サイド7の受信機~アムロ・レイの隣で鳴り響く、もう二つのガンダムの叫び~   作:寝て起きたら異世界じゃなくて会議室だった

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 海、というものを初めて間近で見たのは、北アイルランドのベルファストでした。
 冷たい潮風は、硝煙と砂に慣れてしまった私たちの鼻腔を、鋭く、けれどどこか清々しく突き抜けました。けれど、その美しい港町で私たちが経験したのは、どんな波飛沫よりも冷酷な「人の死」だったのです。
 ミハル・ラトキエ。彼女がカイさんの前から消えたあの日、ホワイトベースに流れたのは、言葉にならない嗚咽の音でした。
 幼い私にとって、それはただの「悲しい出来事」では済みませんでした。私の耳は、彼女を失ったカイさんの慟哭を拾い、同時に、はるか遠い戦場にいる「もう一人のガンダムの乗り手」の、震えるような祈りを拾ってしまったからです。
 仲間を失いたくない。誰も死なせたくない。
 その純粋すぎる願いが、かえって呪いのように本人を蝕んでいきます。ベルファストの灰色の海を見つめながら、私は初めて知りました。戦争とは、誰かの「祈り」が届かずに潰えていく音のことなのだと。


ベルファストの潮風(U.C.0079.11.18)

 ざざーん、ざざーん。

 お外では、おっきなお水(海)が、ずっと同じ音を立てている。

 サイド7の偽物のお水とは違う、ちょっとしょっぱい匂いのする風。

 でも、今日のお船の中は、その潮風よりもずっと寒かった。

 

「……カイさん、ずっとあそこにいるの?」

 レツが廊下の隅っこを指差した。カイさんは、お顔を真っ赤にして、ずっと下を向いている。

 カイさんの心からは、割れたコップみたいな「ジャリジャリ」とした音が聴こえてきた。とっても痛くて、とっても悲しい音。

 

(……ミハル。あのお姉さん、もういない)

 

 お空から落ちていったあのお姉さんの、最後に出した小さな「あ……」っていう音が、キッカの耳にはまだこびりついている。

 アムロさんの光も、今日は少しだけ暗い。アムロさんはカイさんの悲しみが自分のことみたいに分かるから、黙って拳を握りしめている。

 

 キッカは、ベルファストの街の方を見た。

 すると、冷たい海の音に混じって、また別の場所から、苦しそうな息遣いが聴こえてきた。

 それは、いつものジャングルの音じゃない。どこか白くて、お薬の匂いがする場所。

 

『……すまない。俺が……俺がもっと上手くやれていれば……!』

 

 あ。シローお兄ちゃんだ。

 お兄ちゃんは今、真っ白なベッドの上にいた。

 足に大きな怪我をして、とっても痛そうなのに、お兄ちゃんは自分の痛みなんてどうでもいいみたいに、ずっと仲間たちの名前を呼んでいる。

 

(……お兄ちゃんも、泣いてる)

 

 お兄ちゃんの部下の人たちも、とっても怖い目にあったみたい。

 お兄ちゃんの心からは、「誰も死なせないって言ったのに」っていう、自分を責める音が溢れ出していた。

 カイさんの悲しみと、お兄ちゃんの祈り。

 二つの音が、ベルファストの潮風の中でぐるぐると混ざり合って、私の頭の中をかき回す。

 

「キッカ、お目々真っ赤よ。眠れないの?」

 フラウお姉ちゃんが、冷たいタオルで私のお顔を拭いてくれた。

「……フラウ。カイさんの中にね、雨が降ってるよ。それで、遠いところにいるお兄ちゃんの中にも、同じ雨が降ってる」

「カイさんは、大切な人を亡くしたものね……。でも、遠くのお兄ちゃんって?」

「……仲間をね、守りたいって。もう誰も死なせたくないって、神様にお願いしてるの」

 

 フラウお姉ちゃんは、少しだけ悲しそうな顔をして、私を抱きしめた。

 でも、キッカには分かるんだ。

 カイさんが流している涙も、シローお兄ちゃんがベッドで握りしめている拳も、本当は同じひとつの「心」から出ているものだって。

 

 アムロさんの「光」は、その悲しみを背負って、また戦いに行かなきゃいけない。

 お兄ちゃんの「祈り」も、怪我が治ったら、また泥んこの戦場に戻らなきゃいけない。

 

 キッカは、フラウお姉ちゃんの胸に顔を埋めた。

 海の音は、いつまでも止まらない。

 ミハルお姉さんの魂が、風になって、どこか遠い南の国のジャングルまで届くように。

 キッカは心の中で、小さな、小さなお祈りをした。




ベルファストにてホワイトベースが補給中、ジオンのスパイであったミハル・ラトキエが戦死。カイ・シデンはその死に激しい衝撃を受け、戦うことの意味を自問する。同時刻、東南アジアの戦線では、第08MS小隊がキキの村を巡る激戦で大きな損害を出し、隊長のシロー・アマダも負傷。後送された病院で、彼は「理想だけでは仲間を守れない」という戦場の冷酷な現実を突きつけられていた。
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