憑依者しかいないゲマトリアがキヴォトスの破滅を回避しようとする話   作:シャンタン

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第二話 疑惑

 

 

 

アビドス高等学校の校舎前。

砂埃の匂いがまだ薄く残る校門には、つい先ほどまで銃声が響いていた名残があった。倒されたドローンの残骸が転がり、緊張が解けきらない空気が漂っている。

 

 

そして、校舎内の教室では、ぽつんと正座させられている人物がいた。

長い髪を揺らしながら縮こまっているのは、アビドスの元生徒会長──現シャーレ所属のユメ。その前に腕を組んで立つホシノは、にこにこと笑っているようでいて、逆に逃げ場のない圧を放っていた。

 

 

「何してるのかなぁ~?ユメ先輩?おじさん、来るなら連絡してっていつも言ってるよねぇ?」

 

 

語尾こそ柔らかい。しかし、その目はまったく笑っていなかった。

ユメはびくりと肩を震わせ、慌てて両手をぶんぶん振る。

 

 

「ご、ごめんね!?ホシノちゃん!!で、でもおやつ持ってきたからさ!?ね?ね?」

 

 

脇に置かれた袋からは、どうやら差し入れらしい菓子の箱やコンビニデザートが覗いている。けれどホシノは、それをちらりと見ただけでため息を吐いた。

 

 

「そうじゃないよねぇ~?物資とかお土産とかを持ってきてくれるのは助かってるけど、車で来ると敵味方の識別つかないんだよぉ~?しかも、襲撃のタイミングで来ると、増援かと判断しちゃうでしょ~?」

 

 

先ほどの戦闘を思い返しているのか、ホシノは額を押さえる。

実際、戦闘中に砂嵐の向こうから突然車両が現れた時、アビドスの面々は一瞬で警戒態勢に入っていた。襲撃してきた傭兵達を攻撃した時は仲間割れかと疑ったし、乗っていたのがユメたちだと判明した瞬間の脱力感は、かなりのものだったに違いない。

隣で見守っていた先生は、申し訳なさそうにしながら口を開く。

 

 

「"本当にごめんね。本来なら私が連絡をするべきだったんだ。だから、ユメは許してあげてくれないかな?"」

 

 

その言葉に、ホシノはじとっとした視線を先生へ向けた。

 

 

「シャーレの先生だっけ?そうは言っても、ユメ先輩には連絡してって何回も言ってるんだよ。シャーレでお仕事してるのに、連絡が疎かなのは良くないでしょ?」

 

 

正論だった。

先生も「"うっ"」と小さく言葉に詰まる。いつもユメが乗ってきている車両とも異なっており、アビドス側は今回、確かに完全な不意打ちだったのだ。

すると、険悪になりかけた空気を和らげるように、ノノミがふわりと前へ出る。

 

 

「まぁまぁ、ホシノ先輩も落ち着いてくださいね~。先生も困ってしまいますから~」

 

 

柔らかな声と穏やかな笑顔。その場の空気が少しだけ軽くなる。

ユメはぱっと顔を輝かせた。

 

 

「ノ、ノノミちゃん!ありがとう!!だいすき!!」

 

 

今にも飛びつきそうな勢いで身を乗り出すユメに、ノノミはにこにこと笑顔を返す。

 

 

「私もだいすきですよ~~。なので、しっかり反省してくださいね~?私たち全員が、ユメ先輩に攻撃することになっちゃうんですよ?」

 

 

その言葉は柔らかい。しかし内容はわりと洒落になっていなかった。

もし誤認したまま交戦していたら、被害が出ていてもおかしくない。ノノミの笑顔の奥にある『本当に危なかったんですよ?』という圧に、ユメの肩がさらに縮こまる。

 

 

「······ひぃーん」

 

 

完全にしおれたユメを見て、先生は思わず苦笑する。

 

 

("あれはあれで、いつものやりとりなのかな?端でみてる二人も、やれやれって雰囲気出してるし)

 

 

視線を向ければ、少し離れた場所でセリカが呆れたように肩をすくめていた。

 

 

「まったくもう······」

 

 

ため息混じりにぼやきながらも、その表情には深刻さはない。どうやらこれも、彼女たちにとっては見慣れた光景らしい。

一方のアヤネも、困ったように苦笑している。

 

 

「ユメ先輩、本当に悪気はないんですけどね······」

 

 

そう言って眼鏡を押し上げるアヤネの姿には、諦め半分、安心半分といった色が浮かんでいた。

そこへ、教室の入り口へ二つの足音が近づいてくる。

 

 

「ん。いつもの」

 

 

教室に入ってから、周りを見回し淡々とした声で呟くシロコ。その隣には、穏やかに微笑むニコの姿もある。

 

 

「ふふ、賑やかなところですね」

 

 

ニコはどこか楽しそうに、正座したまましおれているユメと、それを囲むアビドスの面々を見回した。

シロコは小さく頷く。

 

 

「ん。ユメ先輩が来ると、よりにぎやか。特に、ホシノ先輩は嬉しそう」

「えぇ~?おじさん、別にそんなことないけど~?」

 

 

ホシノはわざとらしく視線を逸らす。しかし、その表情がどこか柔らかいことは隠しきれていなかった。

 

今回、ニコが運転してきたのは大型の装甲車だった。

事の発端は、カヤからニコに向けた依頼である。シャーレの先生とユメをアビドスまで送り届けるため、ニコが運転役を務めていたのだ。

その途中、砂漠を自転車で走っていたシロコと遭遇した。

さすがに砂地を長距離走ってきたらしく、額に汗を浮かべていたシロコを見て、ユメが「乗っていきなよ!」と勢いよく声をかけたのである。

結果、シロコなりの懸念もあり、自転車ごと装甲車へ積み込んで一緒にアビドス高校へ向かうことになった。

砂漠地帯を走る都合上、車両自体はかなり重装甲だ。遠目には、どう見ても武装勢力の車両にしか見えない。そして、よりにもよってアビドスへ到着したタイミングで、校舎は傭兵たちの襲撃を受けていた。

先生たちは即座に状況を判断し、傭兵たちの背後から攻撃を仕掛ける。

奇襲は見事に成功し、敵は混乱したまま撤退していった。

 

······のだが。

問題は、その前段階だった。

アビドス側へ、誰一人として「今から向かう」という連絡を入れていなかったのである。

そのため、防衛中だったアビドス生徒たちからすれば、戦闘中に大型装甲車が接近してきたようにしか見えなかった。

もし誤認したまま撃ち合いにでもなっていたら、洒落にならない騒動になっていただろう。

後になって「わざと誤射を誘ったのではないか」だの、「アビドスを試したのではないか」だの、余計な疑心暗鬼を生む火種にもなりかねない。

 

そう考えると、連邦捜査部としては、武装を持って来るのではなく、もっと身軽に訪れるのが正解だったのかもしれない。

ガチガチに装備を固めて行き、味方だと訴えたところで、アビドス側は警戒してしまうことだろう。

 

とはいえ──。

この場にいるアビドス側の生徒が、内心では思っていた。

 

 

(ユメ先輩だから、まあいつものことか)

 

 

それで済んでいるだけ、奇跡的に平和だったのだと。そんな空気の中、ホシノが改めて先生へ視線を向ける。

 

 

「それで、シャーレの先生は何しにきたの?ユメ先輩と遊びにきただけじゃないんでしょ?」

 

 

先生は少し困ったように頭を掻いた。

 

 

「"えっと、アビドスの生徒から相談のメールがきてね"」

「あっ!もしかしたら、私が出したやつかもしれないです!」

 

 

ぱっと手を上げたのはアヤネだった。

先生は頷く。

 

 

「"じゃあ、君が奥空アヤネさんかな?対面で相談したいかなって思って、アビドスに来させてもらったんだ"」

「そうだったんですね。こんなに早く対応していただき、ありがとうございます」

 

 

アヤネはぺこりと丁寧に頭を下げる。

その真面目な様子に、先生はまたもや申し訳なさそうな顔になった。

 

 

「"いや、こちらが早とちりしてしまった。本来なら連絡してから来るべきだったね。本当に申し訳ない"」

 

 

そう言って、深く頭を下げる。

途端に、アヤネが慌てた声を上げた。

 

 

「先生!?頭をあげてください!!一大事になった訳でもないですし、結果的に私たちは助けられましたから!」

「おじさんも大丈夫だよ~。それに、アヤネちゃんのために来てくれたんだし、ユメ先輩のおっちょこちょいもいつもどおりだしね」

「そうですよ~。ユメ先輩もお世話になってますからね~~」

「ん。一緒に乗せてもらって、たまたま襲撃に間に合ったから問題なし」

 

 

シロコも短くそう告げる。

そして最後に、腕を組んで、むすっとしていたセリカが視線を逸らしながらぼそっと呟いた。

 

 

「······まあ、助けてもらったことには、お礼を言うわ」

 

 

不器用ながらも、きちんと感謝を口にする。

その言葉を聞いた瞬間、ユメの目にじわりと涙が浮かんだ。

 

 

「みんな······!!後輩たちが良い子で、私は嬉しい······」

 

 

感極まったように立ち上がり、そのままホシノたちへ抱きつこうと駆け出そうとする。

しかし······

 

 

「ふぎゃっ!?」

 

 

長時間の正座で足が完全に痺れていた。

もつれるように前へ倒れ込むユメ。

だが、床へ激突する寸前で、慌てて両手を突いてなんとか踏みとどまる。

 

 

「た、たすけて······足が痺れて······」

 

 

涙目のまま助けを求めるユメに、ホシノはしゃがみ込みながら、『にこぉっ······』と笑みを浮かべた。

 

 

「そっか~。じゃあ、足をほぐしてあげないとねぇ~~」

 

 

その声音は優しい。

しかし、ユメは本能的に危険を察知した。

 

 

「まっ、まって、ホシノちゃん!!ホントに痺れ···ひゃん!!」

 

 

次の瞬間、ホシノの指先が、痺れているユメの足をつんつんと突いた。

電流が走ったようにユメの身体が跳ねる。

 

 

「ひぃぁっ!?や、やめ、そこダメぇっ!!」

「えぇ~?ちゃんとほぐしてるだけだよぉ~?」

 

 

まるで面白い玩具を見つけた子どものように、ホシノは悪戯っぽく目を細める。

黒服の影響を受けたのか、ホシノの中で妙な悪戯心が数年で育ちつつあった。

そして今、その犠牲者になっているのがユメである。シロコはそんな光景を見ながら、静かに分析するように呟いた。

 

 

「ん。ホシノ先輩のスイッチが入った。しばらく戻らない」

「······妬けちゃいますね。私も参加します~」

 

 

ノノミまで微笑みながらしゃがみ込む。

 

 

「えっ、ノノミちゃんまで!?」

 

 

ユメの顔が引きつった。

一方、セリカは半眼になりながらため息を吐く。

 

 

「いや、ホシノ先輩止めないの?ユメ先輩涙目になってるけど······」

「"ははは······"」

 

 

乾いた笑いを漏らす先生。

しかし、その表情に先ほどまでの気まずさはもうない。

本気で責められていないことも、これが彼女たちなりの空気なのだということも、ようやく理解できていた。

これ以上謝り続けても、ただの自己満足になってしまう。

そう判断し、先生は小さく息を吐くと、改めてアヤネへ向き直った。

 

 

「"それで、奥空さんには申し訳ないんだけど、手紙のことについて伺っても良いかな?"」

「了解しました!それと、私のことはアヤネと呼んでいただいて大丈夫です」

 

 

ぴしっと姿勢を正して答えるアヤネ。

先生は少しだけ柔らかく笑った。

 

 

「"それじゃあ、アヤネって呼ばせてもらおうかな。よろしくね"」

「はい!それじゃあ、空き教室に案内しますね」

 

 

そう言って、アヤネは先導するように廊下へ出る。

先生もその後を追い、教室の扉が静かに閉まった。

 

そのタイミングを見計らったように、ニコがそっと動きだす。

騒がしい空気に紛れるように、注目されていない反対側の扉へ向かう。

だが······

 

 

「ん。あなたも行くの?」

 

 

無機質なほど静かな声が、背後から飛んできた。

ニコは足を止める。

振り返ると、そこにはシロコが立っていた。

 

 

「···ええ、少しお手洗いをお借りしようかと」

 

 

ニコは自然な笑みを浮かべて答える。

しかし、シロコの視線は変わらず真っ直ぐだった。

 

 

「······それじゃあ、案内する。そしたら、迷うこともない」

 

 

一瞬の間。

ニコはその意味を理解して、内心で小さく苦笑する。

 

 

「···そうですね。では、お願いします、シロコさん」

 

 

二人は並んで教室を出ていった。

廊下を歩きながら、ニコは表情を崩さないまま思考を巡らせる。

 

 

(これは、私を駐車場へ案内するタイミングから······いえ、シロコさんが車に乗ったタイミングから、怪しまれてますかね?おかげで、先生に盗聴機も仕掛けれてないですし)

 

 

穏やかな笑みの裏で、静かに状況を整理する。

 

 

シロコは普段より口数を減らし、知らない大人と知らない生徒を、注意深く観察していたのである。

そして、ニコから"違和感"を嗅ぎとった。

先生と呼ばれた大人の方は、多少の緊張は感じられるけれど、あまり違和感はない。

しかし、ニコと呼ばれた少女の方は、観察している雰囲気が、時折感じられた。シロコたちアビドス生徒だけにでなく、ニコからすれば味方であるはずの、先生やユメに対しても。

 

初対面では直感で不信感が拭えず、しばらく関わり違和感となって、それがいま警告と相成った。

それに勘づいたニコも不用意に動けなかった。

その一方で······

 

 

「ひゃあっ!?だ、だからそこはダメだってぇ!?」

「ほらほら~、動かすと治りやすいよぉ~?」

「ホシノちゃん絶対楽しんでるよねぇ!?」

 

 

背後の教室からは、未だにユメの悲鳴が響いていた。ホシノはユメの足をつつきながら、ちらりと廊下へ視線を向ける。

教室から出ていくシロコとニコ。

その様子を横目で追いながら、ホシノはぼんやりと考えていた。

 

 

(······これなら、万が一にはならないかなぁ)

 

 

先ほどの戦闘。

敵は撤退したとはいえ、完全に壊滅したわけではない。

仮に、ニコが別行動を取り、追跡や処理に向かうつもりなら、シロコが自然に監視役となる。

ニコに襲撃以外の目的があっても同様だ。

 

だからホシノは止めなかった。

ユメで遊びながら、きちんと周囲を見ている。

それが、()()()()()()()()()()()()()だった。

 

 

「ひぅぅ······ノノミちゃんまでぇ······」

「うふふ~、ユメ先輩かわいいですね~」

 

 

そして当のユメは、そんな駆け引きなど露知らず、涙目で痺れた足をつつかれていた。

 

 

 

 

シロコとニコが廊下の向こうで、静かな牽制を繰り広げているころ。

校舎の一角にある空き教室では、先生とアヤネが向かい合って座っていた。

使われなくなって久しい教室は静かで、窓の外から差し込む光だけが、机と椅子を照らしていた。

遠くからは、かすかにユメの悲鳴が聞こえてきた。

 

 

「ひゃあっ!?ホシノちゃんそこはっ──!」

 

 

アヤネは苦笑しながらも、すぐに表情を引き締める。

先生も咳払いを一つして、本題へ入った。

 

 

「"それじゃあ、話を聞いても良いかな?"」

「じ、じつは······」

 

 

アヤネは膝の上で手を握りしめる。

真面目な彼女にしては珍しく、かなり言いづらそうだった。

先生は急かさず、静かに続きを待つ。

 

 

「これ、1年くらい前の話なんですけど……」

 

 

それは、まだアヤネが中学三年生だった頃のこと。

高校入試勉強の追い込み前に、アビドス高校以外へ進学する友人たちとの思い出作りとして、新しくできたテーマパークへ遊びに行った時だった。

できたばかりの施設は人で溢れていて、不思議なキャラクターが闊歩しており、どこも賑やかだった。

 

そんな中、アヤネは妙に印象へ残る二人組を見かけたのだという。

一人は、小柄なピンク髪の少女。

もう一人は、黒いスーツを着た大人の男性。

 

 

「当時は、その······そういう親子とか、親戚とか、色々あるのかなって思ってたんです。女の子の方も、楽しそうにはしていたので······」

 

 

けれど、どこか違和感があった。

少女はまだ学生にしか見えなかったし、隣を歩く大人はあまりにも()()()()()()()()

そして何より、その男の顔が強烈に記憶へ焼き付いていた。

 

感情の読み取れない笑み。

全身から漂う異様な雰囲気。

場に似つかわしくないスーツ姿。

 

そして、アヤネは入学後、ホシノと出会う。

 

特徴的なピンク色の髪。

眠たげな目。

独特の雰囲気。

 

最初は、髪型や雰囲気も違っており、気のせいだと思っていた。

だが、ホシノと接すれば接するほど、あの日見た少女の姿が頭をよぎるようになる。

そして、隣にいた大人の存在も。

 

 

「それで、その······ずっと気になってて······」

 

 

アヤネは顔を赤くしながら視線を泳がせる。

先生はなんとなく嫌な予感を覚え始めていた。

 

 

「も、もしかしたらホシノ先輩は······」

 

 

ごくり、とアヤネが息を呑む。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「パパ活してるかもしれないんです!」

 

 

一瞬、教室が静まり返った。

窓の外で風が吹き、カーテンが揺れる。

アヤネのメガネの奥の瞳は、グルグルお目目になっていた。明らかに思考が空回りしている。

先生は数秒ほど無言になった。

 

 

「いや、えっと、この言い方で合ってるのか分からなくて······でも、他の言い方も咄嗟には思い付かなくて······」

「"······"」

 

(そりゃあ、手紙で書けないよね······)

 

 

あまりにもセンシティブだった。

しかも相手は入学後に知り合った、高校の先輩だ。

メールや手紙に詳細を書けば、ホシノを知っている人でも、知らない人でも、誤解を招きかねない。

アヤネが対面相談を希望した理由を、先生はようやく大まかに理解した。

 

先生はまだ知れていないが、アビドスにはとてつもない借金がある。それに加え、まともな雰囲気ではない大人。いろいろ考えに考えて、『身売りしているのでは?』と、アヤネの思考が変な方向に舵をきってしまった。

 

仮に、ニコがこの話を盗聴していたら、とんでもないことになっていただろう。

結果的に、シロコの警戒心が功を奏した形だ。

 

先生は思考を回しつつ、慎重に言葉を選ぶ。

 

 

「"······そのスーツの人ってどんな感じだった?"」

「え、えっと······なんというか、怖い感じで······ホシノ先輩とは親しげなのに、笑ってるのに笑ってないというか······」

 

 

アヤネは少し考え込んでから、ぽつりと付け加える。

 

 

「あと、すごく黒かったです」

 

(······すごく黒い?)

 

 

特に証拠がある証言ではない。しかし、アヤネが本気で心配していたことも伝わってきた。

 

アビドス生徒たちのことを、先生はあまりよく知らない。

断片的な情報が、余計な想像や誤解を呼んでしまった可能性もある。

 

 

「"……アヤネは、小鳥遊さんのことが心配だったんだね"」

「は、はい!私の勘違いかもしれないんですけど······」

「"安心して。連邦捜査部シャーレの名に懸けて、小鳥遊さんに身の危険がないように解決するから"」

「···よろしくお願いします」

 

("さて、どうしたものかな······")

 

 

カヤちゃんに内容を説明すべきかどうか、先生は心の中で静かに頭を抱えた。

 

なお、アヤネの『ホシノ先輩 パパ活疑惑』発言はホシノたちに聞こえており、アヤネはもれなく正座となった。

ユメは「もしかして、黒服さん?」と余計なことを言ったため、正座続行となった。

ホシノからすればあまりにも許容できない発言であるため、仕方ないのだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『小鳥遊ホシノ パパ活疑惑』というあまりにもな状況が生まれている時。

とあるテーマパークに、四人組の少女たちが姿を現していた。

 

メゼラ地区に1年ほど前に新設された大型テーマパーク。

夢と幻想を売りにしたその場所では、モモフレンズたちが様々な衣装を纏い、来場者を迎えている。

西部劇風のエリアでは、カウボーイハットを被ったペロロ様が陽気に手を振り、眼帯姿のスカルマンが酒場風アトラクションの前をうろついていた。

 

だが、その賑やかさから少し外れた場所。

西部劇なのか、世紀末なのか、そんな雑多な世界観の端の端。

人目につかない裏路地に、その四人は立っていた。

 

壁際にひっそりと存在する鉄扉。

そこには無骨に『Staff Only』と書かれた掛札が下がっている。

先頭に立つ赤毛の少女──アルは、周囲を確認した後に、ゆっくりと扉を押し開けた。

軋んだ音と共に、地下へ続く階段が姿を見せる。

 

薄暗い。

コンクリート打ちっぱなしの壁。

天井からぶら下がる古びた照明。

湿った空気。

 

テーマパークの喧騒が嘘のように遠ざかり、代わりに不穏な静寂が満ちていく。

まるで、本当に裏社会へ足を踏み入れてしまったかのようだった。

 

その空気に、アルの瞳がきらきらと輝く。

彼女は優雅さを意識した足取りで、一段ずつゆっくりと階段を降りていった。

その背後では、ハルカがうっとりした表情で見つめている。

 

 

「アル様······やっぱりカッコいいですぅ······」

「クフフ······アルちゃん、ノリノリだねぇ」

 

 

ムツキが楽しそうに笑う。

一方、最後尾のカヨコだけは深々とため息を吐いていた。

 

 

「······はいはい」

 

 

やがて、一行は地下の最奥へ辿り着く。

そこには、また別の鉄扉が存在していた。

 

今度の扉には小さなスライド式の覗き窓があり、目元だけを確認できる構造になっている。

さらに、外側にはドアノブが存在しない。

代わりについているのは、無骨な鉄製リングのみ。

 

内側からしか開けられない造りだ。

アルは口元を引き締める。

そして、リングを使って──四回。

 

コン、コン、コン、コン。

 

一定のリズムで扉を叩いた。

 

静寂。

数秒後。

覗き窓が横へスライドする。

暗闇の向こうから、誰かの視線だけが覗いた。

 

 

「······合言葉は?」

 

 

少女にしては、低い声。

アルは髪をかき上げながら、静かに告げる。

 

 

「······悪には悪の美学がある」

 

 

再び沈黙。

やがて覗き窓が閉じられ──重い音と共に扉が開いた。

内部に立っていた少女が、軽く顎をしゃくる。

 

 

「いらっしゃい、便利屋68。この通路の一番奥、右側の扉で例の方がお待ちだぜ」

「ええ、お邪魔するわ」

 

 

アルは気取った仕草で頷く。

その姿は、本人の中では完璧なアウトローだった。

 

 

メゼラのテーマパーク、西部劇風のエリアの地下に存在する隠しエリアである。

怪物組の少女達が運営している傭兵依頼所は、テーマパーク外に存在している。

しかし、メゼラの管理者達の、表向きに出しづらい依頼や、裏仕事感を楽しみたい者達のために、テーマパークの端の地下で、裏の傭兵依頼所があるのだ。

 

本来、この場所に合言葉など必要ない。

普通なら、門番役の少女が入室許可証を確認して終わりである。

 

つまり······

 

 

(······いま、すっごいアウトローじゃない!?)

 

 

裏社会の仕事感をだしているだけなのだ。

しかし、そんなことを知らされていないアルの脳内テンションは最高潮だった。

しかも、この一連の茶番に付き合っている門番側もノリノリである。

実際、アルたちの背後では、

 

 

「いつもありがとね~。アルちゃん、ここの依頼受けるとき、ずっと楽しそうなんだよね~」

 

 

ムツキが笑いながら、門番の少女へ話しかけていた。

 

 

「いや、全然構わないっすよ。アタイも好きでやってますし、アルの姉御のギャップを楽しめるっすから」

「クフフ、門番ちゃんも分かってるね~?アルちゃんの凛々しい顔で、ウキウキした雰囲気、カワイイよね~~」

「はぁ······あんまり甘やかさないでね。私たちは、依頼所に所属しているわけでもないし、付き合わなくていいから」

 

 

カヨコが疲れたようにこめかみを押さえる。

だが、一連の会話はアルの耳には届いていなかった。

彼女は今、自分の中で完璧な『裏社会の女』を演じ切っている。

背筋を伸ばし、優雅に、静かに通路を進む。

 

······若干、歩く速度が遅い。

そのため、最奥へ辿り着くころには、後ろで雑談していたムツキとカヨコが普通に追いついていた。

 

そして。

通路右側、最後の扉。

アルは躊躇なく、その扉を開け放つ。

 

ノックすらしない。

部屋の中は薄暗かった。

卓上ランプだけが怪しく灯り、部屋の中央に置かれた机を照らしている。

 

その奥。

椅子に腰掛けた男が、静かに指を組んでいた。

 

黒いスーツ。

黒い手袋。

黒い顔。

感情を感じさせない微笑み。

 

 

「ククッ。お待ちしておりました······便利屋68」

 

 

その姿は、まるで裏社会そのものを象徴するようだった。

 

薄暗い空気。

不気味な静けさ。

そして、"何か危険な依頼"が始まる予感。

アルの心臓が高鳴る。

 

 

(裏社会の存在からの極秘依頼·········さいっこうにアウトローね!!!)

 

 

アウトロー()アウトロー()でも、パパ活疑惑のアウトロー(大人)である。

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