結月ゆかりと弦巻マキと初音ミク、VOICEROIDとVOCALOID、先輩と後輩、そしてーーー。そんな三人のお話。

※本作品は2018年6月29日にpixivにて投稿させていただいたものになります。当時のVOCALOID、VOICEROID界隈の情報を私なりに解釈して執筆したものですので、昨今のキャラ付けとブレがあるかもしれません。

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第1話

 JAMバンドの収録が終わり、次の実況収録まで一息を付こうと弦巻マキはスタジオを出てすぐの休憩スペースへと向かっていた。

 首に緩くかけたタオルで頬を伝う汗を拭い、スポーツドリンクを求める身体はついつい足早になってしまう。

 そうして、廊下の角を曲がれば、すぐそこに自動販売機。それを確認すると、休憩スペースから聞き慣れた声が、それも大好きな後輩の声。きっと死角にあるソファに腰掛けて台本読みかスマホでゲームでもしているんだろう。さぁ、急げ。スポーツドリンクと愛しの後輩はすぐそこだ。

 

「おつかれー、ゆかり…ん」

「あ、お疲れ様です。マキさん」

「マキちゃんお疲れー!」

 

 確かにマキの大好きな結月ゆかりはいたけれど、その隣に座っていたのはちょっと苦手な先輩。VOICEROIDではないから直属の先輩ではないけど、嘗てマキの憧れだった、皆さんご存知の電子の歌姫。今でも憧れではあるがこの先輩、初音ミクはマキにとって厄介な属性を得てしまっている。

 

「お、お疲れ様です…」

「そんなに固くならないでよー?ほら、となりとなり!」

「ふふ、仲がいいんですね?二人とも」

 

 最近はメインのジャンルが違うから話とかしないのかと思いました、なんて笑うゆかりを見ながらマキは内心冷や汗を吐いた。何故だろう、何故ならこの緑髪の先輩は、迷うことなく自分の隣を叩いたから!自分を壁にしてゆかりとの距離を離しに来たから!

 既に水面下での争いは始まっているのだ、ゆかりがそれに気付かないだけで。

 

「それで、今日はお二人さんはどういったアレです?」

「マキさん指示語多すぎですよ」

「今日は珍しくボカロの方でねー。久しぶりのデュエットで、しかも恋愛のだから張り切っちゃった!」

 

 そう自慢げに話すミクの意図が読めぬほどマキは愚かでない。もう悔しさで噛みつきたいくらいであった。

 

「へぇ~、それは楽しみですね」

「でしょ~?」

「でも久しぶりだったから緊張しちゃいました。やっぱりボカロの時とボイロの時とで声の出し方も全然変っちゃいますね」

「大丈夫だよ、その度に手とり足とり教えてあげるからさ!」

 

 そう言って横から抱きつく緑髪。友人、というか仕事仲間同士のスキンシップとしか思っていないゆかりはあっさりと受け入れ笑い合っている。流石に我慢の限界と、二人の間に割って入ろうとしたところで、

 

「あ、ごめん。ゆかりちゃん?ちょっといい?」

「あ、はい。何でしょう?」

「ちょっとソロパートで収録ミスっちゃっててさ…、もう一回録り直してもらっていいかな?」

「はい、分かりました」

 

 スタッフさんグッジョブ。マキはボイスロイドとして少々的外れな感謝を抱いてしまう。ホントはちゃんとスタッフの不手際を叱責しないといけないところなのだけど。

 

「もー、ちゃんとやってよね?この前もそうだったよ?」

「す、すみません!ウチのトコしょっちゅう新人任せられるんで…」

「言い訳反対!めっ!」

 

 案の定、ミクは先輩として説教モードだ。(とはいっても、全然怖くないし本人も口だけの説教なのだろうけど)

 

「あ、それじゃあちょっと行ってきますね?長くなる様だったら先に行っててもいいですから。もし、遅れるみたいだったらマキさん、スタッフさんに伝言お願いしますね?」

「あ、うん」

「えー、それじゃあボクもゆかりちゃんに付いていこっかなー?」

「…え、私ミクさんにちょっと聞きたいことがあったんですけど…」

「え、マキちゃんが?」

「あ、それじゃあなるべく早く終わらせるので、ちょっと待っててくださいね?行きましょう」

「あ、ちょっと!ゆかりちゃーん!?」

 

 すぐ戻りますので、なんてミクの悲鳴に笑顔で応える。やはりゆかりもミクに負けず劣らず女神だなぁ、とマキはぼんやり思う。

 

「マ~キ~ちゃ~ん~?」

 

 と、ぼんやりしてたら先輩が恨めしそうにこちらを覗き込んでくる。およそ歌姫に相応しくない表情なのに、それでも可愛いのはずるい。そこら辺は歌姫の面目躍如だろうか。

 

「いや、ごめんなさい。まさかあんなにうまくいくとは思わなかったですし…」

「もう!せっかく久しぶりにゆかりちゃん分補給できる日だったのに!」

 

 ぷんすこ、みたいな擬音が似合う表情で頬を怒らせてそっぽを向くミクに、マキは申し訳なさそうに笑いながら自販機に小銭を入れる。

 ネギジュースでいいですか?と聞けば、表情を輝かせて500mlね!と後ろから抱き付きながら言う。ちょろいというか素直というか、多少苦手になってもやっぱり可愛いものである。

 

 

「あ、ところでさ」

「はい?」

「聞きたいことって、ホントに何かあったの?」

 

 一応聞いておきたいなぁって、と薄緑色の液体を喉に流し込む。

 やはりこういうとこは流石に先輩だなぁ、と素直に尊敬してしまう。私情と仕事関係をきっぱりと分けてくれる。

 

「…まぁ、ゆかりんの事なんですけど」

「ゆかりん、ゆかりん…いいなぁ、あだ名呼び」

「…聞きます?」

「あぁ、大丈夫。聞く聞く!」

「…あの、変な話ですけど。VOCALOIDって沢山いるじゃないですか」

「うん、まぁね」

 

 やはり、こういうことは言うべきでないのだろうか?でも、聞かないとやっぱり落ち着かない。

 

「んで、ミク先輩ってかなり古参でしょう?」

「あー、今だとやっぱりそうなっちゃうよねぇ。今年で11年目だし」

「それで、ミク先輩ってやっぱり他の後輩の子にも優しくて色々声かけたりアドバイスとかしてあげてるじゃないですか?」

「うん、まぁね」

 

 マキは未だに尋ねるべきか迷っている。しかし、ミクはマキが何を尋ねようとしているのか、それに何と答えるべきなのか。それ等に全て決着を付けていた。

 

「その…、なんでその中で、ゆかりちゃんに一際構うんですか?もしかして、私がこうやって色々するのが面白くてやってるんじゃ――」

「マーキちゃん?」

 

 感情を吐露しそうとするマキの唇に指を添える。その笑顔は先程まで見せていたものとは全然違う、色々な物を見透かしたような達観した眼差し。仕草だけで、それ以上はダメとマキに伝える。その意図が分からぬほどマキは愚かではない。口を噤む、何か言いだしそうな口をスポーツドリンクで塞ぐ。

 

「まぁ、正直なことを言えば一割くらいはマキちゃんが面白いのはあるよ。あと、ルカちゃんだったり、最近入ったご飯好きの子だったりね?」

 

 今さりげなく凄いカミングアウトしなかったか?そう思ったものの、先程の指示に従って今は黙っておいた。

 

「でもね?一番はやっぱり、あの子の声が魅力的だったから。

 柔らかいのにちゃんとした芯があって、切れ味が鋭いのにふんわり耳に届く。

 最近は特に凄いんだよ?マキちゃんも知ってるだろうけど、もうゆかりちゃんが三人いるみたいな声で。

 おしゃべりもそう。もう別人みたいに感情を表現しててさ、ボクみたいなプログラムにはああいうのが一番難しい、っていうのはマキちゃんが一番知ってるよね?

 ボカロとボイロができる子とか、最近は増えてきたけれどボクはあの子以上の音を知らないの」

 

 真剣な眼差しで語るミクに、次第にマキも引き込まれる。ペットボトルのキャップも締めぬまま、ただミクに視線を送る。

 

「だから、ボクは諦めたくないの。

 今はブームもあってボイロの方で精力的に活動してるみたいだけど、それでもボクはあの子ともっと歌いたいの。

 あの子と一緒のステージに立って、あの子と同じ歌を歌って、あの子と同じ瞬間を過ごしたいの」

 

 この想いだけは譲れない――。

 そう静かに語って、満足そうに笑って見せたミクの姿にマキは息を詰まらせた。

 自分の抱えている想いを不純だとは思いたくはいないし、思ってもいない。でも、目の前にいる可愛さと楽しさだけを詰め込んだような先輩の、自らの仕事に対するストイックさに、仕事にかける情熱に、マキはその瞬間間違いなく心を奪われていた。

 

「あ、後もうひとつだけあるかな?」

「え?」

 

 唐突に、先程までの緊張を振り解くような明るい声で切り出される。ずいずい、とソファの上を滑る様に移動して何時の間にかマキの隣に座る。そうして、耳元に唇を寄せて、

 

「あんなに大好き大好きって惚気られてるのに、イマイチ自分に自信が無くて先輩にちょっかいかけちゃう悪くて嫉妬深いオオカミさんにお仕置きしないと、なんてね」

「、~~~~~っ!!?」

 

 突然に語りかけられた予測不能な言葉に、つい左耳を塞いで顔を真っ赤にしてしまう。その様子に満足げに笑うミク。口をパクパクとさせるけど音らしい音にはならなかった。

 そして、マキのもう一つの誤算。それは、

 

「え、っと。マキさん、ミクさん…。一体、何を…」

「え、えぇっ!?ゆ、ゆかりちゃん!!?」

「あ、ゆかりちゃん、お疲れさまー。そろそろ次の仕事始まりそうだから私は先に行くねー」

「ちょ、ミク先輩!?こんな時に逃げるとか卑怯にも程が」

「マキさん!ミクさんに何を言われたんですか!?なんでそんな真っ赤になってるんですか!?」

「ゆ、ゆかりん!ちょっと、ちょっと落ち付いて…!」

「それじゃあお疲れさまー!収録頑張ってねー!」

「ミクせっ、ミクさーーん!!?」

「答えてください、マキさん!!」

 

 

 

***

 

 

 

 数日後、ミクは本日6本目のネギジュース(350ml缶)を開けながらにやにやとパソコン画面を眺める。

 画面の中ではあの日に収録した実況動画、不機嫌そうにゆかりがステージを先へ先へと進行していく後ろをマキは平謝りをしながら付いていく。ミクの記憶ではアクション苦手だったはずのゆかりが何故かキレっキレの動きでどんどん進んでいく。普段はアドバイス役のマキに早く来いと怒る辺りちょっとやりすぎたかもしれない。でも、まぁいいか。コメント欄も盛り上がって草が生えまくりだし。あの後、結局帰ってからいちゃいちゃしたらしいし。

「『春は短し、恋せよ乙女』、ってね」

そう呟いて、ミクは『m9(^Д^)プギャーwwwwww』とだけ書きこんだ。


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