銀河英雄伝説 バーミリオンの反逆者   作:ICHINOSE

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12話:宇宙暦826年の瀬戸際

 

 

 想定外。新帝国軍の奇策。

 突如繰り出された小惑星要塞の長距離ワープと、要塞内部からの艦隊出撃。

 

「あの小惑星、腹の中から帝国の戦艦を吐き出してやがる」

「開口部をミサイルで狙え!」

 星条国連邦(インター・ステラ)軍の首都星防衛部隊は、平素より国土に危機が到来する瞬間に備えてきた。

 しかし敵の戦法は常識外。対処は困難をきわめた。

 

『新たな目標。およそ1000。敵艦隊と思しき反応』

『敵艦隊、多数のミサイル発射を確認。本基地に向けて、まっすぐ突っ込んでくる』

『迎撃。迎撃』

 防衛部隊配備のミサイルは、有効に機能しえなかった。

 あまりに前触れのない、至近への敵出現。長射程ミサイルの配備比率が高かったがゆえに、早期に懐へと入られたことが災いした。

 首都星ステラリアコモンズの座する星系内部にまで跳躍した小惑星要塞は、さしずめ古代の戦争に使われた攻城兵器。防衛側にとっては、心理的にも物理的にも多大なインパクトを避け得ない。

 

『ミサイル命中率、一割』

『画像確認。小惑星の開口部、破壊を認められず』

「畜生。でけえ芋みてえな小惑星野郎め。いくらミサイルを打ち込んでも、びくともしやがらん。腹の中から、元気な艦隊が増派されちまうぞ」

「それならまだいいのでしょう」

「なんだ? まだ連中は妙なことをしてくるのか?」

「質量攻撃です。連中がアレを首都星にぶつけてくるつもりなら、我々は終わりです」

 とある防衛部隊の士官は、新帝国軍の核心に迫りつつあった。

 

 

 

 

 時同じくして。

 星系内に秘匿された軍港より、一隻の軍艦が出撃の準備を整えつつあった。

 星条国連邦(インター・ステラ)軍総旗艦〈ステラリア〉。

 次世代にして門外不出の侵食電子戦能力(アクティヴ・ハック)を有し、突きつけられた難局を打開しうる、連邦軍の切り札であった。

 徹底された無人化により、艦の乗員は司令官一人のみ。

 その人物は、統軍総長ウィザーズ・リー。

 建国者でありながら表舞台には出ず、謎めいた霧のむこうに姿を暗ます。

 白亜の聖堂のごとき静謐な戦闘指揮所に、通信回線が開かれる。

 ウィザーズは応じる。

 

『ウィザーズくん。絶体絶命だね』

 通信相手は男装の令嬢。

 イヴ・トリューニヒト。

 彼女は一国の指導者を相手に、挑発と取られかねない口ぶりで挨拶をする。

 

「この二ヶ月間、我が連邦を離れていたかと思えば、ここにきて高みの見物か」

『まさか。私は株主だよ。立派な当事者さ。こんなところで星条国連邦(インター・ステラ)に滅びてもらったら、せっかくの先行投資が台無しだよ』

 イヴは不敵な笑みを絶やさない。

 曰く、二ヶ月間の時間も、星条国連邦(インター・ステラ)に味方するべく諸々の下準備に充てていたという。

 続いてイヴは利害関係者の一人として、新帝国軍が取るであろう出方をつらつらと述べていく。

 

『艦隊を率いさせれば無敗の君だ。湧いてきた艦隊は潰せる。喫緊の障害は小惑星要塞だろうね。外付けの推進装置なりの加速で隕石落としでもされれば、君たちはすべてを失う。人口も居住区も工業力も、いわんや軍事力も。そうなれば、君たちは流亡の民になる』

「無論、阻止する。我々にはその能力がある」

 ウィザーズは平静に応じる。

 虚勢の類ではない、たしかな目算ゆえのふるまい。

 イヴもまた疑わない。彼の意思と能力を否定しない。

 

『君のことだから、今回もどうにかするのかな。生者の中で君を出し抜ける存在は、この私ぐらいだ』

「ならば、この通信はいかなる要件か」

『君の作戦行動をより確実にしたいと思っての、私からの助け舟の打診だよ。とはいえ時間がない。簡潔にご理解いただけるように、ある人物を紹介したい』

 イヴの合図とともに、モニタには二人の人物が映し出される。

 一人は『同盟警備保障(アライアンス・セキュリティ)』の重役、ラルフ・カールセン司令官。数ヶ月前に敵として交戦した、齢87の手強い老将。

 そして、もう一人は。

 

『お初にお目にかかります、統軍総長閣下。私は……』

 畏まった儀礼服姿の、小柄な白髪の老人。

 名は、ウィリバルト・ヨアヒム・フォン・メルカッツ。

 ゴールデンバウム王朝時代の旧帝国軍を代表する宿将であり、自由惑星同盟への亡命後はかのヤン提督を支えて『バーミリオンの奇跡』を共に成した、同盟救済の功労者。

 されど、彼をしても寄る年波には抗い難かったのだろうか。旧帝国様式の儀礼服に「着られる」ほどには、すっかり痩身となった様子。偉丈夫なカールセンとは対照的であった。

 彼は衰えながらも、矍鑠とした声で申し述べる。

 

『此度私は銀河立憲帝国(レヒト・シュタート)からの特使として、内閣総理大臣(シュターツカンツラー)ベルンハルト・フォン・シュナイダーの政策方針を、僭越ながら統軍総長閣下へとお伝えに参りました次第です』

 

 挨拶につづけて。

 メルカッツ特使は、立憲帝国の立場を簡潔に示した。

 同盟より譲り受けたイゼルローン要塞と周辺星系を統治とする、独立国としてのメッセージであった。

 

 

 ひとつ。銀河立憲帝国(レヒト・シュタート)は、貴国をただちに軍需民需の両面で支援する用意があること。

 

 ひとつ。貴国の主権と独立が保たれた暁には、国家承認をしたうえで、ロイエンタール朝新銀河帝国に備える相互防衛協定を結ぶ意思があること。

 

 

 物資支援。

 軍事同盟。

 ウィザーズは思った。やはりそうくるか。

 予見していた打診ではあった。字義通りであれば、必ずしも拒む理由はない。銀河立憲帝国(レヒト・シュタート)には、星条国連邦(インター・ステラ)側に不平等な条約を押し付ける実力はない。両国の国力比はほぼ互角。どちらかが相手の足元を見る立場にはない。少なくとも、現時点においては。

 問題の所在は条約の中身ではない。タイミングそのものだ。

 新帝国軍による侵攻作戦を受ける時期に、ヤン議長に並び立つ「生ける伝説」とも評されるメルカッツが特使に遣わされたこと。外交戦の機微はそこにある。

 事実上の国家指導者として、駆け引きが分からぬウィザーズではない。

 このタイミングだからこそ、立憲帝国は秤に掛けにきたのだ。

 連邦に賭けるか、損切りするか。

 新帝国軍の大侵攻は、その分岐点だといっていい。

 連邦が勝てば、後方支援に回って対ロイエンタール朝の防波堤にすればいい。

 連邦が敗れれば、優位な条件で自軍に組み込んで国力の嵩増しに充てればいい。

 どちらに転んでも立憲帝国が得るものは大きい。

 おおかた同盟の従属国に甘んじている現状を打破すべく、連邦を政治力学の変数に使いたいのだろう。

 

『銀河立憲帝国(レヒト・シュタート)の、国際正義に尽くす御決断。このイヴ・トリューニヒト、あらためて敬服致しました。我々自由惑星同盟(フリー・プラネッツ)も、メルカッツ特使の申し出を支持するものであります』

 イヴは恭しく、メルカッツ特使に同調した。

 彼女は一介の野党議員にすぎない身にもかかわらず、あたかも同盟を代表する物言い。

 ウィザーズは怪訝に思う。

 この女狐め。ぬけぬけと。

 己の表情を覆い隠す仮面の下で眉をひそめる。

 この女の信用ならなさを、メルカッツ特使はそれをどこまで承知の上だろうか。イヴに乗せられているのか。イヴを乗りこなしているのか。

 

『立憲帝国供与の軍需物資については、わが社の艦隊(ゴスペル・ホールディングス)が移送を代行しているよ。スマート機雷敷設装置。指向性ゼッフル粒子散布装置。防衛戦にうってつけの装備が、すぐに使える状態だけれど』

「メルカッツ特使。一つ、私から申し上げたい」

 ウィザーズは口を開く。

 イヴの言葉を無視する形であった。

 

「この旗を掲げた時より、我々は自主自立の道を選んだ」

 ウィザーズは手元のコンソールを操作し、星条国連邦(インター・ステラ)の国旗をホログラム投影した。

 群青白星旗(ステラス・フラッグ)。

 「平和を希求する自由な人々の意思に基づく星系自治政府の連合体」たるべき高貴なる精神を示す、誓いの証。

 茫漠たる銀河を示す深い青地の上に、進むべき路を示す一条の黄色い斜線が差して、人々の願いを宿す七つの白い星が輪となって、ゆるぎなき連帯を成す……。

 ウィザーズの脳裏には、ひとりの少女の姿がよぎる。

 聡明な少女の見た夢。

 記憶の中の平和。幻想の平和。

 あの反逆の日、楊立民青年は仮面の指導者ウィザーズ・リーとなった。

 彼女の夢の世界を、けして夢幻に終わらせないことを誓った。

 理想。証明されるべき、人類が辿りつくべき理想。

 貧しさや隷属に立ち向かえる、信じるに値する、だれもがだれかを見棄てない、救いのある国を。

 どれほど過酷な現実が襲いかかったとしても。だれかに首輪を付けられて生き死にの運命を握られるなど、あってはならないのだ。

 

「我々はあらゆる勢力と対等の存在である。これまでも、そしてこれからも。さしあたって今次の新帝国軍の侵攻については、貴国の信義を勝ち取る意味においても我々連邦が独力で対処してみせよう」

『さようにございますか。我々立憲帝国は、閣下をお相手に出過ぎたことを……』

「いや。爾後の民生支援については、平和国家たる貴国のご協力を賜りたい」

 

 ウィザーズは仮面の内側で目を細める。

 そうだ。問題は立憲帝国ではない。

 この状況をセッティングしたイヴ・トリューニヒトだ。

 現時点では敵ではないが、誠実な味方などではない。悪辣なジョーカーと評するべきなのだ。

 利害が噛み合うかぎりは過たずに実益をもたらすが、こちらを価値なしと判断すればためらいなく梯子を外す。ステークホルダーの能力を測るため、たえず笑顔で相手を試す。政治家や経営者としては煌めく一等星だが、人間性は宙を漂うデブリにも劣る。

 出撃まで、三〇分。

 国家存亡の危機。

 作戦上、すべての手筈は整え終えているとはいえ、無為に過ごしてよい時間などではない。だがウィザーズは、この通信を無視できない。

 まずはイヴが投げかけてきた外交戦を凌ぐとき。

 

『そろそろわしも発言して、かまわんかの? ウィザーズ閣下』

 発言は意外な人物であった。

 民間軍事請負会社『同盟警備保障(アライアンス・セキュリティ)』司令官、ラルフ・カールセン。

 

『わしらの艦隊を使わんか? 作戦上、かなり楽になると思うのじゃが』

 迂遠さは微塵もみえない、善意からの申し出であった。

 しかし連邦は、今回の侵攻に関しては直接の軍事的支援を受けないと明言したばかり。

 ウィザーズとしては充分な目算がある以上、国力差のある同盟に下手な借りを作りたくはない。まして相手が民間軍事請負会社ともなれば。今後に尾を引くリスクのほうが懸念される。メルカッツ特使と同じく「バーミリオンの奇跡」を支えた闘将として名望厚いカールセンの人格を疑う訳ではなかったが、支援を受けた事実を外野がどう利用するかは別問題なのだ。

 

「カールセン司令。お気持ちは有り難いが……」

『やっぱり決意は変わらんですなあ。わかりました』

 カールセンはあっさりと退いた。

 

『ウィザーズくん、本当に断ってもいいのかな? カールセン司令は八千隻の戦力を自在に操れる。戦場のパワーバランスを一変させられる一手だよ。その実力は、数ヶ月前のイルゴンシュタット星域会戦でも保証済みだ』

「懲りないな、イヴ・トリューニヒト」

 ウィザーズは明確に拒絶した。

 

「皆様方に誤解のなきよう申し上げるが、我々は自棄や錯乱などに陥ってはいない。例の小惑星要塞のワープ攻撃こそが、新帝国軍の攻勢限界点にあるからだ。ここを跳ね返せば戦いは終わる」

 ウィザーズは戦況の見立てを示す。

 延び切った戦線。

 各地の敵損耗の激しさ。

 とりわけ現在直面している小惑星要塞のワープ戦術実現にあたって、クナップシュタイン艦隊を無防備に晒してまで長距離ワープの誘導役に投じた拙速さ。首都星ステラリアコモンズの破壊という一点にリソースを割きすぎている。彼らに次善策の用意は無く、正当的な艦隊戦は侵攻終結の決め手を欠く。新帝国軍には、艦隊を再編して再度の攻勢を掛けるまでの余力はないからだ。愚かにもロイエンタールが撤退の号令を出さない場合は、補給線の途絶えた我が宙域で容易に各個撃破できる。

 すなわち。

 敵も味方も、この瞬間が分水嶺なのだ。

 そしてこの展開は、我々軍首脳部が諜報機関を介して、秘密裏に予見していたこと。

 戦力も充分。現在対処にあたっている首都星防衛部隊とアイゼンベルグ艦隊。無傷のグエン艦隊と、我が〈ステラリア〉。そしてジークマイスター中将に預けた独立部隊。パズルのピースは揃っている。

 よって連邦は、勝つべくして勝つ。

 

「繰り返す。これより私が赴く首都星防衛戦において、如何なる勢力も手出しは無用。軍事的介入は我々連邦への主権侵害と見做す。注意されたし」

『承知したよ。ウィザーズ君、今回はお手並み拝見といこう。どんな手品を見せてくれるか、ミラクルに期待しているよ』

 イヴは諦めて、口出しをやめた。

 ここで揉めても益はない、といった具合であった。

 かくしてウィザーズは通信を断ち、新帝国軍の侵略を迎え撃つ……。

 

 

 

『撃て!(ファイエル)』

 帝国標準語の、裂帛の号令が下る。

 戦いの様相は、新帝国軍側による一気呵成の雪崩れ込みとなっていた。

 星条国連邦(インター・ステラ)側が備えた小惑星帯の防衛設備は、瞬く間に無力化の憂き目を見ていた。

 彼らが恃みにする機動戦力は、星条国連邦(インター・ステラ)軍第五艦隊。構成員のすべてを旧帝国軍系軍人で固められた精鋭艦隊である。

 

「撃て(ファイエル)」

 星条国連邦(インター・ステラ)軍側からも同じく、帝国標準語による号令。静かなる声の主は、司令官クルト・フォン・アイゼンベルグ中将。

 

「狼狽える必要はない。敵の攻勢は限界に達しつつある。白碧鉄騎士艦隊(ヴァイセブラウ・シュタールリッター)が堅牢たる所以を示せ」

 巌(いわお)の騎士のごとき彼は、旗艦〈ベルリヒンゲン〉を敢えて前衛に突出させた。艦隊本部を成す戦艦群もまた、一糸乱れぬ艦隊運動で隊列をなす。白碧にして重厚なる戦艦群は、侵攻軍のビーム照射もこともなげに跳ね返す。

 元より。旗艦級戦艦〈ベルリヒンゲン〉は、星条国連邦(インター・ステラ)軍の保有する最大艦である。

 かつてのゴールデンバウム朝銀河帝国で艦隊旗艦の任に充てられたヴィルヘルミナ級の鹵獲艦に、側面装甲と防御スクリーン発生装置を増強した代物。正面を見ても側面を伺ってもいかめしい艦容は不沈艦の異名を誇るにふさわしい。代償としては機動力が犠牲となっているが、白碧鉄騎士艦隊(ヴァイセブラウ・シュタールリッター)の運用において問題にはあたらない。

 

『艦隊、微速前進』

 旗艦〈ベルリヒンゲン〉は、悠然と進む。

 誇り高き騎士のごとく。佇まいを以て領地を護る姿。

 幾多のビーム照射がわずか一隻相手に集中するも、高出力の防御スクリーンを展開。これをものともしない。

 無論、やられるがままでは済まさない。

 答礼のごとく、応射。応射。

 新帝国軍の艦列に穴が穿たれる。

 守ろうにも攻めようにも寡兵の中で、不沈の巨艦が戦列を成す心理的意味は大きい。

 かぼそいはずの友軍を奮い立たせ、敵軍には戦力算定を数倍させる。

 

「司令官。展開を終えた敵艦隊が、我が艦隊へ包囲を敷きつつあります」

「動かずともよい」

 アイゼンベルグは一言で断じた。

 

「堅忍不抜。これあるのみ」

「しかし敵は四倍です。包囲が完成されれば、我々とてひとたまりもありません。ヴァトゥシア中将からの通信によれば、ワープさせた小惑星要塞を質量弾として首都星に落とす可能性も……」

「事態の打開には、統軍総長閣下とジークマイスターが動く。我の役目は、敵を一隻たりとも通させぬことのみ」

 アイゼンベルグは幕僚に理解を促す。祖国存亡の危機にあってなお、彼に迷いや揺らぎはない。

 我らがすべてを成す必要はない。

 我らはあくまで、下支えに徹すれば良い。と。

 

「我らが包囲されるならば、むしろ重畳(ちょうじょう)。我が国一の堅牢さを見せつけるまでのことよ」

 

 

 

 他方の新帝国軍は、意外な苦境にあった。

「長駆侵攻で疲れ切った我々が、増援艦隊と入れ替わりに成功したまではいいものの。敵艦隊はなかなか削れませんな」

「白碧鉄騎士艦隊(ヴァイセブラウ・シュタールリッター)といったか。我々に立ち塞がるだけはある。さすがに堅い」

 クナップシュタインはモニタの戦術情報を前に腕を組む。

 戦術判断に誤りはない。自ら長駆で率いた艦隊のすべてを、ワープさせてきた要塞内へ滞りなく収容させるまではよかった。

 敵艦隊は首都防衛を任された堅陣。艦隊構成のほぼすべてが戦艦で占められ、流石に抜き難い。しかしここを押し通らねば、侵攻作戦のすべてが水泡に帰す。

 とはいえ敵が堅い。

 初動対応も早すぎる。

 クナップシュタインの胸中には疑念の影が忍び寄る。

 もしや、情報が洩れているのでは。

 トゥルナイゼンを撒き餌にしたのは作戦案通りだが、それ以上の情報が洩れているとしか。グリルパルツァーが主導した今作戦の発動だが、やはりとんだ貧乏くじを引かされた。

 

「荷が重過ぎましたかね。我々の代役のヴァーゲンザイル艦隊では」

「そうだな。我らの艦隊が戦えるのなら良かったが、ワープ航法を強行したうえでそれは贅沢だな」

 参謀長の声に、クナップシュタインは我に返る。

 直視すべきは目前の戦闘である。

 敵の二〇〇〇隻に対し、包囲を掛けつつあるヴァーゲンザイル艦隊は八〇〇〇隻。彼我戦力は圧倒的で、状況は依然優位。下衆の勘繰りのごときに陥ってやる必要はない。

 ともあれ。懸念すべきは敵の頭目、ウィザーズの用兵だ。

 奴は切り札を温存し、機を伺っている。

 神懸かり的な電子戦能力を有するとされる〈ステラリア〉に対して、新帝国軍は撃沈はおろか接敵すらしていない。その事実が証左だ。

 奴が〈ステラリア〉で直々に出撃するならば、この局面において他にない。

 クナップシュタインは息を吐く。

 

「参謀長。我が艦隊が戦闘可能になるには?」

「最短でも、あと半日」

 簡明な返答。

 クナップシュタインが奇襲初動で予備戦力まで吐き出したのは、奇襲成功の優位とウィザーズの脅威とを天秤に掛けた結果だ。ウィザーズの出方に怯えた出し惜しみで奇襲の威力を減じさせるくらいなら、勢いに任せて戦況を流動的に支配したほうが確実。

 クナップシュタインの手元に予備戦力は無い。

 現在の決戦的攻勢も、その実薄皮一枚の博打であった。

 

「ヴァーゲンザイル艦隊には、一旦退かせますか」

「いや。戦闘の主導権を維持する。相手は全艦艇が重装甲の戦艦。捨て置くわけにはいかん。ヴァーゲンザイルには砲火を緩めさせるな」

 戦闘は苛烈さを増す。

 幾度にもわたり、相互に砲火の光条が放たれる。

 首都星の眼前たるステラリアコモンズ星域にて、奇襲的に戦端が開かれてから二時間は経過していた。クナップシュタイン艦隊に代わりヴァーゲンザイル艦隊を展開した新帝国軍は、白碧鉄騎士艦隊(ヴァイセブラウ・シュタールリッター)への包囲を完成させた。

 

「ヴァーゲンザイル艦隊の主砲斉射三連です。敵の頭を叩きました」

「巧いな。あいつも良くやる」

 クナップシュタインの望み通り、星条国連邦(インター・ステラ)軍は防御の限界を見せはじめた。さしもの戦艦集中運用も、三方から包囲されてはひとたまりもない。

 戦術的に後退しようにも、彼らに課された任務がそれを許さない。

 連邦首都星(ステラリアコモンズ)を失えば、彼らは安住の地を失う。これまでの縦深ゲリラ戦術とは明確に異なる、決死の首都防衛であった。

 しかし。

 新帝国軍の真の目論見は、彼らを嘲笑うかのごとく残虐であるのだ。

 

「この小惑星要塞が、連邦首都星(ステラリアコモンズ)への落下コースに至る所要時間は?」

「およそ二四時間です」

 

 新帝国軍の勝ち筋は明確であった。

 ここまでワープさせた小惑星要塞を、外付けブースターで加速させたのちに首都星地表に落とすだけ。

 それだけだ。それですべてが決着する。

 現在行っている艦隊戦すら、相手側が持つ機動戦力の封じ込めにすぎない。

 しかしこの案に、クナップシュタインは激しい葛藤を抱えていた。

 

「無論、我々の艦隊が行動可能になり次第、この小惑星要塞は放棄する。しかし……」

「いかがされましたか?」

「虐殺の誹りを免れんな。我々は」

 

 我々の戦争に、大義は存在するのだろうか。

 我々は、無差別な殺戮が許されるほどの存在なのだろうか。

 クナップシュタインは、軍務にあたっては常に実直たらんと心掛けていた。そして自身を凡庸な人間であると認めていた。

 若かりし頃は雄弁の節こそあった。しかし長きにわたる内戦を経て、壮年の域に達する頃にはある種の達観に至っていた。

 この四半世紀。我々は人を殺しすぎた。

 そしてまた、人を殺そうとしている。

 相手が武器を携えた軍人ならいざ知らず、非武装と思しき無辜の民をだ。

 思い返されるのは、かつてラインハルト・フォン・ローエングラム元帥が勝利した、貴族連合軍との戦いでの血塗られた歴史。

 宿敵ブラウンシュヴァイク公による惑星ヴェスターラントへの熱核攻撃。

 前時代の悪業と断じられたそれに数十倍する所業に、己が手をかけようとしている。

 そして作戦進行上、到底引き返せない局面である。

 

「これで、いいのか」

 クナップシュタインは迷った。不意に独りごちるほどには。

 不覚悟や優柔不断などではなく、実直さゆえに迷ったのだ。

 これは正しいのか? 

 いや、正しいはずがない。

 道義上だけではない。軍事戦略上の妥当性においても、だ。

 ここで星条国連邦(インター・ステラ)を滅ぼしたところで、自由惑星同盟(フリー・プラネッツ)が過敏に反応する。属国たるイゼルローン要塞の銀河立憲帝国(レヒト・シュターツ)も同調するに違いない。緩衝地帯を自ら滅ぼした我ら新銀河帝国は、あのヤン・ウェンリー率いる覇権的勢力と直接対峙しなければならない。

 当然そのような懸念は作戦策定時点で議論を尽くすべきであった。

 しかし作戦案自体が、名状し難き政治的背景により押し切られたのだ。

 小惑星落としを決め手とする作戦案。

 当初こそ「人道に悖る」という声が司令官クラスに少なくなかった。事実、クナップシュタインは消極派の代表であった。とはいえクナップシュタイン自身は軍部の少数派閥にすぎず、その影響力は減退する一方であった。

 そしてその対極に、軍部での権勢を日増しにする男がいた。

 かつて自身と双璧を成すと比べられた男。

 アルフレット・グリルパルツァー上級大将だ。

 グリルパルツァーの根回しは巧妙を極めた。

 作戦策定の過程は、彼の手によって骨抜きにされていた。

 その有り様を一部の司令官が皇帝陛下(オスカーⅠ世)に上奏するも、にべにもせず一蹴されるだけであった。追って、グリルパルツァー主導の作戦案は御前会議で承認された。

 侵攻作戦実施が決まったのち。グリルパルツァーにされた耳打ちが、いまもクナップシュタインの記憶にざらつく。

 

『私は君を信じている。だからこそ、作戦の決勝点を君に任せるのだ』

 あの空恐ろしい声。

 あれは悪魔の囁きだったのか。

 

『光熱源レーダーに感あり』

『連邦首都星(ステラリアコモンズ)より浮上する、新たな目標。およそ五〇〇』

「司令。この期に及んで、奴らの新規戦力が」

 オペレーターの報告。

 参謀長の声。

 迷いに揺れるクナップシュタインの前に、新たな現実が現れる。

 もしやと思われた懸念は、けして杞憂などで終わってはくれなかった。

 

『敵旗艦と思しき大型艦艇、艦影照合』

『星条国連邦(インター・ステラ)軍総旗艦、〈ステラリア〉と合致』

 クナップシュタインが判断に迫られるなか。

 新帝国軍による星条国連邦(インター・ステラ)侵攻作戦は、最終局面を迎えつつあった。

 

 

 

 

 

 

 

 

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