サイド7の受信機~アムロ・レイの隣で鳴り響く、もう二つのガンダムの叫び~ 作:寝て起きたら異世界じゃなくて会議室だった
あの日、アムロさんは一人の少女と出会いました。ララァ・スン。彼女が放つ波長は、それまで私が聴いてきた誰の音とも違っていました。宇宙そのものが意志を持って語りかけてくるような、巨大で、底知れない、どこか恐ろしくもある「完結した世界」。アムロさんの鋭い光が、彼女の深淵な闇に吸い込まれていくのを、私は息を呑んで見つめることしかできませんでした。
けれど、その巨大な運命の渦に飲み込まれそうになった私の耳に、ふと届いた別の音があったのです。
それは、コロニーのありふれた街角から響いてくる、少年と青年の笑い声でした。
アルフレッドという少年と、バーニィという青年。二人の間に流れるのは、ニュータイプのような高潔な共鳴ではありません。もっと未熟で、不器用で、けれど「今日が楽しい」と心から信じている、命の等身大な温もりでした。
「英雄」や「人類の革新」の影で、誰にも知られずに育まれていた小さな幸せ。それが、あの日私を正気に繋ぎ止めてくれた、もう一つの「光」だったのです。
サイド6の風は、ホワイトベースのエアコンの風とは違って、草とお花の匂いがした。
大きな湖のほとりで、キッカはカツとレツと一緒に、白鳥が泳いでいるのを見ていた。
「きれいだね……」
レツが呟く。でも、キッカの耳には、さっきからずっと「キーン」という高い耳鳴りが響いていた。
(……まぶしい。まぶしすぎて、痛い)
アムロさんの気配が、すぐ近くにある。
でも、今のアムロさんはアムロさんじゃないみたいだった。
アムロさんの光が、目の前にいる緑色の服を着た女の子……ララァさんの放つ、おっきな、おっきな波に包み込まれている。
ララァさんの音は、とっても優しくて、でも宇宙の果てまで吸い込まれちゃいそうな、深い海みたいな音がする。
二人の周りだけ、時間が止まっているみたい。
「あなた、ニュータイプね」。そんな声が、言葉にならないまま空気の中を震わせていた。
「キッカ、どうしたの? 怖い顔して」
フラウお姉ちゃんが心配そうに覗き込んできたけれど、キッカは答えられなかった。
アムロさんとララァさんの「光」があまりに強すぎて、自分が消えてしまいそうだったから。
そのとき。
キッカの耳の端っこを、別の、もっと「トゲトゲ」して、でも温かい音がかすめた。
それは、この湖から少し離れた、コロニーの街角から聴こえてくる音だった。
『おいアル! 走るなよ、危ないだろ!』
『バーニィ、遅いよ! 早くお肉買いにいこうよ!』
あ。
キッカは思わず、その音の方へ顔を向けた。
そこには、アムロさんみたいな「光」はない。
聴こえてくるのは、ちょっとおっちょこちょいなお兄さんと、元気いっぱいの男の子の足音。
二人は、さっきまで敵同士だったはずなのに……。
お兄さんは、本当は悪いことをしにきた「ジオンの兵隊さん」なのに、今は隣にいる男の子のことを、本当の弟みたいに大切に思っている。
(……このお兄ちゃんたち、笑ってる)
お兄ちゃんの心からは、コロッケを揚げたときみたいな、香ばしくて温かい音がした。
「戦争なんて、どこか遠い国の出来事だ」。
そんなふうに思いたい二人の切実な願いが、小さな幸せの波長になって、街の空気に溶け出している。
アムロさんたちが背負っている「人類の運命」なんて、ここには一欠片もない。
ただ、夕飯に何を食べようかとか、次のお休みに何をしようかとか、そんなことだけを考えている、小さくて、でもとっても大事な命の音。
「……よかった」
キッカは小さく息を吐いた。
ララァさんの巨大な波にさらわれそうになっていた心が、バーニィお兄ちゃんとアルくんの笑い声に救われた気がした。
「アムロさん……」
キッカは、湖畔に立ち尽くすアムロさんの背中を見た。
アムロさんはまだ、ララァさんの瞳の中に自分と同じ「孤独」を見つけて、震えている。
アムロさんは、いつかあのお兄ちゃんたちみたいに、ただ笑って街を歩ける日が来るのかな。
それとも、この「巨大な光」に焼かれて、もっと遠くへ行ってしまうのかな。
「キッカ! 戻るわよ、雨が降ってきそう」
フラウお姉ちゃんに手を引かれて、キッカは歩き出した。
空を見上げると、人工の太陽がゆっくりと陰り始めている。
(……バーニィお兄ちゃん。アルくんを、ずっと笑わせてあげてね)
キッカは心の中で、街の方に向かって呟いた。
でも。
そのときキッカの耳に、もう一つ、不吉な音が混ざった。
街の裏側に隠された、冷たい鉄の塊が擦れる音。
そして、それを見つめる兵隊さんたちの、容赦のない「仕事」の音。
幸せな笑い声のすぐ隣で、赤い牙を持った「獣」が、ゆっくりと目を覚まそうとしていた。
サイド6、メトロ・リバー湖畔。アムロ・レイはララァ・スンと衝撃的な出会いを果たす。二人の共鳴は時空を超え、戦争の行方を決定づける予兆となる。一方、リボ・コロニーのダウンタウンでは、サイクロプス隊のバーナード・ワイズマン(バーニィ)がアルと親交を深めながら、新型ガンダム破壊のための準備を着々と進めていた。運命の巨大な光と、名もなき兵士の小さな物語が、同じコロニーの中で残酷に交差しようとしていた。