今回まさかの一万字超え………
詰め過ぎた自覚はありますが、半端に区切るくらいならと思いそのまま投稿させていただきます
また、今更ですが今回原作との乖離が激しいですので、ご容赦を
樹々の間に響く、乾いた音。不規則かつ断続的に響くそれは、木刀同士によるものだ。
森林と湿地の境に設けられた、丸太で円形に区切っただけの演武場、そこの中央で木刀を振るうブレイン。
「シィッ‼︎」
沼地に近い故に地面は緩く、不安定な足場では踏ん張りが効かない。だと言うのに短い息と共に放たれた一閃は相手の反応を置き去りに、その手に持っていた木刀を両断する。
まるで鋭利な刃物で切られたような断面に、それを周囲で眺めていた面々も言葉を失う。最も衝撃を受けたはずの対戦相手は、しばらく断面を眺めた後、臆するどころか口角を上げた。
「やるじゃねぇか、お前。名は?」
「ブレイン・アングラウスだ。お前は?」
「
ブレインの前に立つのは
ゼンベルはその中でもかなりの巨体であり、蜥蜴というよりは顔つき含め二足歩行のワニのようなもの。特に目を引くのは、異常なまでに肥大化した右腕。ただそれだけで、どれだけ無茶な鍛錬を積んできたのかが見て取れる。
ゼンベルと同じ様に、ブレインの口角が上がる。種族の異なる両者には、互いの表情の機微までは読み取れない。だが、それでも胸にあるものは同じだと確信できた。
「それで、ゼンベル。得物を失くしたお前さんはどうするつもりだ?」
「得物を失くした?バカ言うな。オレにはまだ爪も牙も残ってるぜ」
言うが早いか、拳を握って半身の姿勢を取るゼンベル。なるほど、本職はモンクかと、そう当たりをつけたブレインも左の掌を木刀に添え、鞘に見立てるように腰を落とす。
まだ続けるのかと、周囲のリザードマンたちも止めようとはしない。寧ろ、勝敗の行く末を楽しみにしていた。
片やリザードマンたちの中でもかなりの実力者であり、身体を鋼のような硬さにもできるモンク、ゼンベル。
片や人間でありながらも、リザードマンたちの得意とするフィールドで遅れることなく喰らい付き、木刀で木刀を斬るという神技を見せたブレイン。
耳が痛くなるほどの静寂。生唾を飲む音さえ大きく聞こえる無音。そして、二人の体重が前に移動したその刹那である。
二人めがけて飛ぶ二本の木刀。それに反応した二人はそれぞれそれを迎撃すると、横槍を入れた人物をそれぞれ睨みつける。
「オイ、ザリュース!邪魔するなよ!」
「邪魔も何も、やり過ぎだ。得物を失ったお前の負けだろうに」
「バッカ、お前!こんな強ェオスに本気出さなくてどうすんだよ!」
「クレマンティーヌ、テメェ‼︎」
「そーんな熱くなるなっての。休憩の意味わかってる?鍛錬バカも極まり過ぎじゃない?」
「貴重な機会を逃してたまるか!」
沼の方からはザリュースと呼ばれるリザードマン。森の方からはクレマンティーヌが現れ、二人とも呆れた様子でブレインとゼンベルに視線を向ける。
ギャーギャーと、まるで子供の様に抗議する二人。どうしてこうなったのだと、天を仰ぎながら事の経緯をクレマンティーヌは頭に浮かべていた。
◇◆◇◆
「こォの、ボケナス!まァた刀を折りやがったな‼︎」
「簡単に折れる方が悪ィだろ‼︎ もっと丈夫なモン作れや、ジジイ‼︎」
「木人ならまだしも、岩斬ろうとして折ったならテメェの頭の責任だろうが‼︎」
「岩くらい簡単に斬れなきゃ意味ねぇだろうが‼︎」
「こんの、ウスラトンカチが‼︎」
喧騒激しい王都に響く、一際大きな怒号。見ず知らずの者からすればすわ喧嘩かと視線を移し、慣れている者からすればまたかとため息を吐きたくなる日常の風景。
火髭の異名を持つドワーフと、ブレインの喧嘩は今に始まったことではない。どちらも伝説に追いつきたいと手を組んだはいいものの、互いに頑固で負けず嫌いな性格も相まって最早怒号が挨拶のようなものだ。
「第一、ルーンは三つ刻むって話だったはずだろ‼︎一つしか刻めてねぇじゃねぇか‼︎」
「このど素人が!刀みてぇな薄い刃物に刻むのがどれだけ難しいことかわかるか‼︎そんで、その一つしか刻めてねぇ刀で喜んでたのはどこのどいつだ‼︎」
今もなお続く口喧嘩。その場にいる鍛冶師たちは呆れたように視線を逸らし、自らの作業に。
トブの大森林が崩壊した現在、装備は作れば作るほど売れるのだ。この機を逃すわけにはいかず、昼夜を問わず槌を振るうほかない。
それは火髭も理解しているのだろう。ブレインの手の中にある、真っ二つに折れた刀を奪うとそれをマジマジと見る。
「………刃筋は悪くねぇ。折れたのは鎬の辺りか。ルーンを刻んだ分、地金の粘りが死んだな」
修復のルーンを刻めば、多少の刃毀れなら戻せる。だが、ルーンを刻むために刀身へ負担をかければ、今度は折れやすくなる。
あの日見た伝説はーーー鋭利、修復、切断の三つを同居させた刀に届くには、人間圏で流通する地金では耐えられない。
ルーン工匠の中でも五本指に入る実力のある火髭。鍛冶師としての目利きも確かで、工房の中では新人といえど一目置かれる存在。そんな火髭が重たい息を零し、瞳を閉じて天を仰ぐ。
「今の儂では、これ以上は打てん」
そんな敗北に似た宣言に一番驚いたのはブレインだ。喧嘩はするが、それでも同じく無謀に挑戦する者として親近感があったと言うのに、それを投げ出そうとするのだから。
「…………諦めるのか?」
自身でも驚くほどの落胆の声。けれど火髭は眉尻を上げると、唾を飛ばしながら反論した。
「バカな事抜かすな、アホンダラ‼︎ 今は無理でもいつか届かせるに決まってるだろうが‼︎」
「っ‼︎ 紛らわしいんだよ、ジジイ‼︎」
同じく怒号で返すそれに、どこか喜色を孕んでいる様に聞こえるのは決して気のせいではないだろう。
作業片手に二人の会話に耳を傾けていた職人たちは、冥利に尽きるとばかりに静かに頷く。ただ一人、ブレインに連れられてきたクレマンティーヌだけは、何を見せられているんだと言わんばかりに顔を顰めていたが。
「ふんっ!同じ地金で打ち直しても、テメェはまた折るだろ」
「なら折れねぇ金属使えよ」
「それが出来たら苦労しねぇわ、マヌケ‼︎ 第一、今の王国にゃその水準の地金は出回ってねぇんだよ‼︎」
持っていた刃を傍に置くと、苛立ち混じりに火髭は鼻を鳴らす。
「必要なのは、ドワーフ国で採れる高純度のミスリル、そんで補強用に少量のオリハルコン。それさえありゃ、ルーンを二つ刻むことくらいはできる。三つ目は………儂の腕次第だ」
「ならいいじゃねぇか。早く取り寄せろよ」
「それが出来たら苦労しねぇわ、剣術バカが‼︎大森林があの有様で、商団を護衛する奴が少ねぇんだよ‼︎おかげで鉄さえ足りやしねぇ‼︎」
アゼルリシア山脈の内部にある、ドワーフ国。大森林の崩壊の影響は薄いとはいえ、生態系が壊された現在、そう簡単に往復できるような状態ではないのだ。
壊れた武具を溶かし、再び製鉄して使用しているのが現状。しかし、それにも関わらず冒険者は勿論、貴族からも注文が殺到しており、素材は足りなくなる一方である。
「そいつをオレがやれってことか?」
「テメェが折った刀の材料だ!テメェで商団連れて帰ってやるのが筋ってもんだろうが!ついでに炉に使う炭やら色々持ってこい!」
「俺が折ったんじゃねぇ。刀が岩に負けたんだ」
「今すぐテメェの頭を炉に突っ込んで打ち直してやろうか⁉︎」
怒鳴り声を聞き流し、ブレインは考える。確かに得物が手元にない今、出来る特訓といえば瞑想や道場での模擬戦しかない。数日ならまだしも、しばらくの間それしか出来ないとなると身体が鈍る可能性が高いだろう。
リスクとメリットを天秤にかけ、結論を出したブレインは面倒だとばかりに頭を掻く。
「はぁ………わかったよ。行きゃいいんだろ」
「最初から素直にそう言え、アホ‼︎おい、嬢ちゃん!道中こいつから目ぇ離すなよ!」
「………はぁ⁉︎なんで私まで⁉︎」
物色していたナイフを落とさんばかりの衝撃に、思わず声を荒げる。クレマンティーヌはブレインの付き添いで訪れただけで、何もそんな面倒な依頼を受けるためではないのだ。
そんなクレマンティーヌの不満であるが、火髭からすれば知った事ではない。親指をブレインに向けると、呆れるように鼻を鳴らした。
「このバカがちゃんとお使いできると思うか?どうせ商団の護衛なんざ忘れて、鍛錬に走るに決まっとる」
「え〜。私、ただの情報提供者だし〜。それに、こんなか弱い乙女一人で制御できるわけないじゃ〜ん」
「かよ、わい………?」
「ぶっ飛ばすぞ、
そんな冗談はさておき、クレマンティーヌは状況を整理する。
確かに、王国や帝国周辺は環境が変わり、危険度が増した。帝国と違い、商人や物資の運搬の護衛に兵士を派遣しないものだから、それらの仕事は冒険者頼みの王国。腐敗貴族たちはこぞって肥やした私腹を守るべく動き、王派閥は私財を投じて動こうにも、貴族たちの動向を注視せねばならない。
近い将来、反乱や内紛で自壊するのは目に見えている。だからと言って、法国が手を出さなくなるかと言えば否。無駄に時間がかかる真似はせず、民を煽り、裏で動いて瓦解を早めるくらいはすると断言できる。
その工作員と遭遇するリスクを考えれば、王国にいるメリットはない。自身の生存が法国にバレた場合どうなるかなど、想像だにしたくない。
「はぁ………しっかたないなぁ。ちゃんと報酬弾んでよね」
「任せときな。オイ、小僧!嬢ちゃんの言うことちゃんと聞いて動け!」
「ガキ扱いすんな、ジジイ!」
どこかどんよりとした王都の空気なぞ知らないとばかりに、二人の騒がしい声が再び工房内に響く。
やはり断るべきだったか、と早々に後悔するクレマンティーヌであった。
◇◆◇◆
「一戦だけ、な?それがダメなら十合だけいいだろ?」
「それで終わらないのがお前だろう………すまない、客人。こいつは強者を見ると見境がない」
「べっつに〜。こっちも似たようなもんだからお互い様〜」
ゼンベルとザリュースの会話を右から左へ。適当な返事で自身の内面を誤魔化す。
元とはいえ、クレマンティーヌは法国出身。人類至上主義の宗教国家で育った溝は深く、亜人と会話をするなど少し前までは考えられなかったほど。
それでも言葉を返したのは、単にリザードマンたちの集落で一晩休憩するからだ。それがなければ返事どころか、視界にすら入れたくない。
(ま、思ったよりマトモみたいだけどねぇ)
亡剣の伝説は亜人側にも伝わっていたのだろう。こうして道場紛いの施設を作る程度には知能があるらしく、最悪泥の上で寝る覚悟をしていたクレマンティーヌにとっては救いであった。
もっとも、最悪から少し最悪に変わった程度であるが。
「元気じゃのう、あいつら。護衛の仕事忘れとらんか?」
「火髭曰く、頭はともかく腕は確からしいぞい」
「言うて火髭のやつも、人間の鍛冶師に弟子入りした酔狂者じゃしのう」
「遺火の伝説をなぞるんじゃと。変わり者同士、馬が合うんじゃろ」
道場の外、護衛対象のドワーフの商人たちは酒瓶を片手に好き勝手に言葉を溢す。それに対して反論もできないし、するつもりもないクレマンティーヌ。亜人どもが騒いでる程度の認識だ。
昔ならば殺してやろう、なんて思ったかもしれないが、実行した瞬間に自身の首が刎ねられそうで、ついその一歩を踏み出せずにいる。
脳裏にちらつく、灰色の瞳の剣士。音もなく現れる、幽鬼のような存在は、どうしても頭の中から出ていってくれない。
そうこうしているうちに、集団の中から二匹のリザードマンが徐に中央に寄ってくる。またぞろ、模擬戦紛いでもするのかと呆れていれば、ブレインが木刀を構える。
「おっ、次の相手か?」
「アンタ、ほんとそれしか頭にないよね」
「む………すまない、客人。少しばかり、離れてもらってもいいだろうか」
「は?」
十分な広さを残した中央部。そこを中心に、それぞれ座って、出てきた二匹の行く末を見守るリザードマンたちの輪。
何がなんだかわからず、とりあえずは従う方が無難かとその輪に加わると、両手にそれぞれ赤と青の布を持ったリザードマンが向かい合う二匹の間に立つ。
「コホン………それではこれより、
静かに通る、リザードマンの声。それを騒ぎ立てる声はない。しかし、思うところはあるのだろう。リザードマンたちの尻尾は忙しなく動いたり、直立不動で動かなくなったりと、本人たちの感情を余すことなく伝えていた。
黄色の斑と呼ばれたリザードマンは、その名の通り鱗の上に黄色の斑模様が浮かんでおり、クレマンティーヌから見てもわかりやすいほどに目立つ。
反対に、鋭剣と呼ばれたリザードマンは他のリザードマンたちとの違いはぱっと見ただけではわからず、しかしよく見れば他のリザードマンよりも爪が長く鋭い形状をしている。
それぞれが戦士として鍛え上げ、部族の中でも歴戦と言われる個体。得意とする槍や剣を模した木製の得物を手に、互いを睨み合う。
「この決闘は互いの水場の領土を決めるものである。双方、違いないな?」
「おう」
「ああ」
つまりは殴り合いで領土を奪うのだろう、と欠伸を堪えながらクレマンティーヌは考える。
暴力で解決するなんて、なんとも亜人らしい決着の付け方だろうか、なんて内心でバカにしていれば、続く審判役の声に言葉を失くした。
「再度、ルールを明確にしておく。ひとつ、命を奪わぬこと。ふたつ、部族代理人への報復は禁ずる。みっつ、この決闘で定めるは水場を優先して使う権利のみ。敗れた部族を、水場から締め出すことは許されぬ。これを破りし部族は、祖霊への侮辱と知れ。よいな?」
「「無論」」
互いの得物の先端が相手へと向き、空気が張り詰める。それを他所に思わず、クレマンティーヌの欠伸が止まった。
命を奪わない。
報復もしない。
しかも、勝った側が水場を独占するわけでもない。
(何それ)
勝った意味がないじゃないか。そう思ったーーーそう思ってしまった。
たかが亜人同士の、単なる小競り合いかと、そう思っていたのに。蓋を開ければ下手な人間よりも、よほど高尚ではないかと、思わずそんな考えがよぎってしまう。
(ーーーいや、いやいや。そんなの偶々だって。私たちがいるから、外聞的な取り決めでしょ。どうせ、殺し合いになるに決まってる)
しかし、クレマンティーヌの予想とは裏腹に、二匹の戦いは真剣ではあるが試合の範疇を超えず。自前の爪や牙を振るう様子はない。
そうしてついに、斑のリザードマンの手から槍が零れ落ち、その眼前に剣が突きつけられた。
「ーーー勝者、鋭剣部族‼︎」
審判役の宣言と共に、溜め込んでいた熱気が周囲から溢れる。雄叫びを上げ、勝者を讃え、そして敗者にエールを送る。その意味がわからず、そして負けたリザードマンに勝者のリザードマンが手を差し伸ばして立ち上がらせると、熱い抱擁を交わした。
帝国のコロッセオでさえ、殺し殺されが見せ物となっているというのに、このリザードマンたちはどこまでも試合の範疇を越えることはなかったのだ。
それが信じられず、ついぼーっとしたクレマンティーヌをどう思ったのか、その背中をゼンベルが叩く。
「おっ、どうした人間のメス。見惚れてたのか?」
「はぁ?ふざけんな。それより、なんでアンタら殺し合わないのよ。アンタらにとって、水場って貴重なんじゃないの?」
「殺し合う………?ガハハハ‼︎」
その見た目通り、豪快に笑い出したゼンベルにクレマンティーヌは苛立たしげに片眉をあげる。
ひとしきり笑ってすっきりしたのだろうゼンベルは、その理由を説明した。
「なんで殺し合わなくちゃいけねぇ?強ぇやつを決めるのに、命の取り合いはいらねぇだろ」
「は?何言ってんの。領地の取り合いなんでしょ?」
「おう。強ぇやつが多く使う。負けたやつは少ねぇけど使える。そういうもんだろ?」
見た目通りの脳筋か、とこれ見よがしにため息を溢すクレマンティーヌ。彼女が何を求めているのかわからず、頭を捻るゼンベルへ助け舟を出したのはザリュースであった。
「すまない、客人。こいつは物事を深く考えなくてな」
「オイ、ザリュース!」
「事実だろう。どうやら、我々の裁定方法に違和感があるようだが、何処かおかしいだろうか?」
「………べっつに〜。ただ、勝っても意味ないなぁ〜って思っただけ」
おかしいといえば、何もかもが亜人らしからぬ社会性でおかしいのだが、そこまで深くは踏み込まない。
呆れるように誤魔化して、少し意地悪でもして、適当な相槌で場を逃れようとする。
しかし、ザリュースはクレマンティーヌの疑問に納得がいったのだろう。ああ、と声を漏らしその場に腰を下ろした。
「客人の言う通り、殺し合い、奪い合えば利益は大きいのだろう。事実、数百年前まで我々は部族単位で争い合っていたらしいからな」
それはそうだろうと、口の中で言葉を転がす。それが自然な形であるし、弱肉強食の掟は絶対だ。
強ければ何をしてもいい。弱者はそれに従う他ない。そうやって生きてきたし、そうやった結果が今のクレマンティーヌだ。灰色の瞳の男に目をつけられていなければ、未だ殺しを続けていただろう。
「しかし、それでは我々が滅ぶだけだと、そう教えてくれた存在がいたのだ」
「なに?それがこの道場を建てたっていうの?」
「そう。人間の客人にわかりやすく言えば、十三英雄のひとりが、この場を作ったらしい」
その言葉にぴくりと、クレマンティーヌが反応する。二百年前、魔神を討伐した十三人の英雄。人間世界では全員が人間種とされているが、実際は亜人も複数いたという、歪められた英雄譚。
他でもない、生まれ故郷が改変したそれを、どうしてこんな奴らが知っているのだと思わず眉を顰める。
「伝え聞く話では、彼は師の教えを広めるために、我々の前に姿を表したらしい」
「あー、ジジイ共がよく聴かせる御伽話だろ?争うことは咎めない、しかし奪い合うのは愚かだーってやつ」
「そう。実際は、師に教わったというよりも、師を見て思い至ったらしいがな」
「………何それ。つまりなに?アンタら結局、十三英雄の教えに従ってるだけじゃない。随分と従順だねぇ」
口から出た皮肉は、単なる煽りなのか、それともまた別のものなのか。クレマンティーヌ自身、よくわからない感情に振り回される感覚に不快感を抱く。
しかし、棘を孕んだそれをザリュースたちは気にする様子はなく、恥ずかしげに頬を掻く。
「確かに、そうかもしれない。しかし、その教えは我々の生活の一部となり、受け継がれるものとなった。理想には届かないが、それでも最悪は避けられていると、そう思っている」
なんだそれ、と言う言葉が喉の奥から迫り上がってくる。所詮は綺麗事。天変地異や災害で余裕がなくなればすぐに殺し合いになるはずだと、そう言葉にしたかった。
しかし事実、その綺麗事で、その思想で、リザードマンたちは滅びることなく繁栄している。
否定の言葉はただのたられば論に成り下がり、人類は亜人よりも下だと認める様に感じてしまって、言葉に詰まる。
そんなのはありえないーーーあり得ては、ならない。
亜人と言うのは、人よりも強いがその分原始的な生活をする野蛮な種族なのだと、そう教え込まれたクレマンティーヌにとっての価値観。それを根底から揺るがされ、言いようの無い不安が微かに胸の内で芽生えた。
「それより、客人。連れの者は止めなくていいのか?」
「は?なにーーー」
苛立たしげに、不安を不満で打ち消すように、ザリュースが指差す方向に視線を向ける。
そこではリザードマンたちに囲まれながらも、木刀ひとつで大立ち回りするブレインの姿。槍に剣に斧。それぞれ木で出来た模造品であるが、遠慮なく叩かれでもしたら骨は軽く折れるだろう。
だというのに、不慣れな足場を踏むコツを得たのか、滑る様に躱し、木刀で流し、隙を突いて反撃の一撃を入れる。
周囲のリザードマンたちも止めるどころか、我先にとその輪に加わる始末。クレマンティーヌは知る由もないが、リザードマンたちにとって強い戦士とは尊重するもの。そして、その戦士が模擬戦をしてくれるというのは値千金の価値があるのだ。
「あっ!アイツら、オレを差し置いて先に始めやがってーーーオイ、ブレイン!オレとの決着がまだだろうが!」
「落ち着け、ゼンベル。それに、お前は一度戦っただろう。次は俺だ」
「抜け駆けすんな、ザリュース!」
ザリュースとゼンベルも例に漏れず、我慢が出来なくなったのだろう。それぞれの得物を手に取ってその輪に加わろうとしていた。
珍しく静かだと思えば、いつの間にやら鍛錬に励むブレインに怒ればいいのやら、不満を撒き散らせばいいのやら。
キャパを超えたクレマンティーヌの脳は正解を導き出せず、呆れるようにため息を溢して腰を下ろす事しかできないのであった。
◇◆◇◆
「それでは、皆の者。今宵は客人を持て成すために杯を掲げよ。乾杯!」
「「「乾杯!」」」
その日の夜。
各部族の族長、長老団など、部族でも上の地位につくもの達が集って開かれた歓迎会。慣れたものなのだろう、ドワーフの商団たちは酒や魚を受け取り、代わりに武器や保存食の交換を済ませたあとは普通に席についていた。
せっかくだからと、ブレインとクレマンティーヌも呼ばれた宴会であるが、杯の酒をちびりと呑んで顔を顰める。
「うへぇ、何これ。薬草と魚臭いんだけど」
「なんじゃ、人間の娘。リザードマンの酒は初めてか?この臭みがいいんじゃ、臭みが」
隣のドワーフは飲み慣れているのだろう、水を飲むようにして杯の中身を呷る。クレマンティーヌからすれば信じられない行為だ。
何せ、一口呑んだだけで鼻の中を駆ける青臭さ。到底酒の一種だとは思えない。
しかし、ブレインはそうではないらしく、恐る恐るではあるがちびりちびりと呑み進めていた。
「…………慣れりゃいけるな、これ」
「ウッソォ。剣術バカが過ぎて、舌までバカになったの?」
「ガハハハ!強ェオスは味の違いってやつがわかるらしいな!」
クレマンティーヌとは反対、ブレインの隣に座るゼンベル。
元々、リザードマンの中でも強さを尊ぶ部族故と言うべきか。どちらにせよ、クレマンティーヌからすれば距離を置きたいのであるが。
「リザードマンのお酒は沼地に自生する芋を発酵させ、薬草と魚の塩漬けを加えたものですから。人間の方には辛いかもしれませんね」
そう言ってクレマンティーヌたちの前に現れたのは、白い鱗をした朱色の瞳のリザードマン。他のリザードマンたちと違い、嫌でも目を引くその姿は道場で見た覚えはなく、ブレイン共々頭を捻る。
「失礼だが、アンタは?」
「私は
クルシュの手の中にあるのは、沼で獲れた魚の丸焼き。数々の香草の葉で包まれたそれは、食欲を擽る匂いで、思わずごくりと喉が鳴る。
「へぇ、こりゃありがたい。でも代理ってのはなんでだ?」
「前の族長は治療中でして………」
「ちょいと前に森に厄災が起こっただろ?それで湧き出してきたモンスターにやられたんだよ。そんで、指名を受けたクルシュが族長やってんだ」
「お恥ずかしい話です………」
軽くは言っているが、森から溢れたモンスターはどれも難易度が高く、人間の中でも実力者しか相手にできないだろう。
それを相手にまだ命があるだけで強者であるという証明であるし、それだけリザードマン全体の実力も高いと言うこと。現に、森の方からのモンスターたちがこの場に乱入してくる様子はなく、十分に渡り合えているという証左だ。
亜人の癖に、自分よりも弱いくせに、と口から溢れそうになる言葉を、魚で防ぐ。沼魚は泥臭く、食えたものではないという印象であったが、これはちゃんと泥抜きがされており、匂いも香草が掻き消してくれている。少し辛いのが難点であるが、少なくとも先ほどの酒よりもマシだ。
「おお、美味ぇな、こりゃ。酒にも合う」
「それはよかったです。この時期は魚に脂がのっていますから」
「昔は魚が原因で争ってたらしいがのう。人間側から養殖を教えてもらったんだったか?」
「ーーーはぁ⁉︎なにそれ⁉︎」
隣のドワーフの発言は、クレマンティーヌからすれば信じられないことだ。亜人同士、ドワーフとリザードマンが交易しているのはまだ許容できる。しかし、人間種も関わっているとなると話は別。そも、亜人側と交易しようとする人間がいるなど信じたくもない。
しかし、クレマンティーヌの驚きは想定内だったのだろう。ドワーフとリザードマンが笑う中、クルシュの背後からザリュースが現れる。
「クルシュ、やけに楽しそうだがどうかしたのか?」
「ああ、ザリュース。いえ、この方が私たちが養殖を知っていた事に驚いていたらしく」
「ああ、それか。客人が驚くのも仕方ないだろう。養殖が安定してきたのもここ最近だからな」
「人間から教わったって、誰が⁉︎どんな物好きがここまで足を運んだのよ⁉︎」
「いや、そうではない。我々が足を伸ばしたのだ。客人、俺やゼンベル、それに道場にいた連中の胸に証があることは気づいていただろう?」
そう言ってザリュースは胸に染みついたマークを見せる。クレマンティーヌとしても、そのマークが一部のリザードマンたちにあることは気づいていた。しかし、態々知る必要もないと放置していたのだ。
「これは旅人を表す証だ。部族から外されるが、外の世界へと歩むことを許された証。我々の祖先の一人が養殖を持ち帰り、そしてリザードマンたちに広めたと聞いている」
「………アンタら、沼地でしか活動できないんじゃないの?」
「そりゃ、沼地の方が動きやすいが、別に陸に上がれねぇってわけじゃねぇぞ。ま、オレは武者修行のために旅人になったがな」
「…………本当、呆れた戦闘狂だこと」
戦士ではないクルシュに呆れられるほど、ゼンベルの行動は非常識なのだろう。ブレインも同じ部類なので、クレマンティーヌとしても気持ちはわかる。亜人に同情した、と気づいてすぐに頭を振ったが。
「旅人はそれぞれ目的を持って、部族を離れる。ゼンベルのような例も珍しくない。その過程で命を落とすこともあるが、毎年のように旅人に立候補する者は多い」
「へぇ?そりゃなんでだ?」
「世界を見たいからだ」
ふっ、とザリュースが視線を向ける先、リザードマンたちが宴会をする中で酒を飲み交わすふたつの部族。昼間に決闘をした黄色の斑と鋭剣の族長の姿だ。
「決闘は我々の負けだが………酒の味はこちらの勝ちだな」
「何を‼︎お前達の酒は魚が薄い、香草汁だろうが‼︎」
「何も魚を入れればいいと言うわけではないだろう‼︎ 貴殿の酒は魚も薬草も詰め込み過ぎて辛い‼︎」
「言ったな‼︎よし、どちらの酒が上等か、飲み比べてやろう‼︎」
「望むところだ‼︎」
部族のトップとは思えない、喧嘩にも満たない言い合い。とても勝者と敗者の姿には見えないそれを、ザリュースは愛おしく見つめていた。
「この沼地に留まらず、世界を知り、教えの意味を理解したからこそ、見えるものもある。俺が旅人になった理由は、それだ」
「ヘッ、前の族長に決闘挑んでクルシュを嫁にしたオスが言うことは違うねぇ」
「なッ、ゼンベル、お前ッ‼︎」
「なんじゃ?リザードマンの婚姻はそうなのかのう?」
「いんや。けど、クルシュは族長候補だったし、ザリュースは旅人だから普通じゃ断られるのがオチだからな。強引に娶ったってわけよ」
「このっ!お前はもう黙れ‼︎」
「モガッ⁉︎」
「あ、おい!俺の魚だぞ!」
これ以上喋らせまいと、ブレインの目の前から魚を奪うと、ゼンベルの口へと突っ込む。それはそれでまた別の問題が発生し、アルコールの入った三人はそれで喧嘩をし始めたがクレマンティーヌには関係のないこと。
ちらりと横目で盗み見れば、そこに後悔はないのだろう。クスクスと口を抑えて笑うクルシュの姿。
亜人が人間の様な、吟遊詩人が語る様なラブロマンスを繰り広げていた、なんてとても信じられない。力で奪ったならわかるが、賞品である本人は特に嫌がっていないのが尚更不可解。
「ねぇ、アンタ。悔しくないの?」
「え?何がですか?」
「その………決闘なんかで相手決められたこと」
「ああ、それですか」
クレマンティーヌの質問に納得がいったとばかりに、クルシュは目の前に腰を下ろす。ちろり、と視線を向ける先には未だ取っ組み合いをするザリュース。
まるで子供の様なそれに再びくすりと笑うと、話を続けた。
「私はこの通り、奇異な見た目です。陽にも弱く、日中行動する時は肌を隠さなければなりません。お陰で奇異な視線に晒されてきました。幸い、
それはそうだろう、とクレマンティーヌは思う。人間社会であれば日中に活動できない奇抜な見た目の人間など、路地裏で野垂れ死ぬか裏社会の一員となるかだ。
才があれば多少の優遇を受けるかもしれないが、ただそれだけ。リザードマンの社会を考えるなら、生かしておくだけ温情なのだろう。
「ですが、夫はーーーザリュースは、私の肌を綺麗だと、そう言ってくれたのです。たった一度、偶々宴会に駆り出された私を見て、その日のうちに求婚をしてきたんですから」
「アイツとんだ色ボケじゃん」
「私も最初、とんでもないオスだと思ってましたよ」
クスクスと、まるで上流階級の人間の様な仕草と上品さで笑うクルシュ。それが面白くなく、ついクレマンティーヌは視線を逸らした。
「けれど、旅人である彼が私と番になろうと必死に努力する姿を見て、心を動かされてしまったのです。ですから、無理矢理という感覚はあまりないんですよ」
「あ、そう………」
無理矢理ならばよかったのに、なんて事は口に出さない。亜人は亜人のままであれば、どれほど良かったことか。
遠く竜王国と戦争するビーストマンのような亜人であれば、どれほどクレマンティーヌにとって楽だったか。
リザードマンたちの社会は思っていたよりも上等で、クレマンティーヌの中の亜人像を揺らがすには十分だった。
たかが亜人に何でここまで頭を悩ませねばならないのだと、そう叫ぶ自分がいる。しかし、それに従うには相手を知り過ぎてしまった。
「………あの、何かお気に障りましたか?」
「ーーーべっつにぃ〜。ちょっと眠たくなってきただけ〜」
「そうでしたか………ああ、そうだ。番の方と同室になってますよ」
心配そうなクルシュの声に、適当にそう返す。これ以上ここにいても疲れるだけだと、腰を浮かし去ろうとするクレマンティーヌに、悪気もなく声をかけたクルシュの言葉はそれを止めるに十分だった。
「はぁ⁉︎アイツと私はそんな関係じゃねぇよ‼︎誰だ、そんな事言い出したの‼︎」
「うぃ〜………何じゃ、お前さんら違ったのか。ま、遅かれ早かれじゃろ」
「テメェの仕業か、
「ん?何騒いでんだよ」
じゃれ合いは終わったのか、小さな傷をいくつかつけたブレインから声がかけられる。それがどうしようもなく腹立たしく、ドワーフにぶつけようとした怒りが矛先を変えた。
「アンタ、今日外で寝てろ!」
「はぁ?なんでだよ」
「いいから外で寝てろっての!」
「意味わかんねぇよ!」
「私だってわかんねぇよ!」
この苛立ちの原因が何なのか、クレマンティーヌ自身にもよくわからない。
ただ何となく、ドワーフとリザードマン、両者からの微笑ましいものを見る様な、生暖かい視線が気持ち悪くて、やはり亜人は亜人だとそう結論づけることしかできなかった。