サイド7の受信機~アムロ・レイの隣で鳴り響く、もう二つのガンダムの叫び~   作:寝て起きたら異世界じゃなくて会議室だった

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 サイド6を離れるホワイトベースの窓から、遠ざかっていくリボ・コロニーを見つめていたあの時の感覚を、私は一生忘れないでしょう。
 公式な記録では、連邦の英雄アムロ・レイが中立地帯で補給を終え、最終決戦へと向かった希望の出港です。けれど、私の耳に届いていたのは、希望とは真逆の、喉を掻き切るような慟哭でした。
 アルフレッドという少年の、壊れてしまった世界への叫び。そして、彼が兄のように慕っていたバーニィという青年の、死の香りが染み付いた「決意」。
 「嘘だと言ってよ」――それは、戦争をただの冒険だと信じていた子供が、初めて血と硝煙の現実に直面した時の悲鳴でした。
 アムロさんの意識はすでにソロモンへと向いていましたが、私の心は、あの中立の壁の中に置き去りにされた、小さな絶望の種に震えていました。バーニィがビデオに残した「自分の死を恨まないでくれ」という願い。その優しすぎる嘘が、雪の降るコロニーを冷たく濡らしていました。


嘘だと言ってよ(U.C.0079.12.21)

「キッカ、いつまで窓に張り付いてるの。もうコロニーは見えなくなっちゃうわよ」

 フラウお姉ちゃんが声をかけるけれど、キッカは離れることができなかった。

 宇宙(そら)はこんなに静かなのに、キッカの頭の中では、さっきからずっと誰かが泣いている。

 

(……アルくん。アルくんが、泣いてる)

 

 湖畔でバーニィお兄ちゃんと笑っていた、あの元気な男の子。

 彼の心は今、真っ黒な泥の中に沈んでいるみたいだった。

 「戦争なんて、嘘っぱちだ」。そう信じたかったアルくんの前に、逃げようのない「死」が突きつけられている。

 

『バーニィ! 行かないで! 戦わなくていいんだよ、もうすぐ核ミサイルが来るんだ、みんな死んじゃうんだよ!』

 

 アルくんの必死な声が、コロニーの空気の振動になってキッカの耳を叩く。

 でも、それに応えるバーニィお兄ちゃんの音は、もっと静かで、もっと悲しいものに変わっていた。

 

『……ごめんな、アル。俺は、行かなきゃいけないんだ』

 

 バーニィお兄ちゃんの中にあるのは、英雄になりたいなんて気持ちじゃない。

 自分を信じてくれた少年への、そして自分が守りたいと思った小さな日常への、不器用な落とし前。

 お兄ちゃんの心からは、さっきまで聴こえていたコロッケの匂いなんて消えていた。代わりに聴こえてくるのは、火薬と、オイルの匂いと……それから、もう二度と帰ってこられない場所へ行く人の、諦めたような、優しい「サヨナラ」の音。

 

(……お兄ちゃん、死んじゃう。アルくんのために、死ぬつもりなんだ)

 

 キッカは震える手で、窓の冷たいガラスを触った。

 アムロさんは、ブリッジでブライトさんとソロモン攻略の話をしている。

 アムロさんの光は、もう一人の力で戦局を変えてしまうほどに巨大で、眩しい。

 けれど、そのすぐ隣のコロニーでは、名もなき新兵のお兄ちゃんが、たった一機のガンダムを止めるために、自分の命を天秤にかけている。

 

「……嘘だよ。こんなの、嘘だよ……」

 

 キッカはアルくんの言葉をなぞるように呟いた。

 こんなに悲しいことが、あんなに綺麗なコロニーの中で起きているなんて。

 アムロさんが救うはずの世界の片隅で、アムロさんのために用意された「アレックス」を壊そうとして、優しいお兄ちゃんが消えようとしている。

 

「……キッカ? 何が嘘なの?」

 フラウお姉ちゃんが不安そうにキッカの肩を抱く。

「……お兄ちゃんの言ったこと。アルくんを騙して、一人で戦いに行っちゃうこと。全部、優しい嘘なんだよ。でも、その嘘のせいで、みんな泣いちゃうんだ」

 

 その時、アムロさんがブリッジから降りてきて、キッカたちの横を通り過ぎようとした。

 アムロさんはふと足を止め、遠ざかるサイド6の方をじっと見つめた。

「……アムロさん?」

「……いや。なんだろう。さっきから、誰かが僕の名前を呼んでいるような……いや、僕ではなく、この『ガンダム』に呪いをかけているような、妙な感覚があるんだ」

 アムロさんの眉間に、一瞬だけ深い皺が寄った。

「……誰かが、無理をしていないか。自分の命を、不当に安く見積もって……」

 

「バーニィお兄ちゃんだよ」

 キッカが真っ直ぐにアムロさんを見上げて言うと、アムロさんは困ったように首を振った。

「……バーニィ? 知らない名前だな。でも、もしその人が誰かのために無茶をしているなら、止めてあげたいな……僕には、もうそれができないから」

 

 アムロさんは自分の白い手袋を見つめ、それからまた前を向いて歩き出した。

 彼には、これから待ち受けるソロモンの地獄が見えている。

 でも、キッカには見えていた。

 クリスマスの飾り付けがされたリボ・コロニーの森の中で、たった一人の青年が、サンタクロースのように「死」という贈り物を抱えて、ガンダムを待ち構えている姿が。

 

 ホワイトベースは加速し、サイド6は点になった。

 キッカの耳の奥では、アルくんの泣き声が、宇宙の長い、長い耳鳴りへと溶けていった。




ホワイトベース、サイド6を出港。同日、ジオン軍のバーナード・ワイズマン伍長は、中立地帯を核攻撃から救うため、独力でアレックスを破壊することを決意し、少年アルに宛てたビデオメッセージを収録する。公式記録には残らない、極めて個人的な「正義」が動き出していた。アムロ・レイが戦場の頂点へと駆け上がる裏側で、一人の兵士が「嘘」を真実に変えるための最後の準備を終えようとしていた。
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