サイド7の受信機~アムロ・レイの隣で鳴り響く、もう二つのガンダムの叫び~ 作:寝て起きたら異世界じゃなくて会議室だった
アムロさんの意識は、すでに私たちの手の届かない高みへと昇っていました。思考の瞬きよりも早く敵を討ち、未来を予見し、機械の限界を追い越していく。その光はあまりに純粋で、それゆえに周囲を焼き尽くすような孤独を孕んでいました。
けれど、私の耳には、その光の裏側で奏でられる、もう一つの「ガンダムの旋律」が届き続けていたのです。
クリスチーナ・マッケンジー。
彼女は、アムロさんのために調整されたはずの「アレックス」という過敏な怪物に振り回され、戦うことの残酷さに心を引き裂かれていました。
アムロさんは「ニュータイプ」として人間を辞めていく自分に戸惑い、クリスお姉さんは「パイロット」として期待に応えられない自分に絶望していました。
「誰のためのガンダムなのか」。
その問いへの答えは、皮肉にも、二人のパイロットを同時に襲った、深い、深い苦悩の中にだけ存在していたのです。
「……アムロ、顔色が悪いわよ。少し休んだら?」
フラウお姉ちゃんの声が、重い空気の中で響いた。
戦いを終えて戻ってきたアムロさんは、自分の手を見つめたまま動かない。その手は、さっきまで12機ものモビルスーツを紙細工みたいにバラバラにしていたのに、今は幽霊みたいに白く見えた。
「……フラウ。ガンダムが、遅すぎるんだ」
アムロさんがぽつりと呟いた。
その声は、とっても冷たい氷の板みたいだった。
「僕の思う通りに動いてくれない……。いや、機械が僕の反応についてこれないんだ。このままじゃ、僕はガンダムを壊してしまうかもしれない」
キッカは、アムロさんの足元に歩み寄った。
アムロさんの心からは、鋭いナイフを研いでいるような、チリチリとした音が聴こえる。
それは「勝ちたい」っていう気持ちじゃなかった。
もっと先へ、もっと速く。自分の体と機械の境目がなくなっていくことへの、底知れない恐怖の音。
(……アムロさんの光が、アムロさんを追い越そうとしてる)
でも。
それと同時に、キッカの耳にはサイド6の「中」から、別の悲鳴が届いていた。
『……なんなの、この子!? 私の言うことを聞いてくれない……!』
あ、クリスお姉ちゃんだ。
お姉ちゃんは、ボロボロになった街の中で、銀色の鎧を着た「アレックス」の中に座っていた。
お姉ちゃんの心からは、アムロさんとは正反対の音が聴こえてくる。
アレックスは、アムロさんのために作られた「速すぎるガンダム」。
お姉ちゃんがちょっと指を動かすだけで、機体は弾かれたみたいに跳ね上がってしまう。
お姉ちゃんは、ガンダムに「乗っている」んじゃない。
ガンダムに「乗らされている」んだ。
(……お姉ちゃん、もう、やめていいんだよ)
お姉ちゃんの目からは、涙がこぼれていた。
さっきの戦いで、街を壊してしまったこと。人を撃ってしまったこと。
そして、自分にはこのガンダムを使いこなす資格なんてないんじゃないかっていう、苦しい気持ち。
『……私は、ただ、みんなを守りたかっただけなのに。どうしてこんなに、怖い力が必要なの?』
アムロさんは、ガンダムが「遅すぎる」と言って苦しみ。
クリスお姉ちゃんは、ガンダムが「速すぎる」と言って泣いている。
同じ一つの「希望」として作られたはずのガンダムが、二人の優しい人を、別々の地獄に突き落としている。
「……アムロさん」
キッカはアムロさんの手を、両手でぎゅっと握った。
「あのね、クリスお姉ちゃんも、同じことを言ってるよ」
「クリス……? またその名前か……」
アムロさんは、少しだけ表情を動かした。
「……お姉ちゃんのガンダムも、お姉ちゃんをいじめてるの。速すぎて、怖くて、自分じゃなくなっちゃうって。アムロさん、お姉ちゃんと半分こできたらいいのにね」
アムロさんは、キッカの目を見た。
一瞬、その瞳の奥に、何か温かい色が灯った気がした。
「……半分こ、か。そうだね。もし僕のこの『過剰な感覚』を、その人に分け与えることができたら……。ガンダムはもっと、優しい兵器になれたのかもしれないな」
アムロさんは、少しだけ寂しそうに笑って、キッカの頭を撫でた。
でも、アムロさんは知っている。
もう、後戻りはできないことを。
自分は「ニュータイプ」として、戦いの渦の真ん中へ、もっと深く潜っていかなければならないことを。
外では、回収されたモビルスーツの残骸が、クレーンに吊り上げられて運ばれていく。
アムロさんとクリスお姉ちゃん。
一人はガンダムを追い越し、一人はガンダムに追い越される。
二人の間に横たわるのは、戦争という名の残酷な「才能の差」だった。
キッカは、窓から見えるサイド6のコロニーを見つめた。
煙の上がる街のどこかで、クリスお姉ちゃんが今も震えている。
そして、その街の片隅で、バーニィお兄ちゃんが「最後の日」に向けて、たった一人で準備を始めている音も、キッカには聴こえ始めていた。
コンスコン隊との激戦後、アムロ・レイは自身の反応速度がガンダムの機体性能を凌駕し始めたことを悟り、マグネット・コーティングの必要性を痛感する。一方、リボ・コロニー内でのアレックス初実戦を終えたクリスチーナ・マッケンジーは、機体のピーキーな挙動と甚大な被害にショックを受けていた。連邦軍高官たちは彼女の苦悩を余所に「NT-1アレックス」こそがアムロを救う唯一の手段であると確信を深める。だが、その「贈り物」を届けるための猶予は、すでに尽きかけていた。