痛いのは嫌なのでチェストしたいと思いもす。 作:ヴィルヘルム星の大魔王
とある公立高校の昼休み、一人の少女が男子に詰め寄っていた。グイグイと迫り来る彼女の迫力に、詰め寄られていた少年は、片手を前に出して宥める。周囲の人間は、何事かと視線を向けるが、すぐにおしゃべりや読書に戻った。
「買おうよ!隼秋も買おうよー!」
「理沙、周りが見てる。落ち着け」
騒ぎの中心である少女の白峰理沙は、目の前にいる少年にあるゲームを力説していた。彼女の言葉から伝わる熱意に、島津隼秋は溜息を吐く。彼の隣にいる小柄な体格にして黒髪の本条楓は苦笑いする。彼ら三人は、小学生時代からの幼馴染という関係性である。
隼秋の心内をよそに、理沙はとあるゲームで遊ぶように誘い込む。
「だからー!隼秋も買おうよ!NewWorld Online!NWO!」
「理沙、今日で四回目ぞ」
「五回目だよ、アキ君」
楓は、隼秋の回数を訂正する。理沙が推薦するゲームの名は、隼秋もテレビで目にする。しかし、本人としては気乗りしない。
「むぅ~、隼秋と一緒に楓も買うの!私は既に買っているから、放課後に買いに行くわよ!」
「「えぇ~」」
放課後、隼秋は理沙と楓の三人でNWOのゲームソフトを買いに、ゲームショップへと訪れた。刀剣が出るという言葉に、隼秋の気分が少し高揚していたのは余談である。
買い物帰りから三時間後、隼秋の家にある道場内では、打撃音が反響していた。
隼秋は、樫木の棒を持ち、固定台に設置されている丸太に打ち込み稽古を行う。
「九百九十八!九百九十九!千!今日も千回稽古を終えた!頑張ったな俺!」
夜の鍛錬である千回の立木稽古を終えた隼秋は、手拭いで額に流れる汗を拭う。
明日は、土曜日。学校の授業が無い分、遊ぶ時間は沢山ある。稽古が終わり、一風呂浴びた隼秋と向き合うのは、ゲーマーの理沙からセールス並みのマシンガントークで購入させられたゲームソフト『NewWorld Online』。
ゲーム経験を思い出せば、ゲームセンターでの太鼓ゲームと銃撃ゲームしか経験のない隼秋。紹介されたNWOは、幼馴染から紹介されたVRMMO系ジャンルとして鰻登りの勢いを見せる代物。最初は気乗りしない隼秋だったが、理沙の言葉に根負けしたのだ。
「隼秋に耳寄りな情報!そのゲームでは、現実世界と似た感覚で冒険を楽しめるの!絶対!絶対に楽しいと思うから!遊んでお願い!かわいい幼馴染からのお願い~!」
「いくら理沙の頼みとはいえ、俺にも選ぶ権利というものが」
「…このゲーム、刀剣出るらしいよ」
「買う」
「即答!?」
「(喰い付いた!)本当よ!だから、私や楓も遊ぶから買って損はないって!」
回想から戻った隼秋は、パッケージからソフトを取り出し、ハードの挿入部に差し込む。
「理沙のわっぜえ気迫で念押しされて買わされたわ。まぁ、爺様からの誕生祝いで貰ったハードが無駄にならずに済むんわ…良かことじゃ。うん」
手袋型のデバイスを装着し、電源ボタンを押す。そして、ゴーグル型のデバイスを目に掛ける。
「さてと、ゲーム起動」
隼秋の姿は、電脳空間を漂っていた。ここは、NWOの登録画面。彼の目の前には、【ようこそ、NewWorld Onlineへ』というウィンドウが表示された。スクロール下には、注意事項が記載されている。隼秋は、注意事項を念入りに読んだ。
「ふむ、身長は弄れないのか。次は…プレイヤーネームねぇ。シアキでいいか」
隼秋は、自身の名前『島津隼秋』から抜粋し、プレイヤーネームを『シアキ』に決めた。名前欄の入力を終え、 次の選択画面が初期装備の画面に移動する。シアキは、数十種類もある武器の中から、自身のプレイスタイルに合う武器選びに悩む。弓に槍、杖に片手剣。そして、シアキお目当ての刀が目の前に現れる。
「弓や槍も良いが、刀にするか。刀好きだし」
シアキは、大好きな刀を初期装備として選択した。シアキが振り分けたステータスポイントは、以下の通りとなる。
レベル1 HP40/40 MP12/12
【STR】40
【VIT】25
【AGI】30
【DEX】 5
【INT】 0
ステータスポイントを振り分けたシアキは、決定ボタンを押す。残り時間のアナウンスが表示され、0になった瞬間、周囲の電脳空間が白い光に包まれた。
「…何じゃあ、ここは!」
開いたシアキの眼に映るのは、中世ヨーロッパ風の街並みをしたナーロッパの街並みだ。周りには、剣や杖を装備した他のプレイヤーが交錯している。売り物のリンゴを齧る者、談笑する者など活気に満ち溢れている。到底、ゲームとは思えない完成度に、シアキのゲームに対する価値観が上塗りされていく。
「わっぜか!ほんまにゲームの世界か!?風も感じるし、匂いもすんど!」
ゲームの完成度に、シアキは思わず薩摩訛りが出る。だが、この世界では個人情報を話さない限り、家以外で抑圧された自分を解放するにはうってつけである。その為、少しだけ訛りを出そうと心に決めたシアキだった。
早速、レベルを上げに町外れの森へと向かう。左腰に刀を帯刀しているシアキは、まるで本物の武士のような気分で歩いていた。
数分後、横の草陰から一匹の兎がぴょこっと姿を現した。しかし、その兎の姿は、一本の角が生えている。普通の兎とは違い、ゲームのモンスターであることが初心者のシアキでも理解できる。
「角の生えた兎…これを倒せば良いんか?」
「すまんのぅ、兎どんに悪気はないが俺の糧となっちょくれ。南無阿弥陀仏」
両掌を合わせて念仏を唱えたシアキは、刀を抜刀し、角白兎を一刀両断する。斬られた角白兎は、ダメージを受け、ポリゴン状となって消滅した。ゲームといえども、可愛い兎の命が散る瞬間を見て、シアキは一抹の寂しさを覚える。改めて、両掌を合わせる少年。
「兎どんの命、無駄にはせんぞ」
目の前に映し出された情報を基にステータスを確認すれば、レベル2に上がっている。シアキは、そこそこ嬉しい気持ちと寂しい気持ちを抱えながら、次なる獲物を探し求めた。少し奥に進むと、巨大蜂が嘴をガチガチと鳴らしていた。どうやら、巨大蜂のテリトリーに侵入したようである。兎とはまた違う巨虫の前に、シアキは抜刀する。
「大きな蜂じゃ!あの毒針に刺されたら一発でお陀仏じゃのう!」
シアキは、巨大蜂の毒針突きを避け、横薙ぎ一閃。蜂が怯んだ隙に、胸部目掛けて切っ先を突き刺した。巨大蜂は、虫の息となり、足をピクピクと動かし羽音を震わせる。シアキは、もう一度突き刺し、完全に絶命させる。彼の初めての戦闘は、兎と蜂討伐で終了した。
「蜂蜜美味かぁ。甘露甘露」
シアキは、ドロップアイテムの蜂蜜を舐めながら、森を散策する。ふと、横を見ると、大きなモンスターの足跡による獣道を見つけた。興味が出たシアキは、好奇心で森の奥へと続く獣道を辿り、円形に広がる森林エリアに足を踏み入れる。
シアキが足を踏み入れた瞬間、正面にある草陰から一頭の熊が現れる。その大きさは、平均身長の男性二人分の巨躯な熊だった。
「ぶぶぶぶぶ」
額に三日月模様のある熊は、少年に向かって威嚇している。兎や巨大蜂と比べ、骨のありそうな獲物を見つけた蛮人は、刀を鞘から抜刀し、挨拶代わりに斬り掛かる。
「熊狩りじゃああ!熊鍋が喰いたかぞ!」
右斜めに袈裟斬りの斬撃を与える。突然の行動に攻撃を受けた熊は、悲鳴を上げながら数歩後退する。熊の胸元には斜めの裂傷が生じていた。シアキの一撃を受けながらも熊の身体は健在である。
「かかか、流石は熊じゃ。まだ生きとる!どうやら、今の一撃で熊ころの体力を二割削ったようじゃな…おい、熊公!俺の名はシアキ!誉れ高き薩摩隼人ぞ!」
シアキは、鼻から空気を一気に吸い込み、腹に満たす。ここはゲームで、現実世界ではない。夜中でも近所迷惑にならず、あの技を披露できる。そう考えたシアキは、腹から声を出した。その技は、自らを鼓舞し、敵に恐怖を与える薩摩兵児の準備体操。
「きぇああああああい!」
猿叫で気合を入れ、刀の柄を強く握る。最初に狙うのは、右足。そこに迷いはない。狙いを決めた瞬間、足を強く踏み込み、飛び跳ねるように前進する。前傾姿勢を取ったシアキは、刀身を後ろに構え、刃の距離を誤認させる。奇声を発しながら突っ走るシアキを見た熊は、爪で切り裂こうと右前足を大きく振りかぶる。無事に回避できないことを瞬時に判断したシアキは、柄を抜き取り、一瞬だけ爪攻撃を受け止め、地面に受け流す。
「キエエェェイ!」
猿叫を発しながら、下から斬り上げるように股関節付近を斬り込む。熊の背後に移動し、熊の背中に飛び移る。そして、肩から背中にかけて五回程突き刺す。だが、熊もやられるばかりではない。爪と握力でシアキの体を掴むと、木に向かって投げ飛ばした。
「ぶはぁ!?」
木に衝突したシアキは、背中からダメージを受ける。今の攻撃で、彼の体力が三割ほど削られた。デバイスによる電気信号で神経との接続効果により、リアルな衝撃を味わうシアキ。思わず、右肩を抑える。
「ぶおおおお!」
シアキ目掛けて突進する熊。間一髪、シアキは跳躍して木の上に避難した。木を折り倒そうと、熊は何度も頭突きしてくる。揺れ動く木の上でシアキは、一度深呼吸をして飛び降りた。
「すぅぅ、ちぇああああ!」
落下速度と足の重力を利用した唐竹割り。その一撃を熊の脳天に叩き込む。悲鳴を上げた熊は、蓄積したダメージによって体力の限界を迎えた。退散しようとする熊だが、それを鬼の子は見過ごさない。
「首ぃ寄越せぇ!」
首目掛けて横薙ぎで一太刀、熊の首元に刃が入り込む。毛皮と脂肪の層を再現した防御システムが刃を阻むも、シアキは、両腕の力を緩めることなく、掻き切った。首と胴がさよならした熊は、ドシンと轟音を立てて、地面に崩れ落ちる。
「こん勝負、俺の勝ちぞ」
刀を納刀したシアキは、熊の首を拾いに向かうが、首と胴が消滅した。獲物が消えたことにシアキは吃驚して声を荒げる。
「あああああ!?俺の首級があああ!?」
戦闘の高揚感から、撃破後にモンスターが消滅することを忘却していた。シアキの叫びも虚しく熊の反応は消失する。しかし、熊が消えた場所に小さな木箱が出現した。箱の中を開けると、『熊の毛皮』、『熊の大爪』、『熊肉』と呼ばれるアイテムが入っていた。
「兎より大きいモンスターだからか、金と経験値の量が違うのう。こりゃあ素材か?これで装備の強化や換金をすればええんか?お、新しいスキルじゃ」
シアキは、ステータスのスキル欄に表示された新スキルを確認する。
『猿叫』:叫声で相手を五秒間金縛り状態にさせ、自身の攻撃力と防御力を少し上昇させる。攻防一体のスキル。
【出現条件】
・敵に向かって雄叫びを上げる。
『剛剣』:刀剣系武器の攻撃力を上昇させるスキル。また、相手の防御を一定確率で崩す。
【出現条件】
・力強く敵を十回以上斬る。
「俺はまだ弱い、そいは仕方なか。斬って斬って鍛える!鍛錬あるのみじゃ!」
そう決めたシアキは、一度町に戻り、戦闘で得た金銭で食べ物を買い、体力を回復させた。そして、再び森に赴き、出会った猪の突進攻撃を一定の間、無傷で回避し続け、【絶対防御】を獲得した。猪は、斬って猪肉にする。戦闘後の飯は、牡丹鍋に決まった。
「もっと斬るぞ!」
テントウムシ型モンスターを斬る。その瞬間、テントウムシの全身が白く発光し、衝撃が彼を襲う。爆風でダメージを受けたものの、シアキはからからと笑った。【絶対防御】がダメージを軽減させたため、軽傷で済んでいる。これは鍛錬に利用出来ると見出し、テントウムシが爆発する前に回避するという狂った遊びを編み出す。
「何じゃあ、あの虫々した塊は…ほっ、女の子が寝ておっただけか」
大量の毒虫に囲まれながら寝ている現場を発見し、思わず足を止めた。だが、女の子がいると気付いたシアキは、彼女が寝ているだけと判断した。アホである。
彼は、そこで寝ている少女に見覚えはあるものの、現実世界の知り合いだという確証が無い為、その場を後にした。その少女は、現実にいる幼馴染の楓もといメイプルであるが、少年は気付かない。二人はそれぞれのプレイスタイルでゲームを楽しんでいた。
「ツェストーーー!」
ガキンッと刃に罅が入り、粉々に砕け散る。刀は寿命を迎えて、消滅した。シアキは、空いた両手を握り締め、目の前の巨大岩を見つめる。岩にかなりの罅が入っているも、割れる気配なし。
「刀と木刀を合わせて、これで九十九本目ぞ。我ながら良く壊したもんじゃのぉ」
周囲には、シアキが使用していた武器の残骸が散乱している。尤も、そこら辺の木の棒を削った木剣だ。消耗品とはいえ、今の手持ちでは武器代が高く、金銭的に余裕がない。
その為、安価な木の棒を加工したのである。この時に【加工術Ⅰ】と呼ばれるスキルを手に入れた。岩と木を叩く最中、時折、獲物を求めてきたモンスターを殴打するなど、似たような作業を繰り返している。また、熊型モンスターが大量出現するエリアを見つけた時は、満面の笑みを浮かべた。シアキは、経験値とお金を稼ぎ、着々とレベルを上げていく。
薩摩流鍛錬と称して、奇声を発しながら行うシアキのレベル上げを目撃した一人の大楯使いプレイヤーは、ヤバい奴を目撃したけど知らない振りをしようと心に決め、逃げるように去った。
「さて、そろそろセーブして寝るかの」
シアキが現実世界で寝静まった時間帯に、NOW内にある掲示板では、スレッド主の大楯使いが一つの書き込みを投稿した。そのスレッドは、シアキともう一人の少女で盛り上がり、シアキの知らない間に見守る会が形成されていた。
福岡弁は少し理解できるが、鹿児島弁は分からない作者です。
なので、薩摩弁翻訳サイトで頑張りもす。