サイド7の受信機~アムロ・レイの隣で鳴り響く、もう二つのガンダムの叫び~ 作:寝て起きたら異世界じゃなくて会議室だった
ソロモンを攻略した連邦軍が最終決戦に向けて息を整える中、ホワイトベースの艦内は奇妙な静寂に包まれていました。けれど、私の耳には地球の裏側――東南アジアの密林から、大気をも震わせるような巨大な「生の咆哮」が届いていたのです。
それはシロー・アマダ少尉。かつてサイド7の炎の中で一瞬だけ耳をかすめた、あの不器用なほど真っ直ぐな青年の声でした。
軍という組織を捨て、敵味方の枠を超え、ただ愛する人と共に生きるために巨大な「山」に立ち向かう男の熱量。
死の予感に満ちた宇宙(そら)で、その爆発的な「生の肯定」は、私にとって唯一の救いのような光として響いていました。
「……メリー・クリスマス、キッカ」
フラウお姉ちゃんが、配給の乾パンに少しだけ甘いジャムを塗ってくれた。
でも、艦内はちっともお祭り気分じゃなかった。ソロモンを落としたばかりのホワイトベースは、あちこちが傷だらけで、大人たちはみんな怖い顔をして次の戦いの準備をしていたから。
キッカは、食堂の隅っこで膝を抱えた。
宇宙の音は、冷たくて、鋭くて、死んじゃった人たちの幽霊が迷子になっているような音がする。
でも、そのノイズの底から、とびきり熱くて、泥臭い「叫び」が昇ってきた。
(……あ、ジャングルのお兄ちゃんだ。また、聴こえた)
それは、遠い、遠い地球のジャングルから届く音。
シローお兄ちゃんは今、ボロボロになったガンダムに乗って、真っ白な雪が降る山の上にいた。目の前には、世界を壊してしまうほど大きな、金色の化け物――アプサラスIIIが立っている。
『……俺は、生きる! 生きてアイナと添い遂げる!』
お兄ちゃんの心からは、アムロさんみたいな「戦いの天才」の音はしなかった。
もっと泥臭くて、必死で、カッコ悪い。でも、誰よりも強く「生きたい」と願う、太陽みたいな熱量。
お兄ちゃんは、軍隊の命令も、ガンダムの使命も、全部投げ捨てていた。
ただ、敵のパイロットであるアイナお姉ちゃんの手を握るために、命を燃やしている。
(……すごい。お兄ちゃん、笑ってる)
死ぬのが怖くないわけじゃない。でも、それよりもずっと強い「愛」っていう光が、お兄ちゃんの周りの雪を全部溶かしてしまうみたいに輝いていた。
その光は、重力に引かれて、宇宙にいるキッカのところまで真っ直ぐに届いてきたんだ。
「キッカ、何を見てるの? 窓の外は真っ暗よ」
いつの間にか、アムロさんが後ろに立っていた。
アムロさんは、もうすぐ自分に届くはずの「新しいガンダム(アレックス)」を待っていた。でも、その瞳はどこか遠く……自分には決して手に入らない「何か」を探しているように見えた。
「……アムロさん。地球でね、とっても熱いお兄ちゃんが戦ってるよ」
「地球で……? ああ、まだ残敵掃討戦は続いているだろうけれど」
「ううん、違うの。軍隊のためじゃないの。あのお兄ちゃんは、好きな人と一緒にいたいから、ガンダムで山をパンチしてるんだよ」
アムロさんは、一瞬だけ呆けたような顔をした。
そして、自分の胸に手を当てて、目を閉じた。
アムロさんのニュータイプとしての感覚が、地球から届くシローの「爆発的な生の意志」を、ほんの僅かな微熱として捉えたのかもしれない。
「……好きな人のために、ガンダムを。……ふふ、馬鹿げているな。でも、そんな風に戦えたら、どんなに幸せだろうね」
アムロさんは、少しだけ寂しそうに、でも優しく微笑んだ。
アムロさんにとって、ガンダムは「自分そのもの」になってしまった。降ることのできない、重たい鎧。
だからこそ、愛のためにガンダムを使い捨てようとするシローの眩しさが、アムロさんの心を一瞬だけ温めたんだと思う。
キッカは、地球の方向を向いてニコッと笑った。
「……頑張れ、ジャングルのお兄ちゃん。お姉ちゃんを、ちゃんと捕まえてね」
雪山の咆哮は、宇宙の静寂を突き抜けていった。
でも、この温かな熱のすぐ裏側で、サイド6の雪の中に「別の悲鳴」が混ざり始めていることに、キッカはまだ気づいていなかった。
東南アジア・ギニアス基地周辺にて、地球連邦軍第08MS小隊長シロー・アマダ少尉は、ジオンの巨大MAアプサラスIIIと激突。軍を脱走した身でありながら、アイナ・サハリンと共に「生きるための戦い」を演じ、MAを撃破する。公式記録上は行方不明(戦死扱い)となるが、その瞬間に放たれた強烈な精神波は、地球圏のレシーバーたちに「人間としての勝利」を刻みつけた。