ギデオンがいる。
何かを見ている。
木と木の間に、布が張られている。
ゆるく、揺れている。
「……これ」
少し間。
「ハンモック」
あなたはそれを見る。
「……寝るの?」
ギデオンは少し考える。
「寝てもいいし」
ぽつり。
「寝なくてもいい」
沈黙。
布は、少しだけ揺れている。
風はほとんどないのに、
ゆっくり動いている。
「乗るだけ」
ギデオンが座って、少し揺れる。
布が、ゆっくり動く。
「……こんな感じ」
あなたは少し困る。
「……何もしなくていいの?」
ギデオンはうなずく。
「うん。」
少し間。
「それが、これの使い方。」
沈黙。
あなたは立ったまま。
動かない。
ハンモックを見る。
少しだけ揺れている。
「……でも」
小さく言う。
「なんか、座りづらいよ。」
視線を落とす。
「乗ったら落ちそうだし」
指先が少しだけ動く。
「じっとしてるのも」
ぽつり。
「ちょっと、怖い」
沈黙。
ギデオンはすぐには答えない。
少し考える。
それから言う。
「……うん」
小さくうなずく。
「わかる」
あなたは少し顔を上げる。
ギデオンはハンモックを見る。
「ボクも」
少し間。
「ちゃんと休もうとすると、苦しくなるときあるし……」
ぽつり。
「置いていかれる感じ、するから」
沈黙。
布が、ゆっくり揺れる。
あなたはハンモックを見る。
まだ、揺れている。
ギデオンが言う。
「急に乗らなくていいよ。」
少し間。
「でも」
ぽつり。
ギデオンが端を押さえる。
「端、支えておくから。」
一拍。
「落ちにくいよ。」
沈黙。
あなたは、少しだけ近づく。
布に触れる。
やわらかい。
少しだけ、沈む。
「……」
まだ乗らない。
少し迷う。
それから、
ゆっくりと体を預ける。
ハンモックが揺れる。
少しだけ。
不安定。
落ちそうな感じ。
あなたの体が、少し強張る。
「……こわい」
ギデオンが言う。
「うん」
少し間。
「最初は、そうなる」
沈黙。
揺れは、少しずつ落ち着く。
一定になる。
あなたの呼吸も、
少しずつ、それに合ってくる。
「……ね」
ギデオンが小さく言う。
「なにかしようとしなくても」
少し間。
「時間は、進むよ」
沈黙。
洞窟の奥で、水滴が落ちる。
ぽつ。
ぽつ。
ハンモックが、ゆっくり揺れる。
あなたは、
何もしていない。
だけど。
しばらくして。
思い出してしまう。
頭の中がうるさい。
同じことが、何度も回る。
さっきの言葉。
あのときの空気。
「こうすればよかったかも」
「いや、でも」
止まらない。
少しだけ、眉が寄る。
ハンモックは揺れているのに、
中だけ、落ち着かない。
ギデオンがそれを見る。
少し考える。
それから、
静かに何かを置く。
小さな器。
ほのかに、香りが広がる。
あなたは少しだけ顔を動かす。
「……?」
ギデオンが言う。
「なんの匂いかわかる?」
あなたは少し考える。
鼻で、ゆっくり息を吸う。
やさしい匂い。
少し落ち着く感じ。
「……わかんない」
ギデオンは小さくうなずく。
「いいよ」
少し間。
「当てなくていい」
沈黙。
香りは、ゆっくり広がる。
ハンモックが揺れる。
「これ」
ぽつり。
「ラベンダー」
少し間。
「こっちは、ローズマリー」
もうひとつ、少し違う匂い。
「あと、レモングラス」
あなたはもう一度、息を吸う。
さっきより、少し深い。
「……」
頭の中の声が、
少し遠くなる。
完全には消えない。
でも、
さっきほど近くない。
ギデオンが言う。
「ぐるぐるするのって」
少し間。
「止めようとすると、強くなる」
沈黙。
「だから」
ぽつり。
「ちょっとだけ、別のもの入れる」
香りが、また少し広がる。
あなたは何も言わない。
ただ、揺れている。
沈黙。
ハンモックが揺れる。
水の音。
ぽつ。
ぽつ。
あなたは、
もう一度、息を吸う。
匂いが、少しわかる気がする。
でも、
ちゃんと当てようとはしない。
そのまま、流れる。
頭の中も、
少しずつ、流れる。
完全には止まらない。
でも、
さっきみたいに、引っ張られない。
ギデオンは何も言わない。
ただ、そばにいる。
ハンモックが、ゆっくり揺れる。
香りと、
揺れと、
水の音が、
まだそこにある。でも、
あなたはもう、
それを追いかけてはいない。