宇宙暦八二六年、二月二四日。
相容れぬ両雄は、ついに干戈を交える。
『前衛艦隊、進発せよ!』
新帝国軍の艦列は敵地を征く。
敵地。この言葉も、彼らにとっては正しい言葉ではない。少なからぬ兵士の故郷が、革命闘争や解放戦争によって仰ぐ旗を変えた
彼らにとって星条国連邦領は、もとより自身らの手中にあるべき領域。
そのうえウィザーズなる不逞の輩が、農奴どもに悪き思想を信じ込ませているという。この者らを放置して許しておくわけにはいかない。
よって彼らの士気は高い。新帝国軍の兵士たちは、以下のような訓示を叩き込まれている。
ロイエンタール朝新銀河帝国は、星々をあまねく統べる唯一の政体である。
だが、こともあろうに、平等という惰眠を貪る平民風情が、我々から掠め取った惑星を我が物顔で闊歩しているという。
これに怒らずして、新帝国軍の兵士は務まらない。
忠勇なる兵士諸君……。怒りを振るうのだ……!
かくして新帝国軍は、破竹の勢いで進軍した。
されども星条国連邦は無力な存在ではない。持てる戦力を駆使して、悪しき侵略者を迎え撃つ。
対新帝国軍防衛の初期段階。ゲリラ戦による遅滞戦闘。
連邦軍の指揮官はビューフォート少将であった。彼の率いる軍民混成部隊は巧みなゲリラ戦を展開し、限られた戦力でありながらも多くの新帝国軍を悩ませることとなる。
彼の年齢は六六歳。古巣たる同盟軍における最高階級は中将。
軍人というには老人の域であるが、それゆえに気骨としぶとさとは一級品であった。
「第七五駆逐隊は、偽装物敷設を終え次第、帰投せよ」
ビューフォート少将は淡々と部隊指揮を取る。
ゲリラ戦は長丁場である。敵の攻撃を避ける一方で、敵に対しては絶えず圧力を掛け続けて消耗を強いる。根気と忍耐の領域。一度限りのひらめきや気分の波などが介在すべき余地はない。その点で、淡々さを崩さないビューフォート少将は、連邦軍防衛部隊の担い手としてふさわしい司令官であった。
「司令。第六六駆逐隊が敵補給部隊への奇襲に成功。第三集積宙域への帰投を完了しました。二十回目の奇襲成功です」
「うむ。それでいい」
参謀長の報告に、ビューフォート少将は頷く。
「これでいいのだ。敵は戦力の相当数を、当初の侵攻ルートではなく我が方の座標へと振り向けるだろう」
「……して、逃げるおつもりで」
「無論だ。我々が新帝国軍に勝てるのは、勝手知ったる自国領での追いかけっこや隠れんぼだけだ。腕づくのボクシングになるまえに逃げるの一択だよ」
ビューフォート少将はゲリラ戦の原則を違えなかった。
敵が来れば退き、とどまれば攪乱する。敵が疲れたら撃ち、退けば追う。地球西暦期の指導者
それゆえに、戦闘は単調であった。
激烈なドラマも個性もない。
ひたすらアドバンテージの確保に徹した、無味乾燥な戦い。
勇猛さを鳴らすグエン・バン・ヒュー中将や、意識の虚を突く神がかり的な戦闘を自ら演出するウィザーズ統軍総長とは、まるで性質が異なるのである。
「司令は名将ですな。指揮官というのは、勝負に出る誘惑に耐えられないものですから」
「まさか。私は、臆病なだけの凡人だ。いままでも、そうやって生きてきた」
前述した名将たる者は多かれ少なかれ鮮烈な個性を持つものだが、ビューフォート少将はその点平凡な人格であった。勇敢雄弁というには控えめであり、寡黙というほどに明鏡止水の心境ではない。平素の彼は、いわば「ぱっとしない」人間であり、階級章や略綬が付いた軍服ならともかく、平服を着せれば何処にでも溶け込んでしまう雰囲気の持ち主であった。
されど、ビューフォート少将の真髄は、平凡さにこそ在った。
彼はいかなる立場や状況においても、平均水準の成果を出す。同盟軍の士官学校時代も、下積みの艦隊勤務時代も、中の中という評定であった。無論華々しさの欠片もないため出世コースとは無縁だったのだが、アムリッツァの敗北以降に同盟軍の戦力払底が明らかになると、平凡だが誠実着実に軍務をこなしてきた彼に白羽の矢が立つ。万年佐官の軍務人生かと思いきや、寝耳に水の准将昇進。地方警備隊を再編した混成防衛艦隊司令の辞令が下る。
そこから間を置かずにローエングラム元帥率いる帝国軍相手にゲリラ戦を展開し、よもやヤン提督の演出した「バーミリオンの奇跡」のお膳立てを成すなどとは、本人はゆめゆめ想像だにしなかったのだが、それも過去の話。同盟軍の戦後軍縮や、退役後の経済状況、諸々の紆余曲折を経て、いまは星条国連邦軍少将の地位にある。
どれほど絶望的であっても、平素と変わらぬ立ち振る舞いができた。
彼は浮き足立つことも勇み上がることもない。とはいえ……。
「司令。各部隊の損耗率が出ました」
参謀長からの報告。彼我戦力の損耗についてである。
ビューフォート少将はタブレット端末に目を落とす。敵撃破数の推定値から、現時点で五倍の人的損失。
五倍。何度見ても、五倍だ。
事前に想定された数値とはいえ、やはりこれほどとは。
ビューフォート少将は背中に悪寒を覚えた。正面からぶつかった艦隊戦での結果ではない。少なからぬ連邦領を放棄してまで、ヒット・アンド・アウェイに徹したうえでの結果であったからだ。
事実、損耗前提の無人艦や自律防衛施設はともかく、降り悪く敵護衛部隊との戦闘を強いられた駆逐艦部隊のほとんどが未帰還に終わっている。
作戦上の目標こそ達成している。損耗率も想定の範囲内。だが現実の数値は、ビューフォート少将の心に波紋を投げかける。
戦局の推移によって、いずれ行われる正規艦隊同士での艦隊戦。
そこで生じる人的損失は計り知れない。ヴァトゥシア中将やスキエルスカ少将率いる艦隊は、苛烈な艦隊戦を戦い抜けるのだろうか。
「彼の見立ては正しかったか」
ビューフォート少将は、めずらしく独り言を漏らした。
ここでの彼とは、ジークマイスター中将を指していた。開戦前の作戦会議の議場にて。連邦軍の若き頭脳たるジークマイスター中将は、想定される人的資源の損失を「敵軍の十倍から十五倍以上」と見立てた。事実、連邦軍による軍事行動は、血と肉の犠牲によって成立していた。
ゲリラ戦とは、非対称戦争。
彼我の命の価値の不均衡を以て、格上の侵略意思を挫く概念。
弱者が強者を挫くといえば聞こえはいいが、強者の靭帯を断つに至るまでに、弱者の多くはアリのごとく踏み潰されるものだ。歴史を省みれば、抵抗者の勝利とは、莫大な犠牲を積み上げたものであった。地球西暦期に革命で成った独立国の多くが、国旗の色や国歌の詞に、流血の赤色を示していたではないか。
死屍累々。有史以来、高価な武装や精強な鋭兵を持ち得ない勢力が唯一支払いに充てられるコストこそが、血と肉であっただけのことなのだろうが……。
「司令。そろそろ一度、お休みになられては」
参謀長の声が、ビューフォート少将の意識に割って入る。
そうなのだ。遠大な哲学はともかく。さしあたってビューフォート少将の向き合うべき仕事は、今後の犠牲をコントロールすることにある。ゲリラ戦での新帝国軍の補給線圧迫こそが、後々の艦隊戦における友軍優位に直結するのだから。
「言葉に甘えて、私は休息を取る。ここからが長そうだ」
判断力の維持は、司令官最大の義務。
ビューフォート少将は副司令官に指揮を委ねると自室に戻り、次の局面に備えて短い眠りに入った。
「統軍総長ウィザーズ閣下。新帝国軍の侵攻が、始まりました」
「非戦闘員の被害は皆無、か」
「左様でございます」
リヒテンラーデ大統領は、市民保護の現状を丁寧に確認した。
市民については、かねてよりの首都星集中政策により、元より保護は万全。開拓星系における重要インフラの保守要員についても、移動船舶式プラント共々、退避行動は既に完了。非戦闘員と国家財産の防衛。
とはいえ無論。新帝国軍に比して圧倒的に劣勢の彼らが、支払う代償が少なかろうはずもない。
「しかし、敵軍の侵攻速度が想定を超えております」
リヒテンラーデ大統領は額に汗をみせる。
心なしか、彼らしくもなく動悸も荒いようにも。
「先刻行ったフォーク大将との情報共有では、ビューフォート少将麾下の防衛部隊がゲリラ戦を展開中ですが、すでに我が国の領域の四割が敵勢力圏下に収まりつつあり……」
国家滅亡の予兆。様々な勢力を経てきた彼の経験が、本能的な警鐘を鳴らしているようであった。
「防衛網は機能しますでしょうか?」
「問題ない。各戦線の提督らの手腕に不足はない」
ウィザーズは短く答えるだけであった。
「我々は、ロイエンタールの打つ最後の一手に備えるだけだ」
ロイエンタール朝新帝国軍の各艦隊は、氾濫した河川のごとき勢いで星条国連邦領全域を侵しつつある。その濁流を抑えるべく矢面に立つのは、星条国連邦軍主力を預かる各艦隊の司令官であった。
『こちら〈コミューン1026号〉。二時方向より敵ミサイル群、観測。突入角、マイナス18。距離2000。さらに速くなる』
『第三集団全艦。統制照射用意。目標、敵前衛集団』
『戦艦〈ローザ・ルクセンブルグ〉。被弾するも損害軽微。ダメージコントロールを完了』
『CP。こちら戦艦〈ラファイエット〉。Dラインにあっては、敵の攻勢激しく、我が方不利。アンダーファイア、アンダーファイア、分断の恐れあり。指示を請う』
『退がれ。退がれ。第五集団、カバー入れ』
『
「まったく。馬鹿の一つ覚えの突撃だわね」
モニタ上の戦域概略図には、押し寄せる三万隻以上もの敵軍の光点が。
ヴァトゥシア中将は太い唇を真一文字に引き延ばした。男勝りの体躯と堂々さは、周りの幕僚の信任を勝ち得るにふさわしい。
彼女の率いる艦隊は、基幹戦力たる九〇〇〇隻をもって連邦領航路上の要衝を抑えていた。新帝国軍が最短距離で侵攻を続けるには、この地点を抜くほかにない。それゆえに彼らは諦めることなく、ヴァトゥシア中将の敷く防衛網の突破を試みる。
幾ほどの機雷原。幾たびの砲撃戦。
戦況は拮抗していた。
「帝国軍、前衛部隊の再編が終わった模様です。まもなく五次波が来ます」
「飽きもせず。一番嫌な手ねえ。こっちは戦艦の数がないってのに」
ヴァトゥシア中将の眉のしわが増える。
いかに
「敵の司令官の名前は、なんていったかねえ?」
「グリルパルツァー上級大将かと。旗艦〈エイストラ〉の艦影が確認されています」
相手は新帝国軍において勇名を馳せる〈帝国の双翼〉の一人。ロイエンタール朝の腹心として長きにわたる内戦を勝ち抜いた人物だけに、双翼なる別名も単なるプロパガンダとは切り捨てられない。
現に、第四艦隊は危うい均衡にいた。
小惑星帯に潜ませた機雷群や無人艦を駆使して敵戦力を削ぎつつ、正規艦隊をもって戦線正面を固めて侵攻軍を足止めしているといえば聞こえはいいが、新帝国軍の動員総数は一五万隻。絶対的な差は歴然。その他の星系航路を迂回する侵攻軍についてはスキエルスカ少将率いる第二艦隊に阻止を委ねさせているが、これも数的不利は明白。
どこかの戦線に穴が開けば、侵攻軍は遠からず首都星ステラリアコモンズの眼前まで及ぶだろう。それが各司令官の共通認識であった。
「グエン・バン・ヒューとアイゼンベルグの艦隊は、まだ首都星から動かせない。あたしらで凌がないとねえ」
ヴァトゥシア中将は大きな手のひらで、手団扇をあおぐ。
「撃破比率では我が軍の優位です。攻勢に転じますか」
「攻勢も悪かないけど、今じゃない。ここは逆の手を取るわ。ウチのバカ弟子を呼びな」
指示を受けた幕僚は通信回線を繋ぐ。
「おう。呼んだか?」
モニタ上に現れたのは、一人の青年軍人であった。浅黒い肌に短く刈り上げた金髪。190センチ超えの体躯こそ軍人然として屈強だが、顔つきは地元で悪友とつるむ不良とでも。外見の雰囲気をみるに、ヴァトゥシア中将が「バカ弟子」と呼んだのも頷ける青年であった。しかし彼の階級章は准将の一つ星。
リチャード・ダウエル。彼の名前であった。
「命令よ。あんたの機動部隊一〇〇〇隻で、一航過で威力偵察しな。目標は敵後方の支援艦隊。深追いは無用。戦力保全が最優先」
「ずいぶんヌルい戦法だな。もっとテンション上がる任務をくれよ。敵旗艦をぶち殺しに行くとかよ」
ダウエルは親指を突き立て、首を斬るジェスチャーする。
そんな彼の不遜さは、街中にたむろするような若者と同次元であった。
しかし、ダウエルのそれは不思議と箔の付いたものを感じさせた。
実戦に裏打ちされた余裕。自然体の迫力。その類いのもの。
「なんだったら、狙い撃ちで捕虜にするっつうのでもいいぜ。最近の帝国軍は女も乗せてるからよ」
「だからあんたはボンクラなのよ」
ヴァトゥシア中将はため息を吐き、ダウエルに命令意図を察するように促した。
「おいおい。もしかして優位に戦えるこの宙域も放棄かよ。誘引も欺瞞も徹底してんな」
「わかってりゃいいのよ。優位だからこそ、相手へのブラフにもなるわ」
ヴァトゥシア中将は唇を曲げる。
そもそも、連邦軍の作戦構想は徹底した誘引戦術にある。
退いて、戦い、また退いて。補給や通信の滞る星域にまで敵主力の隊列を引きずり出して、脆弱となった連絡線を寸断し、敵主力を行動不能に陥れることで作戦能力を喪失させる。
これは奇しくも、帝国領侵攻作戦を発動した同盟軍相手に、かのローエングラム元帥が採った作戦構想。西暦期にいたる古来から用いられた戦争の定石である。しかし定石であるがゆえに、そうと考慮して備えてくる相手の心理につけ込み、敵司令官を誤った判断に陥れる過程こそが重要となってくる。
優位な戦場の放棄は、欺瞞材料にはうってつけ。
ヴァトゥシア中将率いる艦隊は、ここまで勇敢かつ巧妙に戦い、新帝国軍に手強さを植え付けた。だからこそ新帝国軍は思わざる得ない。まさか、単に退くはずがない。なにか罠があるはず。新帝国軍は無為な深読みの沼に嵌る。その間、連邦軍は戦力再編のフリーハンドを得る。
「ここで根比べしても、あたしらの戦力じゃいずれ底を突くじゃない」
「だろうな。俺らがどれだけ吠えたところで、しょせんは一個艦隊。マトモにやり合ってりゃ、どこかでジリ貧だ」
「あんたの攻撃案も無くはないけど、仮にうまくいって勝ち誇っても時間とエネルギーの無駄よ。やるなら、やった時点で作戦の趨勢が決まる段階に取っておくわ」
「安易な誘惑には賭けない勇気、ってか。慎重なババアらしいぜ」
「人生経験だわね。あんたも身につけな」
ヴァトゥシア中将は教え諭した。
「ともかく。機を逃さず防衛線を下げないと、各艦隊が分断されかねない。内線の利が失われるわ」
「へえへえ。給料分のシゴトでもするか。ボーナスつくんなら、帝国女捕虜の尋問権でたのむぜ? 上玉のな」
ダウエル准将は、人差し指を立てながらペロッと舌なめずりする。
「俺様のテクで、忠実な女スパイに仕立て上げてやるよ」
「とっとと行きな」
ヴァトゥシア中将は心配する素振りもなく、ダウエル准将との通信を切った。呆れた様子の副官相手に「いちおう腕は立つから、アレに任せるしかないんだけどねえ」ともぼやく。
「ヴァトゥシア司令官。そちらは、大丈夫でしょうか」
「ウルシュラちゃんじゃないの。元気そうでなによりだわ」
直後に、第二艦隊との長距離通信が届く。
ジークマイスター中将に代わって実戦部隊の指揮を執る才媛の少女、ウルシュラ・スキエルスカ少将であった。彼女はつとめて無表情で、激戦下にあっても感情に波の揺らぎがない。
「こっちは大丈夫だから。そんなことよりウルシュラちゃんの第二艦隊が心配だわ」
「お気遣い、ありがとうございます。では……」
次いで、状況報告にあたってはスキエルスカ少将の副官が前に出る。
「我が第二艦隊は、損害軽微です。スキエルスカ少将の類稀なる指揮により、総計五万隻の艦隊を迎撃し、その半数を撃破。敵艦隊を宙域より後退させました」
副官の報告は驚愕すべきものであった。
誤報でなければ、大戦果と言って差し支えなかった。
「どんな魔法を使ったのかしらねえ。疑うわけじゃないけど本当なのかい?」
「詳細はデータにもございますが、こちらの捕虜をお見せした方が分かりやすいかと」
ひとりの捕虜が、モニタ上に映るように連れられてきた。
「あらまあ、トゥルナイゼン上級大将じゃない」
「ふふふ。いかにも」
一人の捕虜は、断りもなく口を挟んだ。
「小官は、帝国軍遠征総軍第三艦隊司令官、イザーク・フェルナンド・フォン・トゥルナイゼンである!」
名乗りをあげた男は、新帝国軍上級大将の座にある人物であった。
初老ながらに年嵩を感じさせない、真っ直ぐを見据える瞳。有り余る自信で釣り上がる口元と眉。
拘束こそされていないが、堂々と胸を張ったさまは、とても虜囚の身とは思えない。
ヴァトゥシア中将は第二艦隊より受領したデータを一瞥する。
撃破二万隻。投降鹵獲五〇〇〇隻。第二艦隊の報告を疑うわけではなかったが、戦闘記録や物証から、間違いなくトゥルナイゼン上級大将本人であった。
「諸君らは見事だ。伏撃位置。突入の要点。手本のような包囲殲滅。どれも未来をも通したかのような用兵で、このトゥルナイゼンとて驚嘆するほかない。スキエルスカ少将が新帝国ではなく連邦に身を置くことが、惜しまれるかぎりだ」
「それはどうもねえ。できれば、あんたらにはおとなしく帰ってほしいんだけどさ」
つらつらと連邦軍を称賛するトゥルナイゼンに、ヴァトゥシアはため息をついてあしらう。
「あのねえ。皇帝陛下の号令かはしらないけどね、戦争なんかするもんじゃないよ」
「異なことを。他ならぬ諸君らこそ、戦争を欲しているようにお見受けするが」
トゥルナイゼンは不敵に口角を上げる。
虜囚の身には余る、論戦の構えであった。
「内部をまとめるには、明確な敵が必要だ。諸君ら連邦がユートピアの真似事をするにも、憎悪という薪を焚べつづけるしかないのだよ」
「あたしらの国にケチをつけるのかい?」
「ふふふ。そうではない。諸君らも我々新帝国と同じだと申し上げた次第だ。掲げる旗の色がいかに違うと吠えたところで、人間の群れの染まり方は一様だ」
「あいにく、あたしらにムダなおしゃべりする時間はないのさ。戦争が終わって国に帰ったら、田舎に隠居して哲学でもやりな」
ヴァトゥシアは訝しんだ。
この虜囚には、妙な余裕がにじみ出ている。
トゥルナイゼンも、生捕にされたとあっては新帝国軍での立場がないだろうに。よくもここまで虚勢を張れたものか。
新帝国軍は進撃を挫かれたのだ。上級大将という戦域司令官クラスと基幹戦力の相当数を失ったのだ。にもかかわらず、トゥルナイゼンという男の瞳からは、まるで光が失われていない。敗軍の将とは程遠い。
「ケチをつける、か。面白い」
トゥルナイゼンは、くつくつと苦笑する。
「なんだい。急に一人で笑って」
「
ヴァトゥシア中将は、トゥルナイゼンの発言を打ち切らせなかった。
いくらでも一蹴してもよかったはずだった。しかし敵司令官の皮肉めいた振る舞いには、得体の知れない不気味さがあった。
降ってわいた体制論にしても、単なる時間稼ぎとも思えない。
「先の小官の言葉は戯言だった。撤回したい。堂々と己が正義を誇るとよい。勇敢なる貴官らに敬意を表して、ここから先は私の独り言だ」
トゥルナイゼンは情報提供を示唆した。
これが本意か。ヴァトゥシア中将は唇を真一文字に結ぶ。
「小官の艦隊がうら若き御令嬢スキエルスカ少将に一敗まみえたのは、想定内の事態だ。無論、完璧な奇襲で敗れたのは貴官らの手腕によるところだが、私が虜囚の身におちいることは予定の行動だったのだ」
「予定の行動だって? するとあんたは、どこかでわざと負けて、白旗でも上げてたってことかい?」
「ご名答」
トゥルナイゼンは眼を見開いた。
彼の双眸はモニタ越しのヴァトゥシア中将を映していなかった。ただ、確信犯が心の内に秘めるような、屈折しえぬ光を宿していた。
「そう。すべては貴官らに、艦隊戦での勝利という美酒を浴びせるため。連邦軍および連邦首脳部には、防衛戦の要諦は艦隊戦にありという幻影に眩まされてもらう必要があった。小官は撒き餌にすぎないのだ」
「幻影? 撒き餌?」
「左様。我ら新帝国軍の戦略目標は、最初から貴国の占領などではないからだ」
「……わかりやすく言ってもらいたいわねえ」
「貴国の首都星、ステラリアコモンズ。その物理的破壊だ」
物理的破壊。
占領でも封鎖でもない。奇妙な言い回し。
「貴国のインフラ投資は首都星に集中している。これを潰せば、
「面白いことを言うわねえ。でも、どうやって? こっちの防衛網を無力化できないくせに、悠長に熱核兵器や小惑星でもばら撒けるとでも思っているのかい?」
「なにも万を超える弾頭を打ち込む必要はない。一発で充分」
ヴァトゥシア中将は、過去の記憶から息を呑んだ。
彼女の軍歴は自由惑星同盟軍中佐にまで遡る。かつての同盟軍は、トゥルナイゼンの示唆する攻撃を知っている。
「あんたら、まさかかつてのイゼルローン防衛戦の……」
「そのまさかだ。要塞のワープ技術は帝国の手になるもの。技術的に実証されたものは、法則によって再現されるものなのだ」
その直後。
艦内モニタに一報が入る。
『アイゼンベルグ艦隊、首都星付近にて敵艦隊と接敵。交戦状態に入りました』
『艦影照合、敵旗艦〈ウールヴールン〉。クナップシュタイン艦隊の模様』
「我が軍の迂回部隊が、到達したようだな。やつも、ずいぶんと身体を張るものだ」
「長距離ワープの誘導役ってところかい」
「無論。タイミングのずれによっては貴国の首都防衛部隊に挟撃されかねない危険な役だが、それゆえに勇猛果敢をアピールするにはこの上ない晴れ舞台だ」
「ああ、そうかい! 失礼!」
ヴァトゥシア中将は通信を切る。
そして司令本部への回線を開くも、事態はすでに次の段階へと進んでいた。
「諸君! 我が勇猛なる艦隊を操る諸君に告げる!」
星条国連邦の防衛網を掻い潜り、突如として首都星の眼前まで躍り出た艦隊の司令官は、クナップシュタイン上級大将。
四半世紀前のバーミリオンでの敗戦以降。帝国内での度重なる内戦を経て、壮年にまで歳を重ねた彼は艦隊司令官として円熟の域に達していた。
「我が艦隊の任務は、艦隊戦などではない。この侵攻の決勝点となる一撃を下すものである! よって我が艦隊に、これ以上の補給など必要ない。なぜなら任務の性質上、この恒星系からさらに進撃することはないからだ」
事実、長距離ワープを織り交ぜた彼の艦隊は五千隻にまで減少している。
そればかりか星系間を跳びこえるワープ航法の反動として、作戦行動上の隙が生じている。数時間単位の補給を終えないかぎり、主砲発射などの戦闘行為は不可能である。
対するは、長距離ワープ直後に待ち構えていた
戦域想定宙域への、お膳立てなしの直接長距離ワープ。
クナップシュタイン艦隊の取った、戦理に反する行動。
そして司令官の彼のいう「決勝点となる一撃」。その答えは、次なる瞬間に明かされた。
『各占領星系の中継座標、確定完了』
『後方部隊からのワープ開始前。秒読み入りました』
「よし。ワープ実行!」
それは程なくして起こった。
規格外の時空揺。計り知れない質量のワープ。
現れたのは敵要塞。巨大な小惑星のワープ。
その奇策は、首都防衛の要たるアイゼンベルグ艦隊の虚を突くこと疑いない。
「要塞艦隊、全艦出撃だ! まずは周辺小惑星基地の防衛能力を削ぐ! ミサイル基地をしらみつぶしに殲滅せよ!」
クナップシュタイン上級大将が檄を飛ばす。
彼の率いた艦隊とは入れ替わりに、要塞収容の艦隊が、
艦艇は一直線に小惑星帯へと向かい、連邦軍が備えた最終防衛線を潰さんとしていた。