銀河英雄伝説 バーミリオンの反逆者   作:ICHINOSE

3 / 10
3話:宇宙暦825年の戦端

 

 

 

 宇宙暦八二五年。

 新首都フェザーンから自由惑星同盟(フリー・プラネッツ)を統治するヤン政権は、任期二期目の終わりへと差し掛かっていた。これの意味するところ、ヤン・ウェンリー個人としては一つの政治的終着点であり、民主共和政体における元首として先例の範をとる形となる。いっときは「三期目の続投可能性もあり」と去就に注目があつまるも、これはヤン自身の声明で即座に否定された。彼は繰り返し明言した。「同盟に、絶対権力者の座る席はありません。過去にも現在にも。そして私たちが歴史に記されるほどの、遠い未来にわたっても」。

 そもそも、ヤン政権誕生にいたる過程はいかなるものか。議論の前提として、焦点となってしかるべき事実であろう。

 ヤン・ウェンリー自身はかねてから、在野の歴史研究家としての生活を望んでいたという。『バーミリオンの奇跡』をもって最低限の国防体制を整えて軍歴を退いたのち、招聘されるかたちで防衛政策シンクタンクに身を置きつつ、ジョアン・レベロ政権、フランチェスク・ロムスキー政権の双方で諮問委員を務めることとなった。もっぱら対帝国防衛における政策ブレーンとしての役であり、メディアに露出した際の論理第一の言動からも、利益誘導や政治的野心など埒外だと見なされていた。しかしその実、ロムスキー政権初期からヤン次期政権誕生の萌芽は存在していた。ヤン同様に退役後は民間に下り、いくつもの大企業再建で名を博していた敏腕経営者ことアレックス・キャゼルヌの入閣である。

 英雄視されながらも頑なに政界入りを否定し続けたヤンが、ひるがえって同盟最高評議会議長の座に就くこととなった理由は、はたして彼本人の意思とみるのが妥当なのか。むしろ彼の人脈――軍籍時代より公私にわたって深い関係にあった一党こと「ヤン・ファミリー」によるものではないか……。云々。

 

 防諜用の遮音力場に包まれた、純白無機質な空間。楊立民(ヤン・リューミン)青年あらため、星条国連邦(インター・ステラ)の軍事指導者こと統軍総長ウィザーズ・リーは、硬質樹脂製知能化デスクと人間工学チェアのみを調度品とする執務室にて休息の読書に浸っていた。ウィザーズの視力は人工眼球で回復したもので、手術の遅れと適合度の弱さより常人よりも疲労が激しい。とはいえ外界を遮断して思索の海に潜る時間は、彼にとってなにものにも代えがたいものであった。

 大理石にも似た天板の一端が光り、幾重にも暗号化された定例通信が届く。ウィザーズは保護具を兼ねた仮面を着け、交信に応じる。相手は同国の文民指導者たる大統領。名前をハインツ・リヒテンラーデといった。

 

「紙の本をお読みでおいででしたか」

 立体映像として出力された初老の男は、うやうやしく挨拶。痩身で小柄な男の敬いようは仮面姿のウィザーズをあたかも君主として仕えるさまであったが、それは彼の血筋が為すものかもしれない。

 リヒテンラーデ。すなわち銀河帝国ゴールデンバウム王朝にて皇帝フリードリヒ四世に仕え国政全般を取り仕切った忠臣――クラウス・フォン・リヒテンラーデの四男であった。されど父クラウスは当時の宇宙軍最高司令官ラインハルト・フォン・ローエングラムとの権力闘争に敗北。その結果として一族男子の死罪および子女流刑の憂き目に遭い、当然四〇歳にして相応の官吏役職に就いていたハインツにも例外なく死が追い迫る、そのはずであった。

 しかし何の因果か。政治劇による行政混乱の隙を突く形で難を逃れ、四男ゆえに栄達など望外だった官吏時代と変わりない生活ぶりで息をひそめていたと思えば、同盟による『バーミリオンの奇跡』によって銀河帝国が分裂状態に陥ると旧官吏派貴族らに独立勢力の神輿として担がれる始末。それもまた内戦の推移により、崩壊の憂き目を見て……、現在に至る。

 彼に貴族号を表す「フォン」の名はない。彼は市民ハインツとなった。彼は官吏時代の手腕経験を活かして行政機構の基盤整備を担い、その献身と功績によって市民の篤い支持を受け、星条国連邦(インター・ステラ)初代大統領となった。元来彼にリーダーとなる野心はなかったが、それがかえって星条国の理念に合致したといえる。いきさつは波乱万丈にして、本質は堅実無欲のひとであった。

 

「わたくしの父も、紙の本を好んで読んでいました」

「たしか、とくに読まれていたのは……『理想の政治』だったか」

「左様です。いたく感銘を受け、施政の指針としていたようで。決断の際はつねに手元に置いていました」

「父君の件については、無念であった」

「お心遣い痛み入ります。ですが事は、血で血を洗う権力闘争の結果にすぎません。それゆえ我が方だけが同情を得るべきとは、けして思いませぬ。それに私事はすでに四半世紀前の話。動乱の今を生きる人々が強いられる苦境こそ、わたくしは深く、同情の念を禁じ得ません」

「理想の政治。我々こそが、果たさねばな」

 ウィザーズは指を組み、短くうなずく。

 近しい人の喪失。それが出自を問わず悲劇であることは、天涯孤独の身である楊立民青年、改めウィザーズにも理解できる。命を失った者に、もはや言葉は通わない。生き残った者にできることは、せめてもの遺志を果たすだけしかない……。

 それをおいて話は、星条国喫緊の課題、軍事防衛上のものへと移った。もっとも行政機構と星条国軍の行動計画については十全に調整を終えているため、二人の意思疎通はその最終確認にすぎない。

 

「同盟軍の手先の展開、民間軍事請負会社の連合軍です。犯罪会社の拠点惑星へと包囲作戦中の我が軍へ、さらに外縁宙域から包囲作戦をしかける構えです。我が方二〇〇〇隻に対し、敵の規模は一万隻に達するものと聞きますが」

「……さしずめダゴンの殲滅戦。もといスターリングラードの戦いか。案ずることはない。伝達した通り、すでにわたしが向かっている」

 

 ウィザーズが独り構える純白無機質な空間は、とある一隻の艦内であった。同盟側名称〈バーミリオン〉改め、星条国艦隊総旗艦〈ステラリア〉。その司令官室。

「僭越ながら、わずか一〇〇〇隻程度の戦力でよろしかったのですか。現地で包囲作戦中のグエン中将隷下の戦力と併せても、敵戦力の三分の一にも及びません」

「繰り返しにはなるが、それゆえの『一〇〇〇隻程度』だ。艦隊の機動力と統率に問題はない。無論、敵もこちらの各個撃破を計り、わたしの合流前に包囲を完成させようとするだろうが、彼らの行動にこそ我が方に必勝をもたらす」

 ウィザーズは淡々と言い切る。

 不安など微塵も感じさせぬ振る舞い。秘匿通信越しながらにリヒテンラーデ大統領をなお平伏させる。

 

「……ウィザーズ・リー統軍総長閣下。このハインツ・リヒテンラーデ、閣下の武運長久をお祈り申し上げます」

 

 

 

 

 宇宙暦八二五年。この年、自由惑星同盟勢力による旧銀河帝国貴族領への伸長政策――通称『明白なる使命(マニフェスト・デスティニー)』は、その規模的膨張に達するはずであった。重厚長大な軍隊ではなく、開拓精神あふれる市民が征く。彼らは新天地へと駆け出し、銀河帝国時代に根差す旧弊なる封建制貴族主義の残党を打ち倒し、奴隷民や貧困領民を遍く解放し、同盟の旗の翻る開拓星系や宙域航路において大小さまざまな事業を興し、やがて銀河は自由の名のもとに同じ理想の夢を見る……。少なくとも『バーミリオンの奇跡』以降の同盟政府は――とりわけヤン政権においてはそのように旧帝国領の民主化政策、ひいては同盟における自由化政策の意義を謳い上げた。

 しかしこれらの夢も、おもわぬ蹉跌にさしかかりつつあった。ひとつに帝都オーディンに座するオスカーⅠ世率いる新銀河帝国(ロイエンタール王朝)が、辺境貴族領の平定作戦を終えつつあること。さらに同盟影響下にある民間軍事請負会社を一掃するかたちで独自勢力を築く武装中立国家こと星条国連邦(インター・ステラ)。とくに後者による同盟への損失は甚大であり、現地企業が獲得した権益を直接脅かされていた。解放者を自称する彼ら――その象徴たる仮面の軍事指導者ウィザーズは言う。「我々の執るすべての軍事行動は、搾取と隷属を打ち砕く革命戦争である。ゆえに我々は、矮小な利己心を以って武器を突きつけるいかなる勢力との対峙も辞さない。迷妄から覚めよ」。

 同盟政府の思惑と、民間軍事請負会社の利害が、星条国連邦との対決へと至るのに時間は要さなかった。しかしこれまでの主敵であった離合集散を繰り返す帝国軍残党と異なり、星条国連邦の統一された軍事力は強固であった。中小民間事業者が個別に相手をするには戦力が及ばない。

 ゆえに。正規軍には正規軍を。機動戦力には機動戦力を。

 すなわち、同盟軍宇宙艦隊の真打たる正式艦隊(ナンバーズ・フリート)の出撃を、もしくはそれに比肩しうる有力事業者の複数社による提携業務が必要であった。

 

「なんと! 同盟軍の本隊(あなたがた)が、後詰めに来れんだって?」

 ひとりの大柄な老将が、司令官席をたちあがっては驚きをあらわにする。

 『同盟警備保障(アライアンス・セキュリティ)』社保有艦、同社総旗艦〈ディオメデス〉。

 座乗する老将の名はラルフ・カールセン元同盟軍中将。

 御年なんと、八七。

 

『ですからカールセン司令。何度も申し上げているように、当方の艦隊補給システムに深刻な障害が発生している最中なのです。電子技術上の問題だとご理解いただきたい』

「丸々二万隻が凍り付くほど、第三艦隊は飾りじゃなかろう。それで本当に、分艦隊のひとつも増援にうごかせんというのか? ヴァシーリエフ中将といったか。貴官は、友軍を対岸から眺めるだけといっておるのだ! 自分がいかに艦隊司令官として非常識なことをいっておるのか、それすらわからんのか!」

 老将カールセンは一歩も退かない。現役時代に豪胆で鳴らした偉丈夫ぶりは、老いきってもなお健在であった。

 

『……そのような追及は心外であります。我々は互いに軍を率いる将です。どうか、感情ではなくファクトに基づいたご議論を』

 一方、モニタ越しに怒号を浴びせられたヴァシーリエフ中将は、事務的な表情はそのままに額に青筋を立てた。彼は将来を嘱望されたエリートであり、軍縮期同盟軍においては異例ともいうべき四〇代後半の中将。その経歴は異色であり、士官学校卒業からの艦艇勤務畑ではなく難関私大卒業から幹部登用課程を経ての後方勤務畑という人物でもあった。彼は装備取得事業における行政効率化に手腕を振るい、中でも多用途主力戦闘艇(ファランクス)導入については佐官時代の彼が官民連携で結実させた一大プロジェクトでもあった。

 事実、彼の容姿はやり手のビジネスパーソンといったもので、高身長にして真面目な黒縁眼鏡とオールバックに固めた灰髪が、彼の正論にさらなる印象的補強を加える。

 

『戦力の分散、逐次投入の愚となります』

「ほお? 本隊はまったくの遊兵で、戦闘は現地のわしら一万隻に丸投げとは。契約内容を違えるのだから違約金はしっかりいただくぞ」

『カールセン司令。貴方がたもまた、血税で雇われていることをお忘れなく』

 ヴァシーリエフ中将は、中指で眼鏡を直し、冷静に告げる。

 そのときカールセンはまばたきを速めた。それは怒りの熱湯が噴きこぼれる寸前を、理性で抑えて返答せずに、あえてモニタ越しの男の言葉を待っているようだった。

 

『貴方がかつて、かのヤン提督やビュコック提督とともに侵略者ローエングラムを打ち倒した歴戦の勇士であるなら、なおさらに……』

「なおさらに、なんじゃ! 続きをいってみろ青二才!」

 カールセンの激情は、一語で沸騰した。振り下ろした拳が罪のないコンソールに叩きつけられる。モニタ越しのヴァシーリエフ中将もまた、諦めたように黙って眼をつむる。もはやこれ以上の通信は無用といった空気であった。

 

「もう結構じゃ! 込み入った話は、わしらが仕事を終えた後にさせてもらう!」

 カールセンは通信を打ち切ると、叫びで乾いたのどを潤すべく、一本のミネラルウォーターを煽った。みごとな飲みっぷりで、容器の中身はあっという間に空になった。

 ご立腹ですな、と。傍らに控える老人――同社参謀長のザーニアル元同盟軍少将はうなずいた。彼もまた七〇代後半の高齢者であったが、退役後のスカウトで拾われてからというもの、第二の人生として同社を支えてきた歴戦の将であった。

 

「にしてもカールセンさん。同盟軍は、すっかり戦わなくなりましたなあ」

「ふん。どっちが正規軍だかわかったもんじゃないわい」

 カールセンはため息をつく。しかし嘆いたところで、艦隊戦力が増えるわけでもなかった。

 

「現地会社の状況を鑑みるに、第三艦隊をあてにしとる暇はない。包囲作戦も、わしら民間だけでいくしかなかろうて」

「ですが、これが最善だったかもしれませんな」

 ザーニアルはつぶやく。意味ありげな一言であった。

 

「どういうことじゃ?」

「簡単なことです。変にうるさい艦隊が増えて、バックネット越しに戦術の注文を付けられるよりも、あなた一人が指揮を執ったほうが上手くいく」

「……まあ、それもそうだわな」

 カールセンは落ち着いた様子で、司令官席に深く腰掛けた。艦隊としての方針が定まった瞬間であった。

 

「とにかく確認が要る。今回の作戦に参加しているほかの二社の代表を、直接ここに呼んでくれんか」

 

 

 

 

 漆黒の宙域を裂く光のように、一隻の連絡艇が〈ディオメデス〉へと向かっていた。

 

「しっかしイワン・コーネフさんよお。栄光の撃墜王にして仁義の海賊王のおれ様に、連絡艇の操縦までさせるたあどういう了見だ?」

「そのほう人件費が浮くんでね。それに俺たちはただの運送屋だ」

「で。今回のお仕事はなにを運ぶんだか。今おれが運んでるのは、パズルゲームとクロスワードだけが趣味のさみしいおっさんだけどよ」

「勝利、だそうだ」

 

 狭い連絡艇の中でトゲのある応酬を交わしていたのは、二人の男であった。口調の軽いほうは明るい褐色髪に緑眼の遊び人であり、冷めた口調のほうは金髪碧眼で理知的な顔立ちの管理者であった。ともあれ両人に共通するのは若々しさであり、年齢を三〇代前半だと詐称しても通用しそうな肌の艶であった。

 片方の男。オリビエ・ポプランは不愉快さを隠さなかった。

好きなものは好き。嫌いなものは嫌い。それを誰かに強いられて曲げる性格の男ではなかった。彼は刹那のスリルと成人美女を好んだ。退屈なルーティーンを嫌った。彼はどうでもよさげに、あくびをした。

 

「勝利、ねえ」

「同業者さまの救出。ならびに星条国連邦艦隊の撃破。それが、俺たちが客先まで運ぶように求められた勝利の中身だ」

 もう片方の男。イワン・コーネフはミッション内容を確認する。

 この男もポプランと組んで生業を営むほどには物好きであった。好きなものでも深入りしない。嫌いなものでも意味を見出す。彼は穏やかで、婉曲な男であった。一般人には模範的市民として摩擦を避けつつ接するが、旧知の仲のポプラン相手だけには、遠慮のない皮肉で言葉をコーティングすることを好んだ。

 

「へん。人様のうわまえを跳ねることしか能のないクズ野郎どもが同業者? かんべんしてほしいぜ。どうせてめえの悪事を潰されたってんでヤン議長に泣きついてるだけだろーが。自業自得ってやつだろ」

「とはいえそのおかげで、うちに大型案件が舞い込んできたんだ。これで久々に羊とキャッシュフローを数えず安眠できそうだ」

「おれは気乗りしねえな。ふてえ奴らを助けるってのは。誰だよ、そんな仕事請けてきたアホ経営者は」

「俺さ。資金繰りが厳しいからな。撃墜王だか自称海賊王だかの誰かさんが、つっこまなくてもいい揉め事に毎回首つっこんで、しなくてもいい戦闘で特注仕様の戦闘艇(スパルタニアン)をダメにしてくるものだから」

「あー? 稼ぐもん稼いでるだろうがよお。カネも名前も漢気も」

「もれなく有名税が追徴課税だがね」

 二人の会話が止まる。

 ポプランはその場で、握りこぶしのジャスチャーで食い気味に、コーネフは肩をすくめて受け流す構えをとる。

 そして不利を悟ったのか。ポプランはため息をついてごまかした。

 二人のことは、二人がだれよりも理解しあっていた。互いに腕を認め合う同盟軍戦闘艇エースとして名を馳せて以来、退役した後は零細運送業の共同経営者としてタッグを組み続ける腐れ縁。だからこその皮肉の呼吸。そういうコミュニケーションであった。

 

「しっかしヤン議長も、そんな連中つっぱねりゃいいのによ。それかこう言ってやりゃいいんだ。『お願い事は密室じゃなくて議会で聞く。男として恥ずかしくないお願いなら、みんなの前でしろ』ってな」

「そうもいかないのだろう。あの方個人の信条はともかく、物事は政治だからな。勧善懲悪の話じゃない。気楽な運送屋の一匹狼が通用するおれ達とはわけが違うのさ」

 コーネフは両手をひらひらさせて理を説く。

 この手の事柄について、彼は達観のスタンスで一貫していた。

 

「あいかわらず正論が上手いぜ。世の中わかってるコーネフさんはよお」

「いいえいいえ。ポプランさんにしては含蓄のある言葉でしたよ? お願いは密室じゃなくて議会でのくだりは。議会制民主主義における透明性と公平性の重要さをよくご理解なさっている」

「にしては、が余計なんだよ。あと、急におどけた口調!」

「ポプランさんがうっとおしがっている今回の仕事だが、うら若く凛々しいご令嬢も一緒だ。さっき片鱗をみせた知性で口説いてみせるのも一興なんじゃないのか」

「はあ? やつはトリューニヒトの……」

「まさか博愛主義者のポプランさんともあろうかたが、親の評価で娘さんまで毛嫌いする、なんてことはないよな」

「単におれのタイプじゃねえって話だ。だいいち、ああいう雰囲気の女はシェーンコップの旦那の領分じゃねえか。おれはごめんだね」

 軽口に興じているうちに。ポプランとコーネフは〈ディオメデス〉に着艦した。

 二人は完全与圧の格納デッキに降り立ったが、そこでひとりの男装の令嬢と視線が合う。

 スリーピーススーツにロングジャケットを羽織った彼女は、映画出演の女優にも引け劣らない存在感。そして眼力。そして主導権を握りに行くように、彼女の側から歩み寄る。堂々たる歩幅。均整のとれた重心。ファッションショーのモデルウォーキングを魅せつけるかのようであった。そして仕上げに、挨拶の握手を差し伸べる。

 

「やあ。『ポプラン&コーネフ』社のご両人」

「噂をすれば。『ゴスペル・ホールディングス』のイヴ・トリューニヒト前会長ですね」

 男装の令嬢ことイヴに応じたのは、コーネフであった。彼は持ち前の社交術で、気後れすることなく挨拶をこなす。

 

「御社の多岐にわたるご活躍はかねがね。お若いながらに会社経営からは離れられて、今はハイネセン選出の上院議員をなさっているとか……。ほら、ポプランは謝って」

「なんでおれの挨拶が謝罪なんだよ!」

 コーネフは相方をいじる形で挨拶を締める。ともあれ今作戦に参加する二社の代表は顔を合わせ、移動床に乗っては老将カールセンの待つ指揮所へと向かう。

 

「現職議員サマが、こんなとこに来ていいのかよ」

 ポプランは素朴な疑問をぶつける。

 

「とある政府筋から『君が行け』とのお達しでね。現職議員相手に無茶をおっしゃる」

「てえと、おれたちの監視ってわけかい」

「いや。戦って死んで来いといったところだね。この作戦に集められた三社の共通点、ご両人はお分かりかな?」

「……厄介者、でしょうか」

 イヴはくすりとわらった。コーネフ氏のご名答、と。

 そうこうしているうちに、三人は戦闘指揮所にたどり着いた。

 

「おお! 皆よう来てくれたわい! さあさあ卓についてくれ」

 直々に出迎えたのは大柄な老将カールセンであった。彼は手早く全員をメインコンソールに案内し、現況を再確認する。

 戦闘宙域はイルゴンシュタット星域。同地はフェザーン方面宙域開拓線の最前線であり、星条国の「解放作戦」によって各星系事業所を失った企業艦艇はイルゴンシュタット星系小惑星帯に集結するも、星条国艦隊の攻撃にさらされて風前の灯火。包囲が完成しつつあった。

 そこで『同盟警備保障(アライアンス・セキュリティ)』を中核とする救援艦隊が三方に分けて進軍中。星条国艦隊が敷く包囲のさらに外側から包囲を完成させ、退路を遮断し殲滅する。星条国軍が動員中の二〇〇〇隻に対して救援艦隊は一万隻。現状、戦力差は五倍にも達する。

 

「第三艦隊が来んことを除けば、作戦行動に支障はない。皆の忌憚のない意見が欲しくての」

「じゃあ、まずおれから。だれが指揮を執るんだ?」

 そのために呼んだんだろ、と。ポプランは指摘する。

 命のやり取りの戦場で、指揮系統があやふやなのは不味い。各々の戦力も活かせなくなるばかりかマイナスだ、とも。

 

「おれはカールセンの爺さんを推すぜ。実戦経験も手持ちの戦力も、この中じゃ一番だしな。もたもたしている第三艦隊の連中よか、れっきとした同盟軍艦隊司令官だぜ」

「わっはっは! そこまで言われると、孫に褒められるみたいでうれしいのお!」

 ポプランの提案はすんなりと受け入れられた。

 『同盟警備保障(アライアンス・セキュリティ)』は、保有戦力が払い下げの旧式中古艦とはいえ、かつての旗艦級戦艦(アイアース級)こと〈ディオメデス〉が率いる八〇〇〇隻。この作戦にあたって同社は保有艦の大半を動員したため、戦力は旧時代の同盟軍正式艦隊に迫る。今作戦の主戦力であり、それを率いるカールセンが指揮をとることは妥当そのものであった。彼の素質も申し分ない。彼は宇宙暦七九九年のランテマリオ星域会戦やバーミリオン星域会戦といった同盟滅亡の瀬戸際を、当時の同盟軍宇宙艦隊司令長官アレクサンドル・ビュコック元帥とともに轡を並べて戦い抜いた宿将であった。勇退後は『同盟警備保障(アライアンス・セキュリティ)』の創業メンバーとして名を連ね、同社が「もっとも高い実力と規律を有するガードマン」という評価を得るにまで尽くした功労者である。

 くわえて同社はオリオン腕同盟進出宙域における航路警備を生業としており、艦隊戦にも耐えうる事実上の同盟軍とも謳われた存在でもあった。高いモラルと信用ゆえに、彼らは進出先の星系自治政府から航宙警察権を委任され、腐敗も増長もせずに黙々と治安維持に貢献した。無論その働きによって、悪徳業者や犯罪集団からは「治安の番人」と恐れられる存在でもあったが……。

 

「私は予備戦力を務めましょう。ポプラン・コーネフ両氏には機動力を活かした遊撃をお願いしたく存じます。それが適材適所かと」

 イヴが簡潔にまとめる。

 彼女の手勢の規模は一五〇〇隻。所属艦艇はすべて『ゴスペル・ホールディングス』傘下の造船会社による独自建造艦であり、艦齢やシステムも若く、走攻守のいずれも申し分ない。同社の民間軍事部門は事業全体の一環に過ぎないとはいえ、規模と装備はへたな大手よりも格段に洗練された陣容であった。それゆえに地方星系政財界――いわゆるハイネセン閥との繋がりがまことしやかにささやかれている。運用人員も元同盟軍士官や高学歴者が大半を占め、人材水準は高く、厚い。

 

「よくわかってるじゃねえか。トリューニヒトのお嬢ちゃん」

「イヴ、と呼んでもらっても結構ですよ。私の苗字がお気に召さなければ」

「じゃあよろしく頼むぜ。イヴ会長に、カール爺さん」

 最後に、ポプランとコーネフの有する戦力。

 彼らは一介の零細運送業にすぎず、従業員も彼ら二人だけ。保有装備はレダ級巡航艦に特殊改造を施した一隻の高機動戦闘艦〈エース・オブ・ハーツ〉(ポプラン曰く海賊船)と、特注の旧式戦闘艇(スパルタニアン)や無人デコイなどの関連装備ぐらいである。

 だがその勇名(とくにポプランの)は同盟中に広まっている。各地にのさばる「不逞の輩(悪徳企業や犯罪組織)」の企みを本業そっちのけで打ちのめしては弱者を救い、事件を通じて知り合った女性と一夜を過ごしては颯爽と去っていく……。その手の武勇伝はあまりにも有名である。とにかく、とっさの機転でオリビエ・ポプランの右に出る者はいない。そしてそんな破天荒な彼を制御しつつ会社経営を成立させる手腕もまた、イワン・コーネフの右に出る者もいない。

 

「君らの実力はよく聞いとる。わしら『同盟警備保障(アライアンス・セキュリティ)』の支え、任せたぞ!」

 カールセンの檄で、皆の意思は統一された。

 作戦遂行のすり合わせはすんなりと終わり、あとは星条国艦隊との直接戦闘を残すのみとなった。

 

 

 

 




※バーミリオン星域会戦までの「歴史」はおおむね原作通りですが、一部に原作に記されたものと生死の異なる人物が登場します。
  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。