サイド7の受信機~アムロ・レイの隣で鳴り響く、もう二つのガンダムの叫び~ 作:寝て起きたら異世界じゃなくて会議室だった
けれどあの日、サイド6の片隅でアムロさんが手に入れたのは、再会という名の絶望でした。
酸素欠乏症に侵され、壊れたジャンク品を「ガンダムの新型回路だ」と差し出すテム・レイ氏。かつて息子に誇りを与えたはずのその手は、ただ卑屈に、過去の栄光の残骸を握りしめているだけでした。
アムロさんの心から流れてきたのは、怒りでも悲しみでもない、ただひたすらに冷え切った「虚無」の音。
けれど、その痛みに沈むアムロさんの背中を追っていた私の耳に、また別の場所から「義務」という名の重い鎖の音が響いてきました。
クリスチーナ・マッケンジー。
彼女もまた、この同じコロニーのどこかで、自分の意志とは無関係に「ガンダム」という巨大な責任を背負わされようとしていました。
期待に応えなければならない。役目を果たさなければならない。
狂ってしまった父を持つ息子と、狂った時代に機体を与えられた娘。二人の孤独な旋律が、冬の夕暮れのような寂しさと共に、私の中で静かに重なり合っていきました。
サイド6の街並みは相変わらず綺麗だったけれど、キッカの足取りは重かった。
前を歩くアムロさんの背中が、まるで古いお化け屋敷みたいに、ひび割れてボロボロに見えたから。
「アムロさん……待ってよ」
アムロさんは、小さな汚いアパートから出てきたばかりだった。
その手には、お父さんからもらったという、ガタガタの機械が握られていた。
アムロさんの心の中からは、さっきまで聴こえていた「怒り」の音が、すうっと消えていた。代わりに聴こえてくるのは、凍った湖の底に沈んでいくような、暗くて冷たい「しーん」とした音。
(……アムロさんのパパ、壊れちゃってた)
「ガンダムを凄い機体にするんだ」って笑うパパの音は、壊れたレコードみたいに同じところをぐるぐる回っていて、アムロさんの本当の声は、もうパパには届かなかった。
アムロさんは、その機械を階段の途中で投げ捨てた。
ガラン、ガラン、と乾いた音が響くたび、アムロさんの光がまた少しずつ、独りぼっちになっていくのが分かった。
「……もう、いいんだ。キッカ」
アムロさんの声は、とってもカサカサしていた。
でも、その乾いた音に重なるように、キッカの耳に別の「重たい音」が入り込んできた。
『……適合率は、まだ目標に達していません。でも、やらなければならないんです。私がやらなきゃ、これまでの犠牲が……』
あ。クリスお姉ちゃんだ。
お姉さんは、森の奥にある秘密の場所で、あの「アレックス」っていうガンダムの中にいた。
お姉さんの周りには、白衣を着た大人たちがいっぱいいて、「連邦の希望だ」とか「ニュータイプ専用機だ」とか、勝手なことをいっぱい言っている。
(……お姉さんも、アムロさんと同じ。誰かのために、頑張らなきゃいけないんだ)
お姉さんは、本当は戦うのが怖い。
でも、自分に期待している大人たちの顔や、守らなきゃいけない平和の重さが、お姉さんの体をガンダムの椅子に縛り付けている。
それは、アムロさんが「パパに認められたかった」という気持ちと、とってもよく似た、寂しい義務の音だった。
アムロさんはパパを捨て、クリスお姉さんは期待という名のパパ(大人たち)を背負っている。
二人のガンダム・パイロット。
一人は孤独の中で光を研ぎ澄まし、もう一人は義務の中で自分を殺している。
キッカはアムロさんのシャツの裾をぎゅっと掴んだ。
「……アムロさん、お姉さんがね」
「お姉さん……? ああ、サイド7にいた子たちのことかい?」
「ううん。このコロニーにいる、もう一人のガンダムのお姉さん。お姉さんも、アムロさんみたいに、とっても重たいものを抱っこして、泣きそうな顔をしてるよ」
アムロさんは立ち止まり、投げ捨てた機械の残骸をもう一度だけ見下ろした。
そして、ふっと自嘲気味に笑った。
「……もし、本当にそんな人がいるなら、聞いてみたいよ。この重荷に、どうやって耐えているのかをね」
アムロさんには、クリスお姉ちゃんの声は聴こえない。
でも、空を見上げたアムロさんの瞳には、一瞬だけ、誰かと分かち合いたいという「寂しさ」の光が宿った。
アパートの影が長く伸びて、街に夜が来る。
パパとの別れ。そして、見知らぬ同志との共鳴。
サイド6の平和な夜景の裏側で、キッカは二つの魂が、目に見えない「痛み」の糸で結ばれていくのを感じていた。
サイド6のジャンク屋街にて、アムロ・レイは父テム・レイと再会するも、酸素欠乏症によって変わり果てた父の姿に深い絶望を味わう。一方、メドウィー・コロニー内の連邦軍秘密施設では、クリスチーナ・マッケンジーが「NT-1アレックス」の最終調整に当たっていた。実戦データの不足と機体の高すぎる追従性に翻弄されながらも、彼女はテストパイロットとしての責務を全うしようと自分を律していた。父という過去を失ったアムロと、軍という組織に縛られたクリス。二人の境界線は、この日、精神的な「孤独」において接近していた。