サイド7の受信機~アムロ・レイの隣で鳴り響く、もう二つのガンダムの叫び~ 作:寝て起きたら異世界じゃなくて会議室だった
地球という星は、あまりにも情報量が多すぎました。4歳の私にとって、それは豊かさというよりは、絶え間ないノイズの嵐に近いものだったのかもしれません。
12月5日。ホワイトベースは再び、あの懐かしくも冷たい「無音の戦場」へと帰還しました。
けれど、成層圏を抜けるその瞬間、私は見たのです。
眼下に広がる青い宝石のような地球。その片隅、深い緑のジャングルで、ボロボロになりながらも笑っている人たちの姿を。アムロさんのような超常的な力を持たずとも、ただ明日を生きるために泥を這い、互いを信じ抜いた男たちの結末を。
「さよなら、地球」。そう呟いた私の耳には、確かに聴こえていました。
ジャングルの死闘を潜り抜け、大きな愛のために歩き出した、あの「お兄ちゃん」の最後の呼吸が。
お空が、だんだん暗くなっていく。
でも、夜になるんじゃない。ホワイトベースがお空を突き抜けて、星の世界に帰ろうとしているから。
お船が「ガガガガッ」って激しく震える。
キッカは窓にしがみついて、どんどん小さくなっていく地球を見つめた。
砂漠、海、ジャブローの森。
あんなに怖かった場所も、上から見るととっても綺麗で、静かに見える。
(……あ。聴こえる。まだ、聴こえてる)
ホワイトベースが重力の鎖を振りほどこうとする音の向こう側から、あの懐かしい「どろんこ」の匂いが届く。
東南アジアのジャングル。
そこでは、おっきな、おっきな戦いが終わろうとしていた。
『……生きてろよ、シロー! 死んで花実が咲くもんか!』
仲間の人たちが、叫んでいる。
ボロボロになった陸戦型ガンダムから降りて、空を見上げているお兄ちゃんの姿が、私のまぶたの裏に映った。
シローお兄ちゃんの音は、もう「兵隊さん」の音じゃなかった。
誰かをやっつけるための鋭いトゲが全部取れて、ただの「一人の人間」の、温かくて柔らかな光に変わっていた。
(……ジャングルの男の人。生きててよかった)
キッカは、窓にそっと手を触れた。
アムロさんの光は、これからもっと冷たくて広い「宇宙」で、また独りで戦わなきゃいけない。
でも、地球に残っていくお兄ちゃんたちは、きっともう大丈夫。
だって、あのお姉さんと……アイナお姉さんと、心の糸がしっかり結ばれているのが見えるから。
「キッカ、何を見てるの? 窓から離れないと危ないわよ」
フラウお姉ちゃんが私を抱き寄せる。
「……フラウ、地球がね、バイバイって言ってるよ。あとね、ジャングルのお兄ちゃんも。生きててよかったね、って」
「……そう。本当によかったわね。私たちも、こうして生きて宇宙へ帰れるんだもの」
フラウお姉ちゃんは、少しだけ寂しそうに笑って、私の頭を撫でた。
そのとき、アムロさんがブリッジに現れた。
アムロさんは、黙って窓の外を見つめていた。そのお顔は、地球の重力から解き放たれたせいか、少しだけ優しく見えた。
「……アムロさん」
私が呼ぶと、アムロさんは一瞬だけ、不思議そうな顔をして私を見た。
「アムロさん。ジャングルのほうにね、アムロさんみたいにガンダムに乗って、一生懸命頑張ったお兄ちゃんがいたんだよ。そのお兄ちゃんね、もう戦わなくていいんだって」
アムロさんは、何を言っているのか分からないという風に首を傾げたけれど、すぐにふっと口角を上げた。
「……そうか。それは、羨ましいな」
そう言ったアムロさんの瞳に、一瞬だけ、遠いジャングルの緑が映ったような気がした。
ゴォォォォ……!
震動が止まった。
ホワイトベースの周りには、真っ暗な、けれど星がいっぱいの「宇宙」が広がっている。
第一期、地球編。
キッカの耳に届いていた「泥臭い鼓動」は、地球の空気に溶けて消えていった。
でも、代わりに。
宇宙の冷たい静寂の中から、新しくて、もっと「切ない」音が聴こえ始めていた。
(……あ。……誰?)
それは、雪の降るコロニーで、一人でガンダムを守っているお姉さんの、緊張した吐息。
第2期、宇宙編。
キッカの耳鳴りは、新しい戦場――サイド6へと、導かれていく。
ホワイトベース、ジャブローより発進。再び宇宙へと上がる。この時期、東南アジア戦線の第08MS小隊の物語は事実上の終局を迎え、シロー・アマダは軍の枠組みを超えた個人の愛と生の道を選び取ることになる。地球での「泥臭いガンダム」の役割が終わり、舞台は再び「ニュータイプの胎動」が渦巻く宇宙へと移り変わる。