サイド7の受信機~アムロ・レイの隣で鳴り響く、もう二つのガンダムの叫び~ 作:寝て起きたら異世界じゃなくて会議室だった
地球に降りた私たちが最初に直面したのは、母なる大地の慈悲ではなく、すべてを拒絶するような中央アジアの砂漠でした。
ホワイトベースという閉鎖空間の中で、アムロさんの精神は急速に研ぎ澄まされ、同時に孤立を深めていました。ランバ・ラルという「本物のプロ」が放つ重厚な殺気に、アムロさんの繊細な感性は過剰に反応し、火花を散らしていたのです。
けれど、私の耳に届いていたのは、戦場の爆音だけではありませんでした。
砂漠の熱風に混じって、はるか南の湿った大気から、信じられないほど透き通った音が聴こえてきたのです。
それは、後にアムロさんが「ララァ」という少女に見出すものに近い、けれどそれよりもずっと人間らしい温もりを持った「慈愛」の波長でした。
アイナ・サハリン。彼女が雪山でシローお兄ちゃんに見せたあの優しさが、殺気立つ砂漠のノイズを突き抜けて、私の心を微かに震わせたのです。
ざり、ざり。
お口の中に、お砂が入る。窓の外は、どこまでいっても茶色の世界。
お船の中も、みんなイライラしていて、空気がトゲトゲしている。
アムロさんの光は、最近、とっても尖っている。まるでお砂を噛んだときみたいに、嫌な「ざらざら」した音が、アムロさんの心から漏れ出していた。
「アムロ、ごはん食べないのかな……」
カツが心配そうに呟く。アムロさんは最近、ずっとお部屋に閉じこもっているか、ガンダムの調整をしている。
アムロさんの頭の中には、青いおじさんの影がいっぱい広がっていた。ランバ・ラルっていう名前のおじさん。
そのおじさんの音は、とっても強くて、どっしりしている。アムロさんの「白」を、おっきな「青」が飲み込もうとしているみたい。
キッカはお船の壁に耳を当てた。
お砂を蹴って走るお船の震動に混じって、また、あの「遠い場所」の音が聴こえてくる。
(……つめたい。でも、あったかい)
それは、雪の匂いだった。
砂漠はこんなに暑いのに、キッカの鼻の奥には、ひんやりした雪の香りが届く。
真っ暗なお空の下、燃え尽きたロボットの横で、二人ぼっちで震えている人たちがいた。
『……あなたは、敵なのですか?』
『……今は、ただの人間だ。君を死なせたくないだけだ』
あ。どろんこのお兄ちゃんだ。シローお兄ちゃん。
でも、お兄ちゃんの隣には、もう一人、とっても綺麗な音がするお姉さんがいた。
アイナお姉さん。
お姉さんの音は、ジオンの服を着ているのに、全然怖くない。
アムロさんが戦っているおじさんたちは、みんな「殺してやる」っていう音を出しているのに、このお姉さんの音からは「守りたい」っていうお日様みたいな光が溢れていた。
「キッカ、何を見てるの? 砂漠には何もないわよ」
フラウお姉ちゃんが、私の肩に手を置く。
「……フラウ。お砂の向こう側にね、雪山があるよ。お兄ちゃんとお姉ちゃんが、半分こしておにぎり食べてるよ」
「え……? 何を言ってるの、キッカ。疲れてるのね」
フラウお姉ちゃんには聴こえないんだ。
アムロさんが砂漠で、青いおじさんを殺そうとして自分の心を削っている音。
シローお兄ちゃんが雪山で、敵のお姉さんと手を繋いで、命を温め合っている音。
(……アムロ。そんなに、怖がらないで)
キッカは窓をトントンと叩いた。
アムロさんの「殺意」と、アイナお姉さんの「慈愛」。
二つのちがう音が、キッカの頭の中ですれ違って、小さな火花を散らす。
お外では、またお砂が舞い上がった。
アムロさんが、逃げ出したくなるような重たい予感。
でも、南の空では、戦う相手を「人」として愛してしまったお兄ちゃんの、悲しくて優しい決意が芽吹いていた。
「……アイナお姉さん。お兄ちゃんを、助けてあげてね」
キッカは目を閉じた。
砂漠のノイズはどんどん大きくなって、アムロさんの心を暗い場所へと引きずり込んでいく。
でも、そのノイズの切れ間から聴こえるアイナさんの柔らかな声だけが、キッカにとっての、たった一つの「救い」だった。
中央アジアでランバ・ラル隊の執拗な追撃を受けるホワイトベース。アムロ・レイは精神的に追い詰められつつも、ラルとの奇妙な共鳴に戸惑う。同時刻、東南アジアの密林上空での戦闘中、シロー・アマダとアイナ・サハリンは共に遭難。極寒の雪山で一夜を過ごす中、陣営を超えた相互理解という、一年戦争における稀有な「奇跡」が起きていた。