アーサー王(史実)がしたこと   作:妄想壁の崩壊

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Apocryphaでしたこと【22】

 

 

バルカン半島、ルーマニアの西に、かつて一つの国があった。

 

七つの国境、六つの共和国、五つの民族、四つの言語、三つの宗教、二つの文字、一つの国家。

 

何もかもがバラバラで、決して集うことがなかったはずの人々。しかし大戦の惨劇の後に手を取り合い、遥かなる理想を掲げて築き上げた国家。

 

ユーゴスラビア。それが偉大なる指導者のもと、半世紀に渡り存在した国家の名である。

 

だが、その繁栄は長くは続かなかった。民族を纏め上げていた指導者は過去の人物となり、民主化の波が東欧に押し寄せる。

 

かくて聖杯大戦から約十年前、1991年にその国は決定的かつ不可逆的な破滅を迎えることとなった。

 

「素に銀と鉄。 礎に石と契約の大公……っ」

 

戦火はまたたく間に国土全体へと広がった。一度火が付けば文字通り火薬庫のように、膨れ上がった憎悪と民族主義の昂りは消えることはなく。

 

閉じよ(みたせ)閉じよ(みたせ)閉じよ(みたせ)閉じよ(みたせ)閉じよ(みたせ)……!」

 

それはかつて一度目の大戦の引き金を引いたここ、ボスニア・ヘルツェゴビナ首都サライェヴォにも伝播した。

 

1995年、ボスニア内戦末期。廃墟となった街の一角で、一人の魔術師が陣を描く。男は満身創痍であった。蔑んでいた近代兵器によって足を奪われ、もはや立つことも叶わない。

 

「聖杯の寄るべに従い、この意、この理に従うならば応えよ……!」

 

魔術師といえど、彼はこの地に住まう民の一人に違いない。神秘の法を身につけた彼は、隣人を守るべく力をふるったのだ。

 

しかし、時代の大いなる流れの前に一人の魔術師の力なんぞ無に等しく。守りたかったものはすべてその手から零れ落ちた。

 

故に、思う。

 

何故だ、どうしてこうなった。我々はつい昨日まで、手を取り合って生きていたではないか。それがどうして武器を手に取り、憎しみをぶつけ合い、殺し合うなんて結末になった。

 

「抑止の輪より来たれ、天秤の守り手よ……!」

 

憎い憎い憎い。

 

全てが憎い、世界が憎い、敵が憎い。民族が異なるから、言語が異なるから、思想が異なるから、宗教が異なるから。たったそれだけで、どうして我らは排斥されなければならないのか。

 

憎悪を込めて、魔術師は己の血を床に滴らせる。やがてそれは円環をなし、一つの術式を成立させた。

 

英霊召喚、過去の英雄を使い魔として呼び出す第三魔法の片鱗。誰かがこの地に設置した亜種聖杯によって引き起こされた、世界を騙す神秘の業。

 

「どうか、どうか我が願いを聞き届けてくれ」

 

彼は令呪を宿したその手に、遠く神秘の島から手に入れた聖遺物を握り締めながら呟いた。円卓の欠片(・・・・・)。後に獅子劫の手に渡り、叛逆の騎士を呼び出す触媒となるはずのモノ。

 

「我が祖国に……平和を……」

 

騎士王アーサーの名のもとに、あらゆる英雄が集った円卓。人種、民族、信仰が違えど、一つの理想を求めて英雄たちが囲んだラウンドテーブル。それは単にアーサー王伝説にまつわる存在だけでなく、時代を超え、国を超えて、世界線すら超えた先へと縁を繋ぐ可能性を秘めた『英雄が集うモノ』という概念礼装だ。

 

故に、かの王はその切なる願いに応えた。

 

「──良いだろう」

 

この世界のアーサー王ではない、別の世界の、さらに別の側面の英霊を。歪んだ人々の願いが焚べられた亜種聖杯が引き寄せる。

 

それは黒き王、華々しき騎士王の伝説に隠された裏──暴君の側面。

 

祖国(ブリテン)に平和を。その為に」

 

竜気を纏いし王は、既に息絶えた魔術師を一瞥すると、黒く変質した聖剣を抜いた。

 

「──異民族(サクソン人)(みなごろし)だ」

 

かくてその日、サライェヴォ亜種聖杯戦争の一騎目として、異民族の虐殺者としてのアーサー王が召喚されたのである。

 

亡霊の王(ワイルドハント)として蘇りし彼女は、この地に根付く命を尽く滅ぼすのだろう。誰もいなくなり、この地に安寧が訪れるか……あるいは誰かが彼女を止める、その時まで。

 

そしてその終わりは──隣国より来たるかつての宿敵(魔女)の末裔によって齎されるのだった。

 

 

 

 

一体どれくらいの間打ち付けられる槍を受け止めて、その穂先をさばいてみせただろうか。もはやその数も思い出せそうにないほど、無限に思える長い時間を赤のランサーと剣を交わしていた気がする。

 

全身全霊、もはやそれ以外が目に入らぬ程の域にまで達した彼女は柄にもなく沈黙を保ったまま、ひたすら次の一手を予測し、その次の二手を想像し、さらに三手先まで考えて体の動きを作る。

 

だが、ほんの僅かな綻びが二人の間に大きな差を生んだ。何度も何度も体を地面にぶつけ、水切り石のように体を跳ねさせるセイバー。彼女の体は壁に受け止められるまで止まることはなく。

 

「かはっ……!」

 

衝撃とともに、口から息を吐き出した。

 

その差は一言で言えば装備の差だろう。セイバーの体には大小様々な傷が見受けられる一方、ランサーはかすり傷程度で済んでいる。

 

セイバーが受けた傷はどれも致命傷とは呼べないものばかりだが、塵も積もれば山となる。その傷の積み重ねが、この現実を引き起こしたのだ。

 

片や壁を背に地面に腰をつけて、片や内面はともかく外面は冷や汗一つなく。

 

「ムカつくぜ、その澄まし顔……!」

 

流石は太陽神の御子、まるで太陽そのものを相手しているように手応えがない。こちらが何をしようと、彼は表情一つ変えないのだ。(太陽)()に、絶対的な隔たりがあるかの如く。

 

「少しは顔色くらい変えてみやがれってんだ」

 

「俺は生まれた時よりこの顔だが。俺の顔が癇に触るのならば謝罪しよう」

 

「クソおもんねぇ冗談だな……」

 

状況はまさにジリ貧であった。相手に全く──実際にはほんの僅かにはダメージが通っているのだが、事実上ほとんど通っていないことがこれほど絶望的なことだとは思わなんだ。かつてカムランの丘での戦よりも心理的に苦しい戦いかもしれない。あのアーサー王とて、剣で打てば血を流したのだから。

 

もっとも、父の目に己の姿がまったく入っていないと言う、別の意味での絶望ならばあったが。

 

「……ッ!」

 

血反吐を飲み込み、痛みを噛み殺してセイバーは立ち上がる。まだだ、まだあのときと違って腹を貫通されたわけではない。五体すら残っている。魔力だって、大回廊を通った時に補給された分が潤沢に残っている。

 

……まぁ、潤沢とは言ったがそれはマスター獅子劫の当人比であり、宝具換算だとあと一回分と言ったところだろうが。

 

ならばその一回分はこの聖剣を解放するために温存しなければなるまい。

 

セイバーはその思いを強め、血が滲むほど強く柄を握り込む。柄に巻かれていた革はとっくの昔に腐り落ち、剥き出しとなった金属の錆瘤が掌に食い込んだ。

 

だが、構うものか。オレの血を吸いたいのならば吸えるだけ吸えば良い。たとえこの身が干からびようとも、決してお前を離すものか。お前に、オレを認めさせるまで。

 

「ラン、サ──ァァァッッッ!!!」

 

褪せた黄金の剣を掲げ、セイバーは己を奮い立たせるべく咆哮する。

 

一閃、二閃となまくらの剣がランサーの首を目掛けて振るわれた。その血、その熱を寄越せと言わんばかりに斬りつけた。

 

「その剣でよく俺と戦うものだ。だが……どうやらここまでだな」

 

「何……?」

 

「こちらのアーチャーがやられた。状況はお前たちの陣営に僅かに傾いたということだ。ならばこちらは手をこまねいてはいられまい。一刻も早く貴様を倒し、俺は仲間の援護に向かうとしよう」

 

「テメェ、手加減してやがったのか……ッ」

 

己を低く見られたという怒りと、これから来るだろう彼の全力へのほんの僅かな恐れにセイバーの体が震える。

 

だが、ランサーはそれは違うと言うふうに首を振った。

 

「否、これは手加減ではない。この宝具を使えば俺とて無防備になるからな。故にこの先は貴様が死ぬか、俺が死ぬかのまさに必殺技……というやつだ」

 

宙を浮かび、夜空を背にしたランサーが鎧を解いていく。

 

それは伝説において、彼が鎧と引き換えに得たもの。その高潔さを見た雷神が与えし神造の槍だ。

 

絶対的な防御を捨てる代わりに、神をも殺す絶大なる攻撃力を得る等価交換。

 

「ここまで俺と打ち合えた戦士はインドでもそうそういなかった。故に、最後に貴様の名を聞かせてくれ」

 

「最後だと? はっ、良いぜ」

 

口には笑みを浮かべつつも、セイバーは内心震え上がりそうな悪寒を感じ取っていた。

 

夜空に浮かぶ、人型の太陽。その視線の先で熱量がどんどんと高まって、やがて一つの槍に収束する。

 

セイバーの知る太陽の騎士ガウェインが振るった聖剣『転輪する勝利の剣(エクスカリバー・ガラティーン)』にも似た光が、彼女の眉間を撃ち抜かんと照準を合わせた。

 

何が無防備だ、確かに鎧は捨てたが、奴に至るまでの道は全て焔で覆い尽くされているではないか。攻撃は最大の防御という言葉を知らないのか、あのノンデリは。

 

だが、好機には違いなかった。ランサーを討てるとなれば、今この一瞬以外にない。たとえ太陽に手を伸ばしたイカロスのように身を焼かれるのだとしても。

 

テメェの最期だ(・・・・・・・)。冥土の土産に聞いていけよ」

 

セイバーは()を掲げ、一歩踏み出した。

 

「我が(ひかり)の前に灰燼と化せ──『日輪よ、死に随え(ヴァサヴィ・シャクティ)』ッ!!!」

 

収束した熱量が解き放たれ、視界が赤を超えて絶光に白く染まる。

 

全てが焔に焼き尽くされて、何も見えず、何も感じない。

 

『令呪をもって命ずる』

 

だが、声が聞こえた。そしてそれが己があることを確信させる。

 

『セイバー。いや……』

 

己はまだ燃え尽きず、ここに確かに存在している。

 

『剣を抜き、(ひかり)を超えてみせろ。モードレッド──!』

 

ならば、するべきことはただ一つ。

 

「オレの、名前は──」

 

今はただ、前へ──!

 

 

 

 

それはかつて見た夢の景色。選定の剣の前に立つ自分がいて、それに挑戦する自分がいる。

 

だが、今回は違った。

 

「多くの人が笑っていました。それはきっと、間違いではないと思います」

 

夕陽が沈む、茜色の空の下。モードレッドは剣を引き抜く若きアーサー王の姿を見た。

 

これは走馬灯か、あるいは己が握る聖剣が宿した記憶だろうか。

 

いや、そうではあるまい。モードレッドが持つ聖剣は男性のアーサー王が握ったもの。だとすればこれはモードレッドの血に宿る、女性のアーサー王の記憶だろう。

 

剣を抜いたアーサー王は、数多の戦場を駆け抜けた。常勝無敗、まさに理想の王に相応しく、その名をブリテン島を越えて大陸まで轟かせる。ヴォーティガーン討伐、諸侯の統率、ピクト人の討伐、ローマ遠征。そして──景色は見覚えのあるものへと様変わりした。

 

蠢く死体。積み上げられた屍の山と剣の丘の上で、血に汚れた聖剣を携える父の姿を見る。

 

そこはかつてモードレッドとアーサーが戦い、伝説に終止符を打った場所。カムランの丘であった。

 

「父上」

 

貴公には王の器がないと、かつて王に言われた言葉が脳裏をよぎる。

 

「モードレッド」

 

アーサー王は前を向いたまま、背後にいるモードレッドの名を呼んだ。

 

「貴公はその剣に何を望む。何をもって剣を抜かんと欲す。その先にあるのは」

 

──理想か?

 

アーサー王の姿が、王冠を被り玉座の前に立つ姿へと変わる。

 

眼前に広がるは輝ける黄金の聖剣に集った、キャメロットの城下の景色。

 

──それとも覇道か?

 

アーサー王の姿が、切り捨てた敵の返り血で黒くくすんだ鎧姿へと変わる。

 

眼前に広がるは昏き漆黒の聖剣が生み出した、戦争の惨劇の跡。

 

「その答えがなくば、貴公には決してその剣を抜くことはできない」

 

そしてやはり、モードレッドの前には大地に刺さった一振りの剣があった。それは豪華絢爛な装飾の施された選定の剣とは程遠く、錆びついたなまくらの剣。

 

「オレは──」

 

剣の柄を手で握り、モードレッドは父の背中を見る。

 

いつか、その背中に追いつきたかった。その背中に並びたかった。その背中を追い越してやりたかった。

 

そしてその少女然とした小さな背中に背負った宿業(すべて)を、共に分かち合いたかった。

 

「オレが欲しかったのは選定の剣ではなかった。ただそれを抜くことで、あなたに認められると──あなたの隣に立てると、そう思いたかっただけだった」

 

剣が己に応えぬものも道理だろうと、モードレッドは自嘲する。モードレッドが見ているのは先ではないのだから。視界にあるのはいつだって、今はもう過去の人物となった己の父の姿だった。

 

彼女は再び父の背中を見る。幻覚の生み出したものであっても、生前モードレッドが見てきた姿通りに彼女はただまっすぐに前を向いていた。

 

「あぁ、そうか」

 

モードレッドは小さな気づきとともに、声を漏らす。アーサー王は誰も見ていない。当然だろう、彼女の目に入るのは進むべき先の景色だけ。王が率いた騎士たち──彼女の背後にいる人物など目に入るわけがないのだから。

 

「オレがこの剣に求めるものは、もう何もないんだな……」

 

不意に、剣を握っていた手から力が抜ける。求めているものは父親で、しかし父はもういない。

 

失ったものを求めていたって仕方がない。叶うはずのない願いなのだから。

 

ならばいっそ、忘れてしまった方が──。

 

『私はお前に、聖剣を渡したい』

 

『彼が剣を取ってしまうのが、私にはどうにも受け入れ難いんだ』

 

『剣を抜き、(ひかり)を超えて見せろ。モードレッド──ッ!』

 

いいや、それは違う。確かに父はもういない、だがその先には、己が求めるものがあるはずだ。

 

オレは知らなかった。母上が何を考えていたかなんて。

 

オレは知らなかった。父上が自分を案じてくれる世界があったなんて。

 

オレは知らなかった。対等で、信頼できるヤツが現代にいたなんて。

 

そうだ、オレはまだ何も知らない。あの島で短い生を駆け抜けて死んだオレは、外の世界を知ることなく死んでいった。

 

現代に蘇り、会うはずのなかった人物たちと言葉を交わして、少なからず気づきは得られた。だがオレにはまだ、知らないといけないことが、知りたいことがごまんとある。

 

「知りたい。オレは、この世界の母上と父上が何を見たのかを。知りたい。オレは、父上が見た先に何があるのかを」

 

“多くの人が笑っていた”と父は言った。“美しいものを見た”と母は言った。ならばオレもそれを見るために、前に進もう。

 

そのために──。

 

モードレッドは再び、剣の柄に手を伸ばす。

 

「なぁ、聖剣(エクスカリバー)

 

彼女は己の心(目の前)に──そこに刺さった(セイバー)に語りかける。

 

「お前も、オレと同じく湖の乙女に作られた存在だと言うならば──見てみたくないか? 試してみたくはないか?」

 

その先にある景色を。自分がどこまで行けるのかを。

 

約束された勝利の剣(エクスカリバー)』、それは星の命を宿し、人々の理想を紡ぐ神造兵器であり、その鍛造目標は星を脅かす外敵への抑止力(カウンター)だった。

 

だが、その力はアーサー王の時代においてついぞ振るわれることなく。いずれ忘却の彼方へと消え去っていく。

 

「オレは旅に出よう。かつてこの世界の母と父がそうしたように。そして多くのものを見て、地上のすべてを見渡して、オレが守るべきモノを定めたら」

 

1500年もの間、お前は何を待っていた。湖の底で錆びつくだけのお前は、いったい何を望んでいた。

 

「今度はきっと宇宙(ソラ)に行く」

 

答えはきっと、星を守るという誓いそのものだ。いつかこの星と人々を脅かす脅威が現れたときに、現代に蘇ると予言された騎士王が戻ってきたときに、その力を発揮するための祈り。お前は千年を超えるときをそのためだけに待っていた。そしてこれからも待ち続けるのだろう。どれだけ己が朽ち果てようとも。

 

「けどさ、わざわざ待ってやる必要はないだろ」

 

“ならばオレと共に来い”と、彼女は聖剣を焚き付ける。その剣身に、かつて槌と共に打ち付けられた熱を呼び覚ます。

 

星に脅威が迫るなら、いつか倒すべき敵が来ると言うのならば、むしろこっちから出向いてやれば良い。騎士王の復活を待つまでもない。ここには、オレがいるのだから。

 

「オレはお前を連れて、星々の彼方にある脅威とやらをぶっ潰しに行くと約束してやる。だから、オレと来い。聖剣(エクスカリバー)。この先にある旅はきっと──」

 

最高に、()える旅路に違いない。

 

我は理想ではなく、覇道ではなく、しかし野望を示し、遥かなる最果てを目指そう。父の見た先をこの目で確かめた暁には、それを守るべく星を発とう。

 

叛逆の騎士は、告げる。

 

汝の身は我が下に、我が命運は汝の剣に。

 

「さぁ、聖剣。この意、この理に従うならば応えろ」

 

誓いを此処に。

 

我は常世総ての善と成る者。

 

我は常世総ての悪を敷く者。

 

「星の内海より来たりし、人理の剣よ──!」

 

 

 

 

聖剣が、燃えるような熱を帯びた。

 

 

 

 

剣を携え、沈み行く西日を前に、モードレッドは歩き出す。

 

いつか見た背中を追い越して。

 

「どんな形であれ、オレはあなたの息子として生まれたからさ」

 

決して後ろは振り返らない。

 

父は今も前を向いているのだろうか。

 

あるいはもしかしたら、全てが終わったあの丘で立ち止まってしまっているのかもしれない。

 

けれど、己がそれを知る必要はない。

 

己はただ、前を行こう。

 

父が見たその先へ。

 

「あなたが紡いだモノを、オレは受け継いでいくことにするよ」

 

 

 

 

太陽(カルナ)は見た。己の槍の向かう先、己の光が向かう先にあったのは赤のセイバーの姿ではなく。

 

「何──?」

 

まるで鏡写しの如き自分の姿(・・・・・・・・・・・・・)

 

其は理想郷へと至る路であり、妖精の泉であり、星の内海に浮かぶ島である。

 

伝説に語られる、絶対無敵の聖剣の鞘。それは凪いだ湖が世界を映すが如く反射(・・)の性質を備えていた。

 

逆転した光が、その主へと牙を剥く。己が光で己が身を焼くランサー。そんな彼が次に見たのは。

 

「オレの名前は──」

 

雷神(インドラ)の如き(いかずち)を纏い、紅蓮の聖剣を振りかざす赤のセイバーの姿だった。

 

叛逆者は太陽に手を伸ばし、その光に焼かれて身を焦がす?

 

知ったことか(・・・・・・)! 太陽なんぞ所詮宇宙に数多ある恒星の一つ、通過点でしかねぇ! そんなもんはとっとと突破して。

 

「──ァァァッッッ!!!」

 

オレは、その先へ行くと決めた……ッ!

 

首から脇下に掛けての袈裟斬り、絶対不可避の致命傷。たとえ鎧を纏っていたとしても防げなかっただろう神造兵器の一撃は、施しの英雄カルナを真正面から打ち破った。

 

剣が太陽を裂き、空には夜が訪れる。

 

「モードレッド。アーサー王の継承者モードレッドだ。座までこの名を覚えとけ、赤のランサーッ!」

 

そして勝鬨を上げるかのように、紅剣を肩に担いだ彼女は不敵に笑って宣言したのだった。

 

 

 

 

「やったな、セイバー」

 

「あぁ」

 

“最後に一つ頼みたいことがある”などとぬかしながら消えていった赤のランサーのいた場所を眺めながら、セイバーはそこに立ち尽くしていた。

 

そこに物陰に身を潜んでいた獅子劫が現れ、己のサーヴァントを激励した。その手から令呪は消えているが、彼は確かにセイバーのマスターなのだ。

 

「あいつ、囚われた赤のマスターたちの解放をオレに願いやがったぞ。律儀なヤツだよな、ったく」

 

「赤のマスター……俺以外の時計塔の連中か」

 

赤のセイバーのマスター、獅子劫を除く時計塔の魔術師は皆シロウの奸計によって毒を盛られ、正気を失ってしまっているらしい。

 

「助けに行くのか?」

 

「ま、気分が良いから助けてやっても良いが……その前にこっちの陣営のヤツを助けてからだな」

 

「そうか。ならすぐ行くか──」

 

「おい、マスターッ!」

 

ふらりと体勢を崩した獅子劫を慌てて抱えるセイバー。流石に短期間で宝具四連射はやりすぎたのだろう。彼の魔力はもうすっからかんだった。

 

「心配すんな、歩けるだけマシだ」

 

「……ちょっとばかし休憩してから行くか。ほら、座れよ。なんか丁度良いサイズにぶった斬られてる柱があるし」

 

そう言って無理やり獅子劫を座らせると、セイバーは手持ち無沙汰に己の手にある聖剣を眺めた。

 

黄金でも、漆黒でもない、自分だけの紅蓮の聖剣を。

 

「どうだ、伝説の剣の使い心地は?」

 

「……悪くねぇ。むしろ良すぎるくらいだ。異常なくらいに手に馴染む。流石に何か……作為的なものを感じるくらいにはな」

 

セイバーは何か確信を持っているかのような口ぶりで、“なぁ、マスター”と問う。

 

「なんだ?」

 

「この国の初代王の名前、なんだか覚えてるか?」

 

「たしか……メドラウド、だったか」

 

「そうだ、メドラウドだ。まぁ発音がちょっと違うがオレ(モードレッド)と同じ名前だな。大方アサシンのどっちかがオレにあやかって付けた名前だろうよ。で、だ」

 

頭の中で家系図か何かを思い浮かべているのだろうか、セイバーは虚空を指でなぞりながら言う。

 

「そいつ、ただのメドラウドじゃなかったよな。メドラウドⅡ世(・・)……つまり、襲名(・・)ってことだ。だがそれだとそいつより前に、ルーマニア王メドラウドがいたことになるだろ。けど、初代王に先代なんていない。強いて言えば先代は初代王の祖父とかいうあのアサシン……この世界のアーサー王にしてダキア総督アルトリウスだが、あいつはルーマニア王じゃないし名前もメドラウドじゃない」

 

「……まさか」

 

「気づいたか、マスター。オレも聖剣を引っこ抜いてようやく気づいたんだが……どうやらオレがメドラウドⅠ世(・・・・・・・)らしい」

 

今より1500年前、ルーマニア建国神話に語られる存在がある。

 

名はメドラウドⅠ世。初代王より先に生まれたが、早逝してしまった若き幼王。本来王位を継承するはずだったのに、それを取りこぼしてしまった王という逸話。

 

「記憶を見た。オレの血に宿る父上の記憶とは別に、聖剣が持っていた記憶だ」

 

記憶の中で、聖剣は見ていた。

 

父と母がゲルマン人の刺客を掻い潜り、七王国を抜けてこの世界のモードレッドの遺体を抱え、コンスタンティノープルの地下墓に彼を迎えた瞬間を。

 

聖剣の沈む湖を一望できるよう、大樹の根元にその遺体を埋めた瞬間を。

 

「あいつらオレの死後に、真名を付け足しやがったんだ」

 

それが、この地で妙にセイバーが感じていた違和感。あるはずのない知名度補正の正体だった。

 

人々の信仰を受け語られる英霊は、死後獲得した経験や逸話を宝具に得ることがある。それは星となった黒のアーチャーケイローンや、吸血鬼とされた黒のランサーヴラドⅢ世が証明している。

 

ならば、王位を継承するはずだったメドラウドに付け足された宝具とは何か。

 

「初めから、そのつもりでオレに聖剣を渡したんだろうな」

 

それはもはや、語るまでもない。

 

今まさに伝説の語り手が望んだ通りに、しかとモードレッドの手に握られているのだから。

 

「粋なこと、しやがるよな……っ」

 

妙に眉間に熱を感じたセイバーは、それを零さないよう星空を仰いだ。

 

1500年越しの、自分ではない自分への継承の儀式。受け手は多少異なるかもしれないが、その思いはここにいない彼にも伝わったと思いたい。

 

否、伝えよう。この思いを、この熱を、確かに座を超えて平行世界の自分にすら刻み込んでみせると、セイバーは固くそう誓った。

 

「……」

 

そして獅子劫は煙草の煙を“ふぅ”と吹かし、静かに体を休ませる。

 

己の魔力が回復するまで。あるいは、彼女の慟哭が鳴り止むまで。

 

 

 

 

「ん。使えよ、マスター」

 

「あ?」

 

いつの間にやら目の前に立っていたセイバーが、ぶっきらぼうに何かを差し出した。鼻を啜る音と、月明かりに照らされて見える赤く腫れた目元はなるべく視線を向けないようにして、獅子劫はそれを受け取った。

 

「これは……?」

 

「それは『全て遠き理想郷(アヴァロン)』……まぁ、つまりは聖剣の鞘だ。効果は当然知ってるよな?」

 

もちろん、獅子劫はブリテンに座す魔術機関時計塔に所属していた人間なのだ。そのくらい知っている。知っているが故に、彼はあんぐりと口を大きく開けて驚愕した。

 

「絶対無敵の守りにして、あらゆる傷と呪いを癒す魔法級聖遺物だろ? はは、マジで存在してたとはな」

 

「それがありゃあ、お前の体質も治るだろ」

 

「──ッ!」

 

セイバーの言う獅子劫の体質、それは彼の先祖が悪魔と契約したことにより、魔術の才能と引き換えに子を残せないという呪いのことを指す。

 

獅子劫はもともと、その体質の治療を願って聖杯戦争に参加したのだ。

 

だが。

 

「いや、もういらん。それを俺に使うなんぞもったいないくらいだ。魔力も少ないんだし温存しとけ」

 

「はぁ? 何言ってんだテメェ。子孫繁栄がマスターの望みじゃなかったのかよ」

 

セイバーの疑問に答えず、ただ“ふぅ……”と深く煙を吐く獅子劫。彼はサングラスを外すと、目を伏せたままポツリと呟いた。

 

「俺は子孫が欲しいんじゃない。俺の本当の願いは……無謀にも魔術刻印を無理やり刻んだせいで、呪いで死んじまった娘だった」

 

「……」

 

「だから、もう良い。良いんだ。今さら体質が治ったところで、あいつは帰ってこないんだから」

 

そしてまた、彼は深く煙を吐いた。空高く浮かぶこの空中庭園を突き抜ける風が、煙に乗ったその想いを運んでいく。

 

「……じゃあ、マスターがこの聖杯戦争で得るものは何もないんじゃないか?」

 

「それは違うな。もちろんあるとも、例えばこの戦いのなかで得た知見、コネ、経験……それから、お前さんの戦いを特等席で見れたことだ」

 

「──────」

 

「あの世があるかは知らんが、良い土産話にはなるだろ。お前は最高だったぜ、セイバー」

 

「……ああ、そうかよ、そうか。ま、当然と言っちゃ当然だけどな」

 

セイバーがニヤリと頬をつり上げ、上機嫌に獅子劫の背中を叩く。当たりどころが悪かったのか、彼はゴホゴホと咳込んで恨みがましくセイバーを睨んだ。

 

「なぁ、マスター」

 

「……ん?」

 

並んで砕かれた石柱に腰をかける二人。

 

「ありがとよ」

 

二人が星を眺めていると、セイバーが短く礼を言った。獅子劫はそれに対し“なんのことだ?”と首を傾げる。

 

「オレがこの世界に来れたのはマスターのおかげってことだよ」

 

「はぁ? どういう意味だそれは……」

 

「お互い命知らずの馬鹿で似たもん同士、って意味だよ! くっ……ははは!」

 

そしてセイバーの豪快な笑い声と彼女が獅子劫の背中をまたバンバンと叩く音が、やはり“ゴホゴホ”と獅子劫の咳き込む音とともに夜空に響くのだった。

 

 






継承されし勝利の剣(エクスカリバー・モードレッド)

理想を示す、黄金の剣でもなく。

覇道を示す、漆黒の剣でもなく。

今、紅蓮の剣は叛逆の騎士の手に引き抜かれた。父が見た理想をその目に焼き付け、それを継承するために。

聖剣よ。お前も、オレと同じく作られたものであると言うのなら、試したくはないか。ついぞ振るわれることのなかった、星の外から来た侵略者に向かうはずだったその力。

──ならば共に征こう、宇宙の果てまでも。

それは太陽系第三惑星『地球』から放たれた、大宇宙への小さな叛逆の狼煙である。





「「我らが息子モードレッド。私たちはその罪を、その過去を忘れない。どうか、この地で安らかに」」





大分前にされた質問の回答

Q.どうしてモードレッド(男)じゃなくてモーさんなの?

A.片や亡き子を想う父で、片や亡き父を想う子。そしてどちらも己の本当の願いからは目を逸らしていた。似たもの同士の二人の間にある強い縁は円卓の欠片を介し、世界すらも飛び越える。

故に獅子劫界離のサーヴァントは、叛逆の騎士たる彼女をおいて他にないのです。


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