サイド7の受信機~アムロ・レイの隣で鳴り響く、もう二つのガンダムの叫び~ 作:寝て起きたら異世界じゃなくて会議室だった
冷たい潮風は、硝煙と砂に慣れてしまった私たちの鼻腔を、鋭く、けれどどこか清々しく突き抜けました。けれど、その美しい港町で私たちが経験したのは、どんな波飛沫よりも冷酷な「人の死」だったのです。
ミハル・ラトキエ。彼女がカイさんの前から消えたあの日、ホワイトベースに流れたのは、言葉にならない嗚咽の音でした。
幼い私にとって、それはただの「悲しい出来事」では済みませんでした。私の耳は、彼女を失ったカイさんの慟哭を拾い、同時に、はるか遠い戦場にいる「もう一人のガンダムの乗り手」の、震えるような祈りを拾ってしまったからです。
仲間を失いたくない。誰も死なせたくない。
その純粋すぎる願いが、かえって呪いのように本人を蝕んでいきます。ベルファストの灰色の海を見つめながら、私は初めて知りました。戦争とは、誰かの「祈り」が届かずに潰えていく音のことなのだと。
ざざーん、ざざーん。
お外では、おっきなお水(海)が、ずっと同じ音を立てている。
サイド7の偽物のお水とは違う、ちょっとしょっぱい匂いのする風。
でも、今日のお船の中は、その潮風よりもずっと寒かった。
「……カイさん、ずっとあそこにいるの?」
レツが廊下の隅っこを指差した。カイさんは、お顔を真っ赤にして、ずっと下を向いている。
カイさんの心からは、割れたコップみたいな「ジャリジャリ」とした音が聴こえてきた。とっても痛くて、とっても悲しい音。
(……ミハル。あのお姉さん、もういない)
お空から落ちていったあのお姉さんの、最後に出した小さな「あ……」っていう音が、キッカの耳にはまだこびりついている。
アムロさんの光も、今日は少しだけ暗い。アムロさんはカイさんの悲しみが自分のことみたいに分かるから、黙って拳を握りしめている。
キッカは、ベルファストの街の方を見た。
すると、冷たい海の音に混じって、また別の場所から、苦しそうな息遣いが聴こえてきた。
それは、いつものジャングルの音じゃない。どこか白くて、お薬の匂いがする場所。
『……すまない。俺が……俺がもっと上手くやれていれば……!』
あ。シローお兄ちゃんだ。
お兄ちゃんは今、真っ白なベッドの上にいた。
足に大きな怪我をして、とっても痛そうなのに、お兄ちゃんは自分の痛みなんてどうでもいいみたいに、ずっと仲間たちの名前を呼んでいる。
(……お兄ちゃんも、泣いてる)
お兄ちゃんの部下の人たちも、とっても怖い目にあったみたい。
お兄ちゃんの心からは、「誰も死なせないって言ったのに」っていう、自分を責める音が溢れ出していた。
カイさんの悲しみと、お兄ちゃんの祈り。
二つの音が、ベルファストの潮風の中でぐるぐると混ざり合って、私の頭の中をかき回す。
「キッカ、お目々真っ赤よ。眠れないの?」
フラウお姉ちゃんが、冷たいタオルで私のお顔を拭いてくれた。
「……フラウ。カイさんの中にね、雨が降ってるよ。それで、遠いところにいるお兄ちゃんの中にも、同じ雨が降ってる」
「カイさんは、大切な人を亡くしたものね……。でも、遠くのお兄ちゃんって?」
「……仲間をね、守りたいって。もう誰も死なせたくないって、神様にお願いしてるの」
フラウお姉ちゃんは、少しだけ悲しそうな顔をして、私を抱きしめた。
でも、キッカには分かるんだ。
カイさんが流している涙も、シローお兄ちゃんがベッドで握りしめている拳も、本当は同じひとつの「心」から出ているものだって。
アムロさんの「光」は、その悲しみを背負って、また戦いに行かなきゃいけない。
お兄ちゃんの「祈り」も、怪我が治ったら、また泥んこの戦場に戻らなきゃいけない。
キッカは、フラウお姉ちゃんの胸に顔を埋めた。
海の音は、いつまでも止まらない。
ミハルお姉さんの魂が、風になって、どこか遠い南の国のジャングルまで届くように。
キッカは心の中で、小さな、小さなお祈りをした。
ベルファストにてホワイトベースが補給中、ジオンのスパイであったミハル・ラトキエが戦死。カイ・シデンはその死に激しい衝撃を受け、戦うことの意味を自問する。同時刻、東南アジアの戦線では、第08MS小隊がキキの村を巡る激戦で大きな損害を出し、隊長のシロー・アマダも負傷。後送された病院で、彼は「理想だけでは仲間を守れない」という戦場の冷酷な現実を突きつけられていた。