サイド7の受信機~アムロ・レイの隣で鳴り響く、もう二つのガンダムの叫び~   作:寝て起きたら異世界じゃなくて会議室だった

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 サイド6の湖畔、白鳥が羽を休める静謐な景色の中で、運命はあまりにも静かに、そして決定的に動き出していました。
 あの日、アムロさんは一人の少女と出会いました。ララァ・スン。彼女が放つ波長は、それまで私が聴いてきた誰の音とも違っていました。宇宙そのものが意志を持って語りかけてくるような、巨大で、底知れない、どこか恐ろしくもある「完結した世界」。アムロさんの鋭い光が、彼女の深淵な闇に吸い込まれていくのを、私は息を呑んで見つめることしかできませんでした。
 けれど、その巨大な運命の渦に飲み込まれそうになった私の耳に、ふと届いた別の音があったのです。
 それは、コロニーのありふれた街角から響いてくる、少年と青年の笑い声でした。
 アルフレッドという少年と、バーニィという青年。二人の間に流れるのは、ニュータイプのような高潔な共鳴ではありません。もっと未熟で、不器用で、けれど「今日が楽しい」と心から信じている、命の等身大な温もりでした。
 「英雄」や「人類の革新」の影で、誰にも知られずに育まれていた小さな幸せ。それが、あの日私を正気に繋ぎ止めてくれた、もう一つの「光」だったのです。


湖畔の二人(U.C.0079.12.14)

 サイド6の風は、ホワイトベースのエアコンの風とは違って、草とお花の匂いがした。

 大きな湖のほとりで、キッカはカツとレツと一緒に、白鳥が泳いでいるのを見ていた。

「きれいだね……」

 レツが呟く。でも、キッカの耳には、さっきからずっと「キーン」という高い耳鳴りが響いていた。

 

(……まぶしい。まぶしすぎて、痛い)

 

 アムロさんの気配が、すぐ近くにある。

 でも、今のアムロさんはアムロさんじゃないみたいだった。

 アムロさんの光が、目の前にいる緑色の服を着た女の子……ララァさんの放つ、おっきな、おっきな波に包み込まれている。

 ララァさんの音は、とっても優しくて、でも宇宙の果てまで吸い込まれちゃいそうな、深い海みたいな音がする。

 二人の周りだけ、時間が止まっているみたい。

 「あなた、ニュータイプね」。そんな声が、言葉にならないまま空気の中を震わせていた。

 

「キッカ、どうしたの? 怖い顔して」

 フラウお姉ちゃんが心配そうに覗き込んできたけれど、キッカは答えられなかった。

 アムロさんとララァさんの「光」があまりに強すぎて、自分が消えてしまいそうだったから。

 

 そのとき。

 キッカの耳の端っこを、別の、もっと「トゲトゲ」して、でも温かい音がかすめた。

 それは、この湖から少し離れた、コロニーの街角から聴こえてくる音だった。

 

『おいアル! 走るなよ、危ないだろ!』

『バーニィ、遅いよ! 早くお肉買いにいこうよ!』

 

 あ。

 キッカは思わず、その音の方へ顔を向けた。

 そこには、アムロさんみたいな「光」はない。

 聴こえてくるのは、ちょっとおっちょこちょいなお兄さんと、元気いっぱいの男の子の足音。

 二人は、さっきまで敵同士だったはずなのに……。

 お兄さんは、本当は悪いことをしにきた「ジオンの兵隊さん」なのに、今は隣にいる男の子のことを、本当の弟みたいに大切に思っている。

 

(……このお兄ちゃんたち、笑ってる)

 

 お兄ちゃんの心からは、コロッケを揚げたときみたいな、香ばしくて温かい音がした。

 「戦争なんて、どこか遠い国の出来事だ」。

 そんなふうに思いたい二人の切実な願いが、小さな幸せの波長になって、街の空気に溶け出している。

 アムロさんたちが背負っている「人類の運命」なんて、ここには一欠片もない。

 ただ、夕飯に何を食べようかとか、次のお休みに何をしようかとか、そんなことだけを考えている、小さくて、でもとっても大事な命の音。

 

「……よかった」

 キッカは小さく息を吐いた。

 ララァさんの巨大な波にさらわれそうになっていた心が、バーニィお兄ちゃんとアルくんの笑い声に救われた気がした。

 

「アムロさん……」

 キッカは、湖畔に立ち尽くすアムロさんの背中を見た。

 アムロさんはまだ、ララァさんの瞳の中に自分と同じ「孤独」を見つけて、震えている。

 アムロさんは、いつかあのお兄ちゃんたちみたいに、ただ笑って街を歩ける日が来るのかな。

 それとも、この「巨大な光」に焼かれて、もっと遠くへ行ってしまうのかな。

 

「キッカ! 戻るわよ、雨が降ってきそう」

 フラウお姉ちゃんに手を引かれて、キッカは歩き出した。

 空を見上げると、人工の太陽がゆっくりと陰り始めている。

 

(……バーニィお兄ちゃん。アルくんを、ずっと笑わせてあげてね)

 

 キッカは心の中で、街の方に向かって呟いた。

 でも。

 そのときキッカの耳に、もう一つ、不吉な音が混ざった。

 街の裏側に隠された、冷たい鉄の塊が擦れる音。

 そして、それを見つめる兵隊さんたちの、容赦のない「仕事」の音。

 

 幸せな笑い声のすぐ隣で、赤い牙を持った「獣」が、ゆっくりと目を覚まそうとしていた。




サイド6、メトロ・リバー湖畔。アムロ・レイはララァ・スンと衝撃的な出会いを果たす。二人の共鳴は時空を超え、戦争の行方を決定づける予兆となる。一方、リボ・コロニーのダウンタウンでは、サイクロプス隊のバーナード・ワイズマン(バーニィ)がアルと親交を深めながら、新型ガンダム破壊のための準備を着々と進めていた。運命の巨大な光と、名もなき兵士の小さな物語が、同じコロニーの中で残酷に交差しようとしていた。
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