草木も眠る丑三つ時。
ある廃寺の闇夜に動く影が2つ。
「水の呼吸 壱ノ型 水面斬り!」
緑と黒の格子柄の羽織を着て、耳飾りを付けた少年、竈門炭治郎が水平に刀を走らせる。
狙うはもちろん相手の鬼の首である。
「ぐ……呼吸が持たない」
だが途中で動きが遅くなり、炭次郎の斬撃は難なく回避されてしまった。
「どうした鬼狩り? 動きが鈍いぜ!」
「く……」
炭次郎は鬼に苦戦していた。
つい先程まで地面に自在に潜る事ができる3人の沼鬼と戦闘を行い、死闘を繰り広げた後の連戦である。
体力の回復が追い付いていなかった。
「おらよ!」
爪を鬼が振りかざしてきたので、炭次郎は刀を打ち付けてそれを払う。
鬼は余裕を見せているのかまだ血鬼術を使って来ない。
だが、このまま長期戦になれば体力の消耗差で勝敗は明らかであった。
「こんばんわー! こんばんわー!」
誰の声? と炭次郎と鬼は声が聞こえた方向に振り向く。
「みんな~、遅れてごめんね! 寝坊しちゃった~」
一人の10歳位の小さな背丈の少女がそこに居た。
その少女はまるで藤の花を思わせるような珍しい青紫色の髪と同色の大きなリボン2つを蝶結びで付けている。
更に黒い隊服の上には見慣れないこれまた青紫色の外套、外国の洋服だろうか? を羽織っていた。
「あの隊服、まさかあの子も鬼殺隊員なのか?」
炭次郎は驚くが、そんな彼よりも鬼の方が驚いていたようでいきなり現れた敵に対して牙を向いた。
「何だ貴様は! 貴様も鬼狩りなのか?」
鬼が吠える。
「何だとは何だ! 勇気ちひろやぞ我!」
鬼の挑発に対して勇気ちひろと名乗る少女はそう言うと、黒い手ぬぐいを巻いていた手を頭上にかざす。
いつの間にかその手には彼女の武器である刀が握られていた。
そしてその刀を自身の胸の前に構えると鬼を睨みつける。
(何だこいつの眼は……戦い慣れてやがる上に殺すことも殺される事も厭わないという眼をしてやがる)
ちひろの青い瞳に見抜かれた鬼は一瞬動きが固まってしまう。
だが、予想外に短い刀を向けられていた事に気づくと鬼は小さく笑った。
「何だその小さな刀は、そんな物で俺様の首が切れるわけないだろ」
鬼がちひろの持っている菱形の刀を小馬鹿にする用に言う。
たしかに炭次郎から見てもその日輪刀は小さく、小太刀とも呼べない様なものであった。
「死ねえ!」
鬼がちひろに向かって突進を仕掛ける
そして鬼は自分の右爪を向かって突き出したが、ちひろはそれを刀を使って受けた。
辺りに金属音が響く。
「いや違うなそれは刀じゃねえ、もしかしてクナイか? 300年ぶりに見たぞ」
鬼の爪によってちひろの刀、いやクナイはすぐに折れてしまうのではないかと思っていたが意外にも丈夫なようである。
(あの子一人じゃ無理だ。俺も何か援護しないと)
いくら善戦しているように見えるとは言え、女の子一人に戦いを任せる訳には行かない。
炭次郎も加勢をしようと立ち上がるが、それをちひろから手で止められた。
「ステイステイステイ! アイドンドニードヘルプ!」
(え? 言ってる言葉は分からないけど手を出すなって事か?)
自分が戦闘に加わることでかえって邪魔になるということなので、仕方なく炭次郎は状況を見守ることにする。
「幽鬼の呼吸 壱ノ型 虚空」
ちひろが炭次郎から鬼へと視線を戻した後にスーッと息を吸い込むと、片手で印を結ぶような動作を取った。
印を結び終わった後、ちひろの姿は消えていた。
「消えた?」
炭次郎と鬼が同時に叫ぶ。
いきなりちひろの姿がその場から消えたからである。
姿だけでなく気配も匂いも消えていた。
「こいつ雷の呼吸の使い手か? だがな、早く走れるだけじゃ俺様の攻撃は防げないぜ!」
そういうと鬼はその場に屈んだ。
鬼の背中から無数の針が生えてくる。
「爆ぜろ!」
鬼が叫ぶと体の針が一斉に周囲に飛び出す。
全方位への針の一斉射撃。
これではいくら高速で動いていても避けようがない。
「これがこの鬼の血鬼術か、何て針の数なんだ」
炭次郎は悪態を吐きながらお堂下に隠れるとその攻撃を逃れた。
そして攻撃が止んだ後にまた鬼の方を見る。
鬼の攻撃で辺りの木々や地面に無数の針が突き刺さっていた。
だが、それでもちひろの姿はどこにも見えない。
(あの子は無事か??)
炭次郎はちひろの身を案じるが、未だに彼女は姿を見せない。
「ハハ、もしや尻尾を巻いて逃げだすのか?」
鬼は早くも勝利宣言をし、笑いだした。
が、すぐに表情を改める事になる。
「何か出してましたねえ、吸血鬼さん!」
鬼が声のした方を振り替えると、ちひろが既に鬼の目の前にいたのだった。
ちひろは逆手に持ったクナイを鬼の首目掛けて振りかざす。
幽鬼の呼吸 終ノ型 不意日異邪悪(フィニッシャー)
はねられた鬼の首がその場に現れた異次元の穴へと吸い込まれていく。
首を失った鬼の体は塵となって消滅していった。
「強い、あの鬼の首を一瞬で斬るなんて……」
お堂の下から炭次郎は目の前で行われた殺陣に目を奪われていた。
年は禰豆子よりも更に年下、10歳なら竹雄と同い年だろう。
鬼殺隊に年下でまさかこんな強い隊員がいるとは思っても居なかったからである。
炭次郎は隠れていた場所から出ると彼女の方へと駆け寄っていく。
「勇気さん、助かりました! ありがとうございます。俺の名前は竈……」
「君たち、炭次郎とは今日初めて会ったから清楚に可愛く行こうと思います。コメント揃えてけよ?」
ちひろにお礼を言って自己紹介しようとした所、彼女の方は何やらブツブツと喋っていた。
しかも聞き取れた会話から察するに既に炭次郎の事を知っている様である。
「もしかして既に勇気さんは俺の事をご存知で?」
「ばれんだろ! お前らのコメントでさあ!」
再度声をかけようとするも、予期せぬ台詞に炭次郎は一瞬固まってしまう。
「ちひろが清楚じゃない事がバレんだろうがあ! バレんだろ、清楚じゃないことが! 清楚じゃねえの認めたみたいになるから止めろって!」
何か様子がおかしい。
ちひろのその様子は何やら見えない相手に向かって怒っているかの様でもあった。
「あの……勇気さん?」
「『炭次郎から名字呼びww』じゃねえんだよお前らさあ!」
戸惑う炭治郎はもはや蚊帳の外であり、ちひろはまた大声を上げる。
もしかして名字じゃなくて名前呼びの方が良かったのだろうかと炭次郎は思った。
「そもそも『炭次郎には清楚いらん』ってどういうことやねん!」
(ちひろさん、何か複数の別の人と喋っているような……)
炭次郎が状況を理解できずにいると背中に背負っていた箱がガタガタと揺れ、中から人影が飛び出す。
飛び出してきた少女の名前は禰豆子、炭次郎の妹であり訳合って鬼にされてしまっていた。
「ムー」
「あ、禰豆子。起きたのか」
妹の顔はあまりにも煩くて眠れないと言いたげであった。
だが、背中の箱から禰豆子が出てきたにも関わらずちひろの方は一人でヒートアップしている。
「『もう無理じゃない?』じゃねえんだよバレてない! バレてない! え、ねずこって何? あ!」
ようやくちひろは炭次郎とねずこの方に気づいたのかは慌ててこちらにさっきまでのことを否定するかのように両手を振る。
「ごめんなさい、ごめんなさい違う人です今の」
「そ、そうだったんですね。別人の人だったんですね」
炭次郎は訝しがるも、確かに何か別人ぽかったと納得することにした。
そして改めてちひろに自己紹介をする。
「俺は竈門炭治郎です。こっちは妹の禰豆子。さっきは危ない所をありがとうございました」
「ムー!」
「うんうん、炭次郎に禰豆子ね! 知ってる! サイン、コサイン、タンジェント!」
ちひろは笑いながらウンウンと頷いた。
最後に何を言ったのかは不明だが禰豆子のことまで既に知っているらしい。
冨岡さんから聞いたのだろうか? と炭次郎は思った。
水柱・冨岡は炭次郎が鬼殺隊に入るきっかけになった人物である。
「もしかして冨岡さんから俺達の話を?」
「トミオカって何? タピオカの新しいやつ?」
どうも炭次郎が思っていたのと違い、ちひろは冨岡の事を知らないようであった。
「いや冨岡さんは俺に育ての鱗滝さんを紹介してくれた人で……そもそもタピオカ? って何々ですか!?」
炭次郎がタピオカについて突っ込むも、ちひろは明後日の方向を向いてまた誰かと交信を行っている。
「あ、冨岡ってキャラの名前だったのね。お前らありがとうな!」
そんなちひろに対して炭次郎が声をかけようか迷っていると、突然ちひろが炭次郎の方を振り向く。
「ああ、なるほど冨岡義勇ね。錆兎と同期で炭次郎はこの人に助けられたんだねぇ」
いきなり冨岡について博識になったので炭次郎は驚いた。
しかも今の自分が知らなかった情報までちひろさんは知っていたのである。
とはいえ、何とか会話が通じた事に安堵して更に会話を続ける。
「はい、冨岡さんにはお世話になりました。やっぱり冨岡さんをちひろさんはご存知なんですね」
「こっちには有能なリスナーがいてねちょっと待てば解説が送られてくるの」
ちひろはそう言うと「えっへん!」と胸を張った。
炭次郎はそれに対して愛想笑いを浮かべるしかなかった。
(リ、リスなあー? 鎹鴉みたいな喋るリスがいるのだろうか)
また聞きなれない言葉を連発したちひろに対して、やはり何か会話が噛み合っていないなあと炭次郎は困惑するばかりである。
「あ、そろそろエペの方の配信もやらないといけないかな。それじゃ二人ともさようなら!」
出てきた時と同じ様にちひろが唐突に言うと、次の瞬間には一瞬にしてちひろの姿が消えた。
「また姿だけでなく匂いまで消えた?」
「むー!?」
炭次郎も禰豆子は辺りをキョロキョロと見渡すが、もはやちひろの姿を何処にも見出だすことは出来なかった。