宇宙暦八二五年。バーミリオン星域会戦以降まれに見る、参加兵力一万隻を超える大規模な艦隊戦が交えられた。星条国連邦軍と民間軍事請負会社連合との武力衝突、イルゴンシュタット星域会戦である。
「こいつはおもしろい。統軍閣下の言うとおりになったぞ!」
星条国連邦艦隊、分遣艦隊旗艦〈マウリア〉。黄黒二色の奇抜な虎柄塗装に彩られた旗艦級戦艦に構えるのは、かつての同盟軍ヤン艦隊において一番の勇猛と突破力を誇った闘将――グエン・バン・ヒュー。その人であった。
彼の敢闘精神は、七〇代後半に差し掛かってもなお衰えない。容姿の変化も、頬のしわが増えて毛髪がすっかり白くなった程度である。
「包囲を敷くふりも飽きてたところだ」
「しかしグエン司令。闘う相手が『
副官の少佐は気後れする。彼もグエンと同様に旧同盟市民であった。
「たしかに、あいつらと殺しあうのは癪だ。だが安心しろ少佐。俺達の第一目標は、あいつらじゃあない」
「現在正面に相対する、小惑星帯に籠城中の民間軍事請負会社ですね」
「ああ。あの盗賊ども相手なら、いくらでもぶちかませるだろう? 商売人のカワをかぶった犯罪者だ。殺しまくれ」
グエンは歯を見せ、ぎらりと笑った。向こう見ずの老虎と評される彼のふるまいは、付き従う部下たちに畏怖と辟易の両方を与えていた。副官の少佐をはじめとした幕僚の仕事は、司令官グエンを諫めて交戦規定を守らせることでもあった。ともあれ、「正義の解放者」を喧伝する星条国軍の艦隊を預けられている以上、いまのところグエンの将器に不足はなかった。
「こっちには統軍閣下からの献策がある。俺達はその指示に則って、全力で突っこんで撃ちまくるだけでいい」
「……くれぐれも、無茶のないように」
「ああ心配されんでもわかっておるわやかましい。それで準備はととのったな? いくぞお! 全艦、突撃だあ!」
グエンは握りこぶしを突き上げ、だみ声の号令をかけた。
紡錘陣形。直進速度を最大化させた二〇〇〇隻の艦隊は、ためらいなく小惑星帯陣地へと吶喊。あえて防御の厚いとみられた中央への突撃を敢行した。グエンはとりわけこの種の攻撃において、敵の戦意の濃淡を嗅ぎ取り、戦闘推移を操る術を熟知していた。
「やつらは機雷の持ち合わせがない! 最大戦速でつっこめ!」
グエンの見通しは適切であった。相手は民間軍事請負会社。装備や戦術においても経済性を重んじるために帝国軍残党以外への備えはない。効率の良い掃討任務には向いていても、腰を据えた防衛戦には不向きなのだ。籠城でこしらえた障害物も、グエン艦隊の紡錘陣形の前には脆い卵の殻に等しかった。
旗艦〈マウリア〉戦闘指揮所の、モニタの戦況図。
猛速度で中央突破を図る青色の友軍が、ばらばらに離散する赤色の敵軍の数をみるみるうちに打ち消していく。一方的であった。
グエンは両手を広げて、虎のように大仰に吠える。
撃て! 撃て! 撃ちまくれ! 陣形を噛みちぎれ! フハハハ、こいつはいい! もはや敵じゃない、ろくに動きもしない的野郎だ! どっちをみても的ばかり! 主砲も副砲も、とにかく撃てばあたるぞ! ……といった具合に。
副官や幕僚が戦々恐々とするくらいの、頭の螺子が緩んでいると揶揄される決まり文句であった。
結果として。イルゴンシュタット星系小惑星帯における緒戦は決定的であった。
籠城部隊は三〇〇〇隻を数えたが、しょせんは烏合の衆でしかなかった。会社間での連携も稚拙であり、反応も鈍感で、抵抗も微弱。初撃で中央主力が痛打されたことが響き、両翼部隊の恐慌を招き崩壊した。損失は八割が撃沈。他方で、小惑星帯を突破し終えた時点でのグエン艦隊に損失艦は皆無であった。攻撃は最大の防御にして回避。それを体現する戦闘であった。
同盟側のもう一つの戦力。『
「籠城部隊はやられたようですな。こっぴどく」
旗艦〈マウリア〉戦闘指揮所。モニタが示す惨敗のマーカーに、ザーニアルはため息をついた。救援対象である進出企業艦艇らが甚大な被害を被ってしまった以上、彼らは政府から請け負った仕事の半分を成し得なかったことになる。よって包囲作戦は中止。三方に分けて進軍中であった各分艦隊については、カールセンら本部艦隊への合流を早々に指示していた。
「これではせっかくの包囲が完成せなんだ。ヴァシーリエフ中将はおかんむりじゃのう」
「とはいえ、わが社が契約締結を終えた時点で、政府は彼らを救う時期を逸していました。本気で進出企業を守るのであれば、もう三か月は急ぐべきでした。もっともヤン政権……、もといその周りを巣食うロビイストに別の思惑があれば、結果は絵図通りでしょう。あの生真面目なヴァシーリエフ中将すら小間使いにすぎません」
「するとこの仕事は、陰謀の類じゃって? あたかも、敵味方全員が共倒れしてくれるのが一番みたいに望んどる輩が、どっかにおるみたいな言い方じゃのう」
「わざわざとぼけられなくても。カールセンさんこそ一番判るでしょう?
ザーニアルの指摘に、カールセンは呆けたしぐさで応じてみせた。
カールセンは現役時代から艦隊運用に生きる男を自認していたが、大企業の重役を務め続けるともなれば嫌でも政治的な連中の蠢動が視野にちらつく。そして、そのたぐいの獣――キツネやタヌキに化かされるようでは企業を預かる経営層は務まらない。士官学校出ではなく、高級幕僚コースとも無縁な彼であったが、同盟軍を退役してからがラルフ・カールセンの真価であったかもしれない。御年八七にして、老将は政戦共に円熟を迎えていた。それゆえにザーニアルが揶揄した「
「わしら旨味のない老体を喰える連中がおるなら、ぜひとも教えてほしいものじゃ。ともあれまずは、目の前のいくさに勝つとするか」
カールセンはゆっくりと立ち上がると、幕僚たちが取り囲むコンソール上の戦況図の一点をポインターで指し示した。
「グエン艦隊はエネルギー切れじゃ。当分ビーム主砲の全力照射はできんだろうて。ただ、速度だけは豪速球。だとすれば、保持した速度の利を生かした行動をとるじゃろう」
グエン艦隊の出方について、カールセンは二つの可能性を予見した。
ひとつに戦域離脱。もうひとつは……、反復突撃。
「つっこんでくるやもしれません。あれの性格上」
「じゃのう。グエンは」
カールセンは首肯した。
「機関出力とは関係なしに、ミサイルは撃てるからのう。先の攻撃でそれなりに射耗したとはいえ、残弾をばらまかれれば厄介じゃ。速度の乗った質量弾は痛い」
「来ますな。こちらを噛みちぎりに。我々の出自が旧同盟軍であってもおかまいなしだ」
ザーニアルはぼやいた。
対話の通じない手合いが一番厄介だと言いたげであった。
「大昔のクーデター、救国軍事会議との戦いもそうじゃったらしい。ヤン提督の作戦指揮はともかく、グエンは陣形の分断を図っている最中にも嬉々として破壊の檄をとばしておったそうじゃから」
「平和な時代には関わりたくない司令官ですな」
「だからヤン艦隊の功労者であっても、わが社には誘われんかったし、退役後は身を持ち崩したとも聞いておった。いまはどういう因果か星条国の提督をしておるが、彼にとってはそれが幸せかもしれんの。それで、そのグエンを重用しておる
カールセンはポインターをうごかす。幕僚らの意識は、不気味な敵来援艦隊に向けられた。
規模はわずか一〇〇〇隻。一万隻を超えるカールセンらに対しては、単純な戦力比において焼け石に水。されど進出速度からして、火力と機動力に優れた星条国軍の精鋭に疑いはない。極めつけは、艦隊旗艦が驚異的な電子戦能力を有するとされる次世代型旗艦〈バーミリオン〉。単なる小艦隊ではない。戦術的意図が計り知れない恐ろしさがあった。
予想接敵時間にして、およそ三〇分。
猛速度を保って戦域機動中のグエン艦隊と、反対側から刻一刻と迫る新手ことウィザーズ率いる〈バーミリオン〉艦隊。
どちらと先に接敵するかの判断は、どちらとも取れない微妙なものであった。読みがたいタイミングの仕掛けこそが、星条国の軍事を一手に担うウィザーズ流用兵の神髄だとも。
「この来援は、速度からして退く気はなさそうじゃな。グエンを警戒しつつも、まずは〈バーミリオン〉艦隊を数の利で迎え撃つ。ザーニアルよ、なにか」
「異存ありません。各分艦隊も、いましがた合流を終えました。双方向の戦力に対処するとなると、陣形はやはり」
「むろん方形陣じゃ。艦隊指揮は……、そうだの。昔ながらのアナログで戦うとするかの」
「了解。直ちに」
〈バーミリオン〉との戦闘が確実視されたことを受け、カールセンは艦隊データリンクを近接データリンクのみに制限させた。部隊間指揮は原則、発光信号や連絡艇で行う。敵来援艦隊を率いる〈バーミリオン〉(星条国名称ステラリア)の神がかり的な侵食電子戦能力を警戒してのことであった。
なお、陣形の構築は手早かった。カールセンらの判断の速さもあり、当初は三方に分けて進軍していた各分艦隊は完全な合流を果たしていた。旧同盟軍出身のベテランで運用される『
かくして双方への備えは完成した。一万隻もの艦艇が織りなす盤石の布陣。各部隊に敷かせた方陣は有機的に連結しており、相互に死角を補い、受けた損害も隣接部隊の予備戦力投入で回復させる。
カールセン率いる『
「さて。銀河を賑わす星条国の軍事指導者。ウィザーズ統軍閣下の、お手並み拝見といこうかのう」
「ですな」
カールセンとザーニアルは確信していた。
グエンがいかなる行動をとろうとも、それは指導者たるウィザーズの指揮や献策によるものだろうと。ウィザーズがグエン艦隊に迂回機動を取らせ、戦場を大きく外れさせるならそれでよし。このまま正面の〈バーミリオン〉艦隊と戦い、数と火力で圧倒すればよい。それともグエン艦隊に無謀な突撃を仕掛けさせるのであれば、そのときはそのときの策が効果を発揮する。彼ら星条国艦隊は、補給線の観点から致命的な墓穴を掘ることとなる。
「敵来援艦隊、我が方の有効射程に入りました」
「よかろう。前衛部隊、砲撃開始!」
先に口火を切ったのは、カールセン艦隊であった。
滝のように浴びせられるビームの猛射。当然敵も無反応ではなく、整然と艦列を維持しつつ防御スクリーンを展開して被害を最小限に抑える。事実、〈バーミリオン〉艦隊にさしたる損害は発生していなかった。そして不気味なことに〈バーミリオン〉艦隊は一発も応射してこなかった。
「エネルギーの大部分を防御スクリーン展開に回して守りに徹するのは理に適いますが、にもかかわらず後退もせずに、針路も速度も変わらないというのは意図を掴みかねますな。いかがいたしますか」
「ならば音を上げるまで続けるまでだわい。消耗した第一列はいったん後退させて、入れ替わりに第二列、第三列が前進して、砲撃を継続させればよかろう」
カールセンの意図はエネルギー消費の強要であった。当然ではあるが、艦隊は走攻守のいずれにおいてもエネルギーを必要とする。艦隊の行動は、各艦の機関出力と補給艦の体制、そして艦隊隻数に依存する。カールセンはそのすべてで優越している。撃ち合う限り負けがたい。まさに数の利を生かした正統的な戦いであった。
砲撃開始から三〇分。もはや近距離戦に差し掛かろうともいうところで、カールセンに一報が入った。
「グエン艦隊の二千隻が、当艦隊の六時方向より突っ込んできますな」
「むう、レーダーから消えてしばらく見らんので、てっきり逃げたと思ったが」
カールセンはうんざりとした。
「……この加速度。後背の惑星イルゴンシュタットの引力を利用したスイングバイ航法かの。一周回ってご苦労なことじゃ」
「しかし機関出力はすべて加速に振っているはずです。主砲のビームが撃てるわけもありません」
「ミサイルの残弾でもバラまきに来たのかのう」
「ええ。しかし、あの速度で補給作業を終えたとも思えません。やり過ごしましょう」
カールセンとザーニアルの思考は同じであった。
変に敵前回頭をすれば艦隊が混乱するばかりか、正面の〈バーミリオン〉艦隊にもろい側背を晒す羽目になる。
敵艦の戦闘集団が、方形陣の後部に突入したところで――突如爆発した。おそらくは自爆であった。そしてどういうわけか、モニタに看過しえない損害データが上書きされるのに時間は要さなかった。
「まさか!」
「やってくれたのう」
ザーニアルは驚き、カールセンは腕を組んだ。
それと同時に、オペレーターからは多数の損害報告がなされる。『第六列に被害甚大。行動不能艦、多数。補給艦と宇宙母艦に被害集中』『戦艦〈シヴァ〉大破。指揮能力喪失と認む』『空母〈アジュナーダイン〉機関部に被弾。航行不能』『後衛分艦隊の損傷率、80%を超過』
「カールセンさん。連中は、高速突入中の無人艦艇を自爆させて、残骸や搭載物そのものを質量弾としてばらまいてきています。まるでクラスター爆弾です。ビーム照射ではありませんから防御スクリーンでは防げません」
「ほほう。艦隊戦で無人艦をミサイル代わりにするとは、その発想はせなんだ。被害も、予想以上にひどくなりそうじゃ」
「方位や相対速度からして副砲での迎撃も困難です。この間にも、次の集団が突入コースに」
「うむ。しかし撃沈艦は少ない。迎撃の必要はない。各部隊にはそのように伝えてくれ」
ああなるほど、と。
ザーニアルは落ち着き払ったカールセンの意図を理解し、各部隊へと戦闘指示を通達する。
「全艦に通達。針路そのまま。回避運動、および応戦は、一切不要。自艦の復旧にだけ全力を注がれたし」
『カール爺さん。それで大丈夫かよ。この勢いはかなりやべえぞ』
そこに別回線が開かれる。
発信艦は〈エース・オブ・ハーツ〉。ポプランであった。
「ポプランくん。きみは戦闘艇のエースじゃったな。だから瞬発的な回避をせず、亀のように縮こまっておるのが愚策にみえるのは、わしもようわかる」
『だったらよう』
「艦隊戦には艦隊戦の戦い方があるもんでな。そうあわてんでも、嵐はかならず過ぎ去るもんじゃよ」
カールセンは蓄えた顎髭をなでながら、おちついて理を説いた。
「落ち着きのない嵐は、戻ってこれんし、エネルギーの限界でさっさと消える。そうじゃろ? イヴお嬢さん」
『ふふん。なるほどたしかに。流石は艦隊運用のプロ。このイヴ・トリューニヒト、目から鱗が落ちる思いです。嵐に慌てふためくくらいなら、頑丈な地下室でこういうおしゃべりに興じるくらいがちょうどいい』
『ゴスペル・ホールディングス』の艦艇からも回線がつながる。
モニタ越しには男装の令嬢ことイヴ・トリューニヒトが不敵に笑っていた。
ひとりだけが理解に及んでいないとでも言いたげな雰囲気。当然ポプランとしては面白くない。
『どういうことだよ。おいコーネフ!』
『そんなポプランさんにヒントだ。ちょっと前におまえさんが見ていたクラシックレース映画に、F1マシンってあっただろ? あれは図抜けて速いが、曲がれないし戻ってこれない。お前さんに似てるな』
ああ、そういうことか。
ポプランも遅まきながらに得心した。
ポプランが連想したのは、戦闘艇の空戦戦術にもある一撃離脱戦法。優位なポジションから繰り出される突入攻撃はたしかに強力だが、エネルギーの限界によって原則その場限りの一度きり。カールセンの言った「嵐はすぐに過ぎ去って、戻ってこないと」いうのは、そういうこと。だからこそ目標選定の見極めと、敵編隊を一撃で屠る機数の優位と火力が要る。
ポプランは攻撃側の思考で理解した。突入攻撃で引き起こしたいのは、指揮系統の麻痺と混乱だ。すなわち無秩序な応戦を誘発して、大所帯が勝手に自滅するのが一番望ましい。
ひるがえって。カールセンの判断は、グエン艦隊の無人艦自爆突入が仕掛けたその手には乗らないという明言であった。
『艦隊運用視点でピンとこないのも仕方ないさ。いつも戦闘艇で面倒事に突っこむお前さんは、完全にグエン提督側の思考だからな』
『素直に傷つくね。おれ一人をバカにしやがって』
『バカにはしてないさ。いっただろ。思考の方向性が違うだけだって。とにかく俺たちは、本部予備として構えていればそれでいい』
コーネフの補足が艦隊指針を説明するうちに、状況は推移していた。
グエン艦隊の突入は、カールセン艦隊の本部を突くに至らなかった。
軌道は逸れて、後衛部隊から中衛左翼部隊の宙域座標にかけて穿たれた突入ルートにしたがって、星条国軍の有人艦の列が抜けていく。
グエン艦隊突入の結果として、カールセン艦隊の半数が損害を被った。しかしその多くが「損傷」であって「撃沈」ではなかった。工作艦による応急修理さえ済めば戦線復帰できる。復旧艦が艦列に並べば、艦隊が行使できるエネルギー総量は回復する。
そしてモニターには、各艦の復旧状況に照らした戦力稼働率が、部隊ごとに数値化される。部隊間平均稼働率、55%、63%、71%……。延べ一万隻の艦隊が動き出すのに、そう時間を要さなかった。
カールセンの評した「嵐」は過ぎ去った。突入攻撃は終わり、グエン艦隊は振り返ることなく猛速度で通過する。自爆攻撃でばらまかれたデブリもまた、物理法則に従って艦隊座標から過ぎ去っていく。すなわち、これ以上の背後からの攻撃はない。
カールセンの見立て通り、グエン艦隊の突入は致命的ではなかった。無論あわてふためいて回避機動や応戦を指示してしまっていたなら、艦同士の衝突や誤射で混乱は収拾がつかなくなり、艦隊全体が戦闘どころではなくなっていたであろう。
「そろそろじゃな」
「ええ。カールセンさん」
そして一転。エネルギーを使い果たしたグエン艦隊はというと無防備な背後を晒している。いまだ保持する猛速度とはいえ、カールセン艦隊の射程から逃れるにはいましばらくの時間を要する。そして彼らを援護してしかるべき〈バーミリオン〉艦隊は、隻数を維持したままカールセン艦隊の前衛に迫るも、防御スクリーンの持続展開でエネルギーを消耗しきっており応射が不可能。時折にミサイルを放つも、正面交戦という方位のまずさによってこと ごとく迎撃される始末。頼みの防御スクリーンも、限界は近い。
警戒すべきは〈バーミリオン〉の驚異的な
グエン艦隊も、〈バーミリオン〉艦隊も、ともに事実上の手詰まり。
ゆえに。カールセン艦隊にとって、あと一手で完全勝利の状況であった。
「主砲稼働の全艦に告ぐ。一点集中砲撃、用意。目標、我に背を向ける艦隊」
カールセンは、とどめの号令を出す。
「――撃てい!」
方形陣を成す周囲の標準型戦艦とともに。旗艦〈ディオメデス〉の艦首四〇門のビーム照射基が、満を持して斉射を放った。
しかし。
「なぜじゃ。後衛、中衛左翼、なぜ砲撃しない!」
砲門を開いた隻数は、わずかに想定の30%であった。
各部隊に応答を求めるも、半数からの通信が途絶している。しかし遅れて、多数の部隊から発光信号による報告があった。
我。一切の操艦能わず。
武器管制システム沈黙。原因不明。
「カールセンさん。どうやら、不審な電波を放つ多数のコンテナが、宙域一帯に残留しているようです。用途不明のワイヤーも……。現状把握のため、自分は席を外します」
『――カールセン司令。健在な全艦に電子戦対処指示を。即座に全系統をマニュアルにお切り替えなさいますように』
モニタ上に現れる男装の令嬢。イヴ・トリューニヒトであった。
カールセンは彼女の進言に鬼気迫るものを感じ取ったのか。理由をたしかめることなく発光信号弾にて全艦への非常指示を出した。
「これでよいかね。イヴお嬢さん」
『ええ。簡潔に申し上げます。〈バーミリオン〉による
「なんじゃって?」
イヴの知らせた現状に、さしものカールセンも驚きを隠せなかった。
「その
『
イヴは自身の見立てを説明する。
本来ならほかのデブリとともに物理法則にしたがって宙域外へと流れていくはずなのに、なぜ特定の不審物のみが滞留しているのか。おそらくは外着けブースターなどで逆噴射をかけ、カールセンの敷いた陣形内で滞留するように図ったのだろうと。グエン艦隊の高速突撃は、もとよりこの状況を作り出すことが本命だったのではと。
「カールセンさん。報告です」
ザーニアルであった。
オペレーターや幕僚との情報整理を終えて駆け戻ってきた彼の額には、脂汗が浮かんでいた。
「正面モニタには反映されていませんが、システム制御をうしなった後衛艦隊のすべてが、中衛艦隊への味方撃ちを始めたそうです。暴走艦は三〇〇〇隻にのぼり、いかに対処すべきか指示を求めていますが……」
「コンテナやワイヤーとやらが悪さをしとるようじゃ。全部潰せるか?」
「困難かと。数が多すぎるうえに、機雷除去と同様に時間を要します。正面の敵も迫っています。これ以上近づけると、我が艦隊も
「〈バーミリオン〉艦隊がこちらの攻撃に耐えながら前進し続けたのは、この状況を作り出すため、か。してやられたのう」
カールセンはぼやいた。そして間を置かず、暴走艦対処の指示を出した。
命令は健在艦への「一時離脱」であった。そしていまだ無傷の前衛艦隊と本部艦隊を用いて、カールセンは賭けにでようとしていた。
「一隻の成すシステムに暴走艦が操られているのなら、話は簡単じゃ。あの〈バーミリオン〉さえ潰せばよい。稼働する全艦で突撃をかけるとするか」
『重ねて進言、申し上げます。カールセン司令』
そこに、またしてもイヴが意見具申する。
「聞こう。またなにかご存じのようじゃ」
『お言葉ですが、『
「時間がない。お嬢さんの結論を伝えてくれ」
『手はあります。私の艦隊とポプラン氏の戦闘艇による、〈バーミリオン〉単艦への肉薄攻撃です』
イヴの短い進言を受けて。
カールセンはすべてを理解したように息を吐き、イヴに作戦権限をゆだねた。
「……よかろう。きみらに任せるわい。ポプランくんも、異存なければ彼女の指揮の下で存分に腕を振るってほしい」