シェーンの頭に本人の記憶が蘇った時、シェーンは……

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シェーン憑依もの

 

 額の汗が目に入り、強烈な痛みに意識が引き戻された。

 

 視界が白く霞む。焼けるような陽光と肺にまとわりつく湿った土の匂い。

 耳元で鳴り響くのはセミの鳴き声ではなく、肉を食らう獣のような、あるいは壊れた蓄音機のような、生理的な嫌悪感を呼び起こす唸り声だった。

 

 俺──いや、シェーン・ウォルシュは、手にしたショットガンを握り直して改めて目の前の光景にショックを受けていた。

 

 深い森の中でオーティスの放った弾丸が鹿を貫き、その背後にいた少年カール・グライムズの腹部まで打ち抜いてしまったのだ。

 

 地面に倒れ伏すカールの小さな体。

 溢れ出た鮮血がまたたく間にシャツを赤く染めていく。

 傍らで父親のリックが絶望に目を見開くのが、スローモーションのように自分には見えた。

 

 くそ! 

 間に合わなかった!! 

 

 

 ほんの数分前。

 自分の頭の中に、かつて観た記憶の断片がフラッシュバックしたのだ。

 

 その記憶によればこの後カールは農場へ運ばれて一命を取り留めことはできる。

 だが、その過程で俺は──シェーンは、医療物資を確保するためにオーティスを犠牲にし狂気へと堕ちていくのだ。

 

 そして最終的にはリックに殺され、カールはその父を救うためにゾンビ化した俺を撃つ。

 

 そんな結末は絶対にごめんだ! 

 

 俺の内にフラッシュバックした前世のシェーンの記憶がカールへの、歪んではいても本物の愛情を呼び覚ます。

 そして転生者としての俺の理性が、最善の生存ルートを計算し始めた。

 

「リック! しっかりしろ、動揺するな!」

 

 俺の声は、自分でも驚くほど冷徹で鋭かった。

 

「オーティス、お前のせいじゃない。だが、責任は取ってもらうぞ。この先に家があるな? そこに医者はいるか!?」

「ハ、ハーシェルだ……。農場がある。案内する!」

 

 オーティスが動揺に震える声で叫んだ。

 リックは半狂乱のまま血まみれのカールを抱き上げた。

 

「シェーン、どうすればいい……カールの血が止まらないんだ!」

「走るんだ、リック。お前が止まればカールは死ぬ。俺が背後を守る。行け!」

 

 必死の形相で森を駆けるリックの背中を追いながら、俺は周囲に目を配る。

 ほどなくして視界が開けた。

 グリーン家が守るあの農場だ。

 

 すぐにハーシェルとその家族が駆け寄り、カールは家の中へと運び込まれた。

 

 家の中ではすぐに怒号と悲鳴が駆け巡った。

 ハーシェルの診断は非情だった。

 

 弾丸は破裂して砕け、弾丸の破片がカールの臓器を深く傷つけている。

 このままでは死ぬ。

 

 だが手術には器具と何より麻酔薬が必要だった。

 

「近くの高校に、緊急避難所があった。あそこに医療キットがあるはずだ」

 

 オーティスの言葉に、俺は即座に立ち上がった。

 

「俺が行く。オーティス、案内しろ」

「待ってくれ、シェーン。俺も行く」

 

 リックが青白い顔で言ったが、俺はその肩を強く押し戻した。

 

「お前はここにいろ。カールが目を覚ました時、父親がいなくてどうする。それに、ローリが来たら誰が説明するんだ。俺を信じろ、リック。必ず持ち帰る」

 

 パトカーのエンジンをふかし、俺とオーティスは高校へと向かった。

 道中、助手席で項垂れるオーティスに、俺は短く告げた。

 

「いいか、オーティス。あそこはウォーカーの巣窟だ。一つだけ約束しろ。何があっても、俺の指示に従え。自分勝手な行動は死を招く」

「……わかっている。あの子を撃ったのは俺だ。何だってする」

 

 原作ではここでシェーンはオーティスを裏切ってしまう。

 自分の生存とカールのための物資を天秤にかけ、同行者を餌にしたのだ。

 

 だが今の俺には過去の記憶がある。

 物資の場所、建物の構造、そしてウォーカーの習性についても知っている。

 

 高校の校庭は地獄絵図だった。

 

 フェンス越しに、数百のウォーカーがうごめいていた。

 俺は車を正面玄関から離れた位置に停め、オーティスを促した。

 

「正面からは行かない。体育館の非常口から侵入する。奴らの意識を逸らすために、あそこのパトカーのサイレンを鳴らす。作動させたら30秒以内に屋上へ駆け上がるぞ」

 

 作戦は、想定よりもスムーズに進んだ。

 俺は予備の発炎筒を使い校庭の反対側で火を上げた。

 

 音と光に惹きつけられるウォーカーたちの隙を突き、校舎内へと滑り込んだ。

 廊下には鼻を突く死臭と、乾燥した血の跡がこびりついていた。

 

 暗がりの向こうから、カチカチと歯を鳴らすくそったれな音が聞こえる。

 

「……シェーン、あっちだ。救急車が中に入り込んでいる」

 

 オーティスが指差す先に、医療用トレーラーがあった。

 俺たちは素早く中に入り、ハーシェルに指示された器具を詰め込む。

 

 酸素ボンベ、人工呼吸器、そして麻酔薬。

 

 だが、脱出しようとした瞬間、背後の扉が激しく叩かれた。

 ウォーカーの集団が、音を嗅ぎつけたのだ。

 

「クソッ、囲まれたか!」

 

 オーティスがライフルを構える。

 

「撃つな! 音がさらに奴らを呼ぶ。屋上へ逃げるぞ!」

 

 俺はオーティスの襟首を掴み、非常階段へと突き飛ばした。

 階段を駆け上がり、屋上のドアを閉め、閂を下ろす。下からは、何十もの死体が扉にぶつかる鈍い音が響いてくる。

 

「……助かったのか?」

 

 オーティスが荒い息を吐きながら崩れ落ちる。

 

「いや、ここからが本番だ。奴らは離れない」

 

 俺は屋上の端から下を見下ろした。高さはあるが、下には大型のゴミ収集コンテナがある。

 

 クッションにはなるはずだ。

 

 原作のシェーンなら、ここでオーティスの足を撃っていただろう。

 一人分の物資を持って、その方が確実に生き残れると考えてだ。

 

 だが、俺はオーティスの肩を叩いた。

 

「オーティス、あのコンテナに飛び込む。俺が先に飛んで、奴らの注意を引く。お前は物資のバッグを抱えて、二番目に飛べ。着地したら脇目も振らずに車へ走れ」

「正気か? あんたが囮になるっていうのか?」

「囮じゃない。二人で生きて帰るための最短ルートだ。カールの命がかかってるんだ、もたもたするな!」

 

 俺はナイフを抜き放ち、コンテナへ向かって飛び降りた。

 

 ドンッ! 

 

 衝撃が全身を駆け抜けた。

 ゴミ袋は確かにクッションになったが、やはり高すぎたのか、足首に鋭い痛みが走る。

 

 だが痛がってる暇はない。

 

「うおぉおおお!!」

 

 叫び声を上げ、コンテナの周囲にいた数体のウォーカーをナイフで仕留める。

 

「今だ、飛べ!」

 

 オーティスが巨体を揺らしながら飛び降りてきた。

 彼は俺の指示通り、物資のバッグを死守している。

 

「行け! 車を出せ!」

 

 俺は足を庇いながら、近寄るウォーカーの頭をショットガンの銃床で叩き潰した。

 オーティスが車にたどり着き、エンジンを始動させる。彼は一瞬迷った表情を見せたが、俺に向かってドアを開け放った。

 

「乗れ、シェーン!」

 

 スライドドアに飛び込み、俺たちは校門を突破した。

 

 

 

 

 農場へ戻った時、夜が明け始めていた。

 血まみれで、泥にまみれた俺たちを見て、リックが駆け寄ってくる。

 

「薬だ! 全部ある!」

 

 俺がバッグを突き出すと、ハーシェルがそれをひったくるように受け取り、手術室へと消えた。

 

 

 数時間後。

 

 

 朝日が差し込むリビングで、ハーシェルが静かに告げた。

 

「……成功だ。弾はすべて取り除いた。峠は越えたよ」

 

 リックはその場に泣き崩れた。ローリも夫の肩を抱き、声を上げて泣いている。

 俺は、ポーチの椅子に深く腰掛け、痛む足を投げ出した。

 

「おい、シェーン」

 

 オーティスが、震える手でコーヒーのカップを差し出してきた。

 

「あんたがいなきゃ、俺はあそこで死んでた。……ありがとう」

「……気にするな。カールが助かった、それだけで十分だ」

 

 ふと視線を感じ、顔を上げると、リックがこちらを見ていた。

 その目には、以前のような疑念や対抗心ではない、深い信頼と……そして、どこか複雑な色が混じっていた。

 俺は、本来のシェーンが進むはずだった「破滅」を、ひとまず回避した。だが、この世界は依然として地獄だ。

 カールは生き残った。だが、ソフィアはまだ行方不明のままだ。そして、農場の地下にある「秘密」も、まだ暴かれていない。

 

 俺は懐からタバコを取り出し、火をつけた。

 カールの生存。それが、この狂った世界の歯車をどう変えていくのか。

 俺は、今度こそこの家族を守り抜く。たとえ、この手がどれほど汚れようとも。

 


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