単縦陣を取った艦隊の陣頭には、総旗艦〈ステラリア〉。
鮮烈な存在感を放つ全長1500メートルもの旗艦級戦艦が征く。
これら
「我が艦隊を出撃させる」
「ですが司令、我々は満足には戦えません」
参謀長は常識的な返答をする。
「長距離ワープ航法での強行軍の後です。エネルギー運用において当面の戦闘に堪えず……」
「主砲が撃てないだけだ。選択肢は幾らでもある」
クナップシュタインは参謀長を諭す。
機関出力に依存するビーム照射はできなくとも、実体弾である対艦ミサイルは発射可能。500隻相手ならば充分に一蹴できる。
あるいは艦隊陣形ひとつでブラフにもなる。
局面は最終段階。敵の戦術行動に枷をはめるだけで充分。もたつかせた時間こそが、そのまま新帝国軍の勝利に直結する。
「それに参謀長。お前はあの500隻をどう解釈する?」
「あの〈ステラリア〉にはウィザーズが座乗しているはずです。単なる陽動にも思えません」
参謀長は懸念を示した。連邦軍の象徴による起死回生の出撃。
その見立てにクナップシュタインも同意していた。小惑星要塞の落着という死刑宣告は、連邦側の長考を許さない。喉元に突きつけられたナイフを叩き落とすには、まずもって拙速が要求される。陽動やら知謀やらに興じる余裕など、連邦側にはないはずだと。
「連中の望みは、短期的な艦隊戦に持ち込んで戦術的な神がかりを起こしつつ、小惑星要塞のエンジン基部に攻撃を与えて、あるいはお得意の
「ともすれば、ヴァーゲンザイル艦隊が包囲殲滅中の
「だが、その戦力に取り合う必要はない。ヴァーゲンザイルも優位に事を運んでいるからな」
クナップシュタインは改めて指針を示した。
新帝国軍の勝ち筋は、巨大質量をぶつけてやること。艦隊戦での戦果は思考の埒外に追いやっていい。
無論クナップシュタインの心情としては民間人の大量虐殺など武人の取りえぬ外道の戦法であった。しかし事ここに至っては、仕掛けた側の彼ですら逆らえないカウントダウンと化した。
このうえ、彼になし得ることは戦争の早期終結。
後世の歴史家の謗りを一頁でも減らすには正当化の物語が必要であった。「非道な決断こそが、"
「では。我が艦隊は前方展開を以って敵艦隊を牽制しつつ、要所で後退に転じて〈ステラリア〉を引きつけ、小惑星要塞の落着攻撃までの時間的猶予を奪うことになろうかと」
「その通りだ。敵にとっての阻止限界点までの時間を奪うだけでいい」
戦力など、半分は虚像で構わない。
クナップシュタイン艦隊の擁する、5000隻という存在そのものが戦力と化す。敵の新規戦力はわずかにすぎない。連邦軍にはいまだ捕捉されていないグエン・バン・ヒュー中将麾下の3000隻が存在するものの、当戦域付近には未確認。総旗艦〈ステラリア〉に対処するにせよ、彼らに備えるにせよ、事前展開を済ませておくに越したことはなかった。
「各艦への指示を頼む」
司令官と参謀長の共通認識を経て、クナップシュタイン艦隊は行動に移った。
迅速に要塞内より出撃。5000隻の艦隊は大所帯の煩雑さをものともせず、小集団単位での横形陣を展開。指揮管制能力において、精鋭の名に恥じない技量であった。
「対艦ミサイルで攻撃せよ。管制モードは事前マニュアル。指定座標にベクトル射線」
クナップシュタインの攻撃命令。戦列を組んだ艦より順次、数多の長槍が打ち出される。
通常、ミサイルなどの実体弾兵装は中近距離での決定打として運用される。しかしこのときの運用は無誘導航行方式。放射状に突き進む姿は、さながら西暦地球期に用いられた原始的な魚雷。
無論、敢えての無誘導である。生半可な誘導方式で艦隊とのデータリンクを開いてしまえば、〈ステラリア〉の電子戦能力に抗しえない。
『敵艦隊、単縦陣を維持。航路そのまま』
『航行中の射出ミサイル群、敵艦隊の未来位置と交錯』
ミサイルの驟雨は、無誘導にもかかわらず〈ステラリア〉率いる艦列へと割り込もうとする。
敵艦列の針路次第では見当違いの無駄弾となりかねなかった判断を成功させる辺りに、クナップシュタインの戦術的非凡さが垣間見える。
だが〈ステラリア〉を操る司令官のとった行動は、クナップシュタインのさらに上をゆく。
「〈ステラリア〉は、ミサイル群を迎撃してきません。
「無誘導を見抜いていたとでもいうのか。ウィザーズも味な真似をする」
参謀長の報告に、クナップシュタインは奥歯を噛み縛る。
ミサイル攻撃の狙いは撃沈ではなく、副砲ビームの照射強要によってエネルギーを吐き出させることにあったから、完全に乗ってこなかったのは想定外。とはいえ降り注ぐミサイル群相手に至近弾の一つも恐れず、デコイの一つも撒かず素通しにしてみせるなど、艦隊運用のセオリーから外れすぎている。
頭の螺子をわざと外しているとしか思えない。
これが
クナップシュタインは舌打ちをこらえる。おぞましい奴め。
『敵旗艦、急速接近』
オペレーターの報告が、クナップシュタインの意識をメインモニターに引き戻す。
〈ステラリア〉以下500隻の艦列は、クナップシュタイン艦隊のミサイル攻撃を無傷で通過。
両軍の距離はとうに、ビーム主砲の射程内に互いを収めていた。
両軍の主砲は、されど沈黙を保ったまま。
各艦単位でエネルギー事情が厳しいクナップシュタイン艦隊はともかく、〈ステラリア〉側も不気味な沈黙を装い増速をかける。機関出力を振り絞ったかのような加速度。こちらの5000隻の存在を、まるで相手にしていない。
〈ステラリア〉の進行軸が、わずかに直進予定コースを逸れた。
まずい。クナップシュタインは逸る。
「やつらの予想到達コースは小惑星突入の阻止限界点だ。向かわせるな!」
「ですが敵艦隊の急加速で相対速度が付きすぎ、こちらの
「
クナップシュタインは艦長の頭越しに命令を下し、座乗艦の兵装を指向させる。しかし
『敵……、敵艦列より多量のデコイ群放出を確認。熱光学探知不能。むこう600秒は有効照準できません』
「くそ、ここでデコイか!」
クナップシュタインの読みは、ことごとく裏目に出る。
600秒。これが重厚長大な艦列を敷いてビームを撃ち合う通常の会戦であれば、600秒など毛ほども惜しくはない。しかし一刻を争うこの瞬間では、値金千の価値がある。永遠にも思える時間であった。
そして両艦隊は交錯する。〈ステラリア〉以下500隻は、一隻も欠けることなくクナップシュタイン艦隊が布陣する宙域を突破する。
かくなるうえは。クナップシュタインは決断した。
「参謀長。要塞側に非常回線を開かせろ」
「ですが司令。無線封鎖を解けば〈ステラリア〉の
「いますぐ開かせろ!」
クナップシュタインは参謀長を急かし、緊急用の艦隊信号弾を発射。要塞側の管制官にコンタクトを取り、技術士官に繋いで命令を下す。
『クナップシュタイン司令官閣下。いかがされましたか?』
「要塞を全力で緊急増速させろ。しかるのち総員退避だ」
『予定よりも早くにですか? しかし強引に増速しますと、外部干渉を受けた際に突入軌道を逸れるパーセンテージが許容範囲内を……』
「御託はいい! このままでは突入以前にウィザーズの500隻に喰われる。やつらの阻止は、私もヴァーゲンザイルの艦隊も間に合わん。命令を理解したら復唱し、実行しろ!」
叱責交じりの命令を下しながら、クナップシュタインは後悔に身を焦がす。
こんなことなら、要塞側に1000隻でも直掩に残しておけば。
ブラフを仕掛けて委縮させるつもりが逆に見抜かれて、本命の小惑星要塞が案山子のありさまではないか。
『要塞外部増速ブースター、全基燃焼開始確認』
『軌道修正、αマイナス0.6』
オペレーターの報告。小惑星要塞が、たしかに加速を始めた。要塞運用要員も役目を終え、シャトルにて退避を進めていた。
これでいい。クナップシュタインは口角を上げる。連中が相対速度を活かして我々の迎撃を躱したのなら、こちらも要塞の速度を突入に至るまでに引き上げてしまい、連中の手出しを防ぐまで。
しかし万全の突入行程でなくなったのも事実。
作戦成否の前提がゆらぐ事態に、クナップシュタインは次善策も検討しなくてはならなくなった。いかにすれば星条国の戦争継続能力を奪えるか。その手段の模索。
刹那にすぎない思案の中、クナップシュタインにはある考えが浮かんだ。
「参謀長。我々はこれより〈ステラリア〉撃沈に総力を挙げる」
「それは、どういうことでしょうか」
「わからないか? 星条国なる辺境の叛徒は、ウィザーズという天才的頭目がいてこその勢力だ。奴を殺すなり捕らえるなりしてしまえば勝手に自壊する」
指導者喪失による国家滅亡。
事例なら、あるのだ。
四半世紀前。
クナップシュタインは過去の当事者ゆえに理解していた。
憚られるがゆえに参謀長相手に示すことはしなかったが、四半世紀前の事例は予感的なプランを確固たる結論へと補強した。
敵はわずかに500隻。絶好の機会ではないか。
卑劣な小惑星要塞落としなどよりも、はるかに正当な手段だ。武人の誉れといえよう。
「ヴァーゲンザイル艦隊の戦闘は、どの程度で片付く見込みか」
「最短で30分かと。星条国軍の
「切り上げさせろ。快速を発揮可能な艦艇で1000隻程度の集団を編成させて、〈ステラリア〉撃沈に向かわせろ」
クナップシュタインの判断は速かった。
狙いを《ステラリア》に絞れるならば話は明快だ。機動力にエネルギーを傾けている500隻は、いずて行動の限界に達して戦闘能力を事実上喪失する。その瞬間を討てばよい。我が艦隊が万全の戦闘能力を回復するまでの時間はいまだ遠いが、制宙権はヴァーゲンザイル艦隊が握っている。戦況は依然として我が方が掌握している。
「参謀長。現在我が艦隊で、対艦攻撃手段を有したうえで高速航行可能な艦艇数は何隻か」
「はい。当艦含め、およそ800隻」
充分だ、と。クナップシュタインは目を見開いた。
「全艦に告ぐ。当艦はこれより、敵旗艦〈ステラリア〉に強襲攻撃を仕掛ける。陣形は、連中と同じ単縦陣だ。応答は待たん。戦闘と機動が可能な艦は私についてこい」
「無茶です司令! 危険すぎます! 体制を整えて持久戦を……」
「参謀長。語弊があったが、私は持久戦を放棄はしない。ただ、目前の好機を素通しで逃す手はないと判断したまでだ」
クナップシュタインの命令はすでに下り、艦長以下座乗艦要員は〈ステラリア〉に吶喊すべく操艦を行っていた。他艦への細かな命令は要らない。クナップシュタインの航路についてくるだけであるからだ。
「単縦陣でどのように対艦戦闘を行うおつもりですか? 大航海時代の戦列艦の再現なのですか?」
「そうだ。古き先達に倣う」
「先頭の本艦が撃沈された場合は?」
「後続艦がそのまま吶喊すればよいではないか」
クナップシュタインには目算があった。〈ステラリア〉に肉薄攻撃を仕掛けるのは今しかない。連中はあの速力発揮だ。副砲すら撃てないほどのエネルギー配分とみるべき。その取り巻きも同様だろう。
ならば、対艦手段に乏しい我が艦隊と条件は同様。
追いすがって、外れようのない距離から
「最大戦速だ! 機関が焼け付いてもかまわん!」
クナップシュタインは先陣を切る。
最高速度に達しつつ、電子戦装置をフル稼働。対ミサイル・誘導機雷防護。
〈ステラリア〉以下500隻からの迎撃はない。
そして運命の偶然というべきか。
速力は〈ステラリア〉ではなく、クナップシュタインの座乗艦の性能が勝った。
『目標、本艦の
「
格納式の砲身が展開。即座に砲撃。
電磁式砲撃特有の眩い閃光が、高初速の射線となって〈ステラリア〉へと向かって迸る。
かくして。
鋼鉄の弾頭は、過たず目標を貫いた。
『〈ステラリア〉、本艦のレーダーより消失』
オペレーターの報告。
『くりかえす。敵旗艦〈ステラリア〉の撃沈を確認!』
『光学、熱源、ともに撃沈を認めています!』
「……おおっ! やりましたぞ司令!」
オペレーターの再度の報告。参謀長の歓喜。
たしかに、先刻までメインモニタに映っていた〈ステラリア〉を示す光点は、忽然と消えていた。
『本艦に追随する僚艦、
『敵集団、多数の撃沈を認む』『約半数を破壊。戦果、さらに拡張中』
その有様は、まさに無抵抗。
ワンサイドゲーム。
星条国艦艇の残骸は、加速度的に増えていく。
「まさか。こんなものか」
あのウィザーズが、この程度か?
手ごたえのない不気味な空疎さが、クナップシュタインの胸中に巣食う。
そして彼の予感は、彼自身の有能さゆえに杞憂では終わらなかった。
『一時方向に、熱源を確認』
ひとりのオペレーターから、奇妙な報告が上がる。
熱源。些事ともいうべき事象。
しかしその報告は、クナップシュタインの陰りを倍加させた。
『これは、旗艦級戦艦の、大口径ビーム照射です!』
あらぬ距離の、想像だにしない座標からであった。
主砲斉射三連。高出力の光条。明白な攻撃。
『べ、ベクトル算出を開始します』
「照射元はいい! どこに向けて撃たれた!」
『要塞です。要塞後部に撃たれました!』
まさか。最悪の予想が、外すことなく的を射る。
『要塞軌道に異常発生。外部ブースターが一部破壊された模様』
「し、司令。要塞が、落着軌道を外れていきます……」
クナップシュタインは絶句した。
ほどなくして、新たな情報がメインモニタに映し出される。
それは、大口径ビームの照射元であった。
「なぜだ。撃沈したはずの艦だぞ」
亡霊め、と。クナップシュタインは奥歯を噛みしめるほかになかった。
悠然たるその艦。最大望遠を介してなお、鮮烈な存在感を放つ全長1500メートルもの旗艦級戦艦。星条国連邦軍総旗艦〈ステラリア〉。
随伴艦すらいない。単艦のみであった。
たった今に撃沈したはずの艦が、モニタの対岸で幽霊船のごとく揺らめいていた。
しかし引き起こされた現象は事実。
高出力のビーム照射。要塞外部ブースターの破壊。
いずれも覆らぬ現実として横たわる。
『当該艦艇のシグネチャ、急速低減。艦影、
「くそ! してやられた!」
参謀長や幕僚があっけにとられるなか。クナップシュタインはすべてを理解した。
我々は最初から騙されていた。
あの500隻は、〈ステラリア〉でもウィザーズでもなかった。姿かたちを真似た、ただの木偶だ。だからビーム照射もミサイル発射もしなかった。せいぜいデコイをばらまくだけ。それは我々の意識を割くための案山子としての役割だったからだ。おそらくは大半が無人艦で、機動力を以って思考を誘導しさえすればよかった。
そうしてウィザーズは、本命たる一隻だけを絶好の機会が訪れるまで忍ばせた。
クナップシュタインは真実に辿り着いていた。されど時すでに遅し。
「諸君。我々の、負けだ」
クナップシュタイン艦隊は、星条国連邦を屈服させる手段のいっさいを喪失した。
趨勢は決まった。
『ジークマイスター。私の代役、見事であった。身体は無事か』
「ありがたきお言葉。幸い〈代用艦〉からは余裕をもって脱出できました」
500隻を操っていたのはウィザーズではなかった。あの部隊は、ジークマイスター中将とその幕僚チームが管制した欺瞞部隊。徹頭徹尾の「おとり」であった。
彼らはウィザーズと〈ステラリア〉の幻影を以って、クナップシュタイン艦隊を騙しぬいた。そしてついに要塞落着を阻止した。丸腰の少数部隊にもかかわらずブラフをかけ続けられたのは、ひとえに卓越した頭脳と大胆さを兼ねそろえた若きジークマイスターの功であったといえた。
「統軍総長閣下。残敵掃討終了の暁には、どうか総反撃のご命令をください。悪しきロイエンタール朝を、朽ちた牙城ごと蹴り崩してごらんにいれます」
ジークマイスター中将は、退避先のシャトルより息をまく。
事実、彼の主張はけして過言ではなかった。
ウィザーズが総反撃の命令ひとつ下すだけで、ロイエンタール朝の侵攻軍はいっさいの勝機を失う。そして連邦領奥深くへと踏み入った彼らは、惨めな敗走を余儀なくされる。軍事的大敗は免れ得ない。
国家の威信が掛かっている。ロイエンタール王朝の正統性そのものが疑われる事態となり、統一されたかにみえた統治体制は、政治派閥に別れて蠢動を始めることだろう。
同盟が、ヤン・ウェンリーが演出した『バーミリオンの奇跡』と呼ぶ逆転劇。
あの同じことが、新帝国ではまた繰り返される。
それは
ウィザーズの不敗神話は確固たるものとなり、新帝国軍の軍事的欠損は星条国発展の猶予をもたらすこと疑いない。サジタリウス腕を統治する
勝利を確信したジークマイスターは、丸眼鏡の奥に眼光を宿らせる。
彼は確信していた。
人民の軍旗が翻り、曙光差す彼方に、すべての専制主義は崩れ去る。
隷属と迫害の歴史が終わり、自由と平等と博愛の時代が始まる。
果てなき未来へ至る、世界銀河革命の途が……。
『時空振。時空振を確認』
他方で。〈ステラリア〉座乗のウィザーズは、艦艇統御システムよりもたらされる報告に耳を傾けていた。
『艦艇ワープアウト、観測』
ワープアウト。
長距離極超速の艦艇群が、通常航行同様の速度に引き戻される瞬間を指す。原理上厳密には異なるが、蛙跳びの着地時ともいっていい。
『規模、一個艦隊』
艦艇群は姿を現した。
「アキレウス級。〈ディオメデス〉。同盟艦?」
共用情報を確認すると、退避用シャトルに乗り込んでいたジークマイスターはうろたえた。
趨勢が決した段階で、やつらは何をしに来た?
単なる行き違いのたぐいとみるべきか。
無防備なワープアウトに勝る蛮勇はない。直後ではビーム主砲はおろか、調定諸元の原理上ミサイルの一発すら撃てないはずだ。
ともあれ。ワープアウトしてきた艦隊の旗艦からは、オープンチャンネルにて通信が送り込まれる。
『……当宙域に艦艇を展開する、すべての勢力に告げますぞ。わしは『
カールセンは豪胆げな体躯に似合わず、回線越しに淡々と要件を述べる。
続いて〈ディオメデス〉は、
そして、「とある人物」のリアルタイム映像を映し出した。
『……生ける銀河を共にする、すべての人々と政府にお伝えします。
私は、
私以下同盟政府は、
ゆえに私は、銀河秩序に責任を負うひとりの存在として、あらゆる勢力による「無条件の即時戦闘停止」を提案するものであります。
なお同盟政府は、銀河秩序の恒久的安定を実現するべく、ともに銀河秩序を担うすべての国家勢力が、互恵を求め利害を調停しうる国際協議の場を、遅滞なく設ける準備があります。
銀河系はあまりに広大であり、資源や原理においていまだ見ぬ可能性を秘めており、一極支配などではなく多数の国家の在り方を、ひいては個人の自由と権利を包摂しうるものと、私は考えています。
我々は同じ人間です。
過去を顧み、現在を直視し、未来を描くことができます。
ヤン・ウェンリーの一声。
だれもが思いもしない、青天の霹靂。
星条国と新帝国にとっては、事実上の停戦命令であった。
「なにを勝手なことを!」
ジークマイスターは怒鳴った。シャトル内のコンソールに両手を叩きつけ、わなわなと憤怒に震える。
よくも偉そうな口を利くものだ。
自分自身はなにひとつ闘わなかった分際で。
「統軍総長閣下。連中に取り合う必要などありません。我々以前に、そもそもロイエンタール朝が乗るとは思えません」
『全軍に命令。いっさいの攻撃を禁ずる。我が
対するウィザーズは即断した。
逡巡を微塵も感じさせない、泰然とした声であった。
「そ、それは」
無論、命令に反するジークマイスターではなかった。
しかし得心するかは別問題であった。相手が不敗神話を誇るウィザーズであっても、ジークマイスターは臆さない。
「何故ですか? 自分は何分にも若輩者。閣下のご洞察には及ばす。この局面、ロイエンタール朝の侵攻軍を滅ぼす絶好の機会ですが」
『絶好の機会。それゆえ、攻撃を禁じた』
「それではまるで同盟の言いなりではありませんか」
ジークマイスターは理解していた。
同盟が危険を冒してまでこのタイミングで停戦の調停役に乗り出したことには、明確な理由がある。
「統軍総長閣下。我々は主権国家です」
ジークマイスターは、己の言わんとするところを滲ませる。
国家を国家たらしめる三要件。
統治する領域。構成する人民。
そして、独立した主権。
いずれもが国家として欠けざる礎石であり、他国のいかなる妨げを受けるものではない。
「我々は、いかなる勢力の属国でもありません。過去も現在も、そして未来にあっても」
ゆえにジークマイスターにとって、星条国の戦果を掠め取る同盟の停戦案など一顧だにするべきではなかった。
悪しきロイエンタール朝を打ち倒し、銀河の平和を勝ち取る主体は我々
「閣下。どうか、考え直していただきますよう。さすれば
ジークマイスターの握り拳が震える。
彼の声には震えが纏わりついており、懇願にも似たものを感じさせる。
「ロイエンタール朝の破壊! 革命の勝利! 全銀河の恒久的平和! 閣下が一声命じるだけです! これは『バーミリオンの奇跡』なのです!」
ジークマイスターは信念を叫んだ。
あのヤン・ウェンリーも、帝国のローエングラム元帥を打ち倒したことで同盟を復活させた。
『ジークマイスター中将。貴官の言葉は正しい』
かくして。
ウィザーズは肯定した。
「では!」
『なればこそ私は、先の停戦命令を翻すことはない。我々は、己が主権国家たる所以を全銀河に知らしめる必要がある。我々の戦場は、議場での外交戦に移行するだろう』
前のめるジークマイスターに対して、ウィザーズは揺らがぬ指針を示した。
停戦案の受諾。振り上げた剣を、さらなる血に染めることなく鞘におさめること。
『ジークマイスター中将。貴官の活躍こそが、あのヤン・ウェンリーすらも動かした。その事実こそが、我々がいかなる勢力の属国でないことを示している。そうは思わないか」
「……ものは、言いようですね」
停戦の申し出は、飛び入りした同盟側に出させた船である。
ボールを投げたのはヤン・ウェンリーだ。ヤンは国家元首として直々に動くほかにない。
「……異存ありません、統軍総長閣下」
ジークマイスターはこうべを垂れた。
前のめりな勢いは鳴りを潜め、自身の不足を恥じいる様子であった。
「司令官として、あらぬ醜態を晒してしまいましたこと、誠に申し訳ございません」
ジークマイスターは停戦を承服し、ウィザーズは決断を覆えさなかった。
宇宙暦826年3月。
空前の大規模侵攻で幕を開けた年は、次なる戦場を外交交渉の場へと移した。