サイド7の受信機~アムロ・レイの隣で鳴り響く、もう二つのガンダムの叫び~ 作:寝て起きたら異世界じゃなくて会議室だった
「中立」という言葉の響きは、幼い私にはとても甘く、魅力的に聞こえた。おもちゃ屋さん、ふかふかのベッド、そして戦争とは無縁の子供たちの笑い声。けれど、一歩コロニーの中に足を踏み入れた瞬間、私の耳は嘘をつけなかった。
平和な街並みのあちこちに、鋭い「火薬の匂い」が混じっていた。
それは、アムロさんが感じるような敵の殺気とは少し違う。もっとじっとりとした、暗い穴から覗き込むような視線。
サイクロプス隊。後に知るその名を持つ男たちが、平和の仮面を被って街に溶け込んでいた。
入り口はあんなにキラキラしていたのに、私の心には、拭いきれない不安が耳鳴りとなって響き続けていた。
「わぁ、おっきい! おもちゃ屋さん、あそこかな?」
キッカはカツとレツの手を引いて、サイド6の入港ゲートを駆け抜けた。
真っ青なお空。地球よりもずっと鮮やかで、でもどこか絵の具みたいに作り物っぽい景色。
ホワイトベースがドックに入って、久しぶりに地面の上を歩けるのが、とっても嬉しい。
でも。
クンクン、とキッカは鼻を鳴らした。
「……フラウ、ここ、なんだか変な匂いがする」
「変な匂い? 潮風かしら、それとも森の匂い?」
フラウお姉ちゃんが首を傾げる。
(……ううん。火薬と、冷たい鉄の匂い)
すれ違うトラック、角の喫茶店、そして笑いながら歩いている大人たちの影。
その中の一人から、とっても暗くて「じりじり」とした音が聴こえてきた。
それは、戦場にいるアムロさんの光とは違って、獲物を狙う蛇みたいな音。
『……よし、入港を確認した。あのおもちゃのような機体が、連邦の新型か』
あ。
低い、男の人の声。
キッカが振り返ると、大きなトラックを運転しているおじさんが見えた。
おじさんは、平和な街並みにちぐはぐな、とっても怖い目をしてホワイトベースの方を見ていた。
(……あのおじさんたち、悪いことしようとしてる)
キッカは怖くなって、フラウお姉ちゃんのスカートをぎゅっと握った。
そのとき、耳の奥でまた別の音がした。
それは北極で聴いた、あのお姉さんの声。
『……クリス。今日からここが、あなたの新しい戦場よ』
あ、クリスお姉ちゃんだ。
お姉さんの声は、とっても緊張していた。
お姉さんは今、このコロニーのどこか深い場所で、あの「もうひとつのガンダム」と一緒に隠れている。
守ろうとしているお姉さんの「青い音」と、さっきのおじさんたちの「黒い音」が、この綺麗な街の中で静かにぶつかり合っている。
「キッカ、どうしたの? お顔が真っ青よ」
アムロさんが隣にしゃがみこんで、私のお顔を覗き込んだ。
「……アムロさん。ここ、おもちゃ屋さんがあるのに、みんな隠れんぼしてるよ」
「隠れんぼ……?」
「……怖い人たちが、クリスお姉ちゃんを探してるの。ガンダムを、壊しにくるよ」
アムロさんは一瞬、鋭い目をして周りを見渡した。
でも、そこには平和な買い物客しかいない。アムロさんは少し困ったように笑って、私の頭を撫でた。
「……大丈夫だよ、キッカ。ここは中立のコロニーだ。戦いなんて、起きやしないさ」
アムロさんはそう言ったけれど。
キッカには、平和な空気に混じる「火薬の匂い」が、どんどん濃くなっていくのが分かっていた。
「中立」っていう入り口をくぐったとき。
キッカの耳には、もうすぐここで始まる「小さな、でもとっても悲しい戦い」の予奏が聴こえ始めていた。
ホワイトベース、修理と補給のため中立地帯サイド6のリボ・コロニーに入港。時を同じくして、ジオン軍のサイクロプス隊も、新型ガンダム「アレックス」を奪取・破壊すべく、偽装工作を施して潜入を開始する。平和を謳歌する市民の裏側で、二つの陣営の火種が、コロニーの内部へと持ち込まれた瞬間であった。