サイド7の受信機~アムロ・レイの隣で鳴り響く、もう二つのガンダムの叫び~ 作:寝て起きたら異世界じゃなくて会議室だった
要塞ア・バオア・クーは崩壊し、アムロ・レイという光は宇宙の藻屑に消えた……誰もがそう絶望した瞬間、私の耳には世界中の「生」が重なり合った、かつてないほど巨大なシンフォニーが鳴り響いていました。
それは、もはや「耳鳴り」などではありません。
クリスお姉ちゃんが流した涙の純粋さ。シローお兄ちゃんが雪山で誓った愛の力。バーニィお兄ちゃんが守ろうとした少年の未来。
アムロさんの意識は、彼ら一人ひとりの「生きたい」という願いが編み上げた目に見えない波に乗って、私たちのもとへと帰還しました。私がアムロさんを導くことができたのは、私の力ではありません。名もなき戦場を生き抜いたすべての人々の鼓動が、宇宙の暗闇に道標を立ててくれたからなのです。
「あそこに……アムロさんがいる! まだ、生きてるよ!」
不時着したホワイトベースを脱出し、小さなランチの窓に張り付いたキッカは、喉がちぎれるほどの声で叫んだ。カツとレツがその隣で震えながら、真っ赤に燃える要塞の残骸を見つめている。
宇宙は、これ以上ないほどに荒れ狂っていた。ア・バオア・クーは内側から崩壊し、無数の光の粒となって四散していく。その絶望的な破壊の渦の中に、アムロさんは取り残されていた。誰の目にも、生存は絶望的に思えた。
けれど、キッカの瞳には、アムロさんを包み込むような「虹色の風」が見えていた。それはガンダムの噴射の光ではない。もっと柔らかな、人の体温のような光。
(……聴こえる。みんなの声が、アムロさんを呼んでる!)
キッカの耳には、いまや距離も時間も超えた「声」が、濁流のように流れ込んでいた。
まずは、遠くサイド6、リボ・コロニー。
真っ白な病室のベッドで、全身に包帯を巻いたクリスチーナ・マッケンジーが、窓の外の星空を、虚脱したような瞳で眺めていた。彼女の心はまだ、自分が殺してしまった青年の面影に縛られている。けれど、彼女が絞り出した祈りは、静かな安堵の波長となって宇宙へ溶け出していた。
『……もう、誰も戦わなくていいのね。ガンダムも、私も、もう……』
その、戦うことを義務付けられた「ガンダムのパイロット」としての重荷を下ろした瞬間。彼女の解放された魂の震えが、アムロさんの冷え切った、研ぎ澄まされすぎた感覚を、優しく温めていく。
さらに、その波長は地球の重力を突き抜け、東南アジアの深い森の奥へと繋がる。
凍てつく山を下り、片足を失いながらも、最愛のアイナに支えられて一歩を踏み出すシロー・アマダ。彼の心からは、かつてないほど強烈な「生の肯定」が放たれていた。
『さあ、行こう、アイナ。俺たちの戦いは、ここから始まるんだ。軍も、家名も、ガンダムも関係ない……ただ、俺たちが生きるための戦いが』
その泥臭く、しかし太陽のように力強い熱量が、アムロさんの魂を強力な重力のように、ホワイトベースの仲間たちが待つ座標へと引き寄せていく。
「アムロさん、こっちだよ! こっち!」
キッカは全身を「感覚の器」にして、その世界中に散らばった「生の波」を一点に束ねた。
ジャングルで、密林で、砂漠で、そして平和なコロニーの片隅で。アムロというまばゆい光の影で、必死に泥を這い、今日を生き延びようとした人たちの意志。
それは、もはやエリートのニュータイプ理論などではない。名もなき兵士、名もなき少女、名もなき嘘つき……彼らすべての「生きたい」という執念が、一本の細い、けれど決して切れない黄金の糸となって、アムロさんのコア・ファイターを導く光の河を作っていた。
その時、爆炎の中を漂うアムロ・レイの心の中に、完全な静寂が訪れた。
これまでは、敵の殺意や、死者の怨念ばかりがノイズとなって彼を苛んでいた。けれど今は違う。
「僕にはまだ、帰れるところがあるんだ……」
アムロさんは呟いた。それは、ランチで待つフラウやキッカたちのことだけを指していたのではない。
この広い宇宙のどこかで、自分と同じように傷つき、悩み、それでも「誰かを愛して生きたい」と願っている誰かがいる。その確信こそが、アムロさんに絶望を振り払い、最後の一歩を踏み出す勇気を与えていた。
アムロさんの目には、不思議なことに、見たこともない景色の断片がフラッシュバックしていた。
一度も会ったことのない、赤毛の女性パイロットの泣き顔。
一度も話したことのない、熱血漢の青年の笑い声。
それらが、かつてララァが示した「刻」の中に、一つの星座のように輝いている。
「……見えた」
アムロさんの穏やかな、けれど確信に満ちた声が、キッカの鼓膜に直接響く。
次の瞬間、巨大な爆炎の中から、一機の小さな、白い翼が飛び出してきた。
「アムロさんだ!」「アムロさんが帰ってきた!」
ランチの中が、壊れたような歓喜に沸く。カツとレツが跳ね回り、フラウが涙を流して崩れ落ちる。キッカは窓を叩きながら、泣き顔のまま最高の笑顔でその光を迎え入れた。
(……ありがとう、ジャングルのお兄ちゃん。ありがとう、森のお姉ちゃん。お兄ちゃんたちが頑張って生きてくれたから、アムロさんは迷わずに済んだんだよ)
アムロさんが無事だったのは、彼が「ニュータイプの天才」だったからだけではない。
宇宙のあちこちで、誰かが必死に「生きたい」と願い、その火を消さずにいたから。その無数の小さな火が集まって、宇宙の暗闇を照らし出す大きな導火線になったのだ。
キッカは確信していた。この宇宙(そら)の耳鳴りは、もう二度とキッカを怖がらせることはない。それは、この冷たい世界が、それでも必死に鼓動している証拠なのだから。
ランチのハッチが開く。アムロさんが、少しだけ照れくさそうに、でも誇らしげに私たちの前に姿を現した。
宇宙世紀0080年。
新しい年を告げる最初の太陽が、ア・バオア・クーの残骸の向こうから、ゆっくりと、しかし力強く昇り始めていた。
地球連邦政府とジオン共和国の間で、グラナダ条約が締結。一年戦争は正式に終結した。ア・バオア・クーからのホワイトベース隊の奇跡的な生還は、ニュータイプ能力の発露として語り継がれるが、その陰には、同時期に極限の状況を生き延びた者たちの強烈な精神的共鳴があったという説も根強い。戦争という巨大な闇は去った。しかし、この戦いを通じて繋がった魂の連鎖は、それぞれの場所で新しい「芽」を出し始めていた。