サイド7の受信機~アムロ・レイの隣で鳴り響く、もう二つのガンダムの叫び~   作:寝て起きたら異世界じゃなくて会議室だった

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 あの日、ホワイトベースのブリッジに届いた短い通信文。それは、連邦軍の上層部にとっては「計画の失敗」を意味する事務的な報告に過ぎませんでした。
 サイド6で大破したNT-1アレックス。アムロさんのために用意され、届くはずだった「もう一つのガンダム」は、星屑となって戦場に散りました。
 大人はそれを「不運」と呼び、アムロさんはそれを「宿命」として受け入れていました。けれど、私の耳には、その壊れた鉄の塊の中から、まだ消えずに漂う「救済」の残響が聴こえていたのです。
 もし、あのガンダムがアムロさんの手に渡っていたら。アムロさんの孤独は少しだけ和らいだのでしょうか。あるいは、クリスお姉ちゃんの悲劇がアムロさんの魂をより深く傷つけたのでしょうか。
 歴史に「もしも」はないけれど、届かなかった贈り物こそが、アムロさんを「人間」として繋ぎ止める最後の境界線だったのかもしれないと、今の私は思うのです。


届かなかった贈り物(U.C.0079.12.26)

「アレックス大破、受領不能……か。そうか」

 ブライトさんの報告を背中で聞きながら、アムロさんは整備中のガンダムを見上げていた。

 

 ホワイトベースの格納庫は、いつもよりずっと静かだった。

 新しい、もっと強くて「アムロさんの心」についてこられるガンダムが来る。そんな噂を信じていた整備兵の人たちは、みんな肩を落としていた。

 

 キッカは、アムロさんの影に隠れるようにして、その顔を覗き込んだ。

 アムロさんの心からは、期待が外れた怒りなんて全く聴こえてこなかった。

 聴こえてくるのは、冷たい冬の湖に石を投げ込んだ時のような、静かで、少しだけ寂しそうな波紋の音。

 

(……アムロさん、ちょっとだけ、ホッとしてる?)

 

 アムロさんは、自分の感覚が鋭くなりすぎて、普通のガンダムではもう「遅すぎる」ことを誰よりも知っていた。

 だから、自分にぴったりな「アレックス」を待っていたはずなのに。

 

「……残念ね、アムロ。せっかく調整が進んでいた機体だったのに」

 フラウお姉ちゃんが慰めるように言うと、アムロさんは小さく首を振った。

「いや……いいんだ、フラウ。きっと、あのガンダムには僕よりも先に、守らなければならない場所があったんだろう」

 

 アムロさんの言葉に、キッカはハッとした。

 アムロさんには、サイド6の森で起きたことは見えていないはず。

 でも、彼のニュータイプとしての直感は、あの機体が「自分の元へ届くこと」よりも重い何か――誰かの命や、誰かの嘘――を背負って壊れたことを、無意識に察していたのかもしれない。

 

 キッカは、アムロさんの大きな、油の匂いがする手をぎゅっと握った。

「……大丈夫だよ、アムロさん。あのお姉さんは、生きてるよ」

「え……?」

 アムロさんが、不思議そうな顔をしてキッカを見下ろした。

 

「ガンダムは壊れちゃったけど、乗ってたお姉さんは生きてる。とっても悲しそうだけど……でも、あのお姉さんが生きててくれないと、お空で死んじゃったお兄ちゃんが、もっと可哀想だもん」

 

 アムロさんは、しばらくの間、何も言わずにキッカを見つめていた。

 彼の頭の中に、昨日一瞬だけ感じた、あのサイド6からのノイズが蘇ったのかもしれない。

 名も知らぬパイロットたちの、すれ違いの悲劇。

 

「……そうか。そのお姉さんは、生きているんだね」

 アムロさんは、しゃがみ込んでキッカと同じ目線になった。

「贈り物は届かなかったけれど……その人が無事なら、それが一番のクリスマス・プレゼントだったのかもしれないな」

 

 アムロさんの手が、キッカの頭を優しく撫でた。

 その時、キッカの耳に、遠くサイド6から風に乗って、かすかな音が届いた。

 それは病院のベッドで横たわるクリスお姉ちゃんの、静かな呼吸の音。

 そして、そのすぐそばで、大声をあげて泣きじゃくるアルくんの、力強い命の音。

 

(……お兄ちゃんはいないけど、お姉ちゃんも、アルくんも、生きてる)

 

 アレックスという名の贈り物は届かなかった。

 けれど、その代わりに、アムロさんは「今のガンダム」と共に最後の日まで戦い抜く覚悟を決めた。

 キッカは、アムロさんの指先がもう震えていないのを感じた。

 

「行こう、キッカ。僕たちには、まだやらなきゃいけないことがある」

 

 アムロさんは立ち上がり、ガンダムのコクピットへと続くハシゴを登り始めた。

 届かなかった贈り物の物語は、ここで終わる。

 そして、物語はついに、宇宙を真っ白に染め上げる最終決戦へと加速していく。




連邦軍極秘部隊よりホワイトベースへ、NT-1アレックスの受領不能が正式に通達される。アムロ・レイのガンダムには、急遽代替案として「マグネット・コーティング」の処置が施されることとなった。皮肉にも、クリスチーナ・マッケンジーがアレックスで流した涙と、バーナード・ワイズマンの死が、アムロの乗機を「完成」させるための時間を稼いだ形となった。歴史の歯車は、無数の犠牲の上に、ア・バオア・クーという終着駅を指し示していた。
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