サイド7の受信機~アムロ・レイの隣で鳴り響く、もう二つのガンダムの叫び~ 作:寝て起きたら異世界じゃなくて会議室だった
サイド6、リボ・コロニー。
かつて私がおもちゃ屋さんの前で感じたあの小さな幸せの波長は、無残にも引き裂かれました。ガンダム・アレックスを駆るクリスお姉ちゃんと、ザク改に乗ったバーニィお兄ちゃん。
お互いの正体を知らぬまま、お互いを「倒すべき敵」と信じて引き金を引く。その皮肉な悲劇が、雪の降る森の中で完結しようとしていたのです。
「戦争は終わった」という叫びは、あの日、誰の耳にも届きませんでした。
私は、ホワイトベースの冷たい廊下で、一人の青年が「ただの肉塊」に変わる瞬間と、一人の女性が「大切な人を殺した」という罪をその魂に刻印される瞬間を、ダイレクトに受けてしまったのです。
「キッカ、どうしたの? そんなところで丸まって」
カツとレツが不思議そうに覗き込んでくるけれど、キッカは答えられなかった。
廊下の隅に座り込み、両手で耳を強く塞ぐ。でも、音は外からじゃなくて、キッカの頭の中から溢れてくるんだ。
(……やめて。もう、やめて。バーニィお兄ちゃん、そこに行っちゃダメ!)
リボ・コロニーの森の奥。
そこには、もう「兵士」なんてどこにもいなかった。
いるのは、震える手で操縦桿を握る、怖がりなクリスお姉ちゃんと。
そして、嘘を突き通すことでしか自分を保てなかった、優しいバーニィお兄ちゃん。
お兄ちゃんのザクが、森をかき分けて飛び出す。
お姉ちゃんのガンダムが、反射的にビームサーベルを振り下ろす。
『当たれ……当たってえぇぇ!!』
『……アル、あばよ!』
ドォォォォン……。
キッカの目の前が、真っ赤な光で塗りつぶされた。
それはアムロさんが戦場で見せる「勝利の光」とは違った。
もっとドロドロして、熱くて、ひどい鉄の匂いがする……「死」の音。
「……あ、ああ……」
キッカは廊下に膝をつき、そのまま倒れそうになった。
バーニィお兄ちゃんの音が、ぷつりと途切れた。
まるで、さっきまで回っていたレコードがいきなり壊れたみたいに、何も聴こえなくなった。
お兄ちゃんは、もうどこにもいない。
代わりに、キッカの耳を狂わせんばかりに襲ってきたのは、クリスお姉ちゃんの絶叫だった。
『嘘……私が、私がやったの……? 何なの、この機体は! なぜこんなに簡単に……!』
お姉ちゃんはまだ、自分が誰を撃ったのか知らない。
でも、ガンダムの手を通して伝わってきた「命を潰した感触」が、お姉ちゃんの心をズタズタに引き裂いていた。
アレックスという名の怪物は、お姉ちゃんの意志を無視して、ただ効率的に、一人の若者の命を終わらせたんだ。
「……お姉さん、今、大切な人を撃っちゃった」
キッカの頬を、涙が伝う。
アルくんの泣き叫ぶ声も、遠くから聴こえてくる。
サンタさんのプレゼントを待つはずのクリスマスに、この森では「葬列」が始まっていた。
「キッカ、しっかりして!」
騒ぎに気づいて駆け寄ってきたアムロさんが、キッカの肩を抱き上げた。
アムロさんの表情は険しい。ソロモン周辺に漂う不穏な気配を感じ取っているのか、それとも、キッカが受信しているこの「悲劇の余波」を、彼なりの感覚で拾っているのか。
「……アムロさん。あのお姉ちゃん、もう戦えないよ。ガンダムが、お姉ちゃんの心を食べちゃったもん」
アムロさんは、キッカの言葉に目を見開いた。
彼は知っていた。自分が乗っているガンダムもまた、いつか自分の心を食い尽くすかもしれない怪物であることを。
「……そうか。僕に届くはずだった『アレックス』は、そんな悲鳴を上げているのか」
アムロさんはキッカを抱きしめたまま、一瞬だけ、サイド6の方角……誰にも看取られずに散ったザクの残骸がある場所へ、哀悼のような視線を向けた。
アムロさんの耳には、バーニィの声は届かない。
けれど、キッカの涙が、彼に「名もなき死」の重さを伝えていた。
12月25日。
地球ではシローお兄ちゃんが愛を掴み取り、リボ・コロニーではバーニィお兄ちゃんが愛のために散った。
ホワイトベースの廊下で、キッカはただ泣き続けた。
宇宙の耳鳴りは、これまでで一番、残酷な音を奏でていた。
リボ・コロニー内森林公園にて、バーナード・ワイズマン伍長の駆るザクII改と、クリスチーナ・マッケンジー中尉のNT-1アレックスが交戦。アレックスは大破し、バーナード伍長は戦死。終戦を告げる知らせが届くわずか数時間前の出来事であった。この戦闘により、アレックスのアムロ・レイへの受領は永久に不可能となる。一人の少年の「嘘」が守ったコロニーの中で、ガンダムは主を失ったまま、雪に埋もれていった。