サイド7の受信機~アムロ・レイの隣で鳴り響く、もう二つのガンダムの叫び~ 作:寝て起きたら異世界じゃなくて会議室だった
空気を媒介しないはずのその空間で、なぜ「声」が届くのか、当時の私には知る由もありませんでしたけれど。
ホワイトベースが再び宇宙へ上がった12月9日。アムロさんの意識は、迫りくる追撃の手を振り払うことだけに集中していました。けれど、私の感覚は地球の最北端——真っ白な吹雪が吹き荒れる北極基地へと引き戻されていたのです。
そこで私は、新しい「ガンダム」の産声を聞きました。
アムロさんの機体とは違う、もっと繊細で、どこか怯えているような、けれど凛とした女性の気配。
クリスチーナ・マッケンジー。
彼女の放つ「緊張感」は、北極の冷気よりもずっと鋭く、私の耳の奥で、冬の氷が割れるような音を立てていたのです。
お空に帰ってきた。
地球はあんなに騒がしくて、泥や雨の匂いがしていたのに、ここはとっても静か。
でも、ホワイトベースの分厚い壁の向こう側から、ときどき「ヒュンッ」て冷たい風が、心の奥まで吹き込んでくるような気がする。
「キッカ、また窓ばっかり見て。そんなに地球が恋しいの?」
フラウお姉ちゃんが、予備の毛布を抱えてやってきた。私の肩にそっと掛けてくれるその手は温かいけれど、私が見ているのは、窓の外の暗闇じゃなかった。
「……ううん。お空のずっと下の方が、とっても寒そうなの。真っ白で、氷がいっぱいあるところ」
「寒そうって……宇宙はいつだって寒いわよ。でも、私たちはちゃんとお船の中にいるんだから大丈夫」
お姉ちゃんは優しく笑うけれど、違うんだ。
地球のてっぺん。北極。そこでは今、真っ白なお砂……雪が、空を埋め尽くすほど降っている。
その冷たい景色の中から、とっても強くて、痛いくらいの「ドキドキ」が伝わってくる。
(……女の人の声。とっても、一生懸命。でも、とっても、怖がってる)
私の耳の奥で、氷が砕けるような激しい音が響いた。爆発の音だ。
吹雪の向こうで、真っ赤な炎が上がっている。
『……急いで! シャトルを出すのよ! ガンダムを、アレックスを宇宙へ上げなきゃ……!』
あ。
きれいで、とっても真面目そうなお姉さんの声。
お姉さんは今、アムロさんのガンダムによく似た、でももっと強そうで、もっと「わがまま」なロボットを守ろうとしている。
周りでは、悪い人たちが潜水艦から這い出して、火を吹いて襲ってきている。
「守らなきゃ」「これを届けなきゃ、アムロさんが……」っていうお姉さんの必死な気持ちが、北極の吹雪みたいに、私の頭の中を真っ白に染めていく。
(……このガンダムは、アムロさんのものなの?)
違う。アムロさんのガンダムは、今ここ、ホワイトベースの格納庫にある。
でも、あのお姉さんが命がけで宇宙へ運ぼうとしている「もうひとつのガンダム」は、まるでアムロさんが来るのを、ずっと、ずっと前から待っているみたいに聴こえる。
お姉さんの鼓動が、機械の歯車と重なって、一つの大きな歌みたいになっている。
そのとき。
ブリッジへと続く廊下の方から、鋭い、針のような気配がした。
アムロさんだ。
アムロさんは、自分の部屋で壊れた回路をいじっていたはずなのに、ふと手を止めて、何もない天井をじっと見上げた。その瞳は、誰もいないはずの虚空の「向こう側」を見つめている。
「……アムロさん?」
キッカが廊下から小さな声をかけると、アムロさんは一瞬、ビクッとして肩を震わせた。そして、少しだけ顔をしかめて、自分でも信じられないという風に呟いた。
「……キッカか。なんだか、変な感じがするんだ。どこか遠くで、誰かが僕を呼んでいるような……。いや、呼んでいるんじゃない。僕の『反応』を、もっと先まで引き出そうとする……巨大な回路の塊が、空を飛んでいるような……」
「北極のお姉さんだよ」
キッカが断言すると、アムロさんは初めて私の方を向き、目を見開いた。
「北極……? 地球の……? ……いや、まさかな。そんなはずはない。でも、この妙な圧迫感はなんだ……?」
アムロさんは首を振って、またすぐに作業に戻ろうとしたけれど、その指先はわずかに震えていた。
アムロさんには、具体的な声は聴こえていない。でも、クリスお姉ちゃんが打ち上げた「自分を待つ機体」の予感が、ニュータイプとして目覚め始めた彼の感覚を、強く、強く叩いている。
キッカには分かっていた。
あのお姉さんが今、氷の海を突き抜けて、真っ黒な空へと放り出した「光」が、これから私たちと同じ場所へと向かってくることを。
北極の雪は、とっても冷たくて、たくさんの人が死んじゃって、悲しい音がしたけれど。
でも、お姉さんの心は、青い炎みたいに燃えていた。
「私に、この子が動かせるの?」っていう不安と一緒に、宇宙へ。
「アレックス」。
その新しい名前が、宇宙の耳鳴りに混じって、初めてキッカの心に刻まれた。
それは、アムロさんに届くはずの、けれど決して届くことのない、切ない贈り物の名前だった。
地球連邦軍北極基地。新型ガンダム「NT-1アレックス」の宇宙移送作戦中、ジオン軍特務部隊サイクロプス隊の襲撃を受ける。テストパイロットのクリスチーナ・マッケンジーらは、激しい戦闘の中でアレックスをシャトルで打ち上げることに成功する。この機体こそが、ニュータイプとして覚醒しつつあるアムロ・レイのために用意された「贈り物」であった。