◆
アリス、ケイ、トキ、デカグラマトンが地上に降り立つと、そこに待っている者達がいた。
「アリスちゃん! 一緒に戦いに来たよ!」
「皆様、はじめまして。コッコロと申します」
大きく腕を振る彼と、恭しく頭を下げる彼女。そして、先ほどはシルエットすら見えなかった、小さな魔物。
「……まさか、この子は」
「
「なるほど。昨日、アリスの言っていた──」
ケイがユウキに相槌を打ったその時、コッコロの腕の中で抱えられたそれは、アリスと目を合わせた。
そして、キャン、と一際黄色い鳴き声を上げると、そこから勢いよく抜け出し──アリスの胸元へと飛び込んだ。
「えっ? あの、一体どうしたのですか?」
アリスは反射的に腕を回すが、唐突な状況に困惑を隠せない。
相手は自分の至らなさから、一度その身を危険に晒してしまった魔物なのだ。そのことをアリス自身は悔いているが、また同じ行動をしないとも限らない。避けられるのが最も自然で、最適な選択のはず。
それなのに、そのはずなのに、
「……恨みを晴らしに来た、とか?」
当然、目の前の非人間は言葉を介さない。しかし、その代わりとでも言うかのように、アリスの問いかけに答えるかのように、ただ顔を近づけて。
その鼻で、彼女の鼻を擦った。
「──────」
「キャン!」
甲高く鳴き、今度は甘えるような頬擦りをする。敵意は毛ほども感じられない。
「多分だけど、一緒に戦いたいんじゃないかな」
直後にユウキが口にした推測は、アリスからするとあまりに突飛な発想であった。しかし、否定する明確な根拠も見当たらない。
「……そうなんですか? アリスでいいんですか?」
「キャン!」
アリスが不安げに聞き直すと、ワッパダヌキは力強く鳴いて、アリスの鼻先をペロリと舐めた。
「──そう、ですか。そうなんですね! アリスの、大切な仲間に……!」
胸の奥がじんわりと温かくなったアリスは、それを発散するかのように、噛みしめるような物言いで、ワッパダヌキを強く抱きしめる。
「では、今日から貴方の名前はポンタです! これからよろしくお願いしますね、ポンタ!」
「キャン!」
「……なんだか、私がケイと名付けられた時を思い出しますね」
「貴方は名前に対し、強い執着を持っているようですからね。執拗に呼び方を訂正するように──思い出しやすいのも自然なことです」
「分かっているなら、初めからケイと呼んでくれませんか? 毎回直すの、地味に面倒なんですよ」
「……皆様。どうやら、ゆったりとお話が出来るのはここまでのようでございます」
コッコロは軽く諭しながら、周囲への警戒を強めた。
直後、地が深く唸ったかと思うと、振動を響かせ、次々金属製の触手を覗かせる。第二陣が来たのだ。
「それで、お二人はどのような対抗策を持ってきたのですか?」
トキが投げかけた質問は、結果として合図になったのか、ユウキとコッコロに視線を交わさせた。
「リビングメイルの侵食能力には目を見張るものがございます。キヴォトスの皆様の武器は全て金属である以上、これを避け続けるのは苦しいでしょう。ですから──まずはその対処をいたします」
言い切るが早いか、ユウキが剣を抜き、淡く温かい光をコッコロに纏わせる。そして──
「『唱えよ──』」
彼の言葉と共に、コッコロは地を蹴って空へと身を投げ出した。
「《チェンジ・プリンセスフォーム》!!」
その瞬間、溢れ出した眩い閃光が彼女を包み込む。その光は不規則に形を変えながら、重力に抗って飛翔し、刻一刻と輝きを増していく。やがて形成された一対の大きな羽のようなシルエットが、この戦場の縁をなぞるように軌道を変え、滑空を始めた。
それは夜の闇の中で偶然にも誘蛾灯のような役割を持ったのか、一帯を蠢く鋼鉄触手をその身に吸い寄せていく。
「な、何が起こってるんですか、アレは!?」
「見る限り、無もなき神々の力を行使している訳ではないようですが。神秘、恐怖……そのどれでもない、全く異なる類の何かでしょうか」
「絆の力だよ!」
デカグラマトンの思索に対し、ユウキは自信たっぷりに返答した。
「コッコロちゃんは信じてるんだ。皆と一緒なら、絶対に勝てるって!」
彼女が通り抜けた軌跡には、幾重もの光の柱がそびえ立つ。そうやって戦場の半分をなぞった頃、ついに鋼鉄触手の一本が先駆け、発光する彼女に肉薄した。この機を逃すまいと、他の鋼鉄触手たちもほとんど同時に喉元を穿つが──
煌めき、一閃。
光が強く爆ぜた直後、それらの先端は跡形もなく霧散していた。コッコロの槍が、目にも留まらぬ刃の連撃が、それらを瞬時に細断したのだ。
そして、爆ぜた光の中から気品に満ちた姿が現れる。身に纏っているのは、白と翡翠の布地を何層にも重ねたプリンセスドレス。スカートは短く軽やかだが、後ろの裾は彼女の足に届くほど長く、優美な尾を引いている。背中には、夜を吸い込んで透き通るような、巨大な月光蝶の翅が羽ばたいていた。
「たとえ、このような強力な魔物を相手取ったとしても。私と主様の絆を以てすれば、敵わないことはありません!」
そう高らかに言い放ち、コッコロは皆の元へと舞い戻る。そして静かに両手を組むと、先ほど戦場の外縁を彩った幾重もの光柱──その中心から陣を描くように、巨大な魔法陣が大地に展開された。全体が、息を呑むほど幻想的な翡翠色で満たされていく。
「──《オーロラ・サンクチュアリ》!!」
絶対的な庇護の光が広がると同時に、アリスは背負っているレールガンにふと違和感を覚えた。背中を押さえたような重圧が、なんだか嘘のように軽くなっているのだ。
それを下ろして手元で状態を確認すれば、銃身にまとわりついていたリビングミレニアムの粘着質な侵食組織が、まるで光に焼かれて消毒されたかのように、次々と剥がれ落ちていくのを見る。
「すごいです! アリスたちのメインウェポン、完全に復活しました! ふっかつのじゅもんです!」
「どちらかというとデバフの解除に思えますが。ともかく、これで可愛いアリスとお洒落好きのケイは戦線に復帰できますね」
「なんですかその呼び方は……アリスが興味無さすぎるだけですよ」
どこかマイペースな言葉に呆れ交じりに応じる中、トキ、デカグラマトン、アリス、ケイの四人は、研ぎ澄まされた戦意を再び宿し、武器を固く握り直した。しかし、まさに踏み出さんとしたその瞬間。
「ちょっと待って!」
ユウキが制止の声を上げ、その進行を遮った。
「どうかなさいましたか? まだ何か言いたげなようですが」
「そのレールガンっていう武器だけだと、小回りが利かないからトドメを刺すのが大変かも。悪いけど、アリスちゃんには違う武器を使ってほしいんだ」
「違う武器、ですか?」
「キャン!」
アリスの足元で勇ましく吠えたポンタが、勢いよく空中へと躍り出た。次の瞬間、その身が白い煙を発したかと思うと、現れたのは──精巧な魔石が組み込まれた、一本の木製の杖であった。
宙を舞うそれを、ユウキが片手で受け止める。
「これは……ポンタが、杖に……!?」
「リオさんが昨日言ってたんだ、キヴォトスの皆には魔法を唱えるためのMPが無いって。だから、その分を魔法石で補えばいけるはずだよ!」
言いながらユウキからアリスへと手渡された杖は、まるで生き物のようにじんわりと温かい熱を宿していた。埋め込まれた魔石が、その意気を示すかのようにチカチカと明滅を繰り返す。
「分かりました! ポンタとの初陣ですね!」
「であれば、私が王女のレールガンを扱いましょう。この重量、使いこなせるのは機械くらいのものですから」
「……アリスは人間です。次同じことを言ったら殴りますよ」
デカグラマトンはケイの眼光を意に介した様子もなく、レールガンを難なく受け取った。
「では、アリス様のお身体は、コッコロがお抱えいたします。失礼しますね」
「はい! よろしくお願いします、僧侶!」
「僧侶……? 私は従者でございますが……」
首をかしげつつも、コッコロはその華奢な腕でアリスの身体を優しく、しっかりと抱え上げた。背の月光蝶の翅が、力強く羽ばたき始める。
「それじゃあ、気を取り直して。皆、あの魔物を倒そう!」
ユウキの号令を皮切りに、一行が一斉に動き出した。
空を滑空するコッコロの腕の中にはアリスが、トキのアビ・エシュフの背にはケイが乗り、デカグラマトンは単独で踏み込んでいく。そしてその後方では、ユウキが全体を見渡すように位置取り、戦況を見守る。
「第二ラウンドの開始だ!」
「アリス、魔法使いにジョブチェンジです!」
まず戦いの火蓋を切ったのはアリスだった。杖を握り締め、その先には何本もの鋼鉄触手。
「《フロストボルト》!」
彼女の詠唱に呼応して杖が震え──氷の弾丸を作り出し、いくつもいくつも勢いよく発射した。それらは直撃するたびに鋼鉄触手の動きを鈍らせていく。
「良い感じです! やっぱり氷属性はスローを与えるのが強いですね!」
「この調子で、リビングミレニアム全体を機能不全に陥らせていきましょう──」
瞬間、コッコロは背後を見やると、アリスを抱えたままで槍を
「──申し訳ございません。少々、乗り心地が悪くなります」
「どうかしたのですか?」
「地上から、触手によって固定砲台のように破片を投げているようですから」
それを聞き、アリスは下を向く。そこには既に、おびただしい数の破片があった。
「なっ、いつの間に!」
「オーロラ・サンクチュアリによって侵食能力を弱めたのですが。こうも早く適応されてしまうと、困ってしまいますね。──《スピードアップ》」
彼女はぼやきながら、しかし縦横無尽に動き回って破片を的確に避けていく。もちろん、アリスもただそれを見ているだけでは終わらない。
「今こそ、小回りが利くアリスの出番です! 《チェーンライトニング》!」
杖の先端から放たれた紫電の束が密集する飛来物へとなだれ込む。その放電は破片から破片へと次々に駆け巡り、空間を埋め尽くしていた瓦礫の群れを一瞬にして粉砕していった。
「流石でございます。しかし、このような高度な魔法をどこでお知りになったのですか?」
「ゲームです! インクリメンタルの定番ですから!」
「いんくりめんたる……?」
コッコロが不可解そうに首を傾けた直後、眼前の一帯がまばゆい熱線の奔流によって塗り潰される。轟音と共に地上を焼き尽くしていく灼熱──確認するまでもなく、それはケイとデカグラマトンの策略だろう。
「向こうも上手くやっているみたいですね!」
「はい。私たちはあちらの取りこぼしに対処していきましょう」
二人は素早く状況を見定めると、すぐさま熱線の軌道から外れていた区域へ飛んでいく。焼き払われ損ねた地点で待ち構えているのは、戦況を覆そうと今まで以上に必死に蠢く鋼鉄触手たちだ。
「まだまだ行きますよ! 汚物は消毒です、《ファイアストーム》!」
アリスが叫ぶと、今度は掲げられた杖から爆炎の旋風が解き放たれ、彼女に近づいてくる触手群を容赦なく呑み込んでいった。激しい熱量は鋼鉄を赤くドロドロに溶かし、少しずつ勢いを削いでいく。
しかし、魔法の及ぶ範囲は決して万全ではない。熱波の圏外にいたそれらは赤熱する鉄の海を泳ぎ回ると、互いの体を絡み合わせ、不気味なまでの執念で重なり合った。
「──グオオオオオッ!」
金属の軋む咆哮を上げ、巨魚の顎が牙を剥く。
やがてドロドロの中から立ち現れたのは、巨大なシーラカンスを思わせるような、歪で凄惨な黒鉄であった。
「──!? アリス様、お気をつけください!」
そう言ってコッコロが飛び上がったのと同時に、それは彼女らを丸ごと飲み込もうと、灼熱の溶岩を滴らせながら空へと跳ね上がる。
「──グオオオオオッ!」
「《スピードアップ》!」
迫る巨躯に対し、彼女は月光の翅を力強く羽ばたかせた。急加速により、間一髪で逃げおおせる。
「まだこのような力が……!」
「ですが、これは大きなチャンスです!」
「……そうなのですか、アリス様?」
「はい。これほど大きな身体──作るために、かなりのリソースを消費しているはずですから! リビングミレニアムはこれがピークのはず!」
アリスは手にした杖を天高く掲げた。
「行きますよポンタ! 私たちの、コンビネーションの必殺技です!」
その呼びかけに応えるように、杖の魔石が凄まじい輝きを放ち、周囲の空気を凍てつかせていく。
「これは──!?」
「──《アブソリュート・ゼロ》!!」
瞬間、彼女を中心として解き放たれた絶対零度の冷気が、目下のリビングミレニアムを包み込んだ。
つい先ほどまでその表面を赤くし、溶解した鉄を撒き散らしていたその巨体が、ドロドロの形状を保ったままに冷却される。それは瞬く間に氷漬けへと変貌し、空中で完全にその動きを止めた。
「今です! ケイ、デカグラマトン!」
アリスの鋭い叫びが戦場に響き渡った直後──閃光と共に放たれた大口径のビームが、宙に縫い付けられたリビングミレニアムの全てを穿つ。
猛攻を凌ぎきれなかった氷塊は、甲高く脆い崩壊音を立てながら、夜空に砕け散っていった。