憑依者しかいないゲマトリアがキヴォトスの破滅を回避しようとする話   作:シャンタン

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第四話 杞憂 

連邦生徒会防衛室前。

先生は深いため息をついていた。

 

アビドス生徒たちが帰るタイミングになり、アビドス高校から連邦生徒会までニコと共に戻った先生。

ユメはホシノの家でアビドス生徒でお泊まり会をするとのことで連れていかれた。

明らかにユメがホシノにひきずられていた気がするし、アヤネも強制参加であったような気もするが、きっとお泊まり会である。

 

夜風が静かに吹き抜ける連邦生徒会本部の廊下には、既に人の気配はほとんど残っていなかった。

日中であれば職員や生徒たちが行き交う場所も、今は照明だけが淡く床を照らしている。

 

先生は防衛室の扉の前で立ち止まったまま、何度目かも分からないため息を吐いた。

 

 

("いや、カヤが想定しているアビドスの問題って、絶対パパ活疑惑ではないよね······)

 

 

そんなことはおいて、先生は内心で頭を抱えていたのである。シャーレにきた初依頼であり、先生も初めての依頼。無意識に浮き足だっていたのか、アビドスへの事前連絡など大事な部分を疎かにしてしまっていた。

しかも、実際にアヤネの相談を受けてから、誤解を生みかねない部分のみ、ホシノ本人に聞かれている始末。

 

教師として、生徒の相談に真摯に向き合おうとした結果ではある。しかし振り返ってみれば、段取りも配慮も十分だったとは言い難い。

自分が生徒たちから信頼を預かる立場であるからこそ、その不手際は余計に重く感じられた。

 

 

("だけど、アヤネが怪しいと感じた大人と、小鳥遊さんが共にいたのは事実なのかもしれない。パパ活っていう単語のインパクトは強いけど、今回の調べるべき本質はそこだ")

 

 

しかし、先生は思いの外冷静であった。いや、冷静であろうとしている。

女子高生と大人が2人で遊園地という字面だけ見ると、先生という立場では先に疑わなければならなかった。

先生個人としては、生徒のプライベートは自由であるという心情はある。

だからこそ、感情だけで判断するわけにはいかなかった。

 

教師としての責任と、一人の大人として生徒を信じたい気持ち。その二つがせめぎ合いながらも、先生は事実だけを積み上げようとしていた。

 

 

("しかも、アヤネがパパ活という表現に着地したのが気になる。どうして、アヤネは()()()()()()()が前提となる関係だと疑ったのだろうか?")

 

 

杞憂ならば問題ない。生徒が望まぬ関係でなくて、生徒の将来を害する様な関係でなければ、自身が口を出すべき問題ではないとさえ思っている。

しかし、生徒が金銭的な問題を抱えており、弱味に付け込まれている事態であるならば話は別である。

 

その可能性が僅かでも存在する以上、教師として無視することはできない。

疑うためではなく、確認するために動かなければならない。それが先生の結論だった。

 

なお、自分が恋愛対象として見られたら話を逸らすため、先生も大概である。先生は恋愛スタンスを考えるとき、大抵の場合は当事者となることを意識せず考える癖があった。

 

 

("ユメは小鳥遊さんと関わりがある大人で、『黒服』さんという人を挙げていた。······ユメが名前を知らないか、あだ名で呼ぶ仲の知人なのかな?")

 

 

そういった経緯で、先生は思考の坩堝に陥っていた。圧倒的に情報が足りないため答えに辿り着ける訳はないのではあるが、それでもと思考を回すのだ。

 

黒服さん。

 

その単語だけが妙に引っかかっていた。

 

特徴的な呼び名ではあるが、それだけでは人物像など何も見えてこない。年齢も立場も、ホシノとの関係性すら分からない。

分からないことばかりだからこそ、先生は慎重になろうとしていた。

 

 

("いずれにせよ、私が黒服さんという方を即座に疑うのはマズいかな。仮に小鳥遊さんと仲が良いだけの大人だった場合、悔恨を残す可能性はゼロじゃない。

 それに、小鳥遊さんが思ったより仲が良くて、黒服さんとやらに騙されている可能性が一番最悪だ。信頼度勝負になって、介入できなくなる可能性がある")

 

 

先生が思考の海に溺れているなか、突如として扉が開く。

考え込んでいる間に、随分と時間が経過していたらしい。防衛室の扉が勢いよく開き、その向こうから現れた人物は明らかに苛立ちを隠していなかった。

 

 

「······なぜ貴殿は、扉の前で立ったままなのでしょうか?」

 

 

痺れをきらし、青筋を立てながらカヤが出てくる。

ニコから連絡があってから、しばらく待っても入室してこないため様子を見に来たのだろう。

彼女の細められた視線は、呆れと疲労が半々といったところだった。

 

 

「"ごめんね、カヤ。帰り道だけだと頭が整理しきれなくて······"」

「はぁ······とりあえずお入りください。他者へ話すと整理しやすいこともありますので、まずは聞いても良い部分だけでもお話ください」

 

 

中に入って行く先生とカヤ。既に夜は暗く、他の連邦生徒は帰宅しているようであった。

カヤが薄目なのが、デフォルトなのか疲労なのか分からない。

 

静まり返った防衛室には書類の匂いと微かな空調音だけが残っている。

日中は慌ただしいこの部屋も、今は二人だけの空間だった。

 

 

「それで、貴殿はアビドスの依頼について、防衛室に共有した方が良いと考えている······そう思っても問題ないでしょうか?」

「"いや······うん。正直にいえば、杞憂の可能性すらあるんだ。というか、介入するのがおせっかいな気もしててね"」

「なるほど······」

 

 

ここで、先生の話しぶりから、アビドスの依頼は借金問題で無かったことをカヤは悟る。仮に依頼が借金問題であった場合、先生がここまで言い淀むことも無いだろう。

 

カヤは机に向かいながらも、注意深く先生の言葉を分析していた。

断片的な情報しか与えられていないにもかかわらず、状況を整理しようとするのは彼女の性分でもある。

 

 

(当てが外れましたか······)

 

 

そう内心で呟きつつも、素振りも見せずに口を開くカヤ。

防衛室の静寂の中、カヤは数秒目を閉じる。

 

行政官としての自分と、一人の生徒としての自分。その境界を意識的に切り分けるように、小さく呼吸を整える。

 

 

「しかし、私たちは行政を担う立場でもあります。そうである以上、最悪のケースを想像するのは悪いことではありません」

「"そっか······じゃあ、説明するね"」

 

 

先生は頷くと、言葉を選びながら事情を説明し始めた。

 

相談者の名前も、関係者の素性も可能な限り伏せる。教師として守るべきものがある以上、それは当然の配慮だった。

ホシノの名前やパパ活疑惑についてはぼかしながら、相談者の知人が怪しい大人と、金銭的なやり取りをしているかもしれないと説明をしていく。

 

話が進むにつれ、カヤの表情は徐々に硬くなっていった。

最初は真剣に聞いていただけだったが、新しいテーマパークという単語から、瞳に不安の色が滲み始める。

 

 

「"それで、どうやら黒服さんとやらが怪しいらしいんだけど"」

「······!」

 

 

目を見開くカヤ。説明の途中から顔色が悪くなっていたが、今では真っ青になってしまっている。

 

その反応は驚愕というよりも、恐怖に近かった。

 

普段の彼女であれば感情を抑え込むだろう。しかし今は、その仮面が明らかに崩れかけている。

 

 

「まさか、もう既に·········」

「"カヤ、大丈夫?顔色も悪いし、休んだ方がいいよ"」

「申し訳、ありません。······しかし、もしかしたら」

 

 

言葉につまるカヤ。

彼女自身、自分が何を口にしようとしているのか整理できていないようだった。

脳裏に浮かぶ最悪の可能性を否定したいのに、否定する材料が存在しない。

 

その事実が、何より彼女を追い詰めていた。

 

 

「私たちは、既に手遅れなのかもしれません······」

「"······どういうこと?カヤは何を知っているの?"」

「逆なのです······逆なんですよ。我々は何も知り得ていないのです」

 

 

そう淡々と語っていくカヤだが、その表情からは一切の余裕がなく、手も震えている。

先生は、カヤを落ち着けようと手を握る。

 

反射的な行動だった。

 

教師として、生徒の異変を見過ごせなかっただけである。

しかし、その手に触れた瞬間、先生は思わず眉をひそめた。

 

想像以上に冷たかったからだ。

 

 

「"カヤ、本当に大丈夫?"」

「······すみません。醜態を晒してしまいましたね」

「"いや、こっちは気にしなくていいよ。それよりも少し休んだ方がいいんじゃないかな?さっきからずっと顔が真っ青だよ"」

「いえ、説明を優先させてください。連邦生徒会所属だからこそ、私にはその義務があります」

 

 

責任感だった。

誰よりも連邦生徒会の維持に努めた彼女だからこそ、その言葉には重みがあった。

 

逃げたいと思わないわけではない。

それでも職務を優先しようとするのは、彼女に後付けされた誠実さによるものだった。

 

手に伝わる震えは確かに止まっている。しかし、先生自身でもハッキリと分かるほど、カヤの手は冷たい。

 

 

「"······正直、今すぐに休んでほしい。今のカヤを見たら、誰でもそう判断すると思う。それでも?"」

「それでもです。"黒服"の名が出たからこそ、貴殿には少しでも早く行動していただきたいのです」

「"分かった。じゃあ、説明してくれる?"」

「いえ······それはいいのですが、その······」

 

 

珍しく歯切れの悪いカヤ。

先ほどまでの切迫感とは別の理由で、言葉が詰まっているようだった。

視線がどこか落ち着かず、わずかに頬が赤くなっている。

 

 

「説明の前に、手を離していただけませんか?少し、その、恥ずかしいので

「"急に握ってごめんね。だけど、驚くほど手が冷たいんだ。普段の疲れや強いストレスによるものだと思う。だから、少しでも温かくしたり、白湯とかを飲んだ方が良いよ"」

「いえ、ただ私が冷え性なだけなので······ですが、紅茶でも淹れましょうか。この時間帯に飲んでも良いように、ノンカフェインの物を常備しているので」

「"そしたら、私が淹れるから、カヤは座ってて"」

「それには及びませんよ。私も身体を少しでも動かしたいので、私にやらせてください」

「"······無理はしないでね"」

 

 

先生が手を離すと、カヤは小さく息を吐いた。

ようやく平静を取り戻したようにも見えるが、それはあくまで表面上のものだった。

 

カヤが席をたち、お菓子などが置いている部屋の隅に向かう。幸運なことに、保温性の電子ポットには湯が残っていた。

 

作業は流れるように淀みがない。

それは何度も繰り返した習慣だからか、それとも余計なことを考えないために意識を向けているからか。

 

ティーポットにお湯を入れ、ティーポットが温まってから一度お湯を捨て、紅茶を淹れはじめる。

そして、お盆に少しのお茶菓子とティーポット、ティーカップを2つのせて席へと戻っていく。

 

 

「よろしければ、お付き合いいただけませんか?」

 

 

そう言いながら紅茶をつぐカヤ。

紅茶の香りが静かな室内へ広がった。

張り詰めていた空気が、ほんの少しだけ柔らかくなる。

 

先ほどまで震えていた手も、今は落ち着きを取り戻している。

少なくとも外から見れば、そう見えた。

 

 

「"ありがとう。いただくね"」

「こちらこそ、ありがとうございます」

 

 

主語は言わない。カヤの胸に残る少しの気恥ずかしさが、言葉を短くする。

先生が紅茶へと口をつける。それを見て、カヤも紅茶に口をつけた。

 

温かな液体が喉を通る。

それだけのことなのに、不思議と心が落ち着いていく。

二人とも、それを必要としていたのかもしれない。

 

 

「"美味しいね。とはいっても、紅茶の良し悪しが分からなくて、それしか言えないだけなんだけど······"」

「ふふっ。気にしないでください。私も、トリニティから連邦生徒会に所属してくださった方から教わっただけで、まだまだ下手なんですよ。

 普段は後輩が淹れてくださったりしますし、なかなか淹れる機会もないですしね」

「"そっか。そしたら、カヤが淹れてくれた紅茶を飲めるのは、とっても運が良いんだね"」

「·········褒めても、お茶菓子しか出せませんよ?」

 

 

わずかではあるが、カヤの表情が緩む。

先生と出会ってから、初めて見せた自然な笑みだった。

 

心を落ち着ける為の、本題とは全く関係のない会話。

つまり、先生の意図を汲み、茶番にカヤが付き合っただけである。

こういったことを常日頃から考えてしまっているため、カヤは疲労が濃いのだろう。

 

だが、それでも構わなかった。

今は結論を急ぐよりも、まず互いが冷静さを取り戻す方が重要だった。

 

黒服という名が意味するもの。

その説明が始まれば、もう後戻りはできないのだから。

 

 

 

 

 

「さて、改めて本題に入りましょうか。とはいっても、未知数なことが多く、情報が誤っている可能性もあります。また、懸念が正しい場合、貴殿が調査を続行することで、危機に晒される可能性すらあります。

············それでもお聞きしますか?」

「"お願い。私たちは、最悪を想定して動く必要があるんでしょ?そしたら、私には聞く義務があるはずだ"」

「······貴殿の覚悟に感謝を」

 

カヤは静かに目を伏せた。

 

この先に語る内容は推測も多い。確証を持って断言できるものではない。それでも、知っている者が何も語らないまま最悪の事態を迎えるよりは遥かに良い。

だからこそ、彼女は話すことを選んだ。

 

紅茶を一口飲み、一息ついてから会話をはじめる。

湯気が二人の間を漂う。

先ほどまでの穏やかな空気は消え、室内には再び張り詰めた緊張感が戻っていた。

 

 

「前提として、問題は私の最悪の想定より深刻である可能性があります」

「"話を遮ってごめんね。私の気のせいでなければ、カヤはアビドスからの依頼の予想がついていたんじゃないかな?"」

「そうですね。もっとも、その予想が外れておりました。私は、アビドスの借金問題が依頼だろうと考えていたのです」

「"アビドスの借金問題?"」

「ええ。しかし、その前に確認したいことがあります。もしかしてなのですが、身売りの疑いをかけられている依頼者の知人というのは······」

 

 

カヤの声がわずかに低くなる。

多少冷静になった彼女の頭の中で、断片だった情報が一つの形になり始めていた。

 

カヤの目が先生を見つめる。

先生は、どうか外れていてほしいという願いを、カヤの瞳から感じとっていた。

 

 

「梔子ユメさんか······小鳥遊ホシノさんではないですか?」

「"······うん、パパ活疑惑があるのは小鳥遊さんだよ"」

「パ、パパ活?」

「"ごめん、気にしないで"」

 

 

咄嗟に口が滑ってしまう先生。当てられた動揺から、思わずオブラートが剥がれてしまった。

 

予想が的中したことへの衝撃と、「パパ活」という単語の破壊力。

二つの衝撃を同時に受けたカヤの思考は、一瞬だけ完全に停止した。

 

シリアスモードのカヤちゃんは衝撃で、宇宙猫を背景にしたシリアルモードになりかけている。

 

 

「"それで、カヤはどうして小鳥遊さんとユメだと思ったの?"」

「······説明の前に、こちらを読んでいただけますか?」

 

 

話を戻すように咳払いをしてから、カヤはクリアファイルへ手を伸ばした。

 

 

「説明するより、実際に見ていただいた方が早いでしょう」

 

 

カヤが手元のクリアファイルから書類を取り出す。

先生はそれを読むと、ポツリと呟く。

 

 

「"これはアビドス高校の·········借金が9()()以上ある"」

 

 

先生は思わず書類を見返した。

桁を見間違えたのではないかと思うほどの数字だった。

学校の借金という言葉から想像する範囲を遥かに超えている。

 

 

「それは、アビドス高校の債務状況を纏めた書類になります。ユメさんがシャーレの応募する際に、私たちの方で作成したのですが······2年前からの推移を見ていただけますか?」

 

 

先生は億を越える数字に驚いているが、カヤには別段、金額自体の驚きはない。防衛設備のことを考えると、見たことがない桁ではないのだ。

しかし、一学園の借金の額としては驚異的過ぎるため、無理もないと先を促す。

 

 

「"余り金額が変わっていない·········むしろ、少しずつ減っている?"」

「その通りです。2年前は在校生がユメさんと小鳥遊ホシノさんの2名であったのにも関わらずです。利子の金額まで調べきってはいませんでしたが······」

「"ユメと小鳥遊さんの2人で、利子以上を返済できているってこと?"」

「そういうことになります。アビドスに蓄えがあったという楽観的希望もあったのですが······黒服が関与している事実こそが、小鳥遊ホシノさんが身売りしている可能性に繋がります。·········黒服の実験体として」

「"実験体?"」

 

先生の眉が寄る。

 

話が急激に飛躍したように聞こえたからだ。

借金問題と実験体。

 

その二つを結び付けるには、まだ説明が足りなかった。

 

 

「キヴォトスには、非公認で運営されている、メゼラという自治区があります。つまり、連邦生徒会が認めていない自治区が存在するのです」

「"もしかして、闇自治区みたいなこと?"」

 

 

急な話題転換であったが、カヤも思考を整理しているのだろうと、先生はレスポンスをするだけに留める。

 

 

「いえ、そうとも言いづらいのです。何故か、非公認である癖に納税だけは連邦生徒会にしているので·········」

「"······え?連邦生徒会としては認めてないのに、連邦生徒会にお金を納めてるってこと?"」

「その通りです。メゼラに問い合わせても、『治安維持を考えると、連邦生徒会に納めるべきだ』と返答がきたそうです。

 また、メゼラ自治区の生徒会長をたてるなどして、自治区として承認する話を持ちかければ『非公認自治区だからこそ救える者がいる。それに、私たちのトップは決まってる』と拒否されました。

 おかげで、調べれば非公認自治区として分かるといった状態になっています。正直、連邦生徒会の頭痛のタネです」

 

 

説明しているカヤ自身も、思い返すたびに理不尽さを感じていた。

 

違法とは言いきれない。

だが連邦生徒会で管理もできない。

 

敵対的でもない。

だが全面的には信用できない。

 

行政にとって最も扱いに困る相手だった。

 

 

「"うん······そうなんだね"」

 

 

今度は先生が宇宙猫を背景にし始めた。先生の常識はついてこれそうになかった。

 

 

「こんなあやふやな状態なため、連邦生徒会としては警戒せざるを得ません。メゼラがどれだけキヴォトスにとって有益であってもです」

「"······カヤがそう言うくらいには、いい点もあるんだね"」

「と、言いますか······表だけみれば素晴らしい自治区です。学園を退学になってしまい、行く先がない者の受け入れである、セーフティネットの側面。

 キヴォトスの外でいう塾のような、学習補助の側面や、資格取得を支援する職業訓練の側面もあったりします」

 

 

カヤは指を折りながら列挙していく。

その内容だけを聞けば、社会貢献的にはそこそこ理想的な自治区にすら思えた。というか、連邦生徒会が担うべき領分な気もする。

 

 

「"·········"」

「それに加え、メゼラでは雇用の需要すらあります。

 開発地区では、最近キヴォトスで注目されている『神秘工学の研究所』。

 商業地区ではモモグループと協同開発した『テーマパーク』。

 傭兵地区では、中小自治区の治安維持すら担う『メゼラ依頼所』などです」

「"······なんで、非公認のままなんだろうね?"」

 

 

先生の疑問は極めて自然なものだった。

むしろ、そこまで事業を広げているのであれば、自治区以外の名称で呼ばれるべきな気がする。

 

 

「そんなことは、私たちが一番知りたいのですよ!?連邦生徒会長失踪時も、自衛がままならない中小自治区の警備を、無償で回るとかやりやがるんですよ!?

 いや、それ自体は素晴らしい行いなんですが、完全に信用できないのです!!そのせいで、ヴァルキューレかSRTの部隊を監視に割かなければならないんですよ!! !」

 

 

ここでカヤの堪忍袋が切れた。

積もり積もった防衛担当者の怨念が、ついに噴き出したのである。

 

 

「"カ、カヤ。落ち着いて"」

「落ち着いていられますか!?ただでさえドタバタしていたのに、メゼラへと割いた人員で警戒が緩み、それらの隙に七囚人には脱獄される!挙げ句の果てには、責任の追及は連邦生徒会のみなんですよ!?」

「"ダメだよ!カヤ!!その目は女子高生がしていい目付きじゃないよ!?"」

 

 

もはや生徒会役員ではない。

理不尽な案件を押し付けられ続けた般若の顔だった。

 

 

「ふぅ、ふぅ。失礼、取り乱しました。しかし、これはあくまでも、表向きな話になります」

「"表向き?そういえば、なんでメゼラの話をカヤはしたの?"」

 

 

話が戻ってきた雰囲気を感じ、先生は疑問を投げ掛ける。

 

 

「調査していくにつれ判明したのですが、メゼラの管理者は生徒ではなく、ゲマトリアという組織の異形の大人たちでした。そして、開発地区の管理者は、年中スーツを着た、ひび割れて真っ黒な顔を持った――黒服と名乗る異形の大人です」

 

 

空気が再び重くなる。

先ほどまでの愚痴混じりの雰囲気が嘘のようだった。

 

 

「"黒服と名乗る、真っ黒で異形の大人······確かに、アヤネの証言と合う人かもしれないね"」

「それどころか、奥空アヤネさんが行ったというテーマパークも、メゼラのものだと思いますよ?1年前に開園したテーマパークなんて、そこだけなので」

「"そこも関わってくるんだ······話を戻すんだけど、表向きには良い自治区ってどういうこと?正直、カヤがそこまで警戒する理由が分からないんだけど"」

「メゼラの管理者たちは、都市伝説の元ネタみたいな噂を持った大人たちです。正直、噂だらけで何が真実か分かりません。しかし、黒服だけは怪し過ぎる点があります」

 

 

思い出すかのように、薄目となるカヤ。

それは疲労から来る表情ではなかった。

 

行政資料の山から拾い集めた断片。

報告書の余白に残された証言。

誰も確証を持てない噂話。

 

それらを繋ぎ合わせた先にいる存在――黒服。

 

カヤが本当に警戒しているのは、メゼラそのものではない。

 

調べれば調べるほど分かる、メゼラの中核にいる異形の大人だった。

 

 

「それが、ヘイローを持った生徒への治験依頼です。これは、学園の所属の有無に関わらず受け入れられており、私が連邦生徒会に所属する頃には、危険性もないと放置されていました。

······これが、とてつもない致命傷でした」

 

 

カヤは静かに言った。

だが、その声色には先ほどまでの行政的な愚痴とも、警戒心とも異なる重さがあった。

 

後悔。

それも、自分自身へ向けられた強い後悔だった。

 

 

「"待ってほしい。そもそも、危険性がないから、治験依頼は放置されてたんでしょ?"」

「その通りです。しかし、この治験依頼は入り口に過ぎなかったのです。この依頼は、黒服が人体実験を行うための、被験者探しが目的だったのではないかと、私は推測しています」

「"えっ?"」

 

 

思考が止まる先生。

予想していた話とは方向性が違い過ぎた。

 

借金問題。

怪しい大人。

生徒への金銭的な援助。

 

そこまでは繋がる。

しかし人体実験という言葉だけは、その延長線上に存在していなかった。

 

先生の表情を見て、カヤもそれが当然の反応だと理解していた。

むしろ未だに、思考の誤りを疑ったり、見落としがないか探し続けている。

 

 

「当時、中学1年生であった双子の姉妹が、年齢を偽りこの治験に応募しました。キヴォトスでは自己責任というかたちで、アルバイトが高校生以外でも暗黙の了解として黙認されています。

 銃の整備や銃弾もタダではなく、恥ずべきことに連邦生徒会は、それらの整備にまで手が回っていないのです」

 

 

その言葉には自嘲が混じっていた。

 

理想だけでは都市は回らない。

安全を保障できない場所が存在することを、カヤは誰よりも知っている。ブラックマーケットが良い例だろう。

 

顔色が戻っていたカヤの顔が再び、青く染まる。

それは黒服への恐怖だけではなかった。

防衛室への着任するタイミングで、もっと深く調べていれば。

もっと強く問題視していれば。

 

そんな「もしも」が、今でも彼女の胸に残り続けている。

 

 

「そして、百鬼夜行で暴動があった際には、2人で撃退してみせたそうです。しかし、その双子の身内は、双子にそんな実力はなかったと、不思議に思っていたそうです」

「"でも、そこから人体実験にいくのは、話が飛躍し過ぎなんじゃないかな?"」

 

 

先生からすれば、カヤが疲れから思考の空回りをしているようでならない。

昼間のアビドスへの訪問の際に、ホシノの体調に異常がある要素など見受けられなかったからだ。

なんだったら、元気にユメをイジメていた。

 

また、戦闘能力が向上したという結果も不透明だ。

それだけなら、訓練や経験で説明できる。

 

 

だからこそ、カヤも当初は作り話として扱っていた。

 

 

「その双子の姉妹は、SRTに所属している方の、従姉妹なんです。これら人体実験の話は、そこからしか情報源がなく、私も半信半疑でした。

 その双子の従姉妹でさえ、作り話だと思っていたのです。·········今年度、高校生となるはずであった双子の姉妹が、『『私たちは、私たちの正義を見つけた』』と、どの学園にも入学しない暴挙に出るまでは」

 

 

そこでカヤは言葉を切った。

防衛室の空調音だけが静かに響く。

 

 

「"多分、普通のことではないんだよね?"」

「キヴォトスの常識的には考えられないことです。そんな突拍子もない行動をとるような姉妹ではないそうですし······気づいた時には手遅れでした。何かできることがあったのではないかと、今でも考えます」

 

その言葉は行政官としてではない。

 

一人の生徒として漏れた本音だった。

もし本当に何かが起きていたのなら。

もし誰かが助けを求めていたのなら。

 

 

「なぜ、姉妹達は、そのような実験に協力したのか。はたして、その実験に後遺症や代償はないのか。そもそもなぜ、その姉妹でなければならなかったのか。

 私たちは後手に回っており、何も知り得ていないのです」

 

 

連邦生徒会は気付くべきだった。少なくとも、目的不明の治験依頼など放置するべきではなかった。

カヤ自身は、そう考え続けている。

 

 

「"·········"」

 

 

先生は何も返せなかった。

 

安易な慰めは違う気がした。

それは杞憂だと判断するのも、いい加減な気がした。

何も知らない自分に、語れる言葉など存在しなかった。

 

 

「仮に、小鳥遊ホシノさんへ黒服が関与しているのが事実だった場合、アビドスの収入源を調べるべきです。アビドスの明確な弱点はそこになります」

 

 

カヤは真っ直ぐ先生を見る。

先ほどまで揺れていた瞳は、今だけは不思議なほど落ち着いていた。

それは結論だけは既に決まっているからだ。

 

 

「もし懸念が当たっていた場合······小鳥遊ホシノさんが、何らかの実験を既に受けていた場合、小鳥遊ホシノさんの安全を最優先にしてください」

 

 

それは連邦生徒会防衛室長としての要請だった。

あるいは、一人の少女から大人への願いだったのかもしれない。

 

 

「私たちも全力を尽くします。こうなっては、政治など気にするつもりはありません。だからこそ、どうか力をお貸しください」

 

 

先生は、その言葉を疑うことができない。

アビドスへ赴いた時の記憶を思い出す。そんな兆候があったかと思い返す。

 

荒廃した砂漠。

砂にまみれた校舎。

ユメで遊んでいたホシノ。

仲間たちの前で見せていた飄々とした笑顔。

 

思い出されるのはそんな光景ばかりだった。

 

だが今になって考える。

本当に、自分は彼女を見ていたのだろうか。

 

相談を受けたから調べているだけで、相談後に異変を探そうとしていただろうか。

先生として、生徒の苦しみに気付けていただろうか。

 

 

("何かが引っ掛かる。私は、何を見逃している······?")

 

 

 

大人としての責務を果たそうと思考を回す先生。

 

見逃しているというよりは、情報を手に入れるタイミングと種類が悪いだけである。

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Q、無名の守護者って何?▼A、無名の守護者とは、『時計じかけの花のパヴァーヌ』の2章で登場する敵側のキャラクター。▼ 見た目はかっこいいし、何よりロボだ。しかし、残念なところがある。▼ ▼ それは雑魚敵だということ。▼Q無名の守護者に転生したいですか?▼A、ハハッご冗談を誰がこんなやつにwwでもまぁ……▼転生したんだけどね。無名の守護者に。▼は?


総合評価:2299/評価:8.23/連載:3話/更新日時:2026年04月20日(月) 01:40 小説情報

生徒(黄昏接触済)に転生したけど何とか原作以上の結末を目指します。(作者:冴月冴月)(原作:ブルーアーカイブ)

▼ 目が覚めたら目の前にシュロが居た。▼ 絶叫から始まった二度目の人生はキヴォトス、それも目覚めた時点で自分は普通の生徒ではない状態だった。▼「なんで私黄昏に接触してるの? アヤメは??」▼ 脳内を疑問符で占領されつつも、折角転生出来たならと百花繚乱編に限らず、先生を助けるべく奔走することを決める。▼「私が皆の『吉兆』になれるように」▼ そんな思いを抱いて。…


総合評価:1745/評価:8.19/連載:9話/更新日時:2026年05月24日(日) 18:30 小説情報

黒服がシャーレの先生になった世界線 (作者:黒服先生)(原作:ブルーアーカイブ)

目を覚ますと、先生になって過去に戻っていた黒服が先生としてどうにかやっていく話。▼アビドス編は大体原作沿いですが、それ以降は本編との乖離が徐々に進んでいきます。▼※某掲示板で投稿している内容の保管であり、修正などはあるかと思いますが、▼基本的な内容に違いはないです。▼アビドス編(対策委員会1・2章に相当)完結▼ミレニアム編(パヴァーヌ1章に相当)完結▼トリニ…


総合評価:2877/評価:8.62/連載:189話/更新日時:2026年06月01日(月) 18:00 小説情報


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