪いと同義ではないだろうか。

 

 

 

 

 

 

 私は本棚に視線を落とし、店長から距離を取るように一歩横へずれた。

 

 

 

 

「因みに俺は、相手が考えてる失礼なことを知覚する魔法を持ってるからな」

 

 

 

 

「どうか瞼だけは……」

 

 

 

 

 

 

 

「だから勘弁してやるって。……たく、最近の若いのはなってねえな」

 

 

 

 

 

「他にも誰か来られたのですか?」

 

 

 

 

 

「ああ。お前くらいの若い嬢ちゃんが来た。長い髪の癖っ毛で鮮やかな青い髪だったな」

 

 

 

 

「印象的な方でございますね。何か買われたのですか?」「髪を鎖に変える魔法と……どれだったか」

 

 

 

 

 

 

 

 私が無断で魔導書を漁っている合間に突然、店長は指を鳴らした。

 

 

 

 

「そうだ。身体をビリビリさせる魔法だ……こいつは面白くてなぁ、サービスで教えてやった」

 

 

 

 

 関節を増やす魔法もある。これを扱えるイメージが出来る人間はもはや人間ではない気がする。

 

 

 

 

「こいつは自分の魔力が多いほど派手になる。攻撃にも扱えるんだ」「……鎖と、電撃」

 

 

 

 

「良いとこに気づいた!あの嬢ちゃんなら上手く使えると思ってな……ところでお前さん」

 

 

 

 私は棚を漁っていた手を止めた。

 

 

 

 

 ちょうど、その“身体をビリビリさせる魔法”について書かれた魔導書が見つかった。

 

 

 

 

 

 内容はかなり分かり易い。誰でも使える初歩的な魔法――この程度なら今すぐにでも。

 

 

 

 

「お前さんから一切魔力を感じられん。封魔鉱でも持って――っ!?そ、その魔法は――」

 

 

 

 店長の声が裏返る。私は本を閉じかけた手を止め、視線を落としたまま言った。

 

 

 

「……すみません、その。バチってなりました」

 

 

 

 

 一瞬、暗がりが光に呑まれた。目が焼けるように眩しい……幸い何が焦げた匂いはしない。

 

 

 

 

「元々使えたのか?一瞬だが今、とんでもない……」

 

 

 

 

 

 

「いえ。かなり分かり易い魔導書だったのですぐに使えました。しかし……危ない魔法ですね」

 

 

 

 

 

 軽く発動するつもりだった。だが店内が一瞬で光に包まれた。

 

 

 

 

 

 目眩しには良いかもしれない。けれど、これは制御を誤れば事故になる。

 

 

 

「……こりゃ驚いたな。頭で理解してもそうやって使うには何ヶ月も掛かる。名前は?」

 

 

 

 

「家の方針でまだ名はありません」「無名の魔法使いってことか……”無名”、か。」

 

 

 

 

 どこか懐かしそうにひげを触り始め、楽しそうに目を細め始めた。

 

 

 

 

 私は普通の魔法使いとは違い、生まれつき魔力が外へ漏れださない体質だ。

 

 

 

 

 魔力探知もできるし魔力操作も得意だ、でも魔力自体を体外に出すことはできない。

 

 

 

 

「よし……お前さんが気に入った、ちょっと待ってろ……確か――あった、あった」

 

 

 

 

 何やら取り出したのは筒状に纏められた一枚の紙、また何かの魔法だろうか?にしても――。

 

 

 

「こいつはダンジョンの宝箱にたまに入っているらしい紙だ、広げると中は白紙なんだがな……」

 

 

 

 

 複雑な術式が込められている、触れている対象の魔力に同調して何が発動している。

 

 

 

 

 

「洗練された魔法使いによれば何らかの術式が組み込まれているらしい、しかも面白い話がある」

 

 

 

 

 

 複雑ではあるけど、おそらく……効果は単純。ここまで遠回しに複雑化しているのは嫌がらせ?

 

 

 

 

 

 

 それともこれを組み込んだ本人を知っている誰かへのメッセージ?

 

 

 

 

 

 手紙を受け取ると、やはり魔力が体外へ漏れ出さない体質で術式が発動しない。

 

 

 

 

 

 術式の効果はたた"書かれた文字を消す"だけの効果、書かれている内容は一つの魔法について。

 

 

 

 

 

「それには数千年前の魔法使いが魔族に対抗する手段として作った魔法が示されているとか」

 

 

 

 

 

「……大魔法使いフランメよりも前の魔法使いですか?」「そうだ、恐らくエルフだろう」

 

 

 

 

 

「ならこれは大陸魔法協会の――」「いや、賢者エーヴィヒの英雄譚によれば別人だ、男だしな」

 

 

 

 

 

 男のエルフの魔法使い……聞いたことがない、そんな魔法使い魔法史に居ただろうか?

 

 

 

 

 

「お前、その読めてるな。何が書いてある?」「一つの魔法について、それ以外は」

 

 

 

 

 この魔法が数千年前からあったのなら、何故魔法を作った本人は普及させなかった?

 

 

 

 

 

 これは人類と魔族との戦いを大きく変えうる魔法……単純で、魔族にとって煩わしい魔法。

 

 

 

 

 

「何の魔法だ?」「"落ちる魔法(ファレン)"」「……落ちる魔法?そりゃ魔族にとっちゃ厄介だな」

 

 

 

 

「解釈によっては人間にも――あれ。」「どうした?」「いえ……」

 

 

 

 

 

 ドワーフ殿が村から離れ始めている、最初は酒場にいたのに。

 

 

 

 

 

 方角的に森の中……魔力が揺らいでるこの感じは臨戦態勢?何を警戒して……。

 

 

 

 

「すみません、もう行きます。他にも必要なものがあるので」「そうか、最後に一ついいか?」

 

 

 

 

 

 

「母親は元気か?」「はい、見守ってくれています」「そうか、じゃあな"無名の魔法使い"」

 

 

 

 

 

 ドワーフ殿の様子は確かに気になる、でも無闇についていく前に店を離れて、まずは酒場へ。

 

 

 

 

 

 旅人が多いだけあって人も多い、皆手練れの冒険者だ……中には熟練の魔法使いもいる。

 

 

 

 

 

「……おや、初めて見る子だ。どうしたんだいこんな騒がしい場所に」「人を探しています」

 

 

 

 

 

 

 

「よく手入れされた手斧を持った方なのですが……逸れてしまいまして」「ああ、あの人ね」

 

 

 

 

 

 

 

「すぐに戻ってくるよ、友人に会いに行ってるだけだろうからさ……ほら、ミルクでも飲みな」

 

 

 

 

 

「ありがとうございます、そのご友人は森の奥にいるのでしょうか」「……何で森だと?」

 

 

 

 

 

 

「いえ、魔力を感じたのがその方面だったからです。ですが森の中には誰もいないと思います」

 

 

 

 

 

 

「魔力探知が得意なんだねぇ、でも熟練の魔法使いだったら魔力操作で気配も消せるんだし」

 

 

 

 

 

 

「それは"魔力を隠す技術"であり魔力自体は消えません、それに必ず皆揺らぎますから」

 

 

 

 

 

 

「……あの人はね、ただ友人に会いに行ってるだけだから気にしなくていいんだよ」

 

 

 

 

 

 何かは知っている気がする、でも喋ってくれそうにもない……聞く必要も確かにない。

 

 

 

 

 

 私がこの村に着いた時点でドワーフ殿とはお別れだ、あの人とこの村の事情は私には関係ない。

 

 

 

 

「すみません、詳しく立ち入りすぎてしまいました」「いいさ、まあ、気になるだろうしね」

 

 

 

 

 

「この村は平和ですね、美味しそうなものが沢山あります」「近くに港町があるんだ」

 

 

 

 

 

「そのおかげかこの村も物資が豊富でね、珍しい物も海の向こうからやって来たりする」

 

 

 

 

 

「冒険者達の拠り所になっているのですね、しかし魔族の心配はないのですか?」

 

 

 

 

 

「まあ、北側諸国だしねぇ……本来ならこの辺も危険な筈なんだよ、でも運が良いのか悪いのか」

 

 

 

 この人はかなり強いように見える、卓越した魔力操作で魔力がそれほど漏れ出してない。

 

 

 

 

 

 私が魔族ならこの村には近寄りたくないと思う、歴戦の戦士、熟練の老魔法使い。

 

 

 

 

 

 それに魔力が出ないお陰で探知には引っかかってはないものの、広範囲に魔力探知されてる。

 

 

 

 

 

 この村における監視塔だろうか?多分私よりも洗練された魔力探知、後で会いに行こう。

 

 

 

 

 

「ミルク、ご馳走様でした」「ああ、村にはしばらく滞在するのかい?」「今日だけです」

 

 

 

 

 

「まさか冒険者?一体どこに向かうんだ?」「魔法都市オイサーストへ」「……ああ、なるほど」

 

 

 

 

 

「なら最北端とは真逆か……明日丁度近くの街まで馬車が出るから乗れるように相談しようか?」

 

 

 

 

「いえ、この村を出たら人に会いに行きますので、お気遣いありがとうございます。」

 

 

 

 

 

 買い出しを済ませたらドワーフ殿に別れの挨拶を、私は人の用事を邪魔するつもりはない。

 

 

 

 

――傷だらけの森

 

 

 

 

 最近は魔族が襲撃にやって来なくなった、退屈だ……何故か魔物すら居なくなった。

 

 

 

 

 

 やはりあの頃が恋しい、いつでも戦いがあった。何処にでも強者がいた、戦えば誉められた。

 

 

 

 

 戦士としての規範を守り、誉ある死を迎える為に故郷を離れたというのに俺は何をしている。

 

 

 

 

 

 この大陸で俺はいつになったら死ねる?そもそも俺はこの大地では落ちぶれているらしい。

 

 

 

 

 

 同族は魔法使いとしての誇りを持ちそして自分達が保持する魔力量で格差を決める。

 

 

 

 

 

 魔族にも心身を鍛え、戦士として戦う者も居たが……我々とは違う、我々の誉とは違う。

 

 

 

 

 

 

 誉は自分よりも弱い存在を逆殺などしない、死を覚悟して戦う者のしか殺してはならん。

 

 

 

 

 

 なのに奴らは殺して回る、そこに生きているだけの人間を時には何の理由もなく適当に。

 

 

 

 

 

 俺は戦士して、魔族としてそれが気に食わなかった……弱者は力なき者だが邪魔ではない。

 

 

 

 

 

 力のある道を選ばなかっただけの存在だろう?放っておけば良いではないか。

 

 

 

 

 

 いずれ報復に来る?だからどうした自分が巻いた種だろう、それに魔族とは人より強い筈だ。

 

 

 

 

 

 強い魔族ならば報復など恐れる筈がない、殺しに来るなら殺せば良い、それで死しても誉だ。

 

 

 

 

 

 剣だろうが魔法だろうが強い筈の自分が死したのだ、明日を生き抜く者の贄となれる。

 

 

 

 

 

 それが、何よりも誉だ……なのに、強者は俺を殺そうとしない……あのエルフもあの人間も。

 

 

 

 

 

 

 俺が人を食わぬだけで殺そうとしないのだ、理解出来ぬ……背を向けられたら俺は切れぬ。

 

 

 

 

 

 だから魔族(外道)を切った、この大地の魔族はいくらでも切った、嘘しか吐かぬ外道だ。

 

 

 

 

 

 むしろ切らなければならん、こんなのが魔族であって良いわけがない……幸い――。

 

 

 

 

 

 俺を言葉で叱る者など外道(魔族)しかいない、何も気にすることはなかった。

 

 

 

 

 

「久しいな、零落の戦士……50年振りか」『もう50年か、しかし約束とは少し遅いな』

 

 

 

 

 

 

「悪かった、俺にも守るものができて必死だったんだよ……ずっと約束を守ってくれたんだな」

 

 

 

 

 

『戦士としての契りは破る必要もない、それに最近は魔族すらやって来なく退屈していた』

 

 

 

 

 

 

「お前が周辺の魔族と魔物を狩り尽くしてくれたお陰だ、最近は子供に懐かれてるんだって?」

 

 

 

 

 

『人の子に興味はない、あいつらは俺の糧食を食い荒らす害獣だ』「なのに殺さないのか」

 

 

 

 

『何故殺す必要がある?あいつらは戦士ではない』「はは、そうだな。お前はそうだ。」

 

 

 

 

 ドワーフの戦士"ブライ"、こいつは50年前に出会った……確か兄が居たな、強い戦士だった。

 

 

 

 

 俺よりも遥かに強い戦士で俺を殺せた筈だったが、先に俺が殺した。

 

 

 

 

 

 若い戦士だったからだろう、数千年戦って来た俺とは場数が違いすぎた……それに甘かった。

 

 

 

 

 

 俺を魔族だと知りながら躊躇した、戦士でありながら目の前の敵に情けをかけようとした。

 

 

 

 

『だが……お前は戦士だろう?今こそ約束を果たせ、俺と戦え……俺に戦士としての――』

 

 

 

 

 

 

「なあ、この村で皆んなと生きてみないか?」『……』「お前は他の魔族とは違う」

 

 

 

 

 

「約束も守った、人間も……あれから食ってない、お前なら皆んなと生きれる」『……そうか』

 

 

 

 

 

 こいつもあの戦士と変わらず甘い、俺を戦士じゃなく1人の人間として認識している。

 

 

 

 

 

 この地の魔族も散々殺して来た筈だ、俺を脅威と見做していない――ふざけるな。

 

 

 

 

 

『分かった、もう良い――もうお前の兄を食った時からこうするべきだったな……ブライ』

 

 

 

 

 

 

『お前がその気にならぬのなら他を当たる……あの村には優秀な魔法使いが居たな』「……おい」

 

 

 

 

 

「冗談はやめてくれ……俺はお前と――」『あの時、お前の兄は"お前を"と言った』

 

 

 

 

 

『俺を殺せる自信があったんだろう、だがお前は勝てぬから約束をここまで先送りにした』

 

 

 

 

 

「……ああ、そうだ」『それは戦士として恥でも何でもない、力量分別できるのは良いことだ』

 

 

 

 

 しかし、友にはなり得ない……分かり合える筈などないのだ、俺たちは魔族と人間なのだから。

 

 

 

 

 

『さらばだ、2度と会うことはないだろう』「……この森から出るつもりか。」『そこを退け』

 

 

 

 

 

 

「この森から出て、村に行くつもりか……あの村には冒険者が沢山いるんだぞ、混乱を招く」

 

 

 

 

 

 

『そうだな。だからどうした』「……50年間築いてきた平和をお前が壊すつもりか」『……ああ』

 

 

 

 

 

 

『平和というものが、俺から戦を奪うのならばそれが俺の敵だ』

 

 

 

 

 ブライの目が変わった、臆病者の目ではない……こいつの兄とも違う、純粋な殺意か。

 

 

 

 

 

 魔族は言葉で人を欺くという、確かに……効き目が良い――もはや誉ではないがな。

 

 

 

 

『それはお前のそれは(殺意)兄にはなかった』「ああ、俺だってあるとは知らなかった」

 

 

 

 

 太刀筋そのものは幾度か見たものだ、違うのは距離……受けだな、受けて返す型。

 

 

 

 

 

 俺は攻めることしか知らん、最適解だろう――しかしだ、お互い同じ武器(片手斧)動きは分かる。

 

 

 

 

 

 俺の身体は数千年に渡る鍛錬と魔力で鍛え上げられた肉体だ、ただの斧でそうそう切れん。

 

 

 

 

 

 ましてやそれが、歴戦の戦士であっても首先を切り落とす前に刃先がこぼれ落ちるだろう。

 

 

 

 

 故に受けなのだろうが、殺意に見合っていない戦い方だ……それとも他の狙いがあるか?

 

 

 

 

「一撃が重いな、まともに受けたら斧が手からぶっ飛んじまいそうだ」『鍛え方が未熟だ』

 

 

 

 

 

『真正面から戦う戦士なら攻めろ、渾身の一撃を持ち、相手にぶつけろ。それが戦士の――』

 

 

 

 

 

「俺は落ちぶれた戦士だ、故に俺は俺の戦い方しか知らん」『!……なるほど、誘導か』

 

 

 

 

 

 盲点だった、確かに人には知恵があったな……いつの間に"罠"を仕掛けた?

 

 

 

 

 

 俺は一睡もしていない……いや、ただ1人魔力探知に引っかからない魔道具屋が居たな。

 

 

 

 

 

 奴は手先の器用なシーフだった、俺の知らぬ間に準備を進めていたんだろう。

 

 

 

 

「兄貴の斧じゃお前さん切れん、なら魔力で鍛え上げた肉体には魔力で作った斧で対抗する」

 

 

 

 

 受けは罠に招いて俺の力量を確かめる為の様子見か、あの斧……随分と複雑な術式だ。

 

 

 

 

 

 重さも強度も切れ味も自在に変えられるように何重にも重ね掛けされている。

 

 

 

 

 

 酒場の魔法使いか、あいつは腕の立つ魔法使いだ……特に物質の生成魔法が得意だったな。

 

 

 

 

 

 これらは全て俺が村を脅かす時のための備えだ、既に俺は殺される場所に居たのだ。

 

 

 

 

 

 喜ばしい事だ、俺の戦いはもうすぐそこにあった……奴らは俺を殺そうとしている。

 

 

 

 

 

 簡易的な罠で身体にツタが絡まって動けんな……魔力が込められている、老魔法使いの仕業。

 

 

 

 

 

 村から遠隔で動きを止めている……この森全体が奴の手足か、厄介な奴め。

 

 

 

 

「お前魔族なんだから当然首を落としたら死ぬよな……」『当たり前だ、何を言っている』

 

 

 

 

 しかし何故あの老魔法使いは直接殺しに来ない?今更生に媚びる歳でもあるまいに……。

 

 

 

 

 

 罠で足を止め腕にツタを絡めたとて斧は振れる、防がれようが受け流され避けられようが。

 

 

 

 

 

 その度にまた振り続ける、渾身の一撃を幾度も幾度も振り続ける――どうした?傷一つないぞ?

 

 

 

 

『どうした?恐れているのか?お前はまだ生きているだろう、まだ擦り傷もない』「ッ……」

 

 

 

 

 

『その斧は盾じゃない早く振れ、何をしている。戦士だろう、戦え』「馬鹿言えッ……こっちは」

 

 

 

 

 

「受け身で精一杯だ、斧を振りかえす隙なんて何処にある」『腕も足も命もあるだろう、振れ。』

 

 

 

 

 何故だ、俺を殺したくはないのか。何故生き残ろうとする?これら人間と魔族の戦い(殺し合い)だぞ。

 

 

 

 

 一度賭けた命を何故こうも惜しむ……ブライ、お前は兄とは違ったというのに、これでは。

 

 

 

 

『殺意のない貴様の兄の方が命をかけて殺しに来ていたぞ?』「……知ってるさ、知ってるッ!」

 

 

 

 

 

「だからこうしたんだッ殺し方を練って罠まで用意した、だが――お前は"強い"、強すぎたんだ」

 

 

 

 

 

『……何を言う?強いから何だ?お前の兄は俺より強かったが死んだぞ、なら俺も死ぬだろう』

 

 

 

 

「だがお前は死を恐れてない、普通は魔族だって死を嫌がる……兄貴も死は嫌なものだった」

 

 

 

 

 

 死とは人生の終わりだ、誰もが等しく来るものだ……何故、嫌がる?

 

 

 

 

 

『……解らぬ、それが解られぬ、わからん……理解できん――生きることは拒まぬ癖に何故?』

 

 

 

 

 

 

「お前が生きることを拒むのと同じだよ、俺達はどれだけ老いぼれようと生き抜く事が全てだ」

 

 

 

 

 

 

『いずれ来る現実に目を背けて逃げて何になる?』「いずれ来るなら何やっても同じだろう」

 

 

 

 

 

「俺達は自分の死よりも未来を生きる次の世代へ遺して託すものがある、だから死ねないんだよ」

 

 

 

 

 

『……そんなもの、俺は知らん、俺は。』「俺はここで死ぬかもしれない、いや。きっと死ぬ」

 

 

 

 

 

「だが俺が死んでも次の世代がお前を必ず殺しに行ってまた死ぬ……だったら、今俺がやるんだ」

 

 

 

 

 

「俺が、死んだ兄と死にたいお前に残せる明日は、"お前が居なくても平和な村"だ」『そうか』

 

 

 

 

 ツタを引きちぎる勢いで振った斧は奴の手から武器を弾き飛ばした、こいつはもう限界らしい。

 

 

 

 

『俺が生きている事で残ってしまうのは、"魔族に脅かされる村"という事だな――さらばだ』

 

 

  

 

 斧を振りかざした加減はしていない。鎧を着ようとこいつを切れなかろうと脳がカチ割れる。

 

 

 

 

 

 なのに……何故、斧が止まる?俺の身体は何にも邪魔されていない――なのに斧が止まる。

 

 

 

 

 

 刃先の先からどれだけ押し込んでも進まん……何故だ?俺は躊躇して――違う、これは壁だ。

 

 

 

 

 

 

 宙に浮いた"結晶"の壁が、俺の攻撃を受け止めている……何だこれは?俺はこれを――。

 

 

 

 

 

「母様のご友人、ドワーフ殿お取り込み中失礼しました」「坊主……!?何でここに」

 

 

 

 

 

「旅立ちの準備が整ったので別れの挨拶にと……魔力を追ってきたのですが、魔族と喧嘩とは」

 

 

 

 

 俺はこれを魔法と認識できていない、何処かにこの"防御魔法"を遠隔で操っている存在がいる、

 

 

 

 

 

 誰だ?そんな魔法使いなど知らん……この斧で切れぬなら俺よりも弱い筈だが、何処にいる?

 

 

 

 

「この方が村を50年間守っていた魔族でございますね、かなりの強者です」「お前、まさか」

 

 

 

 

 

 

「事情は村の老魔法使いから聞いております、一度ここは体勢を立て直しましょう」『待て』

 

 

 

 

 

『お前、何者だ?何故ここにいる?――いつのまにそこに居た?』「先程、村から参りました」

 

 

 

 

 

「"無名の魔法使い"でごさいます」『嘘をつくな、お前には制限特有の揺らぎも不安定さもない』

 

  

 

 

 

「ええ、体内から魔力が漏れ出さない体質ですので。ですがそうやって体外へは出せます」

 

 

 

 

 この結晶の事か?……これが魔力だとでも言うのか?防御魔法にしては何の術式もない。

 

 

 

 

 

 だからと言って幼い子供の魔法使いがこの強度の盾を魔力で練って仕舞えば……それ以外に。

 

 

 

 

「ドワーフ殿、この方を倒せる武器がありません。逃げなければやられます」「わ、わかってる」

 

 

 

 

 どの方面から切っても斧の刃先を精密に止めてくる、卓越した魔力操作……動きが読めるのか?

 

 

 

 

 目で斧の動きを追っているな……こいつの意識に同調しているのなら、死角から攻撃するまで。

 

 

 

 

「ぶっ!?砂埃を起こしやがったぞッ!?死角から攻撃するつもりだ、お前全面展開できるか?」

 

 

 

 

 

「ドワーフ殿、全方位から攻撃が来るわけではありません」「来る方角は予測できんだろ!?」

 

 

 

 

 

「魔族も私がどう防ぐなど予測しません」『驚いた、お前の意識に同調している訳じゃない』

 

 

 

 

 地面を叩き割り斧を投げた、俺の斧は所有者の魔力に引き寄せられて戻ってくる。

 

 

 

 

 

 俺が攻撃をすれば斧はその背後からこいつの頭は直撃する筈だった、なのに……同じ強度。

 

 

 

 

 

 正確な動作で壁を展開した、こいつの意思ではない反射的に……いや本能的に防いでいる。

 

 

 

 

 

 俺が積み上げて来た一撃が何も効かん……俺が3人居たとてこいつは防ぎきる筈だ。

 

 

 

 

『俺は5000年以上生きた魔族だ、その筈だ。俺はお前のような魔法使いなど見たことがない』

 

 

 

 

 

 

「貴方の目の前にいるのはたった10年以上しか生きていない無名の魔法使いです、無理もない」

 

 

 

 

 こいつは俺と戦いすらしていない、ただ俺を観ているだけだ。冷静に状況を読み上げている。

 

 

 

 

 

「……お前、時間を稼げるか?」「努力は致します」「任せたぞ、"無名の魔法使い"」

 

 

 

 

 

『……小僧から離れた瞬間、お前の首は飛ぶぞ』「私のこれは(結晶)他人も守れます」『ブラフか』

 

 

 

 

「はい――ジュドラジルム(破滅の雷を放つ魔法)」『こんな場所でそんな魔法をッ……!?』

 

 

 

 

 いや違う、これもブラフだ――単純な光による目潰し……魔法に強いとは言えこれは効く。

 

 

 

 

『……たが、位置は――』「"落ちる魔法(ファレン)"」『……重力操作?……いや違う催眠?』

 

 

 

 

 

 それとも違う……拘束魔法……いや、俺の身体は地面を認識できていない。

 

 

 

 

 重くもない、地面は張って動ける。ただ立つことがままならん。

 

 

 

 

 

 厄介だ、俺はこれを魔法と認知できていない。身体も異常と判断してない。

 

 

 

 

 

 落ちる魔法……そうか、単純な魔法。俺はただ落下している。

 

 

 

 

 

 俺の中にある落下の定義そのものを書き換えられた。

 

 

 

 

 

 ああ……久しく楽しいな、俺は魔法使いが嫌いだが、人間はやはり好きだ。

 

 

 

 

「考えましたがやはり私では倒せませんね」『俺に膝をつかせて何を言う』

 

 

 

 

 斧は手に戻った、こいつは俺との相性が悪すぎる……どうするか。

 

 

 

 

 

 ブライから弾き飛ばした斧であればこいつの結晶を破れるかもしれん。

 

 

 

 

 

 あの斧には魔力を離散させる術式も含まれていた、物は試しに――。

 

 

 

 

 

「私は攻撃魔法が苦手で形にならずままなりません、才能がないのでしょう」

 

 

 

 

 

『……お前、何をしている』「だからか、ドワーフ殿は見かねて斧を教えてくれました」

 

 

 

 

 

「振りかぶる時のコツは腕を真っ直ぐで力込めて真っ直ぐ振りかぶる」『結晶の斧か』

 

 

 

 

 理屈は俺と同じだ、攻撃を無視し相手が死ぬまで斧を振り続ける。

 

 

 

 

「今日が私にとって初めての初陣です、どうぞよろしくお願いいたします」

 

 

 

 

 こいつはふざけているのか、どう考えても時間稼ぎだ。お前は魔法使いだろう?

 

 

 

 

 

 これが初陣だと……?――嘘を付くな、お前のそれは洗練された戦士の構えだ。

 

 

 

 

 

 よくその身で学んでいるのだろう……俺が普通の魔族ならこの手には乗らん。

 

 

 

 

 

『だが、戦士だ。俺は斧を持っている。それだけだ……”我が名”は零落の――』

 

 

 

 

「遅くなったなぁ小僧ッ!!!ここから形勢を立て直す……お前さんは俺の――ッ?!」

 

 

 

 

 ブライは逃げ出したとばかり思っていたが……斧を拾いに行っていたのか。

 

 

 

 

 俺の魔力探知は途絶えていた、無意識のうちにこの魔法使いには無駄だと思ったのだ。

 

 

 

 

 故に柄にもなく油断をしてしまった、そのせいで俺の腕は切り落とされたんだ。

 

 

 

 

 『魔力で練り上げれた肉体を断ち切るための術式、良い斧だな』

 

 

 

 反射的に腹を蹴り上げなければここで死んでいた、いや、まだ終わっていない。

 

 

 

 

 

 俺に斧を投擲した、まともに振りかぶっても切れんと判断したんだ。

 

 

 

 

 

 例え投げようと同じだがこれは、目くらましだ。一瞬だけ隙は作れる。

 

 

 

 

 

 隙はでき、俺の手元には結晶の斧、いつでも振りかぶれるが次の動きは?

 

 

 

 

 

 ブライを守りに行ったか?いいや、そんな安直な行動をする奴ではない。

 

 

 

 

 

 鉄壁の防御を持っていることを加味してもあいつは冷静で、大胆だ。

 

 

 

『故に行動は読める――狙いは俺の斧だな?』「これは賭けです」

 

 

 

 

 小僧の動きは素早い、目を上げた時にはすでに振りかぶる姿勢だった。

 

 

 

 

 

 お互いに振りかぶった――が俺の方が先だ。奴の防御は展開されていない。

 

 

 

 

 

 自らの結晶で作った武器には反応しない――残念だったな、俺の方が早い。

 

 

 

 

『なのになぜだろうな、刃先は確かにお前の身体に食い込んだ――だが』

 

 

 

 

 切られたのは俺の身体だった、刃がこいつの身体を通り抜けたのだ。

 

 

 

 

 

 よく考えてみれば俺の手から斧を消すことも出来たかもしれん。

 

 

 

 

 

 それをしなかったのは、この斬り合う瞬間を――相打ち覚悟で作りだした。

 

 

 

 

「”魔力操作”は得意ですので」『そうだな、お前は魔法使いだった』

 

 

 

 

 傷が深い、すぐに腹も切られた……臓物が飛び出してしまうな。

 

 

 

 

 俺は負けたのだ、そしてこれは多分致命傷というやつだろう。

 

 

 

『首を落とさないのか?』「すべきなのか、わかりかねてしまいました」

 

 

 

 

『そうか、なら。最後に話そう。もう戦いは終わった、斧も持たない』

 

 

 

 

「……分かりました、気が済むまでここにおります」『すまないな』

 

 

 

 

 体外は魔力が漏れ出さない、特異な体質……結晶はこいつの魔力そのものらしい。

 

 

 

 

 信じられんな……だが実際に俺は見た。そして斧を振るったが、砕けなかった。

 

 

 

 

 こいつはもっと早くに産まれてくるべきっただろう、それこそ魔王が生きていた時代に。

 

 

 

 

 

 まだ魔王が居た時代に産まれてくるべきだった、それが平和と称されたこの時代で――。

 

 

 

 

 いや、違うのかもな……こいつは今の時代――新しい時代に生まれてきた魔法使いだ。

 

 

 

 

 勇者が繋いだ平和の時代に産まれてきた、新たな世代……これがブライが守ろうとしたものか。

 

 

 

 

 羨ましいな、俺にはそんなものはない。故郷を捨ててこの大地に死に場所を探してきたのだ。

 

 

 

 

 俺の名も生きた時間も今日を持って無に帰る……待ち望んだというのに、何も感じないな。

 

 

 

 

「聞きそびれておりました、貴方の名前はなんでしょう」『俺はもう死ぬ、名乗るほどでもない』

  

 

 

 

「私には名がありません」『……何故だ?魔族でも名は持つぞ?』「家の方針です」

 

 

 

 

 

「母様によると私の一族はどうやら一般的に名は殺した者から選んでつけるそうです」

 

 

 

 

 

 殺した者から……選んで名をつける?聞いたことがあるな、何だったか。

 

 

 

 

 

「動物であればその名を魔物でもその名を、人であれば人の名をそういうものらしいです」

 

 

 

 

『……思い出した、故郷の大地に隣接する人間の部族はそんな風習だったな……そうか』

 

 

 

 

 魔族であればその魔族の名をか……忘れていたが、俺の一族も似たようなものだな。

 

 

 

 

 戦士として生まれた子は教官となる戦士を殺せるように鍛え上げる。

 

 

 

 

 

 こいつが手にした斧はその時に渡される訓練用の斧だ。

 

 

 

 

 

 特殊な術式が込められていて、それは己よりも強いものしか切ることができない術式。

 

 

 

 

 

 長く生きた物ほど肉体の強度は上がり用意に死ねなくなる、だが死に場所は欲しい。

 

 

 

 

 

 だから最後の役目として次の時代を生きる強き戦士の糧となることを選ぶ。

 

 

 

 

 

 長い年月を生き過ぎて忘れていたが、俺もかつては残された側だった。

 

 

 

 

 

 

 もう故郷を離れた理由すら思い出せないが、何だか父の顔を思い出した。

 

 

 

 

 

 家族愛などないが、敬意はあった。父の首を落とした時、俺は誇らしかった。

 

 

 

 

 

 その時みた父の最後の顔は、どこか、満足そうな、安心した顔だった――そうか。

 

 

 

 

 

 もしかしたら父はただ、死にたかったんじゃない。何かを残すことを望んだ。

 

 

 

 

 

 そんなくだらない空想を思い浮かべてしまうのは、人間と生き過ぎたせいだろうか。

 

 

 

 

『……お前は俺の名で生きるつもりか?』「まだ決めかねております。」

 

 

 

 

 

『俺は”零落の戦士”……際も落ちぶれた魔族と言われている』「何故?」

 

 

 

 

 

『さあな、ただ魔力で強さを測るこの大地では俺は歓迎されなかった』

 

 

 

 

 

「でしたら私も同じなのかもしれません、私は魔力漏れ出ず、魔法が下手でございます」

 

 

 

 

 

 

『だが俺に勝った、どんな状況であれお前は逃げなかった。目を背けなかった』

 

 

 

 

 父は俺を鍛える時によく、目を背けるなと言っていた。

 

 

 

 

 一度たりとも目を背けたことはない、ただひたすらに真っ直ぐ斧を振った。

 

 

 

 

 父もそうだったな、斧を振る俺をずっと見続けていた。

 

 

 

『どうやら俺は、お前を誇り高く思っているらしい……その斧はくれてやろう』

 

 

 

 

 胸の傷が、溢れる血の感触がやけに鮮明で、誇りに思えてきた。

 

 

 

 

 死ぬことなどもうどうでもいい、俺は、きっと俺はこのために生きてきた。

 

 

 

『人の子よ、俺は”零落のアウフ”――この大地で際も落ちぶれた魔族だ』

 

 

 

 

 

「強き魔族の戦士殿、それなら私は”際も落ちぶれた魔法使い”でございますね」

 

 

 

 

 

『ああ、俺はこの名が好きでな。まだ自分には這い上がる場所があると思えるんだ』

 

 

 

 

 

「這い上がる場所……戦士としての高みでしょうか?」『そうかもしれないな』

 

 

 

 

 

「ではこの名と共に私が目指す高みへ連れて行きます――”無名”の魔族殿」

 

 

 

 

 

 

『無名?……ああ、お前の一族は”名を奪う”風習だったな』「もう返しません」

 

 

 

 

 

 

 腹の傷から熱が逃げていく。血の匂いはもう馴染みすぎて、今さら不快でもない。

 

 

 

 

 

 ただ、目の前の小僧だけが――妙に眩しく見えた。

 

 

 

 

 

 名を持たぬ魔法使い。体外へ魔力が漏れぬ、落ちぶれたような体質。

 

 

 

 

 

 攻撃は不得手、魔法も不格好、なのに目は逸らさず、最後まで俺を見ていた。

 

 

 

 

 

『若き魔法使いよ、お前の名は存在として際も落ちぶれた者を表す』「それでは魔族殿」

 

 

 

 その呼び方に、乾いた喉の奥で笑いそうになった。

 

 

 

 

 もうすぐ死ぬ俺に、最後まで礼を失わぬのか。

 

 

 

 

 

 だが、それでいい。その不器用な丁寧さごと、お前はきっと前へ行く。

 

 

 

 

『歴史に名を刻め、魔力がなくとも強さを示せ。』「私は貴方を忘れません」

 

 

 

 魔力に愛されずともいい。才に恵まれずともいい。這い上がれ。

 

 

 

 

 

 見下され、零れ落ち、それでもなお立つ者として――こいつは平和な時代に生まれた。

 

 

 

 

 

 勇者が繋いだ、その次の時代に……ならば俺のように死に場所を探すな。

 

 

 

 

 

 生きる場所を手に入れろ、高みを奪え。そして時代に名を刻め。

 

 

 

 

 

『よいか、お前が歴史に名を残し死ぬのはお前が次の世代へ紡ぐ時だ』「さようなら」

 

 

 

 

 

 

 零落の戦士はここで終わる――だが、”零落のアウフ”はこれから先を生きる。

 

 

 

 

 

 

――零落のアウフが旅を初めて0日目

 

 

 

 

 

 

 

 

 




〖無名になった魔族の戦士〗


はるか遠い地平の先には、戦士だけが住まう大陸があるという。

その島では、数千年ものあいだ人間と魔族が争い続け、互いの強さをぶつけ合いながら生きていたらしい。

だがやがて、その島には魔族だけが残った。

かつて島の人間たちが営んでいた畑仕事や漁の技術は、失われることなく受け継がれ、魔族たちは現代に至るまで、人間社会にもよく似た独自の共同体を築いてきたのだという。

なお、研究によれば、その魔族たちの祖先は“ヴァーヴァリアン”と呼ばれる、高い知性を持つ魔物であったとされる。

それは、自らに殺意を向ける者しか喰らわず、あらゆる獣の子を見つけては連れ去り、己と戦えるようになるまで育て上げ、その血をまた喰らうという、ひどく好戦的な生き物だった。

ある言い伝えでは、彼らが言葉を話すようになった起源は、海に流れ着いた子供を見つけたことにあるという。

その子供の話す言葉を、繰り返し真似たことが始まりだったのだとか。
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