機動戦士ガンダム SilenceWar ~U.C.0096 The Legends Sing of UC Lullaby~ 作:にわ@タイトル単位作品作成者
U.C.0095 2月某日
強襲揚陸艦ネェル・アーガマ格納庫にて。
艦内の微振動が、足裏から伝わる。
ネェル・アーガマの格納庫は珍しく騒がしかった。
搬入ハッチが開き、巨大なコンテナが固定アームに支えられてゆっくりと収まる。
「慎重に扱えよ。それ、少佐の機体だ」
ボッシュは腕を組んだまま声を飛ばす。
「分かってます!」
整備員の返事が返る。
だがボッシュは落ち着かない様子だ。
ハッチが開く。
白い機体が姿を現す。
流線形の装甲。
背部に並ぶフィン・ファンネル。
Hi-νガンダム。
艦の照明を受け、静かにそこに立つ。
「……艦のサイズに対して、存在感がでかすぎるだろ」
「専用機ですから」
リディ・マーセナスはボッシュの背後から声をかける。
振り向いた。
「リゼル隊所属、リディ・マーセナス少尉。本日付で本艦へ合流となります」
きっちりと敬礼を決める。
艦に“入ってきた側”だからこそ緊張する。
「ボッシュだ。歓迎する」
軽く顎をしゃくる。
「ネェル・アーガマは狭い。最初は頭ぶつけるなよ」
「心得ています」
視線はHi-νに向いたままだ。
「……あの機体に、アムロ少佐が」
「少佐は機体に乗るが、機体に乗られる人じゃない」
即答。
リディがわずかに目を細める。
「……随分と信頼しているんですね」
ボッシュは肩をすくめた。
「信頼ってほどでもないさ。
あの人は――そういう人だってだけだ」
少しだけ沈黙。
「……羨ましい話です」
リディは視線を落とした。
「自分は……“模範であれ”と育てられてきました」
「期待?」
「常に正しくあれ、と」
名を名乗らなくても分かる。
マーセナス家。
連邦中枢の名。
ボッシュは鼻で笑う。
「この艦で“正しさ”にこだわると疲れるぞ」
「どういう意味です?」
「生きて帰る方が優先だ」
その瞬間。
「ボッシュ」
静かな声が格納庫に落ちる。
振り向く。
アムロ・レイ少佐が歩いてくる。
軍服姿。
肩の階級章が目に入る。
ボッシュの背筋が反射的に伸びる。
「搬入確認は完了しています、少佐!」
少し声が大きい。
少佐は一瞬だけ眉を上げ、そして小さく息を吐いた。
「艦が揺れる。静かに報告しろ」
格納庫の空気がわずかに緩む。
叱責ではなさそうだが……。
それでも、ボッシュの背筋は伸びた。
「は、はい!」
少佐の視線がこちらへ向く。
「リゼル隊の少尉だな」
「リディ・マーセナス少尉です。本艦勤務、光栄に存じます」
「光栄かどうかは、任務次第だ」
淡々とした口調。
だが冷たくはない。
「ここでは肩書きより判断力だ。気負うな」
短い言葉。
命令ではない。
だが、重みがある。
リディは一瞬、息を詰める。
伝説のパイロット。
そう思っていた。
だが目の前にいるのは、部隊を率いる少佐だ。
そしてその隣で、必要以上に背筋を伸ばしている先任パイロット。
「少佐、リゼル隊は後方ブロックへ配置済みです」
ノーム大尉が合流する。
「後ほどブリーフィングを」
「了解した」
少佐は頷く。
それだけで場が動き始める。
整備員が再び忙しくなる。
艦内の振動がいつも通りに戻る。
リディはHi-νを見上げる。
英雄の象徴ではなく、
部隊長の機体。
そしてこの艦は、
伝説の舞台ではなく、
今も動き続ける現場だ。
「少尉」
ボッシュが小声で言う。
「肩の力、抜けたか?」
「……少しだけ」
「それでいい。ここじゃ、それが生き残るコツだ」
ボッシュは視線を逸らした。
なぜそこまで気を回すのか、リディにはまだ分からない。
だが――
少佐は、ほんの一瞬だけその様子を見て、
わずかに、表情が和らいだように見えた。
ネェル・アーガマは静かに航行を続ける。
再編は始まったばかりだった。
そして――
アムロにとって、少佐である時間はそこで一度終わる。
廊下に出た瞬間、軍靴の音がわずかに軽くなる。
向かう先は、指揮所ではない。
整備ブロック。
パイロットとしての自分が立つ場所だ。
格納庫のハッチが開く。
白い機体の足元で、整備員たちが最終チェックを行っている。
Hi-νガンダム。
自分の機体。
だが、まだ“馴染んで”はいない。
視線は自然と背部へ向く。
左右に広がる、翼のようなフィン・ファンネルラック。
装甲に触れようとした、その時。
「背部フィン・ファンネルラック、左右とも補強済みです。
高機動時のフレーム歪みも出ません」
淡々とした技術報告。
アムロの肩が、わずかに緩む。
振り向かないまま。
「……チェーンか」
「はい。報告終わりです」
一拍。
アムロがゆっくり振り向く。
一年ぶり。
だけど距離は、そんなに空いていない。
チェーンは腕を組んだまま、視線を外す。
「翼、ちゃんと付いてますよ」
そして小さく、
「今度は、両方」
その言葉に、アムロはほんの一瞬だけ言葉を失う。
あの戦い。
あの光。
でも今は違う。
背中には左右対称の翼。
目の前には、生きているチェーン。
「……ああ」
それだけで十分。