「ねーねー、火遠理どこ?」
「今日はお休みの日ですから……宿禰さまに会いに行ったはずですよ」
「さんきゅーさんきゅー。ばいばーい」
*
「ねーねー、火遠理どこ?」
「さっきまで釣りしてたんだけど、ゴハン作るって行っちゃったよ~☆」
「さんきゅーさんきゅー。ばいばーい」
*
「ねーねー、火遠理どこ?」
「儂には分からぬのぅ」
「ちぇ、つまんないの。ばいばーい」
*
ジュゼはカラカラと木が鳴る軽い足音をさせ、食堂から出ていった。お目当ての火遠理を見つけるまで今日一日、諦めるつもりはないらしい。場に残されたのは、白米と焼き立ての魚を箸でついていたワダツミ。
ちょうどやりとりを見ていた人物、パピールがワダツミへと静かに突きつけた。
「貴方が〝火遠理〟でしょう。何をしているの」
「黒の踊り子は現実主義じゃのぅ」
ここで読者に向けて前提知識および当ストーリーだけの設定を語ろう。
ワダツミと〝火遠理〟は時間の流れが違うだけの同一人物。これは多くの《キャスト》にとっては既知の《設定》であり事実だ。
おとぎ話『浦島太郎』の玉手箱は実在している――時間を喰う呪いはあまりに強力で、おとぎ話でありながらその創作者たる宿禰もその代償を受けているほどだ。各《神筆使い》が扱う〝火遠理〟とワダツミについても、そのリスクを完全には制御できないということで同時に喚び出されないよう扱われている。その制約の一旦として、そもそもこのふたりが別々の《キャスト》として扱われることが挙げられる。ジーンやマリクが《魔神同化》して能力を高めるのと同じよう、〝火遠理〟が真の力を発揮させワダツミとなるような描き方もできただろうに。
以上、前提知識および設定の確認おわり。
「玉手箱をめんてなんすで預けておっての。今日だけ運悪く〝火遠理〟は休みなのじゃ」
「どっちにしても貴方と同一人物なのだから、別人として振る舞う意味が分からないわ」
「他人と成り代わろうとした少女に説教されるとはのぅ」
ジュゼは子供っぽいところがあるから、小さなうさぎ穴を探したいとかであれば同じく子供の〝火遠理〟でないと用事を果たせないかもしれない。だがその判断をするにも話を聞かないことには始まらない。
順当に考えれば用事を聞いてから後日に回すかワダツミのまま対応するか決めればいいのに、とパピールは合理的な判断する。
「子供の夢を守るのはオトナの責務でのぅ。いつも遊んでいる童がかようなオトナであると知ってはジュゼが傷つくだろうて」
かつて《闇》の陣営に堕ちたジュゼだったが、宿禰や〝火遠理〟らを中心にみなが命がけで救い出した。再び《禁書指定》して封じる方がよほど楽だったというのに。
これはパピールがワンダーランドの面々に加わるよりも以前の話だ。
ワダツミはジュゼに対して、言葉にしきれないほどの感情があるということだろう。わざわざつまらない芝居をしてまで別人を演じるくらいの。
「形から入るというのは大事じゃぞ?」
「……まあ、首肯するわ」
痛いところを突かれた。パピールの冠とハートの器が昼間の、優しくも何もかも曝け出させる太陽光できらめく。
窓の外を見ると、ついさっき部屋から出たばかりのジュゼが外を走り回っていた。誰かを見つけ次第「ねーねー」と聞いて回っているのは、口元を見るまでもない。〝火遠理〟以外とも交流を図ろうするのはいい兆候ではあるのだ、が。
「他の者に迷惑をかけるわけにはいかぬ。儂が今日一日、ジュゼの遊び相手をしてやるしかないかのぅ」
ワダツミはそっと、くぅらぁぼっくすを差し出した。
「私は手伝わないわよ」
「秋刀魚や鯖がおるんじゃが」
「そんな庶民的な物で釣られるとでも?」
「タツノオトシゴ」
「いらない」
「大蛇ノ落娘。れじぇんだりーじゃぞ」
「……闇の力の触媒になるならもらってやるわよ」
これがオトナの交渉というやつじゃ、とワダツミは笑った。
*
「なになに、ボクと遊んでほしいって? ボクが先輩ってコト? いいじゃんいいじゃーん!」
(ダシにされた……)
テンションの高いジュゼと対照的に、始まる前からパピールはげんなりした気分だ。廊下でやっと捕まえて、ワダツミは紹介だけしたらすぐに柱の向こうに引っ込んでしまっていた。
ワダツミはジュゼといくらか距離を置いていて、それでいて用事を作る口実が「パピールが遊びたがっている」というもの。明らかにジュゼより後にワンダーランドに加わったという部分がポイントらしい。
「で、何するの。お人形で戦争ごっこでもする?」
準備のいいことで、ワダツミが紙人形を何枚も持ってきていた。どういう用途が正しいのか知らないが、パピールの能力ならこの人形を踊らせて操るのは容易い。
「違う違うの。火遠理とパズルするつもりだったんだよね。カキカキ、チョキチョキして作ったんだよー」
手作りのパズルだ。クルマの絵がいくつも描いた画用紙を切り抜いた簡素なもの。
「車が好きなの?」
「ううん違うよー。でもパズルにするときにチョキチョキするから」
好きなモノを描くと、それを切るのが嫌だという。きっと最初に、火遠理を描いて、それをパズルにしようと切り刻んで――大泣きしたか不貞腐れたか。
ばらばらになった姿を想像するだけでパピールは笑いそうになる。必死に堪えながら、いいことを吹き込んでやろう。
「面白いことを教えてあげる。愚かな人間は車を叩いて壊すのが流行っていたのよ。打ちこわしっていうの」
(変なことを吹き込まないでほしいのぅ……)
「ちっちゃいクルマをたくさん潰すってこと?」
「違うわ、ちゃんと人間が乗る車よ。でっかいハンマーで叩き潰していたのですって」
(うむ、止めよう)
隠れていたワダツミが加わった。物騒な話をしていたうちは楽しそうにしていたジュゼが露骨に嫌そうな顔をする。
ああ、ワダツミが構いたがるのも分かる、こいつは反応が素直なのがいい。どうせ観察するなら物言わぬ空の雲より、派手に鳴るブリキの缶の方が面白いのと同じだ。
そのよく鳴るおもちゃはジュゼだけじゃない。ちょうどそいつが向こうから来てくれた。
「あらあら、ワダツミじゃないの。これならオトナも加われる遊びをしようじゃあない?」
「えーコイツキラーイ」
「まだ画用紙は余っているのでしょ? これを使って……」
簡単なお面を作る。赤く塗って、ツノの生えた形に切り抜いた。輪ゴムで頭に取り付けられるようにする。
「なにするのー?」
「バカね、日ノ本の風習を知らないなんて! あのね、豆をぶつける遊びよ。このお面を付けた鬼にね」
はい、とワダツミにお面を渡す。豆は食堂から調達したらいいだろう。
ジュゼにそっと耳打ちする格好で、だがワダツミにもよーく聞こえるように言う。
「キライなんでしょ? 思う存分に豆をぶつけるといいわ」
このときの目を輝かせたジュゼの顔と、鳩が豆鉄砲を食らったようなワダツミの顔はたいそう愉快な取り合わせであった。めんどくさかったのとか全部お釣りがくるくらい。
*
「ふぁ……」
日暮れまで遊び倒して、やっとジュゼがアクビをした。自身の爪で自分を傷つけないように、手の甲で目を擦る。
日ノ本の風習に倣った遊び(単に豆ぶつけ遊びともいう)だけでなく、元々やりたがっていた紙人形のパズルでも遊んだ。このふたつだけですっかり時間が経ってしまった。かなりの時間がワダツミが追い回される方に使われたが。
「オマエ……キミのこと何かキライだったけど、ちょっと見直した」
「それは嬉しいのぅ。あと儂以外にもお前呼びは良くないぞ」
自分の要求を押し付けるばかりだったジュゼが最近、ちゃんとお礼を言えるようになっているのを知っている。
「時計がハチになったら寝るって、火遠理とヤクソクしてるんだ」
人と別れる際には手を振ってさよならの挨拶をするのも、たまに忘れることもあるけどできるようになってきた。今日一日に関してはほとんどぱーふぇくとに全員にできている。ただし今は忘れて、寝る時間を守るためと走っていってしまったのでぱーふぇくと達成ならず。
木でできたジュゼの身長が伸びることはないが、帰っていく影法師は長く伸びていた。
「童も成長しているのぅ。羨ましい限りじゃ」
「変わるには多大な痛みを伴うわ。他人に促すだけで見下ろす保護者ヅラには反吐が出る」
「時間の止まった儂に手厳しいのぅ」
「あいにく、わざわざ踊り子を探しに来た物好きがいたせいで変化を強制させられたもの」
地平線に太陽が沈み、昼と夜の時間が揺らぐ境目。夕暮れで地面に伸びていた影が夜に溶ける瞬間。
ぽつり――ワダツミと〝火遠理〟の間も曖昧になる。
「……儂もジュゼに嫌われるのが怖い。いつか秘密を知られて、〝火遠理〟が拒絶されたら儂は相当にへこむというのが容易に想像できるゆえの」
「言えたじゃない」
本音を言うのは変化の第一歩よ。
そう言いながら、パピールも手を振り返した。窓から手を振ってくる、爪の長いシルエットに。
今日はぱーふぇくとになった。小さな成長は、小さな変化、そして大きな達成のはじまり。
Fin.