夜七時、真夏の空が星空へと変わり、フィールドは昼間より一段と幻想的な風景となっていた。
妖精を想起させる薄手のコスチュームに身を包んだあやめは足場となる円柱に立って、目を閉じていた。その姿は彫像のように美しく、ただ静かに試合開始の瞬間を待っている。他の選手たちも続々と足場につき今か今かと試合開始を待っていた。
妖精たちが集う花園のような美しい光景を一目見るべく押し寄せた大量の観客は既に観客席に収まりきらず、立ち見の者まで現れ始めていた。ざわめきはあるものの、その視線はある一点――あやめへと収束している。
アイス・ピラーズ・ブレイクで激闘を繰り広げたあやめの実力とヴェールで隠されて見えなかったその容貌をこの目に焼き付けたいという思いが、自然と視線を引き寄せていた。
衣装が指定されているミラージ・バットでは当然、ヴェールで顔を隠すことは許されない。会場の照明に照らされて、あやめの顔立ちははっきりと露わになっていた。普段はワンサイドアップにまとめられている髪は低めのツインテ―ルに結われ、微風に柔らかく揺れており、ライムグリーンを基調としたコスチュームも相まって風の妖精のようだった。可憐でありながら、どこか手の届かない存在のような清らかさを纏っている。
普段は煩悩まみれの視線を選手に寄こす下衆な観客が多いこの競技だが、この決勝戦ばかりは様子が違っていた。軽薄な色気を帯びた視線は鳴りを潜め、代わりに純粋な感嘆、そして畏敬にも似た眼差しが向けられている。
観客たちは今、可憐な少女たちの競技ではなく、一人の魔法師の演舞に魅せられようとしていた。
静寂の中、精神統一を終えたあやめがゆっくりと目を開く。澄んだ瞳が、頭上を仰いだ。
試合開始のチャイムが鳴り響き、あやめは誰よりも早く空へと舞いあがる。最短軌道で光球へと接近し、勢いよく光球を弾いてしなやかに足場に着地した。
決勝戦なだけあって予選のように圧倒的とまではいかないが、着実に点差を積み重ねていくあやめに達也は少し不思議そうに首を傾げた。
彼の予想では、光球の発生を知覚できるほのかの方が有利なはずだった。だが実際は、優先権が与えられる一メートル圏内への到達はほのかよりもあやめの方が早く、結果としてほのかは横取りされる形で得点を伸ばせずにいた。ほのかをマークしているにしても、ほのかが知覚した光球の場所が分からなければ先回りはできないはずなのだが。あやめに知覚魔法を使用している兆候は見られない。
結局、ほのかもスバルも素早く飛び回るあやめに押される形で二位、三位の座につき、第一ピリオドが終了。第二、第三ピリオドの結果によっては逆転が可能な点差だが、第一ピリオドの様子を見るに、そう楽観視はできなかった。
そして知覚の優位を持ちながら点差を離された事実はほのかに少なからぬ焦りを生んでいた。
「ほのか、焦るのは分かるが一旦落ち着こう。里美もだ。」
「は、はい......すみません。」
「あ、あぁ。」
焦りで空回りするのが一番まずい、と達也に諭されて二人はバツが悪そうに俯いた。後半、焦りで自分の動きが雑になっていたのは自覚していたのだろう。
「このまま三矢選手に食らいつこうとするのは悪手だ。できるだけ彼女から距離を取って光球を狙うしかない。」
ミラージ・バットでは選手同士が衝突しないようにある程度距離を保つのがマナーとなっている。あやめはこれを活かして巧みにほのかやスバルのコースをブロックしていた。そのため、あやめから距離を取ってブロックされないように動くというのは理にかなっている。光球を狙いにくくなるという点に目をつむれば。
「その分点は取りにくくなるだろうが、二人なら大丈夫だ。」
達也の激励に二人は顔を見合わせて頷いた。
第二ピリオド、達也の指示通りに二人はあやめから距離を取るように動き始めた。これまでのように同じ光球を奪い合うのではなく、あやめの動線から外れた位置――いわば取りこぼしを確実に拾っていく戦い方へと切り替える。
その変化は如実に点差に現れた。
ほのかやスバルの伸び悩みの原因であるあやめのブロックがなくなり、これまで伸び悩んでいた得点がじわりと積み上がっていく。無理に競り合わないことで、無駄なロスが減り、得点効率はわずかに改善していた。
第二ピリオドが終わると、第一ピリオドと比べて晴れやかな顔で二人は達也の元へと向かった。その表情にはわずかな手応えが浮かんでいる。
スコアは依然としてあやめが首位だが、第三ピリオドの結果によっては逆転勝利も十分可能な位置まで詰め寄っていた。
スコアボードを見上げて、あやめはわずかに目を細める。差が縮まったとはいえ、主導権は依然として自分の手の内にある、自分にそう言い聞かせて焦る心を押さえ込み、あやめは大きく息を吐いた。
第三ピリオド、勝敗を決する最後の時間が、すぐそこまで迫っていた。