銀河英雄伝説 バーミリオンの反逆者   作:ICHINOSE

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6話:宇宙暦825年の報道

 

 

 

 

 市民の皆様、こんにちは。

 フェザーン・ニュース・ネットワークのお時間です。

 

 本日の報道特集は「謎多き国家勢力、星条国連邦(インター・ステラ)。対するヤン政権の外交戦略はいかに」。

 当報道スタッフが入手した取材記録や潜入情報を元に、新勢力『星条国連邦(インター・ステラ)』の内実に迫ります。今回は放送時間を拡大のうえでお送りします。

 

 

 

 

 (ナレーション:ヤラ・ユウサク)

 

 

 『銀河の楽園』。

 星条国連邦(インター・ステラ)

 

 鞄に忍ばせた隠しカメラは、謎のベールにつつまれた首都の様子を捉えていた。

 

 看板の無い公営商店に、装飾性を廃した街灯。どれも同じに見える官公庁舎に、薄色の原色に塗られた低層マンション群。その街並みは、すべての建築物が効率的で、画一的に見える。

 

「おまえ、この布マスクをつけろ。唇の動きで言葉を読まれない。車内は安全だが、街中に監視カメラが光っているぞ」

 

 運転席に座る案内人の男は、帝国出身の独立商人だという。

 星条国連邦(インター・ステラ)にとって、貴重な通商ルートとして政府高官との太いパイプを持っているとのことだ。

 男は、この国の矛盾を説く。

 

「聞きたいことがあるなら、ドライブ中の今だ」

「この国は監視国家なのですか?」

「そうだ。俺はその事実を知っている」

「では、市民は抑圧されているのですか?」

「……いや、違うな。一般市民は何も知らない。自分を自由だと思っている。実際に、無知な市民が今日明日に捕まることもない。皮肉で指導者を貶しても、処刑も収監もされない」

 

 男の言葉は、そのまま星条国連邦(インター・ステラ)のプロパガンダを意味していた。

 貧困も抑圧もない、個人の自由と権利が保障された国。

 すなわち『銀河の楽園』である、と。

 

「ただ、国家にとって『本当にしてほしくない事』をするやつ、俺みたいに国家の情報に近いやつは、風向き次第で罪をこじつけられたり拉致されたりする。交通事故とか、輩に襲われたとか、行方不明とか。そういう形で政府は力を振るってくる。それは見えない暴力だから、みんなは知らないのさ。でも、おかしいと思わないか」

「なにが、ですか?」

「インフラも治安対策も完璧なはずの国で、事故や事件や行方不明が都合よく起こるってことさ。国家の犯罪は、もう誰にも取り締まれないわけだ」

 

 報道班が入手した、この動画の一週間後。

 男は滞在先のホテルで、急性アルコール中毒で亡くなったという。

 彼は元々、酒を嗜まなかったという。

 彼の遺体は焼却処理され、行政からの詳細な発表はなかった。

 

 

 

 

 仮面の軍事指導者、ウィザーズ・リーに率いられる新国家。星条国連邦(インター・ステラ)

 しかし同盟政府は、この勢力に対して公式には主権を認めていない。同国の体制が、きわめて閉鎖的であるからだ。

 比較政治論を専門とするシモトマイ教授は、同国の政治体制をこう評する。

 

 

 (星条国連邦(インター・ステラ)政府によるプロパガンダ映像を背景に、インタビュー)

 

星条国連邦(インター・ステラ)は、ウィザーズという指導者への個人崇拝を、政府が公式には言わないものの、暗に推し進める独裁国家です。ルドルフの作り上げた銀河帝国ゴールデンバウム王朝は言うまでもなく、多種多様な国家勢力が存在した西暦期の歴史に遡っても、珍しくはありません。むしろ成熟した民主主義国家の例に比べても、歴史上においてはあまたの建国の試みがなされてきたと言っていいでしょう。星条国連邦もまた、その一例にすぎません」

 

 しかし同時に。

 教授は、同国の特異性をこう指摘する。

 

「閉鎖性にも関わらず、国民の絶大な支持を得ていることです。莫大な人口流入。整った行政機構。過不足のない衣食住の生活水準。そのすべてが証明しています。漏れ伝わる情報を精査する範囲では、全国民がきわめて平等な国家を築きつつあるということです。もちろん情報の少ないなか、バイアスの掛かった見方であることは否定できません。透明性のある多角的な観察を経てから、評価をくだすべきです」

 

 教授は、同国への関心をこう締め括った。

 

星条国連邦(インター・ステラ)は、純然たる『社会主義』を目指しているようです。それが成功するのか。それともこれまでの歴史と同じく、失敗の憂き目を見るのか。いずれにせよ、壮大な実験だと言えるでしょう」

 

 

(西暦期のモノクロ映像を背景に、ナレーション)

 

 社会主義。

 西暦十九世紀の哲学者、カール・マルクスが予見した政治思想であり、当時隆盛を極めた資本主義の矛盾に迫った彼の著作の数々において『科学的社会主義』の名で提唱される。

 以降、彼に連なる多数の思想家や政治家によって、大小様々な国家において統治理念として掲げられるものの、いずれも理想と現実のギャップを克服するには至らなかった。とりわけ急進的な政策を採った国家は、社会の実情を無視した強権ゆえに長い混乱期と膨大な死者数を出す傾向にあった。

 そして皮肉ともいうべきか。社会主義がもっともその効能を発揮したのは、社会制度のアクセル役としてではなくブレーキ役として社会主義の理念を採用した、資本主義国家群の労働福祉政策においてであった。

 総じて、人類には早すぎた理想と評された。

 

 

星条国連邦(インター・ステラ)内部での入手映像を背景に、ナレーション)

 

 ひるがえって、星条国連邦(インター・ステラ)の街並み。

 その他のルートからもたらされた映像に共通していたのは、我々からは奇怪に思えるほどに画一化された街並みであった。

 平等。分配。

 それこそが、シモトマイ教授が指摘し、ウィザーズの思い描く理想。社会主義なのだろうか。

 

 

 問題は外交の場へと移る。

 銀河の勢力図に影響を及ぼしつつある同国を、ヤン政権はどう捉えているのか。

 我々は実相を捉えるべく、かつてヤン政権中枢に名を連ねた、とある外交実務者に迫った。

 

「簡単な話です。放任状態です。そもそも現政権自体が一枚岩ではないのですから、主体的な働きかけなど望むべくもありません」

 

 ヤン政権の一期目で国務委員次官補を務めたグレアム・ノエルベーカー氏は、現政権のありかたに警鐘を鳴らす。

 いわゆる「ヤン外し」が始まっているのだという。

 

「閣僚ポストの半数は、フェザーン出身の新興政商(オリガーキー)が握っています。政権ナンバー2のキャゼルヌも、自由化改革の際に進んで登用した彼らをハンドリングできているかは疑わしいです。さらに懸念すべきは、本来ならリーダーシップを取るべきヤン議長の動静が、近頃はきわめて儀礼的なものに留められていることです。いわば看板だけの政権で、水面下で次期政権を狙う勢力の寄り合い所帯となってしまっているのです」

 

 

 ノエルベーカー氏は、派閥間による権力闘争の存在を指摘する。そのプレイヤーは、多岐にわたる。

 

 フェザーン商人を中心に、自由化政策に際して政界に躍り出た新興政商(オリガーキー)派。

 中央省庁経験者が集い、行財政改革遂行の旗手となった技術官僚(テクノクラート)派。

 地球信仰者で組織され、近年では地方星系での伸長著しい真実信仰(シュプリーム)派。

 

 主要三派が牽制しあう集団指導体制。

 それこそが星条国連邦(インター・ステラ)への姿勢を曖昧なものにしているという。

 

 

「我々が一期目のヤン政権で策定した外交戦略は、多極化平和路線でした。これは同盟国である立憲帝国(イゼルローン)をはじめとして、エル=ファシルやジャムシードといった同盟主要星系における自主経済圏構築と相互貿易を促す経済民主化政策と両輪を成していました。現在の軍縮路線を維持しつつ銀河レベルの多極平和を望むのならば、星条国連邦(インター・ステラ)の誕生はむしろ歓迎すべきだと私は考えます。オリオン腕にて覇を唱えるロイエンタール朝への牽制にもなるからです。いわば防波堤の役割です。とはいえ、新興政商(オリガーキー)の既得権益となってひさしい旧帝国領解放星系と領域が重なりますから、そうはならないでしょう」

 

 

 国家や社会の公益ではなく、企業や派閥の論理によって歪められる政治。ノエルベーカー氏の言葉は、同盟の現状に波紋を投げかけるものであった。

 

 

(同盟軍宇宙艦隊の公式演習映像を背景にナレーション)

 

 『バーミリオンの奇跡』から四半世紀。

 かつては重厚長大であった同盟軍もまた、軍縮と再編を重ねた今は、往時の半分の規模となっている。

 そして謎多き星条国連邦(インター・ステラ)は軍事指導者ウィザーズの下で、同盟とは真逆に軍事力を飛躍的に高めつつある。

 仮に敵国としての対峙を余儀なくされた場合、我々に求められるものは何なのか。

 

 ノエルベーカー氏は言う。

 

「前提として、敵国を増やすことは古今東西の歴史を鑑みても、基本的には外交の破綻です。そうなれば現実的に求められるものは一つ。軍拡しかありません」

 

 しかしそれと同時に、軍拡はヤン政権の成果を失わしめる諸刃の剣だともいう。

 

「卵が先か鶏が先か、とはよく言われますが、ヤン議長のお考えの軸は平和の構築にありました。『保険料は、なるべく安く済むほうがいい』。私は政権スタッフとして度々ヤン議長と言葉を交わす機会がありましたが、その言葉が印象に残っています。ヤン議長にとって、軍隊とは必要不可欠な物であるとは理解しつつも、必要最小限の実力と費用で済ませるべきものだという認識でした。

 無論それを政策実現するには、単に軍隊を削ればいいというものではありません。各勢力を納得せしめるバランス感覚と、軍隊という保険を機能させるだけの現実感覚が必要です。一期目のヤン議長はそれを戦略レベルで備えていました。周りの閣僚らもその考えを理解し、尊重していました。残念なことに、今はそういった結束感が失われているように思えます。ヤン議長の勇退まではともかく、次期政権は険しい道です。仮に次期政権が安直な軍拡を推し進め、罷り間違っても支持率向上を武力行使に求めるのならば、それは誤れる亡国の道です。それだけは絶対に避けなければなりません」

 

 混迷の時代。戦争の予感。

 だからこそと、ノエルベーカー氏は民主主義の原理原則を力説する。

 

「外交の破綻とは、いうまでもなく国家政策の破綻です。政策が一部の利得を求める者達に私物化されないこと。そのために政治家から目を離さず、時にはメスを入れることこそが、我々同盟市民に課せられた役割なのだと思います」

 

 

 

 

 同盟の舵取りの上で鍵となるべき、ヤン議長の思考。

 議長職としての露出が激減し、健康不安説も囁かれるなか、直近においてたしかな存在感を示した公式行事がある。

 

 対帝国戦争戦没者追悼式典。

 ヤン議長はスピーチにおいて、このような意思を表明していた。

 

『二十五年間で0回。これは、当時私が司令官として指揮したバーミリオン星域会戦以降、同盟軍が行った大規模な会戦の回数です。戦争は無くなりました。対帝国戦争が始まって1世紀半。同盟はようやく平和を勝ち取りました。今に至るまでの険しい時代を闘い抜き、その命を捧げた尊い先達たちに、私は尊崇の念を禁じ得ません。

 

 あなたがたは帝国の侵略を打ち倒しました。そして私たちは、あなたがたが築き、守り抜いた平和を、次の世代へ受け渡す義務を背負っています。私達がその義務を果たして初めて、あなたがたの高貴なる魂が、永遠に安んじられる時代が来るのだろうと確信します。

 

 人類の歴史は、絶えず戦争と共にありました。

 戦争は人類と切り離せない現実であり、それゆえに想像を絶する非現実的な凄惨さが生み出されてきました。だからこそ、平和な現代を生きる私達は、かつての帝国ではなく、戦争という概念そのものと戦わなければならないのだろうと思います。戦争とはなにか。なにが人間を戦争に至らしめるのか。なぜ人間は戦争を繰り返してしまうのか……。私自身、その真理に至らない未熟さを恥じる日々です。とはいえ私には、私なりの軸というべき結論があります。僭越ながらこの場をお借りして、繰り返し申し上げます。

 

 すべての国家権力は、個人の自由と権利を擁護する一点において、はじめてその存在を認められる。

 

 一度動き出せば、数多の命を巻き込むに至るまで歯止めの効かない力。それこそが戦争という状況の正体であり、往々にしてその行為主体と化すものこそが、国家権力です。この国家権力の在り方を問い続けることこそが、戦争という怪物と向き合う唯一の手段なのだと、私は思います。

 

 私は最高評議会議長として、ひとりの同盟市民として、銀河の恒久平和の実現のため、邁進する所存であります……』

 

 

 

 

 個人の自由と権利。

 ヤン議長の言葉が、重くのしかかる。

 

 そして当然というべきか、戦争とは自国のみならず相手国の判断によっても様相を異にする。

 

 ここに報道班が入手した、一枚の画像がある。

 星条国連邦(インター・ステラ)の統軍総長、ウィザーズ・リーの姿を写した貴重な写真である。

 180センチほどと見られる背丈に、顔全体を覆う仮面の姿。

 

 ごく限られた相手としか接しないと言われる彼が、ただ一度、国民の前に姿を現した際に撮影されたものだという。

 ウィザーズの姿を窺い知れるのは、星条国連邦(インター・ステラ)国内においても現在この一枚だけである。そして同国政府は、ウィザーズを示すあらゆる動画や写真の流布を防止している。星条国国民がウィザーズを知るのは、淡々とした報道を通じてのみだという。それがなおさら、一般国民の神秘的な崇拝心を呼び起こすのだろうか。

 

 指導者を包み隠す謎のベール。そして情報封鎖を行なっているとされる秘密警察の存在。

 たしかなのは、彼の率いる宇宙艦隊が常勝無敗を誇っていることだけである。

 

 

 はたして。

 謎多き仮面の指導者ウィザーズに、ヤン議長の信じる「個人の自由と権利」は相通じるのだろうか。

 引き続き、星条国連邦(インター・ステラ)の動静が注目される。

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