選択権無しのマリネット   作:ルスト

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消滅

 トリカとオーベムが歩いていった先には凄惨な光景が広がっていた。

 血溜まりに倒れ伏す山男と彼のポケモン。

 首を刎ねられ、胸に風穴を空けられ、腹から下が切り飛ばされて壁に叩きつけられている山男。

 縦に真っ二つに切り裂かれ、 右半身と左半身が分かれてしまった彼のポケモン。

 どちらも、確認するまでもなく息絶えているのが明らかだった。

 そして……血溜まりの中の山男の死体を見下ろすように、返り血に染まったコバルオンが立っていた。

 常人であればすぐさま逃げ出すであろう光景であるが、ここに立っているのはコバルオン以上の怪物である。

 

 

 

「あらあら……これはもう立派な害獣ねえ。

 ちょっと強いだけの獣の分際でよくもまあ……」

『まさかコバルオンがここまでやるとはな。

 マリネットをコバルオンに殺してもらった方が良かったか?』

「そうねえ……。マリネットを手っ取り早く消すチャンスだったのかもしれないわ。

 あの役立たず、勘だけは確かよね」

 

 トリカもオーベムも、目の前の光景を見ても全く動揺する気配すら見せない。

 それどころか邪魔なマリネットを殺すためにコバルオンを使えたのではとか言い出すくらいだった。

 なお、コバルオンが強い敵意を向けて立ち上がったのはトリカとオーベムがここに来たからである。

 そのため、仮にマリネットがコバルオンと戦ったところで殺害される事は無かった。

 

『感じる……たくさんの同胞の苦悶の叫びを……。

 貴様らに傷つけられた同胞達の苦しみを……!!

 命を奪われた同胞達の嘆きを……!!

 貴様ら……我らの同胞達をどれだけその手にかけたのだ……!?』

「オーベム、この獣は一体何を私に怒っているのかしら?

 よければ繋いでくれない?」

『分かった。コバルオン、お前の言葉を届けられるようにトリカと繋げてやる』

 

 コバルオンの怒りと共に、強い重圧がトリカとオーベムに向けられる。

 並みのトレーナーであれば立っている事も出来ず、力の無いポケモンであればすぐさまひれ伏してしまうその重圧の中でも、トリカもオーベムも平然としていた。

 コバルオンにテレパシーが接続され、トリカやオーベムは怒りの理由を知る。が……。

 

 

 

「ああ……そういう事。理解したわ。

 このラジコン達を作る前のモルモットや失敗作、ゴミの手持ちなんか何匹殺したかも覚えてないものね。

 まさかそんな理由で怒っていたの? バカバカしいわねえ……」

『くだらん。まさかコバルオンが怒っていた理由がそんなしょうもないものだったとはな。

 孵化余りのゴミ個体、それもトレーナーに管理されないと生きていけないラジコンなんか処分されて当然だろう?

 私なんか即座に捨てられたのに、こうして生き延びて成り上がってやったんだ。

 努力もせずに死んだゴミ個体に向ける同情なんか無い』

 

 そして、怒りの理由を知ったからといって態度が変わることもない。

 そんな当たり前の事でなんで怒りを露わにしているのか?

 というような反応すらコバルオンに向けていた。

 

 

 

『そうか……。

 では、この男の心を壊して我の所に向かわせたのは何故だ?

 そこに居た老人を手にかけたのは?

 先程の貴様らの行い、全て見ていたぞ』

 

 口調だけは冷静だったが、放たれる重圧と殺気を更に増しながらコバルオンが問いかける。

 

「そんな事聞いてどうするつもり?

 まあどうでもいいけれど」

『聖剣士とやらは、随分質問が多いな。

 山男は力を与えてやった、老人は我らの事を見ていたから口封じ、それ以外の理由などあったか? トリカ』

「無いわね。せっかく強くしてあげたのに負けた山男は仕方ない人だけど」

 

 心底どうでもいい、という態度を全く隠さないトリカ。

 2人の人間をその手にかけたオーベムも「なんか他に理由あった?」みたいな態度である。

 

 

 

『なるほど……良く理解できた……』

「そう? じゃあ大人しくペットになりなさい。

 オーベム、任せるわ」

『任された。暇つぶしくらいにはなるといいな』

 

 話は終わりだ、とばかりにトリカはコバルオンに大人しくペットになるよう要求し、オーベムが前に出る。

 

 

 

『貴様らは決して生かして返さん!

 ここで必ず始末する!!』

 

 直後、コバルオンは突風のような勢いで突進する。

 狙いはオーベム……ではなくトリカ。

 しかし……。

 

『予想通りすぎて欠伸が出る』

「あまりにも予想通りすぎるのも萎えるわねえ」

『な……!? バカな、防がれた……!?』

 

 コバルオンの攻撃はトリカの前に突然出現した岩によって弾かれてしまった。

 トリカを囲むように現れた岩はコバルオンの攻撃を全く受け付けない。

 

『がんせきふうじ1つで防げる程度の攻撃か。

 コバルオンは所詮見かけ倒しというわけか?』

「不甲斐ないわねえ……やっぱりペットにしか使えないかしら?」

 

 トリカを囲むように現れた岩は本来なら攻撃技として使うはずの『がんせきふうじ』による岩。

 オーベムはその岩を『盾として』使ったのだ。

 

『がんせきふうじ……だと!?

 攻撃技を……盾として使った……!?』

『この程度に何を驚いている。

 ああ……この程度の発想すらお前達には無いんだったな』

 

 驚愕するコバルオンと対照的に、肩透かしだと言わんばかりのオーベム。

 

 

 

『なら……貴様を!』

 

 トリカへの攻撃が通らないと判断したコバルオンは目標を変え、オーベムに突進する。

 その突進は並みのポケモンであればひとたまりもない威力であり、数多の敵を倒してきたコバルオン最大の技だったが……。

 

『くだらん』

『…………っ!!』

 

 突如、コバルオンの体が静止した。

 体に力は入っているのに、全く動かない。

 オーベムの念力により、コバルオンは全身を凄まじい力で抑えつけられて動けなくなってしまった。

 

「つまらないわね。これが聖剣士?

 結局お遊びみたいな事をしてあげないと勝負にもならないのかしら?」

『期待外れにも程があるな。こんなのが伝説か』

「がっかりねえ。やっぱりちょっと強いペットが限界ね」

 

 そんなコバルオンを見て心底落胆したような表情のトリカとオーベム。

 

『飽きたな。とっとと倒して、トリカのペットに変えてやろう』

 

 テレパシーでそう言い放ったオーベム。

 直後……。

 

『なっ……』

 

 コバルオンの体が浮き上がる。

 それに気づいた時にはコバルオンは洞穴の壁に、岩に、次から次へと叩きつけられていた。

 念力で勝手に動かされる体はコバルオンの意思では全く動かず、受け身も何も出来ない。

 天井に、床に、壁に、岩に……体を回転させられながら何度も叩きつけられる。

 平行感覚も完全に破壊されるくらいに振り回され、最後は顔から床に叩きつけられた。

 

 

『がっ……あ……』

 

 倒れ伏すコバルオン。

 念力から解放こそされたが、その体は全く動かない。

 過剰な攻撃により、意識を保つのがやっとなくらいのダメージを叩き込まれてしまったのだ。

 

『他愛もない』

「流石ね、コバルオン程度じゃ相手にもならなかったわね」

『当然だ。こんなところで苦戦などする筈がない。

 さて、コバルオンの処理をするとしよう』

 

 オーベムの目が怪しい輝きを放つ。

 コバルオンは咄嗟に目を閉じようとするが、念力でこじ開けられ、目を合わされた。

 

 

 

『何もかもを書き換えてやろう。

 お前のルーツも、聖剣士と呼ばれるようになった輝かしい記憶も、テラキオンやビリジオンとの思い出も。

 コバルオン、お前は今この時をもって生まれ変わるのだ』

「〜〜〜〜〜〜〜〜〜!!!!」

「うわっ、煩いわね……っ!!」

 

 オーベムによって記憶を滅茶苦茶に書き換えられていくコバルオン。

 都合よく作られた出鱈目な記憶を次々と植え付けられ、本来の記憶は消えていく。

 テラキオンやビリジオンと協力してポケモン達を守った記憶も、戦争を引き起こした人間達を倒した記憶も。

 全て瞬時に消えていく。思い出せなくなる。

 思い出そうとしていた事すら忘れてしまう。

 どんなに記憶を保とうとしても、次々と破り捨てられていく。

 本来の記憶が破り捨てられて空いたスペースに、オーベムに作り出された出鱈目な記憶が次々とセットされていく。

 『自分』がどんどん消し去られ、全く違う別の生き物へと作り変えられていく。

 そんなコバルオンの悲鳴と絶叫の合わさったような鳴き声が洞穴全体に響き渡り、あまりの大声に思わず耳を塞ぐトリカ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「い、いつまでコバルオンは叫び続けるのかしら?

 口、無理矢理塞ごうかしら?」

 

 何分も鳴き声を発し続けるコバルオンに対して流石に口を塞ごうかとトリカが思い出した時、コバルオンの鳴き声はようやく弱まっていき、収まった。

 そして、オーベムの目に灯っていた光も消える。

 

『終わったぞ。……どうした、トリカ?

 何故耳を塞いでいる?』

「オーベム……貴方今の全く聞こえてなかったのかしら?

 コバルオンが絶叫してあまりに煩かったのよ?」

『そうなのか? 記憶の書き換えに集中していると何も聞こえなかった。

 今回は記憶の量が多くて時間がかかったからな。

 人間やその辺のポケモンと違ってなかなかの大仕事だったよ』

 

 耳を塞いでいたトリカを見て不思議そうにしていたオーベムだが、一仕事終えたと言わんばかりに両手を上に上げて伸びをしていた。

 そんなオーベムの足下でコバルオンが目を覚ます。

 

「お目覚めね、コバルオン。

 これからは私のために働きなさい」

「こふおおおおー!」

『生まれた時からトリカに仕えている、トリカが主人で守るべき主という記憶を植え付けた以上必要ないが、適当なボールには一応入れておけ、トリカ』

「ええ、このモンスターボールに入れておくわ」

 

 用意されたモンスターボールにすんなりと入るコバルオン。

 先程までのコバルオンの雰囲気はどこにも残っていない。

 殺意すら向けていたトリカに忠誠を誓う今のコバルオンは、体こそ同じものの中身は別物である。

 かつて人間からポケモン達を守るべく戦った伝説の聖剣士は、オーベムの手によって完全に消滅したのだった。

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