「これが服っす、魔力が乱反射するようになってるんで、どの種族かこれで分からなくなるっス」
彼女が家に戻ってきた時、その両手には大荷物が抱えられていた。
見た目はただのローブであり、貴方は言われるがままにそれを着込み、彼女はその長い袖や裾を紐でくくる。
「ローブは良いっスね、それでこの球を口に含んで欲しいっス」
――味はしない、ガラス玉を口に含んでいるようだ――
差し出される物を疑いなく口に含んでから、いったいこれは何かと問う貴方。
「声の判別をつかなくする魔道具っすね」
――非常に喋り辛い――
「飲み込んでも使えるっスからそうするっスか? 体の中にあればいいんで、出したらまた使えるっスよ」
――もう一度使う時を考えればこのままでいいだろう――
「じゃあ、次はこの香水で匂いの痕跡も消すっス、……ん~、こんなもんスかね、いやもう少しかけとくっスか」
焼肉帰りに吹きかけられるファブリーズの如く、謎の噴霧を無抵抗に受ける貴方。
彼女の言動を鑑みるに貴方は見た目、声、匂いも判別不明な怪人物になっているのだろうと当たりを付ける。
――不審人物過ぎて逆に人目を引かないだろうか?――
「それが目立たないというか、逆に自然なんすよね、まぁ任せるっス」
貴方の疑問に彼女は自信ありげに軽く返す。
「隠蔽魔法に各種翻訳のための魔法と一番大事な空調制御の魔法陣を人間ちゃんに積んでっと……、あっあと人間ちゃん用に用意した時計ね時計」
貴方には見えないが彼女が宙に手をかざした後、貴方の肌に触れる。
――そんなことまでできるのだろうか――
「そりゃ我が家で一番の高級品っスから、よし、これで準備はオッケーっス!」
玄関先へと向かう彼女の後ろを貴方はついていく。
「じゃあ具体的な作戦は移動途中で説明するから、まず手を握って欲しいっス」
玄関先まで移動して、彼女は貴方に手を差し出す。
その手を掴むと彼女はもう一方の片手で貴方の腰に手を回してヒョイと軽々持ち上げた。
――お姫様抱っこをされるとは……――
「ここに来た時もこんな感じだったっスから今更っスよ、というかそのお姫様抱っこって言い方、チョー可愛いっすね!」
――絵面としては、普通逆ではないだろうか――
「人間ちゃんは薄幸の美少女枠で当然守られる側っスよね?」
どこか遠慮のなくなった彼女の態度に絆され、貴方はナイトの役目を彼女に譲ることにした。
「じゃあ行くっすよ!」
貴方はまともな精神状態で初めて淫魔の街を見ることになる。
――これは……、すごいな――
所狭しと立ち並ぶ尖塔、宙にひしめく空飛ぶ影、地上にも人は行き来し何やら見たこともない出店も見えた。
「すごい……? 私から見たら代わり映えもしないっスけど……」
やけに有機的だというのに規則的な建物の見慣れぬ薄明かり、縦横無尽に空を飛んでいる淫魔達はあの速度で衝突しないのだろうかと貴方は思ってしまう。
今見る光景は貴方にとってファンタジーすぎる光景だと彼女に伝える。
「はー、淫魔多すぎてごみごみしてるなんてよく言われてますけど、人間ちゃんはそう見えるんスね」
――まず、自由に空を飛ぶなんてことが夢物語だ。普通の人間なら乗り物が必要になるだろう――
彼女は自分を抱えている分、スピードを落としており、まさに遊覧船のような心地で貴方は広がる町を見た。
「へー、私は人間ちゃんが乗る乗り物の方がどんなのがあるか気になるっスけどね」
――便利であるがいいモノでもない――
個人の車はともかく飛行機や電車やバスなど人に押し込まれあまり好きでないことを貴方は彼女に伝えた。
「人間ちゃんが……! ぎゅうぎゅう……!? え、なんスかその夢空間!?」
――あれはそんなものではない――
貴方達がそのような会話を繰り広げていると向かいの空から、同じようなスピードですれ違う淫魔が来た。
貴方はほんの少しだけ緊張感を持ってチラリと覗いた。
そこには何故か貴方と同じように全身を隠すような格好をして淫魔に抱え込まれた者がいた。
――こちらと似たような格好に見える――
「言ったっスよね、その格好なら目立たないって、今日はここらの工場一帯の休日の前日、そりゃみんなハメを外すっスよ」
貴方が周りをキョロキョロと見回すと、彼女と自分と同じようなペアがそこらかしこにいることに気づくだろう。
―― 一体あのローブ姿の人々はなんなのだろうか――
「……実はその格好、いわゆる女郎の格好なんス、この淫魔の国じゃ境界の人らが私ら相手に外貨を稼ぐために良くやってるっス」
「魔力でお金を買って、そのお金で女の子を買って魔力を貰う、魔力で言ったら吸い取った分よりメチャクチャ損っスけど、やっぱり私ら淫魔は肌を重ねてなんぼっスから」
貴方はゆったりとしたローブを引っ張ってみる。
つまり今自分は商売女にありがちな、その手の格好を自分が着ているのだろうかと考える。
――なら、逆に露出した服を着そうなものであるが――
「その格好は魔力で品定めされないように、彼女たちが良くしてる格好なんスよね、あとまぁ、そういう仕事は向こうじゃ評判悪いみたいで隠してるそうっスよ、私ら淫魔から見たら
貴方と彼女は堂々と空を飛んでいく。
「つまり、私達はこれからよろしくヤる二人にしか見えないって寸法っス!」
まぁ、この際手段に対してどうこう言う貴方ではない。
彼女の首に手を回し、貴方はしばらくの間揺られると街の光から徐々に離れていった。
次第に光は失せ、周りが暗黒に包まれる。
――ここは……――
「見覚えあるっスか? 人間ちゃんが倒れていた場所、ちょうど私の通勤コースなんスよね」
何もない荒野は、いつの間にか寒々しい風が轟々と吹き付ける死地になっている。
そんな寒空を彼女は流星のように駆け抜けるが貴方の肌にぶつかるハズの風はない。
「一応、風よけは出来るっス。普段はちょっと寒いけど、今は空調も効いてて過ごしやすいぐらいっスね」
貴方はかつて死にかけた荒野を見て、少しだけ彼女を掴む手に力が入った。
「……大丈夫っス、絶対人間ちゃんを守るっスから」
――この格好ではあまりに彼女は格好がつき過ぎている――
「ハハハ、私みたいな下級淫魔に何言ってるんスか人間ちゃん」
貴方と彼女は少しだけ無言で空を飛ぶ。
しばらくして口を開いたのは彼女だ。
「人間ちゃん、もうちょっとかかるっスけど私の職場に着くっス」
彼女の声色に僅かな緊張を感じ取った貴方は静かにその声に耳を傾ける。
「私の職場は基本的に休みなく常時稼働してるっス、人間ちゃんを守る道具を作るための構築魔法陣も基本的には常時稼働していてそれを使う隙は限られるっス」
聞く限りかなりの綱渡りに感じた貴方、それを察したのか彼女は微笑む。
「その魔法陣を普段使うのは私っスから、やれるタイミングは結構あるっスよ、動けるタイミングで人間ちゃんを呼んで、道具を作り上げるっス、……だから人間ちゃんには私の職場の近くで待機してくださいッス」
――流石に仕事中にそばにいるのは難しいのだろう――
「工場の近くに、公園……、というかさっき見た女の子みたいな人が集まる区画がそばにあるっス……、だから人間ちゃんにはそこに潜んで欲しいんス、出来そうっスか?」
この格好にさせた理由はそこにあるのだろう、貴方はもちろん二つ返事で了承する。
――しかし、なぜ職場の近くでそんな場所が……――
「普通はあるっスよ、福利厚生の一環っス、ホワイトな所は補助費も出るっスよ、大企業だと備え付けの女娼とかあるみたいだけど憧れるっスねぇ……」
そんな職場近くの100円自販機のような扱いに貴方は少し困惑するが、そこで本当に人間である自分が身を潜めることが出来るのだろうかと少し不安になる。
「心配ないっすよ、不同意でことに及ぶ淫魔なんて居たら速攻処分っス、先約があれば絶対に手は出されないッス」
――そういうモノなのだろうか――
「この淫魔の国で性産業に従事してくれる方なんて淫魔からしたら感謝の感情以外ないっスからね、そりゃ尊敬されるっス、ついでに言っとくと今つけてる人間ちゃんの時計に魔力を込めてるっスけど、それがあったら先約がいるって証になるっスね」
――なるほど、しかしそれで本当に他の淫魔はこないのだろうか――
「縛る時に淫魔の魔力を通してあるッスからお手付きだって一目見ればわかるっスよ、あとはそれ目掛けて風のように身をさらって閨にGO! って感じっスね」
そんな速度でぶつかられたら貴方はひとたまりもないだろうと想像した。
「そんな乱暴な淫魔はいないっスよ、大暴れするのはベッドの上っスから」
そんな親父のセクハラじみた話を交えながら、貴方は彼女からその手の商売人のイロハをレクチャーされるのであった。
「そろそろっス」
彼女の声で目を向ければ、闇空の向こうに僅かにぼぉっと光る何かが見える。
あの有機的な建築物が、彼女の職場なのだろうか
周囲を這うように全体に走る配管、無数の煙突から立ち上る煙はそれ自体が薄緑の光を放っているのが貴方の目に見えた。
さらに近づけば空気が甘く焦げた匂いを帯び始める。
薄緑の煙が生き物の息のように脈打ち、配管が血管みたいに建物を這う。
それはまるで工場というより、眠った巨獣の腹のように貴方には見えるだろう。
「あれは魔力炉の製造拠点なんすけど工場と炉はだいたいセットで作られるんで似たようなもんスね、今見える工場の裏に魔力炉が何基も作られてるっす」
彼女の飛行はその高度を落として、そのパイプの隙間をするするとぬけていく。
彼女のスピードが落ちた時、景色が切り替わる。
先ほどの光景が嘘のように穏やかな敷地。
美しい木々に花々と控えめで上品なベンチ
あとは小鳥でも囀っていれば風光明媚な古城の庭と勘違いする程の光景であった。
彼女は堂々とその場所に降り立ち、貴方をゆっくりと下ろす。
「こっからっスよ……」
貴方の周りには貴方と同じローブを着た者がいる。
「今夜はこれで、――またお会いできるのを楽しみにしています」
なぜかキザな言葉づかいで貴方の頬に自分の頬をくっつける彼女。
いつもしない、どこか鋭利な表情で彼女は貴方に別れの口づけを頬にするとすぐに空へと飛んだ。
妙にその感触が艶めかしく、クラりとした貴方。
一人になった貴方は自然な態度を心がけるため、息を一つつく。