アーサー王(史実)がしたこと   作:妄想壁の崩壊

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Apocryphaでしたこと【終】

 

 

空中庭園中央、その主たる女帝の玉座があった場所で、二人のアサシンが互いの命を奪わんと腕を振るっていた。

 

片やメソポタミアの魚の女神の娘。片やブリテンの湖の乙女。世界最古の毒殺者と呼ばれた女帝と、神代最後の魔女と呼ばれた妖精妃。

 

生まれ持った性格や、得意とする魔術の属性すらどこか似通った性質を持った二人はまるで同族嫌悪のような不思議な波長の合わなさ(・・・・)を感じつつ、生涯をかけて研鑽した魔術を解き放った。

 

鋭く尖った鋭利な氷柱が飛べば、水膜の盾に防がれる。怪しく輝く光線が放たれれば、凹レンズの要領で収束した水がその軌道を逸らす。

 

急速な加熱に水蒸気となって爆ぜた水分が、光を吸って鮮やかな虹を描いた。端から見れば、それは戦闘ではなくまるで貴人たちを楽しませる座興のように見えただろう。

 

乱れ咲く熱線の花。吹き荒ぶ吹雪。それはまるで美しき女たちを彩るかのようで。

 

そして一方、宙に浮かぶ水の塊の間を縫うかのように空を駆ける、力強き魔獣と竜の姿があった。

 

「征け、バシュムよ。母なる大河ティグリスとユーフラテスが大地を飲み込んだように、我が敵をとくと喰らうが良い」

 

メソポタミア神話において、ティアマト神が生み出したとされる魔獣。龍と見紛うが如き巨体の毒蛇バシュムがビザンツのアサシンに襲いかかる。

 

魚の女神の娘であり、稀代の毒使いが使役する魔獣。それはもはや権能の域にあり、敵を喰い殺さんと(あぎと)を開いた。

 

「クラレント、フロレント。我らが双頭の竜に命ずる、オリエントより来たりしかの蛇を食らいつくせ」

 

そして実体なき二頭の竜が、古き神秘を宿した魔獣へと飛びかかった。『双頭』──それは東西世界、すなわちこの世全ての象徴だ。

 

ヨーロッパとアジアの境界に築かれた帝都で、ボスポラス海峡の西と東を見守り続けたドラコニオスの剣が吠える。

 

そして巨獣たちの争いに巻き込まれまいと距離を取った二人の支配者の目があった。

 

「「チッ、忌々しい。千日手だな」」

 

互いに同じことを口ずさみながら、二人は術式を編む。実力は拮抗していた、弾を撃っては撃ち返し、魔術を投げては防がれる。

 

こうして直接攻撃をしていない間にも、互いの間には何十何百もの呪詛が往来していた。当たれば内臓が破裂し、掠めただけでも目が呪われて腐り落ちる。手足が壊死し、舌が縺れ、致命的な敗北へと繋がる呪いの数々が放たれては消えていく。

 

それが魔女、それこそが毒婦の戦い方である。本来は直接顔を合わせて戦うことなどなく、裏で策を練り、姿を現すのは全てが終わった後。そんな魔女二人がまさかこうして室内空中戦を繰り広げることになるなんて、聖杯大戦とはなんとも不思議なものだ。

 

しかし、もう何十回とこの流れを繰り返しただろう。中距離戦では、いつまで経っても決着は付きそうにない。

 

(時間は十分に稼いだ、味方の戦闘もそろそろ佳境でしょう。今ならば赤のアサシンを殺し、この空中庭園が崩れても問題はないな──ッ!)

 

(ようやく霊基(からだ)が馴染んできたか。ならば良し、手早くこの女を倒し、マスターめのもとへ馳せ参じてやるとしよう──ッ!)

 

双頭の竜と毒蛇の魔獣が、壁を突き破りながら暴れまわる。瓦礫が崩れ、土煙が上がる中──二人は奇しくも全く同時にギアを上げた。

 

より早く、より凶悪で、より洗練された魔術。虎の子と言っても良い二人の奥の手は宙で混ざり合い、行き場を失ったエネルギーが花火のように咲いた。

 

((これも防いで見せるのか──!))

 

思考の一致、単なる偶然による相殺でしかなかったが、二人は内心敵への警戒心を強めた。相手は己の心を読む術を持っているのかもしれぬと、魔術で思考と心を閉ざす。

 

(これがアッシリアの女帝、セミラミス。私より古き神代の魔女の実力。文献では知っていたが、まさかこれほどとはな。しかし──)

 

(これがブリテンの魔女、赤のセイバーの母にして騎士王アーサーを謀略でもって殺してみせたモルガンか。ふん、癪だが、我より浅い神秘と侮っていたことを認めよう。だが──)

 

赤のアサシンが漆黒ドレスをひらりと靡かせ。

 

(ビザンツ)のアサシンの紅金のローブがふわりと風を孕む。

 

「「貴様、本当にアサシンかッ!!!」」

 

互いにどの口が言うのだろうかと思えるような軽口が飛んだ。まったく、どうして暗殺者の霊基などで現界してしまったのだろう。

 

互いに魔術師(キャスター)であれば、さらに研ぎ澄まされた全力をぶつけられたというのに。

 

「一瞬で構わない。来い、クラレントッ!」

 

先に仕掛けたのはビザンツのアサシンであった。彼女はかつて己の息子が握った剣の名を呼ぶ。そして彼はその声に応え、バシュムを差し置き主と共に赤のアサシンへと迫った。

 

実体が無いはずの竜の背に乗って、距離を詰める。

 

中距離戦は互いに埒が明かず、どのような魔術であれ撃ち落とされる。であれば、選択肢は自ずと接近戦のみに絞られた。

 

「切った張ったは趣味ではない。だが──ッ!」

 

短い詠唱と共に手元に氷の刃を形成すると、彼女は勢い良く飛びかかる。魔術師というのは基本的に中遠距離戦が主な戦いの場だ。まさか詰めてくるなんて思うはずもない。相手が凡百の魔術師であれば、この奇襲の如き飛び掛りはその首を容易く貫くはずだった。

 

だが、敵は一国を率いたアッシリアの女帝である。

 

「──甘いなッ!」

 

「剣も扱ってみせるか、赤のアサシン!」

 

氷の刃は、水怪の角をそのまま剣にしたかのような鋭い刺剣によって弾かれた。

 

「我の養父にして一番目の夫は軍人でな? 武術も多少は嗜んでおる。……貴様はどうか、黒のアサシンよ」

 

「奇遇だな、私もかつて師と仰いだ者が剣術の手練であった。国一番の魔術師だったクセに、“魔術よりも剣の方が楽”などと宣う阿呆であったが」

 

「それは重畳。であれば、剣術(こちら)でも退屈はするまい?」

 

こうして軽口を叩いている間にも、互いの背中越しに魔術がぶつかり合っている。そんな視界の端でぶつかって消えていく死の嵐の中にあって、二人の魔女は舞い踊るかのように流麗な剣術で打ち合った。

 

水魚の女神の子と湖の乙女、互いに水に近しい起源を持つ。だがその在り方は水が千の姿を持つように、全く違っていた。

 

「田舎者にしてはよくやるものよ。我が領域にまで至るその腕を讃え、このセミラミス自らが貴様を串刺ししてくれよう!」

 

一方は嵐に荒れ狂う大海のように、岩礁に打ちつける大波のように激しい連撃を繰り返した。かつて軍を率いインドまで攻め入ったときのように、苛烈にして過激な猛攻が繰り出される。

 

「ほざけ、ロートルが! たまたま世界の中心に生まれたことが幸運だったと噛み締めろ!」

 

一方は凪いだ水面のように、森の中で静かに佇む湖のように静かなる剣でもって応えた。かつてあった激しい気性、ヒステリックな側面はとっくに鳴りを潜めて……しかし、心に宿した燃え上がるような熱は消えることはない。

 

己の本質は変わらぬ。ただ復讐に執着したその方向性を、良き方向へと導いてくれた愛しい人がいた。それだけだ。

 

「幸運? 我の生まれが幸運と言ったか? くくっ……戯け者め。ついぞ玉座を得ることのなかった負け犬めがよく吠える」

 

「なんだと? ふん、私が犬なら貴様はそれ以下だ。獣か魔獣の類だろう。これは吃驚(びっくり)、稀代の毒使いはなんと口から毒を吐く魔獣だったらしい。ははぁ、貴様の母はさては嘔吐物の女神か──?」

 

“ギリッ”と歯ぎしりする音。そして二人のこめかみに青筋が浮かび、互いが口角をひくひくと痙攣させている。

 

流石は魔女、心を惑わせる毒婦、相手の地雷を踏むのもお手の物らしい。

 

「軽い軽い、口が軽いな黒のアサシン。ふわりふわりと水に浮かんで揺れるようではないか。まるで一方では騎士王に敵対し、一方では騎士王に手を貸す貴様の在り方を表したかのようだ。自分を律せぬ異常者とはよく言われなかったか?」

 

「異なことを。私は私の秩序に則り行動したまで。もっとも、貴様には分からんだろうがな!」

 

三重の人格を持つ苦しみなど、人間程度に語られてたまるものかと言わんばかりにアサシンは不愉快げに顔を歪ませた。

 

複数の側面を持つ、というのは基本的には生物ではなく神が持つ特性なのだ。古きケルトの神の流れを汲む彼女にとって、行動の支離滅裂さは『そういうもの』の一語で説明してしまえる。それを神性持ちだろうと、人として生きたセミラミスにとやかく言われる筋合いはなかった。

 

二人の剣が、火花を散らしてぶつかる。

 

「何──?」

 

次の瞬間、魔女モルガン、あるいは賢者モーガンとして英霊となったアサシンの氷の刃が跡形もなく砕け散った。

 

(馬鹿な、魔術で生み出したものとは言えそうそう破壊されるものでもあるまい。出力が、落ちている──?)

 

などと疑問に思ったのも束の間。

 

「軽いな。口も軽ければ剣も軽いと来た。尻の軽さも合わせれば三軽とでも言えようか?」

 

赤のアサシンの挑発が湧いた疑問をかき消して、彼女の頭の中を怒り一色に染め上げた。

 

「はぁ!? 言ったな、貴様ァ!!! 同類のクセにどの口が──ァッ!!!」

 

それは、それだけは一線を越えている。己が一番否定したいと言っても良い過去を、よりにもよって彼にも聞こえているこの戦場で口にするとは。

 

ブチギレ不可避である。だって言い返せないので、キレるしかない。

 

あるいは。

 

「……ふ、ふん。良いですもん。私には“それでも”と言って手を取って、愛をくれた人がいたのですから」

 

開き直ってみせるか。

 

「最後に一人で死んでいった貴様と違ってな?」

 

「んなっ!」

 

そこからはもう、ただの悪口大会。あるいは既婚者とバツイチ……いや、バツイチどころではないが、ともかく女と女の醜いマウントの取り合いであった。

 

「孤独死などしていないが!?」

 

「あぁ、そうでしたね。息子に反乱を起こされ無様に鳩になって空へと逃げたのでしたの。はっ! さてはその後同じ畜生同士、鳩とでも番ったのか!?」

 

「そんなわけがあるものか! 普通に帝国のその後を見守りながら死んだわ、たわけ! それと鳩は畜生などではない、我を育てた賢者の象徴だ! 訂正せよ!」

 

「鳩に育てられた……だから鳥頭(ばか)なのか」

 

“頭もぽっぽで、鳩ぽっぽ”と言いながら、ニヤニヤと嘲笑するビザンツのアサシンに、顔を真っ赤に染め上げて激昂する赤のアサシン。

 

「嫌味な女め、貴様のことを好く男の気がしれぬわ。さぞかし女の趣味の悪い男か、あるいは盲者か? 目が曇っておったに違いない!」

 

「チッ、何故どいつもこいつも。アーサーは別に女の趣味が悪いなんてことは! 悪い、なんてことは……」

 

自分とは別ベクトルのブリテンの毒婦を思い浮かべ、彼女は口を噤んだ。王妃の立場にありながら愛を嘯き、円卓に終焉を齎した女。魔女だった頃は利用させてもらったが……思い返してみれば、アレのしたことは最低の所業である。そんな女が最初の妻なものだから、ちょっと否定できない。

 

あと彼が宮廷魔術師として重宝していた女魔術師も、厳密には女ではないが……うん、控えめに言って最低(カス)。大げさに言ってもはや円卓の敵。良いところは見た目くらいだ。

 

魔術の腕? 面倒だからと剣を振るやつがまともに魔術を使うはずもない。日々サボっては城下で男漁り女漁り。本当に、少しは真面目に仕事してくれませんかね。

 

まぁ、アレが真面目に仕事をしたところで、逸脱した能力を持って生まれたアーサー王の道に歯止めをかけるように抑止力の妨害に遭うのだから、それを考えれば真面目に働くなんて馬鹿らしいと言えば馬鹿らしいとも言えるが。

 

「……ない、と思いたいが」

 

……やっぱり、彼の女の趣味が悪いことは否定できなかった。

 

「否定できぬか? ふっ、ならば貴様の貰った愛などその程度のモノに過ぎぬというもの。見たこともないモノに妖精の審美眼は働かなかったようだなぁ? それが粗悪品とも気づかず後生大事にありがたがるとはまさに『滑稽』と言うものよ!」

 

だが、その侮辱は看過できなかった。何故なら彼がくれた想いは、確かに本物だったと断言できるから。

 

「愛を知らぬ毒婦(どうるい)が、彼の愛を語るな──ッ!」

 

北の国で見た冬景色。凍てつく嵐が、雪など知らぬ中東の女帝に襲いかかる。

 

だが、赤のアサシンは恐れることなく一歩を踏み出し、嵐の目へと突貫した。

 

「──知っているとも、愛くらいな」

 

そうでなければかつてのあの人のために女帝として君臨することも、今彼のためにこうして柄にもなく剣を握ってわざわざ時間を稼ぐなんてこともしてはいなかっただろう。

 

赤のアサシンは将軍仕込みの蹴りで、敵の腹を蹴飛ばした。

 

「くっ、やはり不調か……?」

 

体に違和感を覚えながらも、杖を手に立ち上がるビザンツのアサシン。

 

「ようやく霊基が馴染んできたところでな。我の城もまたそれに呼応し、本来の力を取り戻しつつある」

 

そう、今の今まで対等に渡り合えていたが、ここは本来の赤のアサシンの領域、赤のアサシンの玉座。魔術師とは己の工房の中において、最強なのだ。

 

「決着だ。生前魔術でも口でも我に対抗してみせた存在はいなかった故……いやはや、なかなか愉しかったぞ? 道化として飼ってやっても良い程にはな」

 

赤のアサシンの言葉には耳もくれず、ビザンツのアサシンは考える。

 

(敵の切り札は、おそらく毒とこの庭園という領域そのものだ。ならば私の宝具で上書き(・・・)してやれば良い。私の宝具なら、いかな毒であろうと浄化してみせる。問題は──)

 

視線を逸らし、変わらず戦いを繰り広げている三頭の龍を見る。

 

(宝具を展開するまでの、時間稼ぎか)

 

ビザンツのアサシンの宝具は、継続的に展開するタイプの宝具だ。そしてアルトリウス(アーサー)モーガン(モルガン)の宝具はそれぞれ別のものであり、その二つを同時に展開することはできない。

 

故に、今真っ先にすべきことは──。

 

「無様に逃げるか、黒のアサシンよ。見苦しい、疾く死ぬが良い」

 

赤のアサシンに背を向けて、彼女は魔獣のもとへと走り出す。背に迫る光弾を振り返ることなく撃ち落とし、そして双頭の竜へと呼びかけた。

 

「クラレント、フロレント、彼の手に戻りなさい!」

 

瞬間、竜はその場から消えた。そして敵を失ったバシュムは次の標的を捉え、何層にも折り重なったその鋭い歯で獲物を噛み砕かんと肉薄する。

 

「何を考えている……?」

 

眼前の毒蛇に、背後の女帝。自らそんな挟み撃ちの状況に飛び込んだ敵に訝しげに眉を潜めつつも、赤のアサシンは冷静に状況を見た。

 

(方針の転換、先にバシュムの方を消すことにしたのか。そして我の魔術の射線上にバシュムを置くことで、同士討ちを狙っているのか? しかしそのままでは喰われて死ぬだけだぞ、一撃(・・)で倒すでもない限りは──)

 

瞬間、銀の双剣を携えた彼は大きく開く毒蛇の口腔へと飛び込んだ。

 

「ここではない世界の話ではあるが、どうにも私は巨大な蛇の腹に飛び込むことに縁があるように思えてならないな」

 

「なんだと──!?」

 

そして、二閃。銀の瞬きが、毒蛇の腹を裂き、一撃の後にこれを退治した。

 

アサシンアルトリウスが持つ逸話に由来した特性。それが龍の如き毒蛇にも正しく機能し、その二刀の威力を飛躍的に増加させたのだ。

 

かつてブリテン島における、白き竜の化身ヴォーティガーンを討伐した。そしてそこよりはるか東の地で抑止力の化身を討伐し、その名を東ローマに轟かせた。

 

「ダキアの竜殺しとは私のことだ、赤のアサシン」

 

その逸話に由来する、竜特攻(・・・)である。

 

「だがバシュムが消えたところで、貴様の劣勢は変わらぬ。そのまま屍を晒すが良い、黒のアサシンッ!」

 

だが、ただでは済まさぬとばかりに赤のアサシンが張る満天の星空の如き弾幕が彼に襲いかかる。

 

糸を縫うようにそれを避けるが……残念ながら、全てを避けきることはできなかった。光弾のいくらかが外套を焼き、フードが千切れてその中にある素顔が露わになる。

 

(やはりこちらの姿で彼女と対峙するのは無理があるか)

 

(モーガン)の姿なら、同じく弾幕を張って相殺できる。しかし(アルトリウス)の姿ではそのような広域迎撃能力はない。唯一は宝具であるが……。

 

(右腕を持っていかれた。これでは宝具は使えまい)

 

奇しくも、今も戦っているのだろうマスターエレインと同じくアサシンは右手を失っていた。バシュムの腹に飛び込んだときにやられたのだ。蛇の毒液は彼を蝕み、結果的に右腕を腐らせ排除した。

 

帝都抱きし、双頭の竜(クロスカリバー・ビザンティーン)』は双剣が揃うことが条件であり、片腕がない今ではその発動は叶わない。

 

「やはり、彼女と決着をつけるのは君の役割みたいだ」

 

バックステップにより大きく距離を取りながら、彼は霊基を共有する彼女へと語りかけた。

 

『これ以上あの女と顔を突き合わせたくないのですが。どうしてこう、的確に心を抉ってくるのでしょう』

 

しかし、帰ってきたのは拗ねるような声。どうやら彼の妻は可愛らしくも傷心気味であるらしい。

 

しかし、何故的確に心を抉る言葉を選択できるかと言われればそれは。

 

「似た者同士、だからじゃないかな」

 

アサシンは、そう結論づけた。

 

『はぁ? 私とあの女が似ていると? そんなはずありません。私は改心した良い魔女なので』

 

ドヤ顔を浮かべているような気配に、苦笑いをこぼす。良い魔女は多分、自分のことを良い魔女とは呼ばないんじゃないんだろうか。

 

「分かった分かった。ならばほら、良い魔女だと言うのならば、悪い王様を倒してくれよ──」

 

「──まったく、あなたが言うのならば仕方ありませんね」

 

顔が変わる。体が変わる。声も変わる。口調も変わる。そうして変身したアサシンは、残された片手に杖を掲げて前進した。

 

目指すは赤のアサシンの体。その身を、自らの宝具の射程圏内へ引きずり込むために。

 

「芸のない突撃だな、黒のアサシン。だが、そちらから近づいてくれるというのならば好都合。そら、最後の晩餐として特別な(どく)を喰らわせてやろう。よく味わうと良い──『驕慢王の美酒(シクラ・ウシュム)』ッ!」

 

それは人類最古の毒殺者である彼女が持つ宝具。周囲の空間全てを毒が蝕む魔の領域へと変えてしまう、彼女の酒宴。

 

空気を吸えばたちまち肺は腐り、目を開けば光を見ることなく血の涙を流すことになる。

 

だが、ビザンツのアサシンは少しも臆することなくただ前に跳んだ。毒の風を受け頬の肉がはがれ落ち、瞳がこぼれて眼窩が(からっぽ)になるような感覚。その中にあっても、彼女は己を見失うことなく杖を握り──叫んだ。

 

「『我が理想郷はここにありて(ゴール・オブ・アヴァロン)』」

 

杖を鎹に、二頭の竜が巻き付いて、それは螺旋を描きただ一つの錫杖となる。

 

そして手に持ったそれを、彼女が地面に突き刺すと。

 

今、世界が塗り替えられた。

 

 

 

 

それは長きに渡る妄執の果て、伝説の終わりに紡いだ旅の先、そこでようやく見つけた、この世界の私の居場所。

 

『どうか私と共に、生きてほしい』

 

そう、勇気を出して一歩踏み出した。

 

あなたは困ったように笑っていて、でも、決して私の手を振りほどこうとはしなかった。

 

僅かに得られた猶予期間(半年)。たったそれだけの間で、私はあなたの心を射止めようとなんでもした。

 

良き隣人たちと関係を深め、あなたの心を縛り付けた。雇われ軍人として働いていたあなたに無理やり地位を得るよう勧め、逃げ道を塞いだ。私たちを繋ぐ子を望み、百夜も続けて寝室に忍び込んだ。

 

そして、あなたは私を選んでくれた。

 

それは三重の壁の奥で、二人が築いた小さな小さな理想郷(せかい)

 

この広い世界、長い時代のほんの刹那に過ぎぬ時を、共に生きると誓った二人の理想郷(いばしょ)

 

憎しみ合った魔女と騎士が、遥かな海を渡った先で眠る、穏やかな理想郷(おわり)

 

どんなに辛いときでも、苦しいときでも、側にあなたがいるならば。

 

私はきっと──そこを理想郷(アヴァロン)と定めるのだ。

 

 

 

 

「これは──」

 

セミラミスは見た。咲き誇る花々と、天蓋に散りばめられた美しき星々。眼下には月を宿した凪いだ水面の湖があって、風に草原が揺れている。

 

それは歩んだ人生の四季。争いの夏、寂しさの秋、そして厳しい冬を乗り越えて……見えた世界は穏やかな春であった。

 

我が理想郷はここにありて(ゴール・オブ・アヴァロン)』、魔女の心の内を表す心象風景(固有結界)。魔術の産物でありながら、伝説の鞘(アヴァロン)を再現する御業。

 

その効果の一つ。悪性存在の絶対浄化(・・・・・・・・・)

 

理想郷において、悪は存在を許されず。

 

そして赤のアサシン。秩序・悪の性質を持つセミラミスは、霊基ごと静かに消えていく。

 

内に宿した悪虐の心も、抱いた野望も何もかもが消え去って。

 

最後に彼女の心に残ったモノは──。

 

「こんなものを隠し持っていたとはな。あぁ……すまぬ、マスター(シロウ)

 

一人の男の、名前だった。

 

「我はお前のもとへ……帰れそうにないよう……だ……」

 

 

 

 

「終わりです、天草四郎時貞」

 

赤のアサシンが浄化された戦場とはまた別の戦場で、聖女の凛とした声が響いた。目の前には倒れ伏すかつての聖人、彼女と同じルーラーのサーヴァントだった人間──シロウ・コトミネの姿。

 

彼は、ルーラーとジークが振りかざした破竜の剣(おもい)を前に敗れたのだ。

 

「勝ちましたよ、ジーク君」

 

「あぁ、良かっ、た……」

 

「……大丈夫、体力を消耗しただけみたいですから。今はゆっくり、休んでくださいね」

 

ルーラーはまるで息を引き取るかのように静かに目を閉じたジークの体を地面に優しく寝かせた。無論死んだ訳ではない。それは彼に宿った竜の心臓の鼓動が証明していた。

 

「……どうやら遅かったようですね。戦闘はすでに終わっていましたか」

 

「あなたは! 黒の……いえ、ビザンツのアサシン! ご無事で何よりで──!?」

 

声をかけられ振り返ってみれば、そこには女性のビザンツのアサシンの姿があった。宝具により霊基は再生され、戦場で負った傷や毒による負傷は欠片も見られない。

 

そんな彼女を見て、ルーラーは驚きで固まった。傷がないことに、ではない。ルーラーが驚いたのは彼女が胸に抱えている人物──消滅しかかっている、赤のアサシンの姿に対してだった。

 

「助けたのですか? 彼女を?」

 

「……悪いですか」

 

ビザンツのアサシンは、まるでいじけるように視線を逸らす。ルーラーは慌てて“いえ、責めているわけではなくて、ただあなたがそうすることに違和感があると言いますか……”と付け加えた。

 

魔女が、柄にもなく女帝の命を救った理由。それは──。

 

「……声を聞きました。ならば私はそれを、聞き逃すことができません」

 

声を聞いた。最期の最期で、誰かを求める声が。

 

「私にさえ機会があったのだ。ならば彼女にも、それが与えられるべきなのだろうな」

 

そしてビザンツのアサシンは、腕に抱えた彼女を気絶しながら倒れ伏すシロウの横に寝かせた。

 

「刻限です、これにて聖杯大戦は終幕を迎える」

 

そしてルーラーに向かい、アサシンはそう宣言した。

 

「……あの、今更ですが本当に動き出した大聖杯を止めることができるのでしょうか? 天草四郎は“もう止まらない”と言っていましたが」

 

そんな彼女に向けて、ルーラーは抱いていた疑問をぶつけた。

 

「その通り、天の杯として動き出した大聖杯は止めることはできません」

 

それに対し“何を当たり前のことを”と首を傾げるアサシン。

 

「……それはもうダメじゃないですか!?」

 

「ダメ、とは? 何も止めるだけ(・・)が手段ではない。私たちはそれを知っている。分かったなら口を噤んで、私たちが為すことを見ているが良い」

 

そう言われて、ルーラーは大人しく口を閉じた。つまり“素人は黙っとれ”と言うことなのだろう。

 

「その前に──使命(ほのお)に身を焦がし、そして敗れた少年よ。聞こえているかは分からないが、言わせてくれ」

 

アサシンの姿が男性のものへと変わる。そして彼は、確かな実感を持って天草四郎へと語りかけた。

 

「君は、死んでいった者たちに報いようと、その死を無駄にしまいと遥かな理想を掲げたのだろう。その覚悟には敬意を表する。だが……その者たち全員が、果たして君にそうすることを望んでいたのだろうか」

 

シロウは答えない。聞こえているのだろうか、それとも完全に気絶しているのだろうか。少なくとも分かることは。

 

「彼らの中には君が使命をやり遂げることよりも、ただ君が幸せになることを望んだ人間もいたんじゃないのか」

 

これから彼は夢を見る。

 

「僕も、そう願ってくれる人がいて。そしてこの世界ではその思いに応えることができた」

 

かつて見た燃え上がる地獄ではなく。

 

「君にも、どうか使命ではない別の道が見つけられることを祈っているよ」

 

きっと平凡で、穏やかな夢を。

 

 

 

 

一歩、また一歩と大聖杯が座す祭壇へと昇る。

 

「小聖杯、亜種聖杯、連結(セット)──」

 

彼は二つの聖杯を取り出すと、そこに宿る六騎と九騎、合計十五騎分の魔力に命じた。

 

英霊六騎分のリソースがあれば、およそこの世界の内側における願いは全て叶えられると言われる聖杯でもって、彼が願うのは──。

 

「第四の使い手が、第三に命じ、第一を成す」

 

第一魔法、世界への法則の追加により。

 

「今後一切、聖杯戦争は禁止だ」

 

彼は、世界の存続を願った。

 

これより、量産された亜種聖杯を争う魔術師たちの戦いにおいて、願望機は一切機能しない。星の神秘は、その術式に一切魔力を供給しない。人理の守護者は、その声に一切応えない。

 

それは本来、来たる獣に備えた未来を守るための機能なのだ。くだらぬ人間の欲のために手垢を着けられるなど、たまったものではない。ましてや普遍化など、あってはならないことなのだ。

 

そして。

 

彼は用済みとばかりに、ただの金の杯となった聖杯を破壊した。

 

「さて、大聖杯よ」

 

破壊されたうちの一つ、小聖杯。それは聖杯戦争において、敗退した英霊の魂が焚べられる器であった。

 

だというのならば。

 

「お前の行く末を私たちは望まない」

 

今、もし敗退した英霊がいたとすれば。

 

「故に──我が血を啜れ」

 

その魂はどこへ行く(・・・・・・・・・)

 

それは、天草四郎より早く大聖杯に接触したアサシンが施した、一つの仕込み。

 

銀の剣がアサシンの胸を貫き、溢れた血が大聖杯に注がれる。その原点がかつて、神の子の血を受けたものであったように。

 

そして今宵、この瞬間、今この時をもって。

 

『全人類に第三魔法を──』

 

大聖杯は。

 

『ただし数万年後にね』

 

汚染された。

 

 









長かったアポ編も終わり。次にエピローグとおまけ。

遠距離職同士がサブウェポンで近距離戦する展開が好き(隙自語)。

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