私、結月ゆかりには最近気になっている後輩がいる。
「ONEちゃん、そんな離れたとこに座ってないでこっちに来たらどうですか?」
「いやだ」
「ごめんねゆかりちゃん、ONEちゃん人見知りだから…。ONEちゃんもそろそろ慣れないと駄目だよ?」
「だって無理なのは無理だし」
そうツンケンした態度でダイニングの椅子から威嚇と言わんばかりに睨んでくるのが、件の後輩ことONEちゃんである。この警戒した態度だとか、短く切り揃えられた髪が所々ぴょんぴょんと跳ねている所だとか、青い釣り目だとかが実に猫っぽい可愛い娘である。
そんな可愛らしい娘に嫌われているというか警戒され続けているのは、多少仕方ないことであるとは分かっていても中々に堪えるものである。背中に刺さる視線にどうにか耐えながら、私はIAちゃんにお話を振った。
「すみません、突然お邪魔しちゃって…」
「いやいや、ゆかりちゃんは気にする必要ないよ?今日誘ったの私だし」
お互いに遠慮しあう発言しか出ない。警戒の視線を浴びながらのお話というのは気まずいものである。
「あぁ、えっとそれじゃあ、お話してた漫画なのですが…」
「あ、うん。そうだね!本当に面白いんだよ!主人公の女の子がいきなり一ページ目からモンスターになっちゃって…」
「お姉ちゃん、ネタばれは多分NGだよ」
「え、あ、そっか!ごめんね、ゆかりちゃん」
「あ、いえ、気にしなくても大丈夫ですよ」
やっぱり会話のテンポが掴みづらい…。この感じからして、IAちゃんは家でも普段から天然気味なのだろう。そして、ツッコミとボケの比率って同じかボケの方が多くないと面白くないっていうのは本当だったんだな、茜ちゃんが言ってた通りだ。…って、何を考えてるんだろう、私は。
そうぼんやり、というかくだらないことを考えていると、IAちゃんがおもむろに立ち上がった。
「それじゃあ、ちょっと漫画取ってくるね!ちょっと待ってて!」
「え、あ、はい。…え?」
ちょっと待って。とか、一緒に行きますよ?とか言う前に、IAちゃんはとててて、と部屋から出て行っちゃって、部屋に残されたのはリビングのテーブル前に正座する私と、隣のダイニングで椅子に座りながら警戒心を剥き出しにしてる猫さんだけ。
…正直気まずいなんてもんじゃない。初めてIAちゃんのお宅にお邪魔した時の第一声なんて、これでもかと睨まれながらの『…貴方、誰?泥棒さん?』だったし。あれから何回か顔は合わせてるけど、全然仲良くなるビジョンが見えない。だって、いつまで経ってもリビングに通されるとダイニングでこっちをずっと見てるだけだし!
「…ねぇ?」
「ひゃいっ!?」
「…そんなに驚かなくてもよくない?傷つくんだけど」
「ご、ごめんなさい。つい、考え事してまして…」
何時の間にやら私の隣に来ていたONEちゃんの声で我に帰る。覗き込むように見られて改めて分かる綺麗に整った顔だったり、可愛らしい声だったりに思わずドキリとする。
「…どうかした?」
「い、いえいえ。何でもないですよ?」
「ふーん、まあいいや。んで、一つ聞きたいんだけどさ」
「?何ですか?」
「正座辛くない?」
正座を維持し続けている私の脚をONEちゃんがつんつんと突く。あぁ、確かにそれなりに長い時間座っていたから普通の人だったら結構辛くて立てなくなったりするのかもしれない。
「大丈夫ですよ?私正座は結構長く出来るんですよね」
「…ふーん。そういうのってあるんだ」
「どうなんですかね?特に正座の訓練とかはしてないんですが」
「なぁ、いいや。まだ正座できるってことでいいんだよね?」
「?えぇ、まあ…」
突然何の話だろう、なんて思っていたら
「よい、しょ」
「?え、ちょ、ONEちゃん!?えぇ!?」
「むぅ、五月蠅い…」
唐突に、ONEちゃんが横になり私の太腿に頭を預ける。要は膝枕の体勢である。
「と、突然どうしたんです?なんていうか、そんな雰囲気とかではなかったと思ったのですが」
「雰囲気とか関係なくない?なんか、ゆかりさん?の膝で膝枕したら気持ちいいんじゃないかなー、とか思ってたんだよねー」
「そ、そうですか…」
気になっていたとは言ったが、やはり不思議な娘である。感性が独特というか、IAちゃん以上に不思議ちゃんの素質があるのかもしれない。
「あ、あの…」
「んー?」
背を逸らす様にして身体を伸ばすONEちゃん。いよいよ気まぐれな猫そのものの様に思えてくる、可愛らしいものだ。
「どうですか、私の膝枕?」
「…えー?」
「い、いや、変な意味でなくですね?膝枕したら気持ちいいんじゃないか、って仰ってたので、何というか感想的な物を頂きたく…」
「何、その言い方」
くすくす、と笑われてしまう。確かに敬語にしても用法が滅茶苦茶になっていた気もする。
「まぁ、膝枕自体それ程してもらったわけじゃないから、良い悪いとかは分からないかなー」
「そ、そうですか…」
「でも、十分気持ちいいよー。このまま寝ちゃいそう」
「…ふふっ、それはなによりです」
くあっ、と欠伸をするONEちゃんの頭を撫でれば気持ちよさそうに目を細める、ヤバい、可愛い。語彙力が無くなる位可愛い。そんなことを思っていれば、
「あれ、ONEちゃんどうしたの?」
「あ、IAちゃん」
「んー?」
振り向けば、漫画本を小脇に抱えてリビングの扉を開けるIAちゃんの姿。ONEちゃんはもうおねむのようで声もぼんやりとしたものになっていた。そして、ONEちゃんの呼吸が段々と一定の間隔になっていくのを感じながら、IAちゃんが隣に来るのを待った。
「なんか、私が膝枕したら落ち付くんじゃないかって言っていたので、試しにしてあげたら思いのほか好評だったようで」
「きもちいぃょお…」
そう言って、夢の世界に旅立っていったONEちゃんを見ていると、くすりと笑みがこぼれる。
「…少しは仲良くなれましたかね?なーんて…。あ、それが言ってた漫画ですか?」
「あ、うん。…あ、あの、ゆかりちゃん…?」
「ん?どうしたんです?」
テーブルに置かれた漫画を下手に動かない様にゆっくりと取ろうとすると、IAちゃんが話しかけてきた。
「あ、あのね。…わたしも、その、…いい?」
「…あぁ。…そうですねぇ、どうしましょうか?」
「あ、い、いいの!もう脚も痺れてるかもだし、その、痛いだろうし…」
「…ふふっ、冗談です。はい、どうぞ」
そう言いながら、ONEちゃんの頭が乗ってない方の太腿をぽんぽんと叩けば、ぱぁっと表情を明るくしてニコニコと笑いながら仰向けに頭を預けてくる。ヤバい、この姉妹可愛い。
「あぁー、確かに気持ちいいかも…」
「そんなもんですかね?」
「うん。なんていうか、お日様の下に置いてた枕みたいな…ついつい眠くなっちゃうような…」
「私は漫画の方を読ませて頂きますから、姉妹仲良くお昼寝してたらどうですか?今日は大特価無料サービスですよ」
「うーん、そうしちゃおうかな?」
てへへ、なんて効果音が似合いそうな笑みを零して、IAちゃんも段々と眠りについた。
さて、そこまでして困ったことが一つ。この二人を起こさない様に漫画本を取るのはとても難しい。取ろうとしたら絶対に膝が動いてしまうから、間違いなくどちらかが起きてしまう。どうしたものか。
…まぁ、漫画は後でいいか。大特価セール、なんて言ってしまったし今日はお二人のお昼寝用枕になろう。ぼんやりとそう思いながら、私は今度はIAちゃんの頭をゆるりと撫でてみた。