機動戦士ガンダム SilenceWar ~U.C.0096 The Legends Sing of UC Lullaby~ 作:にわ@タイトル単位作品作成者
U.C.0096 3月後半
強襲揚陸艦ネェル・アーガマ 艦長室にて。
艦長室の窓の向こうに、巨大な人工天体が広がっている。
地球連邦軍宇宙要塞――ルナツー。
整然と並ぶ艦艇。
規則正しく点滅する航行灯。
無機質で、感情の入り込む余地のない光景。
だが、その秩序が、かえって落ち着かない。
「……L4からL2、さらにL5」
オットーは机上のデータパッドを見つめたまま、低く呟く。
「順次哨戒。期間未定。状況により延長あり」
向かいに立つ副艦長、レイアムが続ける。
「名目は定期的な哨戒です」
「……名目上、か?」
オットーは眉をひそめた。
L4、L2、L5。
過去に幾度も戦火を経験した宙域。
そして今、所属不明の機体による不審な動きが断片的に報告されている宙域でもある。
「情報部も偵察結果を求めています」
「だからこその今回の任務か」
「はい」
静かな肯定。
オットーは椅子に深く腰掛けた。
確証はない。
だが、何かが引っかかる。
「……“ラプラスの箱”」
レイアムが言う。
その名が出た瞬間、室内の空気がわずかに重くなった。
百年近く消えずに残っている名。
実在するかどうかも分からない“何か”。
だが最近、その名を口にする者が増えている。
「ただの噂にしては、話が具体的すぎる気がする……」
オットーは呟く。
「人が動くには、十分な材料です」
レイアムの言葉は冷静だった。
思想の是非ではない。
噂が人を動かすなら、それは現実になる。
オットーは黙る。
守るべきは連邦市民だ。
それは分かっている。
だが――
自分の判断で、火種を見落としたら?
思考が一瞬、鈍る。
「各宙域での滞在時間は……」
言葉が止まった。
延ばせば、負担は増える。
延ばさなければ、何かを取り逃すかもしれない。
沈黙。
レイアムが、静かに口を開いた。
「1.5倍にしましょう」
オットーは顔を上げる。
「理由は?」
「“何かがある”と仮定した場合の余裕です。過剰でも、過少でもありません」
即答だった。
迷いのない声。
オットーは数秒、視線を落とす。
自分が迷っていることを、副長は見抜いている。
「……採用する」
短く言う。
レイアムは頷いた。
「偵察部隊は二段編成。MS隊は常時即応待機で?」
「ああ。維持する」
ネェル・アーガマには優秀なパイロットが揃っている。
――あの男もいる。
だが、エースがいるからといって、艦の責任が軽くなるわけではない。
むしろ重い。
「補給状況は」
「弾薬、推進剤ともに問題ありません。長期哨戒にも対応可能です」
「整備班とサーセルにはセンサー系統の再確認を伝えておいてくれ。
最近の連中は、隠れるのが上手い」
「了解」
指示は出る。
だが胸の奥のざわつきは消えない。
レイアムが、わずかに声を落とす。
「艦長」
「何だ」
「もし“箱”が実在するとしても――我々の任務は変わりません」
一瞬の間。
オットーはゆっくり頷いた。
「……そうだな」
変わらない。
変えてはならない。
政治の中身ではなく、市民を守る。
それだけだ。
「出港は明朝0800。管制の許可は取得済みです」
「よし」
オットーは立ち上がり、窓の外を見た。
巨大な要塞の内部で、艦艇が静かに移動している。
整然とした秩序。
静かすぎる。
何を警戒すべきかすら、分からなくなるほどに。
(頼りない艦長だな……)
自嘲がよぎる。
だが。
(それでも)
振り返る。
「ネェル・アーガマ、出港準備を進める」
「了解」
副長の声が応じる。
窓の向こうのルナツーは、何も語らない。
オットーは、ゆっくりと息を吐いた。
艦長は、自分だ。
それだけは、揺るがない。