アーサー王(史実)がしたこと   作:妄想壁の崩壊

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Apocryphaでしたこと【24】

 

 

初めから違和感はあった。

 

きっかけは隣国で始まった戦争に向かった夫が死んだことだろうか。医者として志高く戦地に赴いた彼は、妻とは違い神秘を知らぬ只人で──故に彼の命を守るべく、彼の妻はあらゆる守護の魔術を授けて送り出した。

 

決して戦争の惨禍に巻き込まれ、その命を散らすことのないようにと。

 

しかし、夫は帰らぬ人となった。

 

次に異変を感じたのは、息子が死んでしまったことだろうか。義勇軍として隣国で虐げられる人々を助けようと戦地に向かった彼は、只人だった父親とも才能があまりない妹とも違い、母親から魔術の全てを受け継いだはずだった。徐々に魔術刻印の移植すらも始めていたのだ。(ドラクル)の一族は次代も安泰、そのはずだったのに。

 

帰ってきたのは、無機質な鉄の名札(ドッグタグ)だけであった。

 

何かが、おかしい。そこでは何かが起きている。大回廊が示す地脈の異常もまた、その予感を後押ししていた。

 

そう感じた魔術師は娘を置いて隣国へと向かい、そこで凄絶なる戦争へと身を投じたのだ。

 

サライェボ亜種聖杯戦争。

 

亜種聖杯を設置したのはルーマニアの魔術師。ノルマン人とともに北欧からやってきて、女魔術師の先祖ドラコニオスの衰退の引き金を引いた憎き宿敵ユグドミレニアの末裔、ダーニック。

 

彼は来たる六十年ぶりの聖杯戦争に備え、亜種聖杯を作成し事前演習(デモンストレーション)としてソレを設置したのだ。隣国の混乱の裏で聖杯戦争を引き起こし、データを得ようとしたのだろう。

 

全ての亜種聖杯の大元となる大聖杯を所持するダーニックが作り出した亜種聖杯は、亜種聖杯戦争の上限の五騎を超えた六騎(・・)の英霊が現界する極めてオリジナルのソレに近い聖杯戦争を引き起こした。

 

セイバー、女魔術師の知る大祖と異なる黒き女性のアーサー王。

 

ランサー、時計塔の君主(ロード)が連れたアイルランドの戦士ディルムッド・オディナ。

 

ライダー、同じく時計塔の魔術師が連れた古代マケドニアの王イスカンダル。

 

バーサーカー、かつてアーサー王を裏切り、かの王の配下の騎士を切り捨て王妃ギネヴィアを拐った愛の狂戦士ランスロット。

 

アサシン、山の民の末裔ボシュニャク人が呼び出した山の翁(ハサン・サッバーハ)

 

どの英霊をとっても、皆一騎当千の者どもばかりで。とりわけ戦場が生み出す淀んだ怨念に汚されたアーサー王と、ユーゴスラビアの構成国マケドニア──厳密には現代と古代のマケドニアでは人種も国家の位置も異なるが──でかつて誕生した王として大きく知名度補正を受けるイスカンダル、そして百に分裂し混乱する表の世界に紛れ込んだハサンが猛威を振るった。

 

表の世界で繰り広げられる内戦と、裏の世界で繰り広げられる聖杯戦争。

 

そんな死線をルーマニアより来た竜の末裔にして魔女の末裔である女魔術師は駆け抜けたのだ。己のサーヴァント、アルゴー号の破片より呼び出されしアーチャー──ヘラクレスとともに。

 

そして五騎全てをなぎ倒し、最後の障壁たるアーサー王を下したアーチャーと女魔術師の前には今、絶え間なく泥を吐き出す亜種聖杯がある。

 

「くっ……」

 

「傷が痛むか、マスターよ」

 

女魔術師は癒えぬ傷を負った右肩を押さえ、苦しそうに呻いた。ランサーディルムッドによる令呪の後押しを受けた魔槍の一撃は、彼が消滅した後もこうして女魔術師の体を蝕んでいる。

 

「……ひとまずは、問題ありません。アーチャー」

 

苦痛に顔を歪めつつ、女魔術師は歩き出す。そして目の前にある亜種聖杯にそっと手を翳して……静かに首を振った。

 

「完全に汚染されているな。無理もない、この地ではあまりに人が死にすぎた。その血、その無念、その怒り、その憎悪が地脈へと滲んでしまった結果……亜種聖杯はそれを吸い取ってしまったのでしょう。これでは、願望器としては使い物にならないでしょうね」

 

“私にはこれを浄化する実力はない。申し訳ありません、アーチャー”と、女魔術師は力なく俯いた。

 

「何故お前が謝る必要がある」

 

「それは……私は、お前を呼び出した者として、その願いを叶えるある種の責任があるからです」

 

「ならばこちらも同じことだ、マスターよ。私はお前の声に応じ、この地上に現界したサーヴァント。そうである以上、マスターの願いを叶える義務がある……お前が言っているのはそういう理屈だ。どちらが悪い、という話ではない。最初から、この戦争の果てに得られる景品はなかった。ただそれだけのことだ」

 

もしや慰めてくれているのだろうか、このギリシャの大英雄は。そんな疑問は女魔術師の頭に浮かぶ。

 

だが、おかげで少し心が軽くなった。数多の犠牲の果てに掴んだのが、こんな汚染された願望器(無用の長物)だという事実に打ちのめされそうになったが、大英雄が仕方がないと言うのだから、仕方がないのだろう。

 

「これからどうするつもりだ?」

 

「……汚染された亜種聖杯は封印し、アカデメイアに持ち帰りましょう。そして私は……故郷に帰り余生を過ごします。もうきっと長くない命なので」

 

悲しげな表情で絶え間なく血を流し続ける傷を見る。呪いの傷、それは見た目以上のダメージを肉体にもたらしている。体は失った血を補うために無理を強いられ、癒えぬ傷は感染症のリスクを高める。事実上免疫機能が低下したとも言えるだろう。

 

女魔術師は“楽に死ねれば御の字だな”と、諦観の籠もった声で呟いた。

 

「……アーチャー。最後に一つ、聞いても良いですか。お前とは約半月に渡り、戦場を駆けてきました。多少はお前のことを理解したつもりです、しかし……未だに分からないことがある。お前が聖杯にかける願いは、一体なんだったのですか?」

 

聖杯戦争が終わり、間もなくアーチャーは退去となるだろう。だがその前に、女魔術師は一つ彼に疑問を投げかけた。

 

「さて、な」

 

問を投げかけられたアーチャーは、どう答えたものかと首をひねる。

 

「かつて共に大海原を旅した仲間(トモ)と再会したいという思いもある。神々の奸計により誤解の末、散らしてしまった命に報いたいという思いもある。己の人生を否定し、この名を捨て去りたいという思いすらあるだろう……だが、強いて言えば今一瞬」

 

その曇ない眼が女魔術師を射抜いた。

 

「己の手で殺してしまった我が子の顔が、目に浮かんだ。ならば、きっとそれが今回の私の願いだったのだろう」

 

ヘラクレスの逸話。彼の成し遂げた十二の試練の始まりの物語。それは女神ヘラが彼に狂気を吹き込み、子殺しを強制させたことから始まる。

 

贖罪の旅は長く、さらにその過程を十二の試練などと持て囃され、その後にヘラの栄光(ヘラクレス)などと皮肉な名をつけられた彼の心境は如何ほどだろうか。

 

「マスターはどうだ。お前は何を願って、この戦争に参加した」

 

生前の記憶に思いを馳せていたアーチャーが、不意に女魔術師に問い返した。

 

「私は……最初は、きっと義務感からでした。長きに渡りこのバルカン半島の魔術世界で、平和をもたらしてきた一族の責務があった。故に、表の戦争に干渉し、裏で聖杯戦争を始め、その惨劇を広げようとするダーニックの策略を食い止めなければならないと思った。それが、始まりだった」

 

竜の一族の責務。パクス・ロマーナの消えた世界で、大回廊を継承しバルカン半島全てを管理していると言っても過言ではない彼らは、王朝亡き後もその理念を忘れはしない。

 

それはかつて見た帝都(ローマ)の景色、平和(ローマ)な世界を遍く世界に広げるという意思である。始まりのダキアはその理念でもって、名をルーマニア(ローマ)へと変えたのだから。

 

「けれど、途中からは違います。私はただ生き残るために、この戦争を戦い抜いた。生きて、故郷に帰って、置いてきた娘の顔が、見たかった」

 

エレイン、私の娘。不出来な娘。魔術師としておよそ最高の才能たる竜の炉心を持って生まれてきたにも関わらず、それを十全に活かすほどの才覚はない。正直、頭の方もあまりよろしくない。はっきりいってちょっと天然で、しかし善良なものだから、この世の中を強かに生き抜く力は持ち合わせていないと言える。

 

けれど、それでも、彼女は愛すべき娘だった。多くの死を目の当たりにし、己の生を強く実感した女魔術師はそれに気づいたのだ。

 

「あぁ、こんなことなら聖杯戦争に参加せず、娘の側にいてやれば良かった」

 

今更ながら、少し後悔する。この戦争に参加しなければ傷を負うことなく、もっと長く娘と共に生きられたのではないかという後悔。

 

「それは違うな、我がマスターよ」

 

だが、そんな後悔を大英雄は一蹴した。

 

「そうすればお前はきっと為すべき責務を放棄したと後悔しただろう。それに加えて、この惨劇がお前の故郷に伝播する可能性すらあったはずだ。故に……誇れ、お前は娘を置いていったのではなく、娘の未来を守ったのだ」

 

「──────」

 

アーチャーの言葉に一瞬目を丸くする。そして数度ぱちぱちと瞼を瞬かせたあと、女魔術師は柔らかに微笑んで“ありがとう、アーチャー”と礼を言った。

 

アルゴー号の破片は、複数の英霊との縁を持つ。それはかの円卓の欠片の如く。

 

故に、二人が主従を結べた理由はきっと……そこに共通点(子を想う心)があったからなのかもしれない。

 

「そろそろ、お別れですね。あなたと会えて良かった、ヘラクレス。ギリシアの大英雄よ」

 

「ああ、それはこちらの台詞だマスター。我が弓を預けるに足る魔術師よ。そして……最後に、これを渡しておく」

 

別れの時だ。彼の体が、徐々に世界から否定されて消えていく。だがその今際の際に──彼はおもむろに取り出した矢を己の胸に突き立てた。

 

「な、何をするのだアーチャー……! 何も自害までする必要は……!」

 

「……っ。自害ではない。我が血を、今鏃に染み込ませたのだ。我が死はヒュドラの毒とともにあり、そしてヒュドラの毒は血を媒介し伝播する性質を持つ。故に、この矢はたった今我が血を吸って、神をも殺す猛毒の矢となった」

 

そして、心臓を突き刺した矢を引き抜くと、血濡れのソレを魔術師へと手向ける。

 

「お前ほどの魔術師ならば、私が消えても私の矢を後の世に残すこともできるだろう。近いうち、真なる聖杯戦争がお前の故郷で行われると言っていたな。ならば、お前の娘もそれに巻き込まれる可能性があろう」

 

「それは……」

 

「この矢を、お前が娘に繋げ」

 

ヘラクレスの神として荘厳な、しかし人として温かみを帯びた眼差しが女魔術師を射抜く。

 

お前が守れ(・・・・・)、マスター。たとえその命潰えようとも、その思いははるか未来まで残すことができるのだから」

 

そう言って、アーチャーは光となって消滅した。魔術師は残された鏃に猛毒を帯びた矢を握り締め、誓う。

 

「本当は、魔術のことなど何も知らず、故郷を離れて遠くに行ってくれればそれが一番なのだけれど」

 

入念な準備を行おう。必ずしも娘が巻き込まれるとは限らない。だが、もしそうなったとき、何も知らぬ娘が確実に生き残れるように対策を練ろう。彼女が日常を過ごしたまま、知らぬ間に聖杯戦争が終わっているような状況を生み出せれば最良だ。

 

地下室に陣を描き、娘の魔力が籠もった魔石を安置させるよう指示しておく。これで彼女がマスターとなった場合、自動的にサーヴァントが召喚されるはずだ。呼び出される英雄は、きっと先祖の誰か……願わくば、大祖が応えてくれることが望ましい。

 

手記も残しておこう。汚染された聖杯も、かのブリテンの魔女ならば何かの役に立てるかもしれない。

 

「私が守ろう。大英雄より授かりしこの矢と、一族が継承してきた環十字に誓って」

 

それは時を超えて、我が子の命を守る守護の祈り。かつてドラコニオスとドラクルを繋いだ女魔術師の先祖が、愛した夫にそうしたように。彼女もまた、愛した娘のためにそれを遺した。

 

 

 

 

「頼む。エレインを守ってくれ、『希望導く祈りの環十字(プリドゥエン)』ッ!」

 

カウレスは胸に掲げたロザリオを引き千切り、ライダーの拳の前にその命を散らそうとしている彼女へ向けて投げた。

 

祈りを受けた守護の盾はその力を発揮し、ほんの僅かな一瞬だけ英雄の一撃を食い止める。

 

「ライダーァァァッッッ!!!」

 

そしてそれは、エレインの視線のすぐ横を掠め、白い頬に僅かな跡を残すに留まった。

 

ほとんど前に倒れるように、エレインは左腕を振り抜く。その一撃は“どんっ”とライダーの厚い胸板を叩き、その心臓を貫いた。

 

「がぁぁぁ──ッッッ!!!」

 

次の瞬間、ライダーの肉体を襲う痛み。全身を駆け抜ける刺激痛。足の先から細胞が腐り落ち、感覚が失われていくような痛み。

 

(これは、ヒュドラの毒か……! かのヘラクレスや先生ですら、その痛みから不死を捨て去った神殺しの、毒……ッ!)

 

それは肉体だけでなく、精神すら蝕んでいく伝説の毒。それもただの毒ではなく、ヘラクレスという半神の血を宿した猛毒であった。

 

穴という穴から血を垂れ流しながら、ライダーは実感する。これはもう、長くは保たないと。

 

だが──。

 

「俺の体は、まだ動く……ッ!」

 

アポロンの加護を受けたヘクトールの弟パリスの矢を踵に受け、そして心臓を穿たれてなおトロイアの軍勢を相手に暴れ続けた逸話。

 

『戦闘続行』、ライダーの往生際の悪さ表した、致命の一撃を受けてなおこの世にしがみつくことを可能とするスキル。そのスキルによって幾ばくかの猶予を得たライダーは、反撃すべく目の前の女の頭を掴んだ。

 

「いいえ、あなたはここで終わりです」

 

だが、女は怯みもせずまっすぐライダーの目を見つめ返した。この手が握られ、頭が潰されるかもしれないというのに、その心に恐怖はない。何故なら彼女の目には見えていたから。いつもピンチの時に助けてくれた彼が、ライダー目がけて手を伸ばす姿を。

 

「行くよ、カウレスくん」

 

エレインはライダーを挟んで、彼の手を握るつもりで手を伸ばす。そして互いの手は直接触れずとも、確かに想いを繋いでみせた。

 

「「『極刑王(カズィクル・ベイ)』」」

 

それは黒のランサー、ヴラドⅢ世の逸話が昇華された、突き立てられた杭(・・・・・・・・)という概念宝具。神性は持たぬ故に、ライダーの肉体に傷をつけることはできないけれど。

 

「なんだ、体が──動かねぇ……ッ!?」

 

その体に杭を打ち、磔にすることはできる。

 

肉体の内側から、まるでピン留めするかのように己の体を固定化される感覚。常ならば、ライダーはその拘束を無理やり振りほどくことができただろう。だが毒に侵された体では、それはどうやっても不可能だった。

 

「カウレスくん……ッ!」

 

徐々に消えていくライダーの体。それに呼応してカウレスの胸を突き刺した槍も消え去り、彼の体が大地に倒れ伏す。

 

己を無視して男の身を案じ、体の横を通り過ぎた女の姿を見送りながら、ライダーはかつてゴルゴダの丘で磔にされ、ゆっくりと血を流し死んでいった神の子のように静かに毒に侵され死んでいく。

 

「あぁ、はは……マジかよ。まさか先生以外の、それも当世の人間たちにやられるとはな」

 

特異な能力を持ち得た敵……とはいえ、かつてライダー──アキレウスが生きたギリシアならば異能の類はありふれたものだった。それは言い訳にならない。

 

現代の人間は軟弱で、到底自分が生きた時代にいたような勇士は存在しないと思っていた。だが、アキレウスは思い出す。

 

神殺し、怪物殺し、英雄殺し……そんな有利不利を乗り越えた大逆転(ジャイアントキリング)を成し遂げてきたのは、いついかなる時代だってそんな人間たちの一人であったことを。

 

生まれ持った強さは関係なく、生涯そのような偉業成し遂げた者たちこそが、英雄と呼ばれたことを。

 

油断、慢心があったことを認めよう。特に、女を捨て置いたことは戦士にあるまじき行為だったかもしれない。

 

(あぁ、勿体ねぇ。こんなことなら、初めから全力でぶつかっとけばよかった……ぜ──)

 

そうしてアキレウスは、一割の後悔と九割の充足を感じながら、静かにこの世を去った。

 

 

 

 

「カウレスくん、カウレスくんっ」

 

その名を呼びながら、随分無理をしてしまった彼の体を仰向けにする。体はとっくにボロボロで、それはかつて彼が吸血鬼に心臓を穿たれた時の状況によく似ていた。

 

「ねぇ、目を覚まして……?」

 

答えはない。それどころか、息もない。当たり前だ、心臓が穿たれたのだ。体に血すら巡っていないのだろう。

 

「だったら──」

 

エレインは微かな恥じらいを抱えながらも、決意したように舌を噛み、彼の唇に接吻した。

 

「ん……」

 

血と、空気と、生気を流し込むように。ゆっくりと舌を喉奥まで滑り込ませる。

 

「──かはっ、こほっ……はぁ、エレ、イン……?」

 

そしてカウレスは咳き込むと、苦しげに瞼を開けて、息を吹き返した。

 

「……私のファーストキスの味は、どうでしたか?」

 

「血の味、だったよ……はは……」

 

情緒もヘッタクレもない、初めてのキス。そんなキスを交わした二人は思わず笑顔を浮かべた。

 

「でも、良かった。目を覚ましてくれて」

 

エレインが安心したように微笑む、だが。カウレスは“いや──”と、左右に首を振ってその言葉を遮った。

 

「俺は、たぶんここまでみたいだ」

 

「え……な、なんで。そんな……!」

 

指先から、その体が徐々に灰となっていく。それに気づいたエレインがまた悲痛な声を上げて、彼の体を抱きしめた。

 

「俺は、吸血鬼に染まり過ぎた。多分もう、魂がぐちゃぐちゃなんだな。もうすぐ、死ぬと思う。それに、アサシンに言われたこと全部破っちまったからさ」

 

日に一度はエレインの血を飲むべし。ロザリオは肌見放さず持つべし。あと内臓はこぼすな。

 

日に一度どころか大量に摂取してしまったし、ロザリオは投げたし、内臓はこぼしまくったのだ。こうなるのも、ある種道理だろう。

 

「い、嫌だ。せっかく勝ったのにそんなことってないですよっ」

 

“吸血鬼だから地獄行きかもなぁ、はは”と、笑えない冗談を言うカウレスの肩を涙を浮かべたエレインが揺らす。

 

「だから、最期に一つだけ言わせてくれ。エレイン……俺は、君がずっと好きでした」

 

「……!」

 

突然の愛の告白を受け、エレインは顔を紅潮させる。

 

「い、いつから……?」

 

「お前は気づいてなかったかもしれないけど、ずっと昔からだ」

 

「理由、聞いても良い?」

 

「俺も姉さんも、時計塔に行く前は友達とかいなくて、唯一の幼馴染は君だけだろ。それに魔術師にしては半端者で……だから、どこにでもいる普通の人間のように、等身大の優しさを持つ君に惹かれたんだ」

 

「……そっか」

 

エレインはある種の納得とともに、その告白を受け入れた。そして。

 

「ねぇ、カウレスくん。私の血、吸って良いよ。私の魂、半分あげる。だから、だからどうか、私と一緒に生きて」

 

死に逝く吸血鬼に、一つの契約を提示した。

 

「……何、言ってるんだ。そんなことすれば、お前だって吸血鬼になるかもしれないんだぞ」

 

「良いよ」

 

有無を言わさぬ口調で、彼女はそう断言する。

 

「カウレスくんと一緒なら、吸血鬼になったって構わない」

 

“本気かよ”というカウレスの目線に、同じく目線で“本気です”と応えるエレイン。そして口を開く。

 

「私、カウレスくんのことはただの友達だと思ってました」

 

「おうふ……いや、知ってた。知ってたけどやっぱり本人の口から言われるとショックだなこれ」

 

ごめんなさい、あなたのことは友達としか思えませんと告白キャンセルワードの常套句を聞いて思わず男泣きしたくなるカウレス。だが、エレインの言葉にはまだまだ続きがあるらしい。

 

「冗談言ってないで聞いてください。あくまで最初は、です。でも……この聖杯戦争の中で、カウレスくんは何度も私を助けてくれました。最初は黒のバーサーカーに殺されそうになったとき。次は、黒のランサーに殺されそうになったとき。それから、赤のライダーに殺されそうになったとき」

 

その時から僅かに生まれた疑問。二人の関係を一歩近づけるきっかけになった気づき。

 

「“なんでそこまでしてくれるんだろう?”って思ったりもしました。“もしかして私のこと好きなのかな”なんて思って……ちょっと距離詰めてみて、反応を見たりだとか」

 

自分を守ってくれたから、異性として気になり始めたなんてありふれた理由。それを聞けば、あなたは笑うだろうか。

 

「アレわざとだったのかよ」

 

「そこまで天然じゃないですよ! わざとですわざと! ……半分は」

 

「残り半分は?」

 

「……純粋に友達と仲良くしたくて」

 

しゅん……と肩を落とすエレイン。その姿を見てカウレスのぶち抜かれたはずの胸が打たれた。かわいい。

 

「くそう、俺の幼馴染が魔性の女すぎる」

 

「それはもう良いですから! とにかくっ、とにかく私……私も、ちょっとずつだけどあなたに惹かれていたんです。守ってくれたあなたの背中に……その、こ、恋をしました!」

 

風邪でも引いてるんじゃないかと思うくらいの熱を帯び、顔を真っ赤に染め上げて、目をぐるぐると回転させながらエレインはそう言い切った。

 

「だから私の血を吸ってください!」

 

そして女は度胸と言わんばかりに、器用に片腕だけで上着を半分脱いではだけさせる。そしてグイっと下着の肩紐をずらし、“ほら、ここ!”と強調するように、その陶器の如き白磁の肌を指差した。

 

「あの、エレインさん。自分が相当恥ずかしいこと口にしてるって気づいてます?」

 

「うるさいなぁ! 私だって右腕取られて死にかけなんですよ! 死にかけなのに理性もなにもあるわけないですぅ! ……だから、ほら。私を助けるためにも、ね?」

 

もぞもぞと唇を揺らし、視線を所在なくあちらこちらへと向けた後。エレインは意を決したように告白した。

 

「私を、あなたの花嫁(ヴァンパイア)にしてくださいっ」

 

言った。言ってしまった。いや、正確にはカウレスの方から告白してきたのだから、その返事をしただけだ。別に己が恥ずかしがる必要はない。そのはずなのに、エレインはもう小さくなって縮こまりたいくらいに脳を沸騰させていた。

 

カウレスの返事は、まだない。少しばかりこの戦場だった部屋に静寂が満ちて──ポツリと、小さく耳元で答えが告げられた。

 

「……もう、我慢できない。途中で嫌だって言ったって、止まらないからな」

 

「は、はぃ……っ」

 

そして、カウレスは勢い良く彼女の肩に齧り付く。

 

「ぁ……っ」

 

鋭い歯が皮膚を突き抜け、温かな血が滲み出す。それを味わうように舌が肌の上を這うと、なんとも官能的な快楽がエレインの脳を駆け巡った。

 

「ぅ……ぁ……」

 

悦楽に呻きながら、エレインは恐怖する。

 

「これ、やっぱりだめかもっ。く、癖になっちゃうから。お願い、ストップ。だめ、らめぇ──」

 

胸の奥から止めどなく溢れてくる感情が、頭の中を埋め尽くす。もう何も考えられないほど気持ち良い。血の一滴すら残らないほど吸い上げてほしい。肉片すら残さず、我が身のすべてを喰らってほしい。私の魂をすべて、犯して欲しい。

 

あぁ、夜の王、私の王、私の吸血鬼(ドラクレア)様。どうか、心まで支配してください。

 

精神が汚染され、そんな想いと共に彼女が自我を崩壊させそうになったその瀬戸際。

 

「──どっせいッ!」

 

「──がはっ!」

 

エレインの肩に喰らいついていた吸血鬼が蹴飛ばされ。

 

「──からの鞘ァ!」

 

「──ぐぇっ!」

 

吸血鬼の眷属になりかけていたエレインの胸に、聖剣の鞘が突き刺さった。

 

「よし! 無事かアサシンのマスター! テメェはオレの子孫みてぇなもんだからな。ちゃんと助けてやるよ! で、あの吸血鬼が敵か? あいつを殺せば良いんだな?」

 

現れたのは赤のセイバー。彼女は紅蓮の聖剣をブンブンと振り回しながら、壁に激突し気絶したカウレスに向かって今にも飛び出しそうな様子でエレインを見た。

 

まるで手に入れたばかりのおもちゃを使いたがる子どものようである。

 

「ちが……ちがくて、あれカウレスくんで……」

 

“やばい。早く否定しないとカウレスくんがこの野蛮人に殺されちゃう”と、エレインは喋るのも億劫な口で必死に言葉を紡ぐ。

 

「……なんか傷が治らねぇぞ! おいどうなってんだこれ! 鞘を体に埋め込めば傷が治るんじゃなかったのかよ!」

 

そして焦ったように、傷ついたまま血を垂れ流し倒れ伏すエレインの周りで右往左往する赤のセイバー。

 

「馬鹿野郎おまっ、真名も解放せず胸に鞘をぶっ刺す奴があるか!」

 

そんな彼女に向かって、保護者兼マスターの獅子劫が声を上げた。埋め込むってそういう意味じゃねぇだろ……と。

 

獅子劫は冷や汗をかきながら、少し前の自分の判断を褒め称える。良かった、あのとき拒否しといて。もしあのとき自分の治療を受け入れていたら、ノータイムで心臓ぶち抜かれていたかもしれない。

 

「あ、やべ。忘れてた。よーし、起きろ『全て遠き理想郷(アヴァロン)』。ほら、真名解放したぞ。そら生き返れ生き返れ──」

 

エレインはその声を聞き、“やっぱりバーサーカーじゃないですかぁ”と内心で愚痴を吐きながら気絶した。

 

「それとあっちの吸血鬼はユグドミレニアの坊主だ!」

 

「うっそだろ、あいつ味方ァ!? やべぇよオレガチで蹴っちまったぞ……そこのお前、ちゃんと人の形保ってるかぁ? おーい──?」

 

ここで正義のヒーローのように颯爽と登場できないところが、赤のセイバーらしいといえばらしいのだろうか。

 

 









おや、エレインの様子が……?

でっでっでっでっでっでっでー♪

テッテレー! おめでとう、エレインはヴァンパイア(眷属)に進化し──。

モーさん「BBBBBBBBィッ!」

ラブラブ・カリバーンでヘラクレス倒せるんだから、ラブラブ・カズィクル・ベイでアキレウスを倒せてもおかしくはない。愛の力は無限なり。まる。

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